神がこちらを向いた時

宗治 芳征

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第七章

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 そして、ブリッツにメディタルが常駐してから約一月が経過した。
 ようやくサーバーチームも見通しが立ち、プロジェクトチームやCSも週に一度は全休が取れるようになった。まだ各所忙しないが、ブリッツへの実装直後に比べたら大分落ち着いた。
 賢吾は竜次と片倉に慰労会をやりたいと提案したが、まだそんなことをやれる状態ではないと却下された。とはいえ、各チームも個別で慰労会をやっているし、全社員を入れてはできないが、チーム別でやればいいのではという話にまとまった。
 じゃあまずは、立役者の渡辺と楓を入れたプロジェクトチームを労おうということに決まった。
 その日付が今日、九月二十七日、土曜日である。
 メンバーは、子供の誕生日で事前に不参加と言った橘を除く、賢吾、片倉、竜次、玲子、渡辺、楓、そして片倉が呼びたいと入れた石橋の計七人だった。
 しかし、突如その計画が頓挫した。
 早朝にブリッツ側で障害が発生したとのことで、片倉と石橋はブリッツとの調整作業のため、出社することになった。
 賢吾が様子を見に会社へ行くと、それほど重大な問題ではないが、念のために片倉と石橋は会社に残ると言った。
「僕らのことは気にせず、渡辺さんと守屋さんを労ってあげてください。また今度、皆で改めてやりましょう」
「そうそう。社長がいてもお弁当の買い出しくらいしかやることないし、邪魔邪魔」
 石橋は若干辛辣であったが、二人からそう言われ賢吾は頷いた。何かあったら連絡してくれと言い、午後一時過ぎに会社を出た。
 慰労会は賢吾の家でやることに決まっており、料理などは合鍵を持っている竜次にお願いしていた。
 開始時刻は正午なので、もうとっくに始まっている。
 今回の催しは、賢吾がしっかり労ってあげたいという純粋な思いからであり、喜んで賢吾自身も参加したい。だが、どうせ片倉が来なくて渡辺が拗ねるんだろうな。と賢吾は少し気落ちしていた。
 浮かない表情のまま賢吾は玄関のドアを開けると、ほぼ同時に渡辺が素早い動きで玄関までやってきた。
「お帰りなさーい。って社長だけですかぁ? 片倉さんと石橋さんは?」
「やっぱり緊急用として残るって」
「えー。そんなぁ」
 渡辺はガックリとうなだれた。
 ほら、やっぱりね。と心の中で呟く賢吾。
「お疲れ、賢吾。やっぱりデカと石橋さんは無理だったか。まぁ、正式な慰労会は橘さんも含めてまたやろう」
 竜次が応援にきてくれそう言ったが、
「そうなんですけど、片倉さんのために頑張って作ったのにぃ」
 と、渡辺は四つん這いのまま悔しそうに床を叩いていた。
「あれ? 料理したのは竜次じゃないの?」
 お願いしたのは竜次なのだが、と思い賢吾は確認した。
「作ろうと思ったんだが、渡辺さんがやるっていうからほとんどやってもらった。あとは守屋さんも作ってくれて、俺はデザートしか作ってない」
「へぇー。渡辺さん、料理できたんだね」
 竜次に説明され、賢吾は驚いた。
 賢吾の勝手な先入観で失礼な話だが、ゆるふわ系な渡辺が料理をするタイプだとは、全く想像できなかったのである。
 賢吾の態度に勘付いたのか、渡辺は起き上がって腕を組むとニヤッと笑った。
「できないと思っていましたね? そう思わせておいて、実はササっと料理をこなしちゃうギャップですよ。好きな人を落とす時の必勝テクなんです。おっと、社長は……」
「はいはい! 惚れないから」
 やらせるかい。と賢吾はすぐさま遮った。
「賢吾から聞いていたけど、渡辺さんってデカにそっくりだな」
「うふふ」
「な? 言った通りだろ? デカに似てると言われて喜ぶ奴がまともなわけない」
 喜ぶ渡辺の姿を見て、賢吾は鼻を鳴らした。
「賢ちゃんお帰り」
「お疲れ様です」
 玲子と楓も続いてやってきて、賢吾はようやく靴を脱いだ。
 楓はいつも会社ではスーツだったが、今日はえんじ色のニットに紺色のロングスカートを着ており、賢吾は初めて楓の私服を見た。
「社長ぉ。波多野さんにお線香あげたいんですけど、いいですか?」
「あの、私も」
 恐らく賢吾が来てからとでも竜次に言われていたのであろう。賢吾が家の中に入ると、渡辺と楓はそう言った。
「おう、いいよ。こっちな」
 と言い、賢吾は一階の和室へと二人を案内した。
 中は八畳ほどの広さで、仏壇が二つ置いてあるのみであった。元は両親と真利亜を合わせて一つの仏壇だったが、両親の分で一つ、真利亜と輝成の分で一つの計二つとなっている。
 渡辺と楓は両方の仏壇に線香をあげ手を合わせ、真利亜と輝成の仏壇の方は念入りに時間を掛けていた。
「波多野さんにお線香をあげることができて光栄です。ありがとうございました」
 スッと立ち上がった楓は賢吾にお辞儀をした。一方、渡辺はまじまじと真利亜の遺影を見ていた。
「真利亜さん可愛いですね。めちゃくちゃモテたんじゃないですか?」
「まぁな。でも本人はコウにベタ惚れだったよ」
「片倉さんが憧れていたっていうから、もうちょっと派手な人かと思いましたけど、波多野さん案外地味ですね」
 輝成の遺影に目を向け渡辺はそう評したが、楓は真剣な顔つきで口を開く。
「ですが、ソリッドを立ち上げたのはこの人なんだなっていうのがわかりました。上手く説明できませんが、遺影から覇気みたいなものを感じます」
「あ、何かちょっとわかるかも。オーラ出てるもん」
 楓の言葉にちゃっかり乗っかる渡辺であった。
 遺影からオーラって……完全に人外扱いじゃねぇか。と賢吾は苦笑した。
 その後、賢吾達三人は和室から出てリビングへと向かった。
 リビングの広さは二十畳で、テレビや木製の大きなローテーブル、白色の四人掛けL字ソファと、灰色の三人掛けカウチソファを備えていた。
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