神がこちらを向いた時

宗治 芳征

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第八章

8-4

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 賢吾は近くにあったコンビニに入り、傘を買うわけでもなく、缶チューハイ五本を持ってレジへと向かった。
 会計時に千円札を出し、缶チューハイが入ったレジ袋を手に取り足早に出ようとする。
「あの、お客様お釣りは?」
「そこの募金箱に入れておいてください」
 戸惑う男性店員に、賢吾は感情を込めずに言い返しコンビニを出た。
 丁度そのタイミングで、賢吾の携帯電話が振動した。賢吾は携帯電話を取り出し、応答をタップし耳へとあてる。
「どうだった? 守屋さんの居場所がわかったか?」
 竜次が焦った様子で言ってきた。
 賢吾は十秒近く反応しなかったが、
「俺明日休むわ」
 と、いきなり話題を変えた。
「……は? まぁいいけど。それより、守屋さんの情報はあったのか?」
 竜次は一旦呆れた声を出したが、再度賢吾へ聞き返してきた。
「竜次、守屋楓をクビにしてくれ」
 賢吾は感情を込めずに言った。すると、絶句したような竜次の息遣いが聞こえた。
「お前……何を言い出すんだ!」
 竜次の怒鳴り声が賢吾の鼓膜に響いた。
『必ず瀬戸や刑事に確認をしろ。絶対に自分だけで処理をするなよ』
 刹那、また井端の言葉が頭をよぎった。
「いや、すまん。ちょっと混乱してるわ。明日、落ち着いたらまた連絡する」
「おい、賢吾! お前今どこにいるん……」
 賢吾は通話を強制的に終了し、携帯電話をしまった。その後何度も着信するが、賢吾は完全に無視していた。
 歩みを再開した賢吾は、山下公園の中に入っていった。
 今日は平日の木曜日、時刻は午後十時を過ぎており、小雨が降り始めている状況である。そのため、園内に人はほとんどいなかった。
 賢吾は、かつて楓と一緒に座ったベンチに目を向け足を進める。そのベンチは雨で濡れていたが賢吾は構わず座り、レジ袋から缶チューハイを取り出して開けた。
 一気に半分近く飲み、アルコールがまじった溜め息を吐き出した。
 海を眺めている賢吾の視界が次第にぼやけ、過去の映像が流れ始める。

『コウ。真利亜と付き合うって本気か? 俺個人としては、妹の恋人になってくれたのは嬉しいよ。でも、俺に気を使っているのであれば絶対にやめてくれ。俺はお前が幸せになる方が何より嬉しい』
『いや、賢さんのためにってわけではないですよ。真利亜さんは、こんな俺のことを一生懸命好きになってくれる大切な方です』
『そうそう。コウ君と私は相思相愛なのよ』
『ハッ……相思相愛だと? 真利亜の片思いだろ? コウ、お前は真利亜のどこが好きなんだ? こいつは気が強いし面倒くさいぞ』
『もうコウ君と私は恋人なの。Zip your lips』
『まぁ、どこがと言われると確かに難しいですね』
『コウ君ひっど! 私泣いちゃうよ!』
『今からでも遅くない、俺がコウに相応しい奴を見つけてきてやる』
『年齢イコール彼女いない歴なのに、よくもまぁそんなことが言えるね? コウ君よりまずは自分のことを心配したらいかが? 下半身が寂しがってるよ』
『な? 嫌な奴だろ? こうやって相手の嫌がることを平気で言うし、こいつは自分のことしか考えてないんだよ。しかも、下品で口が悪いし捻くれて我が強い女なわけ。コウ、マジで無理しなくていいからな』
『チッ……お兄ちゃんの分際で、私よりコウ君のことをわかっているとでも言いたいのかしら?』
『その自信はあるね。出会ったのは俺の方が先だしな』
『たった一ヶ月の差じゃん! 頭スッカラカンの癖に、どうやってコウ君を理解しているのやら、是非論文を提出していただきたいですわね』
『……いちいちムカつくなお前。はっきり言うが、俺はお前よりコウの方が大事なんだよ』
『私もそうでーす!』
『賢さん。心配してくれるのはありがたいんですが、俺にとって真利亜さんは太陽のような方です。代わりなんていませんよ』
『かたじけない。コウ殿、拙者ちょっと……』
『真利亜さん。嘘偽りのない、俺の気持ちです』
『……感無量でござる』
『ブハハハハ! 何だその喋り方?』
『賢さんは知らなかったんですか? 真利亜さんって、照れると武士みたいな口調になるんですよ』
『へぇー。そういやお前昔から時代劇好きだったし、歴女だもんな』
『ちょっと、バラさないでよ!』

 賢吾はひたすらにまずい一缶を飲み終えた。
 雨粒が顔に当たり始める。

『よっしゃあ! これで三連勝だよ。気持ち良かったぁ!』
『お帰りー。ホームラン三本も出たし、楽しかったろ?』
『もう最高!』
『コウはどうだった?』
『楽しかったですよ。初めて生で野球を見たんですけど、迫力が凄かったですね』
『だろー。今度は俺と行こうぜ』
『いいですよ』
『ダメダメ! コウ君の休日は、恋人の私と過ごすって決まっているのよ。お兄ちゃんは邪魔なんだから、ついて来ないで!』
『お前どんだけ束縛するんだよ。コウ、こんな奴は放っておいて俺と行こう』
『だからダメだって言ってんでしょ! Shut up!』
『三人で行きませんか?』
『俺は構わんが……』
『やだ!』
『……な?』
『じゃあ、私が戦国時代クイズを出すから、正解できたらついて来てもいいよ』
『お前の専門分野じゃねぇか』
『ででん! 備中高松城の戦いでの水攻めや類まれな戦術を駆使し、豊臣秀吉の天下取りに大貢献した武将とは? 正式名称でお答えください』
『フッ……お前、俺のことバカにしすぎたな。これくらい俺だってわかるわ。答えは……黒田官兵衛!』
『ぶっぶー。不正解でーす! 正解は黒田考高です』
『はぁ? 誰だそれ?』
『賢さん、黒田官兵衛ですよ。正式名称が黒田考高で、官兵衛は俗称なんです』
『おま……ずっる!』
『正式名称と私は言いました。黒田如水でも正解だったけど、無知な自分を呪うんだね。はい、私の勝ちー』
『真利亜さん、今のはかわいそうですよ。今度は賢さんが有利なルールで勝負しましょう』
『コウ、サンキューな。じゃあ真利亜、パロプロで勝負な』
『せめてミリオンカートにしてよ。私はゲームが得意じゃないんだからさ』
『いいだろう。甲羅ぶつけまくってやるからな!』
『うわぁ……大人気ない男。だからモテないんだよ』
『うるせぇなぁ! いいからやるぞ。コウ、お前も一緒にやろうぜ』
『はい、じゃあ三人プレイでやりましょうか』

 賢吾は二本目を飲み切った。
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