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第五章
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向坂に楓の恩人捜索依頼をしてから、かれこれ半年以上が経とうとしているが、未だに進展はなかった。
時間が掛かりすぎているため、一旦やめようかと賢吾は向坂と相談したが、本件には向坂自身も乗り気らしく、支払いは成功報酬で良いのでやらせて欲しいと言ってきた。
頼んでおいてやっぱりいいですというのも変だし、楓も今のままで良いと言ったので捜索は継続してもらっていた。
そして、本日も向坂から週に一度の進捗報告がきたのだが、今回はいつもと違った。というか、不動産屋の元担当者が見つかった時以降、久しぶりの動きがあった。
しかも、本命である楓が探している恩人、大宮賢吾らしき人物がヒットしたのである。
その対象者は、身長百七十前半で二十七歳。関西在住だが、丁度東京に出張に来ているので会ってもいいとのことだった。
しかし、その大宮賢吾は会うにあたって条件を出してきた。
「女性と二人だけなら、会ってもいいとのことです。でも条件からして、何か嫌な予感がしますよね? なのでボイスレコーダーを持たせて、遠山に行ってもらおうと思ったんですが、あいにくその日は別の調査で遠山がこっちにいないんです。どうします?」
向坂から聞かされた条件に、賢吾は唸り声であった。
結局、賢吾はかけ直すと言って返事を保留した。その後、丁度松井と話していた片倉を呼び、自席近くのミーティングルームへ二人で入った。
入って着席するなり、賢吾は片倉に事情を説明した。
「守屋さんを行かせたいですが、女好きそうなのがネックですね。別の人か、護衛をつけるかの二択ですか。んー、別の人にすると話がややこしくなるし、守屋さんが余計に気を使いそうで避けたいですね。うーん、じゃあ護衛をつける方でいきましょうか」
思案顔で呟く片倉に、
「じゃ、デカがよろしくな」
答えは決まったと賢吾は腰を上げた。
「いやいや、僕はダメですよ。守屋さんと二人で出歩いていると社員に知られたら、僕のイメージが崩れちゃうでしょ?」
顔の前で手を振り、片倉は平然と述べた。賢吾は上げていた腰を再び下ろし、あからさまに嫌悪感を出した。
「……お前何言ってんの? そもそも、守屋さんを採用した時に捜索対象者と接触する場合、お前がついて行くって言ってたじゃん」
「僕か、他の社員と言いました」
片倉は澄まし顔で跳ね返してきた。
こいつ、この期に及んでまだ女性社員の好感度を優先するのか。と賢吾はイラッとした。
しかし、片倉のお陰で女性社員がやる気になっているのも事実であり、そもそも言った言わないの水掛け論になるのは明白だし、片倉と口論をしたところで勝ち目はないので、賢吾は無理やり留飲を下げた。
だが、ムカついてはいるので、賢吾は片倉を憎らしそうに睨む。が、片倉は賢吾の視線に対し心地良さそうにしていた。余計にムカついたので、賢吾はプイッと顔を背けた。
「その対象者と約束をしているのは、来週の水曜日ですよね?」
「そうだが?」
不貞腐れた態度で賢吾が返事をした。
「じゃ、社長が行ってください」
「……はぁ? 何で俺?」
単調に放つ片倉に、賢吾は歌舞伎役者のように顔を変形させ聞き返した。片倉は大袈裟なリアクションをしている賢吾に見向きもせず、携帯電話を操作し始めた。
「来週のスケジュールを確認しましたが、社長はその日重要なタスクがありません。なので、社長と守屋さんは有給休暇を取って二人で行ってください」
片倉は携帯電話をしまって顔を上げ、また平坦な口調で言った。
携帯電話を弄っていたのは、スケジュールを確認していたからか。と賢吾は把握したが、同時にいなくてもいいと戦力外扱いされていることが地味に傷ついた。
「重要な仕事がないって……事実そうだけどさ。俺と守屋さんが二人で行くのも、他の社員には変だと思われないか?」
賢吾は傷ついているので、無意識に変な言い訳をしたが、
「アハハハハ! 自意識過剰な童貞野郎ですね。誰も思いませんよ」
片倉に高笑いで返され、賢吾は更に傷ついた。
片倉はまだ高笑いの余韻を残していたが、賢吾が無表情だったことに気付いたようで、
「社長と守屋さんは、叔父と姪っ子みたいなもんでしょ。気にしすぎですよ」
と、真面目な顔つきに戻った。
「まぁ、確かにそうか」
冗談半分で言ったが、楓とは年齢が一回り以上違うわけで、普通に考えると片倉の言う通りだし問題はないか。と賢吾は納得した。
「それに、社長を指名したのは他にも理由があります」
片倉は目に力を込めて追加した。だが、もう騙されん、傷つきたくないと賢吾は即座に防壁を準備する。
「いや、この件を認知しているのは俺とお前、他には松井さんに竜次と玲子しかいない。消去法じゃん」
賢吾は拗ねた言い方をした。
「違いますよ」
しかし、返答した片倉の顔は変わらない。
「前にも話しましたが、社長はいい意味で気を抜けさせるというか、相手の隙を作ることが上手いんです」
「ありがとよ」
賢吾は皮肉っぽく言ったが、片倉の表情は徐々に暗くなっていった。
「守屋さん。完全にオーバーワークです」
片倉が小声で言う。悔いているような様に、賢吾は眉間を動かした。
「なるべく早く帰宅させたり、負荷を分散させたりしていますが、メディタルは守屋さん主導のアプリです。彼女がいないことには進みません。だからこそ、今無理をして倒れでもしたら終わりです」
「気付いているなら、デカがフォローしろよ。それがお前の仕事だろ?」
賢吾がそう言うと、片倉は一瞬不満げな面持ちをしたが、溜め息を吐くと表情を戻す。
「わかっていますし、やっていますよ。それでも、守屋さんは根が真面目なので、過剰に背負い込もうとする癖があるんです。だから、無理やりにでも休暇を与えようと思っていたところだったんです。しかも社長が相手だから、尚更良かったですよ」
片倉の言い訳で楓が真面目なことは伝わったが、
「俺は癒し系じゃないんだが?」
そこは違うと賢吾は思った。
時間が掛かりすぎているため、一旦やめようかと賢吾は向坂と相談したが、本件には向坂自身も乗り気らしく、支払いは成功報酬で良いのでやらせて欲しいと言ってきた。
頼んでおいてやっぱりいいですというのも変だし、楓も今のままで良いと言ったので捜索は継続してもらっていた。
そして、本日も向坂から週に一度の進捗報告がきたのだが、今回はいつもと違った。というか、不動産屋の元担当者が見つかった時以降、久しぶりの動きがあった。
しかも、本命である楓が探している恩人、大宮賢吾らしき人物がヒットしたのである。
その対象者は、身長百七十前半で二十七歳。関西在住だが、丁度東京に出張に来ているので会ってもいいとのことだった。
しかし、その大宮賢吾は会うにあたって条件を出してきた。
「女性と二人だけなら、会ってもいいとのことです。でも条件からして、何か嫌な予感がしますよね? なのでボイスレコーダーを持たせて、遠山に行ってもらおうと思ったんですが、あいにくその日は別の調査で遠山がこっちにいないんです。どうします?」
向坂から聞かされた条件に、賢吾は唸り声であった。
結局、賢吾はかけ直すと言って返事を保留した。その後、丁度松井と話していた片倉を呼び、自席近くのミーティングルームへ二人で入った。
入って着席するなり、賢吾は片倉に事情を説明した。
「守屋さんを行かせたいですが、女好きそうなのがネックですね。別の人か、護衛をつけるかの二択ですか。んー、別の人にすると話がややこしくなるし、守屋さんが余計に気を使いそうで避けたいですね。うーん、じゃあ護衛をつける方でいきましょうか」
思案顔で呟く片倉に、
「じゃ、デカがよろしくな」
答えは決まったと賢吾は腰を上げた。
「いやいや、僕はダメですよ。守屋さんと二人で出歩いていると社員に知られたら、僕のイメージが崩れちゃうでしょ?」
顔の前で手を振り、片倉は平然と述べた。賢吾は上げていた腰を再び下ろし、あからさまに嫌悪感を出した。
「……お前何言ってんの? そもそも、守屋さんを採用した時に捜索対象者と接触する場合、お前がついて行くって言ってたじゃん」
「僕か、他の社員と言いました」
片倉は澄まし顔で跳ね返してきた。
こいつ、この期に及んでまだ女性社員の好感度を優先するのか。と賢吾はイラッとした。
しかし、片倉のお陰で女性社員がやる気になっているのも事実であり、そもそも言った言わないの水掛け論になるのは明白だし、片倉と口論をしたところで勝ち目はないので、賢吾は無理やり留飲を下げた。
だが、ムカついてはいるので、賢吾は片倉を憎らしそうに睨む。が、片倉は賢吾の視線に対し心地良さそうにしていた。余計にムカついたので、賢吾はプイッと顔を背けた。
「その対象者と約束をしているのは、来週の水曜日ですよね?」
「そうだが?」
不貞腐れた態度で賢吾が返事をした。
「じゃ、社長が行ってください」
「……はぁ? 何で俺?」
単調に放つ片倉に、賢吾は歌舞伎役者のように顔を変形させ聞き返した。片倉は大袈裟なリアクションをしている賢吾に見向きもせず、携帯電話を操作し始めた。
「来週のスケジュールを確認しましたが、社長はその日重要なタスクがありません。なので、社長と守屋さんは有給休暇を取って二人で行ってください」
片倉は携帯電話をしまって顔を上げ、また平坦な口調で言った。
携帯電話を弄っていたのは、スケジュールを確認していたからか。と賢吾は把握したが、同時にいなくてもいいと戦力外扱いされていることが地味に傷ついた。
「重要な仕事がないって……事実そうだけどさ。俺と守屋さんが二人で行くのも、他の社員には変だと思われないか?」
賢吾は傷ついているので、無意識に変な言い訳をしたが、
「アハハハハ! 自意識過剰な童貞野郎ですね。誰も思いませんよ」
片倉に高笑いで返され、賢吾は更に傷ついた。
片倉はまだ高笑いの余韻を残していたが、賢吾が無表情だったことに気付いたようで、
「社長と守屋さんは、叔父と姪っ子みたいなもんでしょ。気にしすぎですよ」
と、真面目な顔つきに戻った。
「まぁ、確かにそうか」
冗談半分で言ったが、楓とは年齢が一回り以上違うわけで、普通に考えると片倉の言う通りだし問題はないか。と賢吾は納得した。
「それに、社長を指名したのは他にも理由があります」
片倉は目に力を込めて追加した。だが、もう騙されん、傷つきたくないと賢吾は即座に防壁を準備する。
「いや、この件を認知しているのは俺とお前、他には松井さんに竜次と玲子しかいない。消去法じゃん」
賢吾は拗ねた言い方をした。
「違いますよ」
しかし、返答した片倉の顔は変わらない。
「前にも話しましたが、社長はいい意味で気を抜けさせるというか、相手の隙を作ることが上手いんです」
「ありがとよ」
賢吾は皮肉っぽく言ったが、片倉の表情は徐々に暗くなっていった。
「守屋さん。完全にオーバーワークです」
片倉が小声で言う。悔いているような様に、賢吾は眉間を動かした。
「なるべく早く帰宅させたり、負荷を分散させたりしていますが、メディタルは守屋さん主導のアプリです。彼女がいないことには進みません。だからこそ、今無理をして倒れでもしたら終わりです」
「気付いているなら、デカがフォローしろよ。それがお前の仕事だろ?」
賢吾がそう言うと、片倉は一瞬不満げな面持ちをしたが、溜め息を吐くと表情を戻す。
「わかっていますし、やっていますよ。それでも、守屋さんは根が真面目なので、過剰に背負い込もうとする癖があるんです。だから、無理やりにでも休暇を与えようと思っていたところだったんです。しかも社長が相手だから、尚更良かったですよ」
片倉の言い訳で楓が真面目なことは伝わったが、
「俺は癒し系じゃないんだが?」
そこは違うと賢吾は思った。
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