神がこちらを向いた時

宗治 芳征

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第六章

6-2

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 石橋はビールをジョッキ半分まで飲むと、
「恩人を一途に想う……楓ちゃんらしいね。私と一緒」
 と言って憂いを帯びた顔をした。
「冬華ちゃんはそろそろ諦めなよ。もう輝成君はいないんだからさ」
「姉さん酷い!」
 苦笑いの松井に、石橋が吠えた。
「そうですよ。悲しいことを言わないでください」
 賢吾も石橋側として参戦すると、
「……あんた達ねぇ」
 松井は大きな溜め息を吐いた。
「石橋さんは波多野さんが好きだったんですか?」
「うん。私とケ……じゃなくて。私は輝成さんのことが大好きで、今でも忘れられないんだ」
 一瞬禁止ワードが出かけたが、石橋は優しげな表情で言った。
「ありがとう石橋さん!」
 感激のあまり賢吾が声を上げた。そしてその様に、
「何で賢吾が嬉しそうにしてんのよ」
 と、松井は呆れ顔で笑った。
「亡くなっても想ってもらえる。波多野さんは本当に素敵な方だったんですね。というか、波多野さんも片倉さんみたいにモテていたんですか?」
 楓は口元を緩めた後、松井や石橋に確認の眼差しを向けていた。
「そうね、ライバルは多かったなぁ」
 石橋は頬杖をつきながら答え、
「でも、刑事君みたいに容姿が際立っていたわけではないのよね」
 松井は思案顔で述べた。
「いや、ケイちゃんより断然格好いいです」
 石橋は姿勢を正し、射るような目つきで松井に言った。
「それは輝成君に惚れていた冬華ちゃんの目線からでしょ」
 松井は軽く笑ってそう返したが、真剣な面持ちへと変わる。
「けれど、容姿云々じゃなくて……才能も合わさった独特の雰囲気というのかな。静かに燃える火のように、儚い感じがしたな。輝成君は刑事君のような華やかさはなかったけど、いつの間にか人を引き寄せている。そんな魅力があったのよね」
 楓は松井の説明に目を見開きつつも、表情を和らげた。
 石橋だけでなく松井からも輝成が褒め称えられ、賢吾は俄然気分が高まった。
「コウは、男嫌いだったウチの妹が速攻で惚れた奴だからな」
 そう、賢吾の口から勝手に出ていた。
「……真利亜さんか」
 石橋は呟いた後、半分残っていたビールを一気に流し込んだ。
「賢吾!」
 松井からキッと睨まれ、そこで賢吾は我に返った。
 ……しくじった。
 と賢吾の額に汗が滲む。
 輝成存命時、輝成は多くの人から好意を寄せられていたが、特に片倉と石橋は互いに敵意を剥き出してアタックをしていた。
 そんな二人にとって、輝成が愛し既に亡くなっている大宮真利亜という存在は絶対に勝てない壁であり、空気が悪くなるので禁句となっていた。片倉は輝成が亡くなって以降、真利亜に関して割りと寛容にはなったが、石橋は同性ということもあってか依然として変わらなかった。
 輝成が賞賛され悦に浸りすぎていたと、石橋から迸る険悪なオーラを感じながら賢吾は激しく後悔していた。
「どうされたんですか?」
 ただならぬ雰囲気に、楓が心配そうな顔でキョロキョロしていた。
「ケイちゃんはまだしも、比較対象に真利亜さんを出すのはやめてくださいよ。毎回不戦敗になる気持ちが社長にわかりますか?」
 石橋は賢吾を睨み付け、静かな怒りを見せた。
「……は? え? 何で片倉さんも波多野さんに?」
 楓が更に困惑した様子となった。
 再び石橋はやらかしたが、今度は怒れる立場ではない。
 真利亜を出して石橋を怒らせたこと、片倉のゲイ疑惑が再燃したこと。この二つの問題に賢吾は苦悶の表情をするだけで、松井も難しい顔をしていた。
 どうやって誤魔化そうかと思考を巡らしている中、
「すいません、ラストオーダーとなります」
 ナイスなタイミングで店員がやってきてくれた。
「ほらっ、ラストオーダーだって! 梅酒を二つ追加でお願いします!」
 これは幸いだといわんばかりに、松井が喋り始めた。
「お、俺はウーロン茶をもう一杯ください! 守屋さんはどうする?」
 賢吾も声を上げて追随すると、
「えっと……じゃあ、私もウーロン茶でお願いします」
 勢いに押されたのか楓は軽く頷いてそう言った。
 楓から疑惑の視線がなくなり、鎮火しそうだなと賢吾は安心し始めたが、
「久保田をロックで五杯」
 そう言った石橋の目は完全に据わっていた。
 まだ、こっちがいた。と賢吾はうなだれる。
「あの、ウチは久保田を置いていないんです。メニュー表にも記載があるかと……」
「じゃあ八海山」
 困った顔をする店員に、石橋は容赦なく言葉を続けた。
「あのぅ……八海山も……」
「すみません、一番高い日本酒をロックで五つください」
 戸惑う店員を見兼ねたのか、松井が強引に終わらせた。
「はい、かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」
 店員に最終確認をされ、賢吾と松井は何度も頷き早く終わらそうとするが、
「獺祭は?」
 石橋がまたもや高級日本酒の銘柄を言い、店員は困った表情を浮かべていた。
「構わず、行ってください」
 賢吾が無理やり笑みを作って店員に言うと、店員は会釈をしてこの場から離れた。
「冬華ちゃん、店員さんに絡んじゃダメでしょ」
 松井が石橋を嗜めるが、
「社長のせいですよ。真利亜さんを出すからです」
 石橋は反省する素振りもなく賢吾を睨み、ビールを飲んでいた。
 こうなったら、駄々をこねている子供をあやすのと同じだ。と賢吾は腹を括り、にっこりと笑いかけた。だが、ビールを飲む石橋からは半目で睨まれるだけの状況が続く。
 これ、いつまでやればいいんだろうかと。笑顔をし続けることが限界に近付き、賢吾の頬がピクピクとし始めた頃だった。
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