神がこちらを向いた時

宗治 芳征

文字の大きさ
上 下
35 / 70
第五章

5-6

しおりを挟む
 しかしその後、二人は海を眺めるだけで無言が続いた。
「社長は……繊細ですよね」
 唐突に楓が言った。
「は? ……俺が?」
 楓の言葉に、賢吾はびっくりした。そんな賢吾の姿に、楓は微笑んでから口を開く。
「私の事情をもっと深く聞きませんし、あえて聞こうとしない。一歩前でしっかり止まる」
 あー、そういうことか。と賢吾は理解した。
「聞いて欲しいなら聞くが、君にとって気持ちのいい話じゃないだろう? むやみに他人の過去をほじくり返すような趣味はない」
「だから、社長は違うんです。他の人はずけずけとくるし……やられます」
 嫌なことでも思い出しているのだろうか、楓はギュッと歯を食いしばっていた。
「それを言うなら君もだろう。真利亜の話を出した時、何も聞かなかった」
 賢吾がそう答えると、楓は目を見張っていた。
「お互い様だな」
 賢吾が口元を緩めると、楓の強張っていた表情が多少和らいだ。
「別に嫌な話を無理にする必要はない。過去より未来が大事なんだし、楽しい話をしよう。それに、お互い様と言っておきながらなんだが、守屋さんと俺では洞察力が違いすぎるから、一緒にされても困る」
「そんなことないですよ」
 賢吾の言い分に、楓は真顔で否定した。楓の態度から世辞ではないと賢吾は判断できたが、やはり自分と楓は別格であると認識していた。
 賢吾は小さく息を吐き、話を再開する。
「いいや、違うよ。俺のはただの勘だけど、君は的確に相手の心中を察し、欲しい言葉を与えることができる。新アプリ、メディタルの開発が円滑に進んでいるのは、君の力が大きいんだろう。実際にデカも褒めているからな」
「私なんかが褒められるとか、勿体ないお言葉です」
「なんかが……って何? 事実だろう? 自信を持っていいんだよ」
 賢吾は笑い声をまじえて言った。しかし、楓の顔はより一層暗くなっていた。
「……私が……自分に自信を持つことはできませんよ」
 楓は俯き、絞り出すように言葉を発した。
 貧しかった生い立ち、今は天涯孤独。
 楓が自信を持てない要因は過去にあると思ったが、賢吾はあえてこれ以上触れなかった。
「まぁ、人には向き不向きってあるからね。その内慣れるんじゃない? 焦らなくていいよ」
 賢吾は楓に気を使わせまいと、強引に終わらせた。楓は顔を上げ、そっと頷いた。
「休日とかは何してんの?」
 賢吾は雰囲気を変えようと軽い話題にした。
 楓は口に手を当て少し考えた後、賢吾に顔を向け喋り始める。
「昔は恩人探しでしたが、ソリッドに入ってからは……主に食材の買い出しと料理ですね。家でお弁当のおかずを作っています。大体それで休日が終わりますね」
「偉いなぁ。自分で弁当を作っているんだね」
「その方が節約できますし、料理も恩人に習ったので劣化させたくないんです」
「君凄いな。会ったら恩人も絶対に喜ぶと思うよ」
「だといいんですけど」
 はにかむ楓であった。ようやく表情に明るさが戻ったと賢吾は思い、会話を続ける。
「恩人いい奴だなぁ。勉強も見てもらっていたの?」
「はい。凄くお世話になりました」
「恩人完璧だな」
「ただ、あの方は少し自分に不満があったようです」
「え? スーパーマンなのに?」
 賢吾が聞き返すと、にっこりとして楓は頷いた。
「英語をしっかり習っておけば良かった。近くにいい教材がいたのに、生かしきれなかったと悔いていました。だから、私も英語は頑張って勉強したんですけどね。やっぱり片倉さんみたいに帰国子女ではないので、ネイティブな発音は難しいですね」
 楓は悔しそうな表情を見せた。
「まぁ、デカは凄いから比較するのはやめよう」
「でも、あの方も片倉さんに負けないくらい凄かったんですよ!」
 楓が珍しく吠えた。
「そうだろうね。君を見ていればわかる」
 楓の勢いにたじろぎ、賢吾はうんうんと動作でも相槌をした。腰を上げていた楓は冷静さを取り戻したのか、唇を噛んで目を伏せつつ座り直した。
「なぁ、守屋さん」
 賢吾が声を掛けると、楓は賢吾に目を向けた。
「今、俺は一週間の内に一回、捜索の報告をしているよね?」
「はい」
「その時、俺ともう少し話す時間を設けないか? 君が絶賛する恩人の話を、俺はもっと知りたいし、もっと聞かせて欲しい」
 賢吾の提案に、楓は目を大きく開いた。
「……いいんですか?」
 喜びを隠しきれない顔で聞き返してきた楓に対し、賢吾はゆっくりと頷いた。
「ただし。その間、仕事の話はやめよう」
「わかりました」
 楓は賢吾の提案に乗り、
「何か、久しぶりに晴れやかな気持ちになったかもしれません」
 と力が抜けているような表情になった。
 無意識だったが、片倉の要求通りサンドバックになれたようだ。と賢吾は肩の荷が下りた。
「社長はカウンセラーに向いているのかもしれませんね」
「いや、無理だろ?」
 この子は突然何を言い出すんだ?
 と賢吾は真顔で返した。
「そんなことはないと思いますけどね」
「無理無理、他人の悩みを聞いて解決させるんでしょ? 俺にできるわけないじゃん」
 賢吾は自分で言っていておかしくなり、笑っていた。だが、楓の顔つきは真剣なままで変わらない。
「いえ、カウンセラーはそもそも解決させるっていう立ち位置じゃないんです」
「……え?」
「解決策は、悩みを抱えている方にしかわからないことがほとんどなんですよ。それを一緒に考え、導くことがカウンセラーの仕事なんです」
「へぇ」
「ですから……」
 楓は話し続ける。意外と盛り上がり、二人は延々と会話をしていた。
 辺りが暗くなり始めたので、楓が満足したところで会話を切り上げた。それから賢吾は楓を日本大通り駅まで送って、その日を終えた。
 後日。楓とは捜索の進捗報告時に、三十分から一時間近く話すようになった。
 楓と仲良くなれたことも嬉しかったが、自分と話す機会を設けたことで、楓自身に好影響を及ぼしていると、片倉から言われたことも賢吾は嬉しかった。
 楓が、より生き生きとして業務をしている。着々と完成へと進むメディタルは、楓が主導で作っているものだ。
 楓のモチベーションを上げている賢吾は、図らずもメディタル完成に貢献していた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

一か月ちょっとの願い

full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。 大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。 〈あらすじ〉 今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。 人の温かさを感じるミステリー小説です。 これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。 <一言> 世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

ミッドナイトウルブス

石田 昌行
ライト文芸
 走り屋の聖地「八神街道」から、「狼たち」の足跡が失われて十数年。  走り屋予備軍の女子高生「猿渡眞琴」は、隣家に住む冴えない地方公務員「壬生翔一郎」の世話を焼きつつ、青春を謳歌していた。  眞琴にとって、子供の頃からずっとそばにいた、ほっておけない駄目兄貴な翔一郎。  誰から見ても、ぱっとしない三十路オトコに過ぎない翔一郎。  しかし、ひょんなことから眞琴は、そんな彼がかつて「八神の魔術師」と渾名された伝説的な走り屋であったことを知る──…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...