神がこちらを向いた時

宗治 芳征

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第四章

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 唖然としていた楓だったが、徐々に表情を歪めていった。
「あの……凄い方だとしても、化け物という揶揄はどうかと思います。捉え方によっては波多野さんを侮辱することになりますよ」
「そうだそうだー。やーい怒られてやんのー」
 楓から言い方を注意され、片倉にも便乗された。
 確かにそうだなと賢吾は思い直し、
「ごめん、そうだね。言い方が悪かった。コウはデカが言う通り、正しく王だよ。だけどこれだけは言わせて。俺が一番コウと付き合いが長いし、コウは俺にとって全てだった男なんだ。悪く言うなんて気持ちは微塵もないから、それだけはわかって欲しい」
 楓へ真摯な態度で気持ちを伝えた。
 楓はその言葉に薄く笑い頷いた。
「ちょっと待ってください。今の言い方だと、社長と輝成さんだけに特別な絆があるみたいじゃないですか。僕だってめちゃくちゃ好きなんですよ!」
 片倉が吠える。が、賢吾は鼻で笑った。
「フンッ。コウのメンタル改善貢献度の一位は真利亜で、二位は俺。お前はそれ以下」
「真利亜さん?」
「あー、俺の妹。コウの恋人だったんだ」
 楓は真利亜を知らないと思い、賢吾は補足した。楓は新たな情報に目を大きく開いた。
「ちょっと納得いかないんですけど? 真利亜さんはまだしも社長が? 仕事もろくにできないのに? 社長が輝成さんに貢献していたのなんて、一緒にいた時間が長かっただけじゃないですか!」
「そうだよ。羨ましいだろ?」
 ドヤ顔で言い放つ賢吾に、片倉は露骨に不満げな顔で舌打ちをした。そんな二人のやり取りが面白かったのか、楓はクスッと笑った。その瞬間、渡辺との会話が賢吾の頭をよぎる。
「そういえば渡辺さんから聞いたけど、守屋さんにコウが憑依してるんじゃないかって言われているみたいだね」
「えええええ! そうなんですか? いやいや困りますよ! この会社のシンボルである波多野さんと比べられるなんて……」
 楓は目玉が飛び出るような仕草をし、小刻みに震えていた。その姿を見兼ねたのか、片倉は一つ息を吐くと喋り始める。
「社長。守屋さんが入社して雰囲気も変わりました。守屋さんの功績は大きいので、そういったからかいが社内で吹聴されているのは知っています。でも、鵜呑みにしないでくださいよ。輝成さんと守屋さんを比べるだなんて、守屋さんを壊す気ですか?」
「だったら冗談だとしても、お前が鎮火させろよ。渡辺さんには、俺からも一応言っておいたけどさ」
「言われなくてもやってますよ。でも今の社内は活気づいているし、なるべく水を差したくないんですよね。だから守屋さん、何か言われても無視していいから」
 片倉は賢吾へ説明した後、最後に楓へ微笑んだ。
「は……はい。勿論です!」
 まだ震えており、楓は何度も頷いていた。
 賢吾は冗談半分のつもりだったが、楓を委縮させてしまったと後悔した。何とかフォローをしようと考えている中、賢吾は楓に伝えていないことを思い出した。
「あ、そうだ。捜索の件だけど、やっぱり時間が掛かっているみたい。まだ全然進展していなくて申し訳ない」
 向坂探偵事務所の経過報告である。週に一度楓と話すようにしているが、最近は進捗がないのでいつも一分も要さなかった。
「いえいえ、興信所に依頼していただけて大感謝です。あと、正直ここ最近は仕事のことだけで精一杯なので、捜索のことが頭から離れていました」
「興信所に任せて、逆に集中できてる感じ?」
 そう、片倉に聞かれた楓は頷く。
「はい。そうかもしれません。ですが、恩人に一刻も早く会いたい思いもあります」
「まぁ、だよね。もうすぐ、大学卒業しちゃうしなぁ」
 寂しそうな表情をした楓に賢吾は同調した。
「恩人も守屋さんに会いたいと思っているだろうし、早く会えるといいね」
 片倉が微笑みながらそう言うと、楓は僅かに口元を緩めた。
「あの方は私のことを最優先に考える人でした。なので、私が一生懸命働いていれば喜んでくれる、と最近は思うようにしています」
「困った時には勝手にやってきていたんでしょ? 恩人は今も見てるかもよ」
 賢吾は冗談交じりにそう言うと、右手の親指と人差し指と中指で丸を作り、左目を閉じて右目にあてて楓を見る。指の輪の中に映った楓が恥ずかしそうにしたので、賢吾は軽く笑うと解除した。
「あと、やっぱり今の仕事が楽しいんですよね。今までアルバイトををやってきて楽しいって思ったことがなかったので、仕事を楽しんじゃっていいのかな、という戸惑いも感じているんですけどね。それに、私なんかが仕事を楽しむとか、おこがましいかなとか……」
「いやいや、何でそんなに自分を卑下するのさ。仕事は楽しんでやることが一番いいに決まってる。ね、社長?」
 片倉はそう言い、賢吾へ目配せをした。賢吾も同意し、その態度に楓は破顔した。
「このアプリが完成したら、臨床心理士の資格を取って私も登録するつもりです。それも楽しみなんですよね」
「それはダメじゃね?」
 喜ぶ楓を後目に、賢吾は片倉に確認した。
「普通に遊ぶアプリじゃないんだから、提供している社内の人間がカウンセラーとして登録したら……ちょっと問題になるかな」
 苦笑しながら補足する片倉に、
「あ……ですよね」
 と楓はもじもじしながら下を向いた。
「そもそも、臨床心理士の資格を取るためにお金が必要なんだろう? それはまた後で考えればいいんじゃない?」
「そうそう。お金が貯まるまで、好きなだけいていいからね」
 賢吾が言った後、片倉も重ねた。
 楓は二人の言葉に顔をほころばせ、
「はい! ……あ、電車の時間。それではお先に失礼いたします」
 勢い良く返事をした後、電車の時刻に気付いたようで慌てて帰っていった。
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