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第四章
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賢吾は片倉と一緒に楓が帰る様を見届け、楓がいなくなると自分のデスクへと座った。
「ていうか、渡辺さんにちょっかいを出していたんですか? まぁ、どうせ相手にされなかったんでしょうけど」
片倉は賢吾のデスクへ近付き、ニタニタしながら言った。
「俺は寺島じゃない、一緒にすんな」
「寺島さんは好きじゃないですけど、あの女好きと積極性が少しでも社長にあればなぁ。いつまで童貞をガッチリキープしているんですか?」
「お前、暇さえあればそれだな」
もう怒る気も失せ、賢吾は投げやりに返した。
「もしかして……僕と同じで目覚めたとか?」
「違うわっ!」
あらぬ誤解をさせてたまるか。と賢吾は立ち上がって言い返した。
「……怖いんですか?」
そう言う片倉は、冗談ではなく真顔だった。目を逸らした賢吾は直ぐには答えず、座り直してからもう一度片倉を見る。
「怖い? ……違うな。コウを差し置いて、幸せになるつもりがないだけだ」
「社長、自分で言っていることわかってます? それって……」
「このまま独身でいるつもりだよ」
躊躇なく返答した賢吾に、片倉は大きな溜め息であった。
「社長は何も悪くないでしょう? 何の禊をしているんですか? あの世で輝成さんが悲しみますよ」
「いつも言っているが、コウは俺の全てだ。それはこれからも変わらん」
「……輝成さんが望むとでも?」
「あいつは望まないだろう。俺の幸せを願うはずだ」
「だったら……」
「わかってるよ。でもな、俺が無理なんだ。コウは幸せになれず無念のまま死んだ。それなのに、はいそうですかと俺が幸せになれるかよ。俺はコウに沢山のものをもらいすぎた。それで充分なんだよ」
「はぁ……面倒くさい人ですね」
「ふん、満足してるからいいんだよ。ほっとけ」
この件、主張について賢吾は一貫していた。よく竜次や玲子、松井にも言われるが、賢吾の意思が変わることはなかった。
暖簾に腕押しだったからかはわからないが、片倉は仕方なさそうに笑った。
「でも、やっぱり社長は社長ですね」
「……何が?」
和らいだ片倉を見て、賢吾が眉間をピクッと動かした。
「輝成さんは、社長と死んだ真利亜さんのために働いていた。輝成さんの愛情が受けられるのも、その二人だけ。いくら僕達が成果を上げて輝成さんに褒められたとしても、社長のように愛してはもらえない。熱量の差にいつも不満を感じていました。僕やトーカだけじゃない。輝成さんに憧れて入社してきた人達は、社長への妬み嫉みが凄まじかったですよ」
「知ってるよ。今でもなくなってないし。ったく、小学生みたいないじめをしやがって」
賢吾は溜まっていた鬱憤を晴らすかのように言った。
「まぁ、確かにそうでしたね。僕も入社して最初の挨拶以降、そんなに社長と口を聞いていませんでしたからね」
「いや、入社の挨拶から十八日後で、最初の会話は『輝成さんが呼んでます』な」
「うわぁ。よくそんなに細かく憶えていましたね」
片倉は驚いた顔をしたが、
「いじめられた方は憶えてるんだよ。いじめ、かっこ悪い」
賢吾は片倉を睨み付け言い放った。
「大変申し訳ございませんでした」
片倉は表情を引き締め、深く頭を下げてきた。
「気にしてねぇよ。俺は、お前らが愛してもらえなかったコウに愛されていたからな」
「プッ。めちゃくちゃ気にしているじゃないですか」
吹き出す片倉に、賢吾はフンッと鼻息で返した。
「でも、輝成さんが亡くなり社長と積極的に関わるようになって、何となく輝成さんが社長に愛情を注いでいた理由がわかりました」
「へぇー、どんな理由?」
賢吾は書類を片付けながら、どうせ悪口だろうと思い適当に相槌をした。
「何でしょう。社長って中身がないようであるんですよね。根が曲がっているようで曲がっていない。バカで素直……」
「おいこらぁ!」
やっぱり悪口だった。
「誤解しないで最後まで聞いてください。説明しにくいんですが、社長ならいいかと簡単に晒すことができるんですよね」
「結局バカにしてね?」
「違いますよ。相手にいい意味で隙を見せることができる、社長はそういう存在なんだと思うんです。だからこそ輝成さんに慕われた」
「……ん? 悪口じゃない? これって喜んでいいのか?」
すっかり疑心暗鬼となった賢吾が聞き返すと、片倉は頷いた。
「褒めています。僕は嫉妬で目が眩んでいたせいもあってか、それに気付くまで時間が掛かりすぎました。トーカも社長には好き放題やれるし、そこは最高って言っていますよ」
「石橋さんは誰にでも当たりが強いだろ」
「いいえ、トーカは繊細です。ホスピタリティが恐ろしく高いからこそ、理不尽なことには厳しいだけです。気を許す許さないとは別ですよ」
「ただ足蹴にされているだけだと思っていたけど、俺って仕事ができるってことか?」
「いや、仕事に関してはクソです」
それは違うと辛辣な片倉であった。
気持ちよく持ち上げてから落としやがって、と賢吾は舌打ちをした。
片倉は、賢吾が不貞腐れている様を見つつクスッと笑う。
「でもまぁ、社長はいるだけで調和されるからそれでいいんですよ」
「俺はトイレの芳香剤ってか?」
片倉の言葉に、賢吾は皮肉で返した。すると、片倉はハッとした顔つきになった。
「あーそれそれ! って顔をするな! まぁ、コウのためなら芳香剤でもいいけどよ」
「実際その芳香剤のお陰か、輝成さんが亡くなってからは今が一番上手く仕事がまわっています」
「俺はあんまり関係なくね? 新アプリ開発で盛り上がっているだけだろ?」
もう騙されんぞ、と賢吾は頬杖をついた。
「いえいえ、守屋さんが入ってからの再企画会議以降、橘さん達の態度が軟化しています。これは社長の決意表明があったからであり、一番の功績です。更に状況が好転しているのは、守屋さんの人の波長に合わす才能と、渡辺さんの明かりを灯す才能による相乗効果の賜物ですね」
片倉は雄弁をふるい、
「それとやっぱり、わかってはいましたが守屋さんが凄い」
と言葉に重みを持たせる表情であった。
「ていうか、渡辺さんにちょっかいを出していたんですか? まぁ、どうせ相手にされなかったんでしょうけど」
片倉は賢吾のデスクへ近付き、ニタニタしながら言った。
「俺は寺島じゃない、一緒にすんな」
「寺島さんは好きじゃないですけど、あの女好きと積極性が少しでも社長にあればなぁ。いつまで童貞をガッチリキープしているんですか?」
「お前、暇さえあればそれだな」
もう怒る気も失せ、賢吾は投げやりに返した。
「もしかして……僕と同じで目覚めたとか?」
「違うわっ!」
あらぬ誤解をさせてたまるか。と賢吾は立ち上がって言い返した。
「……怖いんですか?」
そう言う片倉は、冗談ではなく真顔だった。目を逸らした賢吾は直ぐには答えず、座り直してからもう一度片倉を見る。
「怖い? ……違うな。コウを差し置いて、幸せになるつもりがないだけだ」
「社長、自分で言っていることわかってます? それって……」
「このまま独身でいるつもりだよ」
躊躇なく返答した賢吾に、片倉は大きな溜め息であった。
「社長は何も悪くないでしょう? 何の禊をしているんですか? あの世で輝成さんが悲しみますよ」
「いつも言っているが、コウは俺の全てだ。それはこれからも変わらん」
「……輝成さんが望むとでも?」
「あいつは望まないだろう。俺の幸せを願うはずだ」
「だったら……」
「わかってるよ。でもな、俺が無理なんだ。コウは幸せになれず無念のまま死んだ。それなのに、はいそうですかと俺が幸せになれるかよ。俺はコウに沢山のものをもらいすぎた。それで充分なんだよ」
「はぁ……面倒くさい人ですね」
「ふん、満足してるからいいんだよ。ほっとけ」
この件、主張について賢吾は一貫していた。よく竜次や玲子、松井にも言われるが、賢吾の意思が変わることはなかった。
暖簾に腕押しだったからかはわからないが、片倉は仕方なさそうに笑った。
「でも、やっぱり社長は社長ですね」
「……何が?」
和らいだ片倉を見て、賢吾が眉間をピクッと動かした。
「輝成さんは、社長と死んだ真利亜さんのために働いていた。輝成さんの愛情が受けられるのも、その二人だけ。いくら僕達が成果を上げて輝成さんに褒められたとしても、社長のように愛してはもらえない。熱量の差にいつも不満を感じていました。僕やトーカだけじゃない。輝成さんに憧れて入社してきた人達は、社長への妬み嫉みが凄まじかったですよ」
「知ってるよ。今でもなくなってないし。ったく、小学生みたいないじめをしやがって」
賢吾は溜まっていた鬱憤を晴らすかのように言った。
「まぁ、確かにそうでしたね。僕も入社して最初の挨拶以降、そんなに社長と口を聞いていませんでしたからね」
「いや、入社の挨拶から十八日後で、最初の会話は『輝成さんが呼んでます』な」
「うわぁ。よくそんなに細かく憶えていましたね」
片倉は驚いた顔をしたが、
「いじめられた方は憶えてるんだよ。いじめ、かっこ悪い」
賢吾は片倉を睨み付け言い放った。
「大変申し訳ございませんでした」
片倉は表情を引き締め、深く頭を下げてきた。
「気にしてねぇよ。俺は、お前らが愛してもらえなかったコウに愛されていたからな」
「プッ。めちゃくちゃ気にしているじゃないですか」
吹き出す片倉に、賢吾はフンッと鼻息で返した。
「でも、輝成さんが亡くなり社長と積極的に関わるようになって、何となく輝成さんが社長に愛情を注いでいた理由がわかりました」
「へぇー、どんな理由?」
賢吾は書類を片付けながら、どうせ悪口だろうと思い適当に相槌をした。
「何でしょう。社長って中身がないようであるんですよね。根が曲がっているようで曲がっていない。バカで素直……」
「おいこらぁ!」
やっぱり悪口だった。
「誤解しないで最後まで聞いてください。説明しにくいんですが、社長ならいいかと簡単に晒すことができるんですよね」
「結局バカにしてね?」
「違いますよ。相手にいい意味で隙を見せることができる、社長はそういう存在なんだと思うんです。だからこそ輝成さんに慕われた」
「……ん? 悪口じゃない? これって喜んでいいのか?」
すっかり疑心暗鬼となった賢吾が聞き返すと、片倉は頷いた。
「褒めています。僕は嫉妬で目が眩んでいたせいもあってか、それに気付くまで時間が掛かりすぎました。トーカも社長には好き放題やれるし、そこは最高って言っていますよ」
「石橋さんは誰にでも当たりが強いだろ」
「いいえ、トーカは繊細です。ホスピタリティが恐ろしく高いからこそ、理不尽なことには厳しいだけです。気を許す許さないとは別ですよ」
「ただ足蹴にされているだけだと思っていたけど、俺って仕事ができるってことか?」
「いや、仕事に関してはクソです」
それは違うと辛辣な片倉であった。
気持ちよく持ち上げてから落としやがって、と賢吾は舌打ちをした。
片倉は、賢吾が不貞腐れている様を見つつクスッと笑う。
「でもまぁ、社長はいるだけで調和されるからそれでいいんですよ」
「俺はトイレの芳香剤ってか?」
片倉の言葉に、賢吾は皮肉で返した。すると、片倉はハッとした顔つきになった。
「あーそれそれ! って顔をするな! まぁ、コウのためなら芳香剤でもいいけどよ」
「実際その芳香剤のお陰か、輝成さんが亡くなってからは今が一番上手く仕事がまわっています」
「俺はあんまり関係なくね? 新アプリ開発で盛り上がっているだけだろ?」
もう騙されんぞ、と賢吾は頬杖をついた。
「いえいえ、守屋さんが入ってからの再企画会議以降、橘さん達の態度が軟化しています。これは社長の決意表明があったからであり、一番の功績です。更に状況が好転しているのは、守屋さんの人の波長に合わす才能と、渡辺さんの明かりを灯す才能による相乗効果の賜物ですね」
片倉は雄弁をふるい、
「それとやっぱり、わかってはいましたが守屋さんが凄い」
と言葉に重みを持たせる表情であった。
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