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第三章
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輝成の病室には、男性医師と女性看護師、それに先に到着していた橘と片倉がいた。
賢吾は二人と目を合わそうとするが、外された。
……やめろ……やめろよ。
『残念ですが……』
冷や汗が滴る賢吾に対し、初老の男性医師が言葉を絞り出した。
『は? 嘘だろ? まだ治療してねぇだろ?』
賢吾は全身を震わせながら言った。
『運ばれた時には息がありませんでした。恐らく、即死だったはずです』
『嘘をつくなぁ!』
賢吾が男性医師の胸倉をつかんで怒鳴る。竜次は必死になって間へ入り、賢吾を宥めようとしていた。
激しい息遣いのまま、賢吾は輝成の顔を確認した。
交通事故で即死したとは思えないほど、顔は綺麗なままだった。ただ、異様に顔が白くなっていることが気に食わなかった。死んでいるのだと、事実という刃が賢吾を刺し抉る。
『……相手は?』
誰に言ったわけでもなく、賢吾はそう呟いた。
『トラックの運転手です。そちらも怪我をしているらしく、406号室で治療中です。詳しいことは、治療が終わった後に警察から……』
と片倉が説明している中、賢吾は瞬時に部屋を出た。
輝成を殺しておいて、犯人はまだのうのうと生きているだと?
賢吾の怒りは最高潮に達していた。
406号室のドアを乱暴に開け、部屋の中にいた男性医師と女性看護師二名が何事かと賢吾へ近付く。
『どけこらぁ!』
乱暴に三人を手で払い除け、賢吾は犯人が寝ているベッドの前に立つ。
そこには短髪で白髪が半分を占める、五十代くらいの男性が横たわっていた。点滴と、酸素吸入器をされ、明らかに重体であろうことは明白だった。
だが、男は目を開いており意識があった。賢吾を視認した男は驚いた表情をしたが、
『よぉ。人を殺しておいて、自分だけ生きている気分はどうだ?』
という賢吾の言葉に、今度は狼狽し始めた。
『大丈夫だ。俺が今お前を殺してやる』
賢吾は怒気を込めつつにんまりとした。その後、鬼のような形相へと変わり拳を振り上げたが、直後に動けなくなった。竜次、片倉、橘が賢吾を羽交い絞めにしているのだ。
『お前ら……邪魔をするなぁ!』
『賢吾! 落ち着け!』
『落ち着けだぁ? お前こそ落ち着いて考えろや! コウが殺されたんだぞ!』
怒号を上げる賢吾。
『こんなの、輝成さんは望んでいませんよ』
そう諭してくる片倉に、賢吾の怒りは更に燃え上がった。
『お前にコウの……俺の何がわかる! 俺にとってコウは全てだ! 殺させろ!』
怒鳴り散らす賢吾に、横たわっていた男は恐怖からか震えていた。
三人掛かりの状況下、完全にキレていた賢吾の身体が動き始める。もう少しで、男の喉元に両手が届く……賢吾の口角は上がった。
しかし、突如賢吾の身体は止まった。なぜだと、賢吾は力と意識が薄れていく最中振り返る。そこには、賢吾の腕に注射をしていた男性医師がいた。
鎮静薬を打たれたのか。
……畜生!
殺させろよ!
怒りを煮えたぎらせたまま、賢吾の身体は停止した。
後日、警察の捜査が始まり、賢吾の行動については厳重注意のみで済んだ。
今回の一件は、トラック運転手の居眠り運転が原因の事故で、被害者は輝成のみ。輝成を轢いた後、トラックは電柱にぶつかった。
輝成は青信号で横断歩道を歩いていただけであり、過失割合は10対0でこちらは何も悪くなかった。
そして本件は、事故を起こしたトラック運転手だけでなく、雇用している会社にも矛先が向けられた。
コストカットや利益優先を徹底し、人手不足にも関わらず長時間の過酷な労働を強いていた。労働基準法を激しく逸脱していたと、醜悪な実態が明るみとなり、マスメディアに大きく報道された。
これは、片倉、橘、そして若き日の輝成が世話になったという同業他社の社長、井端崇という男。この三人が、人脈や力をフルに使った成果である。
事故を起こしたトラック運転手は実刑判決で懲役二十年。
雇用していた会社の社長や幹部も実刑判決となり、当たり前だが会社は倒産。激しく世論に叩かれる顛末となった。
だが、皮肉にも輝成の死がFlameの価値を上げた。
新進気鋭の若者が、不慮の事故で亡くなった。世間から同情や激励をもらい、Flameの売り上げや認知度は更に伸びていき、ソリッドのブランド力は高まった。
『実刑二十年。あのおっさんは五十五歳なので、無期懲役に近いですね。五億以上の賠償金をむしって会社も潰したけど、ウチへの補填としては0.1パーセントにも達しない。輝成さんの代わりなどいない、穴は絶対に埋まりません。社長がおっさんを殺そうした時、社長じゃなかったら止めていませんからね。気持ち的には、僕だって社長と同じです』
判決を終えた裁判所からの帰り道、片倉は賢吾へ悔しそうな顔を向けそう言った。
『コウの代わりなんてどこにもいねぇ。俺は、コウを殺したおっさんだけじゃなく、あの会社の社長や幹部、コウを死に至らしめた関係者全員を今直ぐにでも殺してぇよ。殺して逮捕され、それで俺が死刑になってもいい』
『自分だけ楽になろうとしないでください。ずるいですよ……そんなの』
やり切れない思いを吐露する賢吾と片倉。
二人は地の底にまで沈んでいるような表情だった。
賢吾はハッと息を出し、強制的に回想を止めた。
向坂とのやり取りで懐かしさを感じたからか、勝手に始まってしまった。
結果、とてつもない不快感が賢吾を襲った。
真っ直ぐ帰る気分じゃないなと賢吾は思い、黄金町駅周辺の大衆居酒屋へ入った。
入店して間もなく注文し、グラスには常に酒がある状態をキープ。賢吾は浴びるように飲みまくった。何杯飲んだかも数えず、何も考えず、夢中で酒を飲み干す。
アルコール中毒でこのままぶっ倒れて、死なないかな。と期待しながら飲みに飲む賢吾。
閉店間際となり、店員がラストオーダーを確認しにきたので、賢吾は頼めるだけ酒を追加注文した。テーブルには酒が注がれたグラスだらけとなり、賢吾はまた貪り飲んだ。
全てのグラスを空にして閉店。
腹がタプタプになるほど飲み切った達成感はあったが、結局賢吾は倒れるどころか、酔うことすらできなかった。
賢吾は二人と目を合わそうとするが、外された。
……やめろ……やめろよ。
『残念ですが……』
冷や汗が滴る賢吾に対し、初老の男性医師が言葉を絞り出した。
『は? 嘘だろ? まだ治療してねぇだろ?』
賢吾は全身を震わせながら言った。
『運ばれた時には息がありませんでした。恐らく、即死だったはずです』
『嘘をつくなぁ!』
賢吾が男性医師の胸倉をつかんで怒鳴る。竜次は必死になって間へ入り、賢吾を宥めようとしていた。
激しい息遣いのまま、賢吾は輝成の顔を確認した。
交通事故で即死したとは思えないほど、顔は綺麗なままだった。ただ、異様に顔が白くなっていることが気に食わなかった。死んでいるのだと、事実という刃が賢吾を刺し抉る。
『……相手は?』
誰に言ったわけでもなく、賢吾はそう呟いた。
『トラックの運転手です。そちらも怪我をしているらしく、406号室で治療中です。詳しいことは、治療が終わった後に警察から……』
と片倉が説明している中、賢吾は瞬時に部屋を出た。
輝成を殺しておいて、犯人はまだのうのうと生きているだと?
賢吾の怒りは最高潮に達していた。
406号室のドアを乱暴に開け、部屋の中にいた男性医師と女性看護師二名が何事かと賢吾へ近付く。
『どけこらぁ!』
乱暴に三人を手で払い除け、賢吾は犯人が寝ているベッドの前に立つ。
そこには短髪で白髪が半分を占める、五十代くらいの男性が横たわっていた。点滴と、酸素吸入器をされ、明らかに重体であろうことは明白だった。
だが、男は目を開いており意識があった。賢吾を視認した男は驚いた表情をしたが、
『よぉ。人を殺しておいて、自分だけ生きている気分はどうだ?』
という賢吾の言葉に、今度は狼狽し始めた。
『大丈夫だ。俺が今お前を殺してやる』
賢吾は怒気を込めつつにんまりとした。その後、鬼のような形相へと変わり拳を振り上げたが、直後に動けなくなった。竜次、片倉、橘が賢吾を羽交い絞めにしているのだ。
『お前ら……邪魔をするなぁ!』
『賢吾! 落ち着け!』
『落ち着けだぁ? お前こそ落ち着いて考えろや! コウが殺されたんだぞ!』
怒号を上げる賢吾。
『こんなの、輝成さんは望んでいませんよ』
そう諭してくる片倉に、賢吾の怒りは更に燃え上がった。
『お前にコウの……俺の何がわかる! 俺にとってコウは全てだ! 殺させろ!』
怒鳴り散らす賢吾に、横たわっていた男は恐怖からか震えていた。
三人掛かりの状況下、完全にキレていた賢吾の身体が動き始める。もう少しで、男の喉元に両手が届く……賢吾の口角は上がった。
しかし、突如賢吾の身体は止まった。なぜだと、賢吾は力と意識が薄れていく最中振り返る。そこには、賢吾の腕に注射をしていた男性医師がいた。
鎮静薬を打たれたのか。
……畜生!
殺させろよ!
怒りを煮えたぎらせたまま、賢吾の身体は停止した。
後日、警察の捜査が始まり、賢吾の行動については厳重注意のみで済んだ。
今回の一件は、トラック運転手の居眠り運転が原因の事故で、被害者は輝成のみ。輝成を轢いた後、トラックは電柱にぶつかった。
輝成は青信号で横断歩道を歩いていただけであり、過失割合は10対0でこちらは何も悪くなかった。
そして本件は、事故を起こしたトラック運転手だけでなく、雇用している会社にも矛先が向けられた。
コストカットや利益優先を徹底し、人手不足にも関わらず長時間の過酷な労働を強いていた。労働基準法を激しく逸脱していたと、醜悪な実態が明るみとなり、マスメディアに大きく報道された。
これは、片倉、橘、そして若き日の輝成が世話になったという同業他社の社長、井端崇という男。この三人が、人脈や力をフルに使った成果である。
事故を起こしたトラック運転手は実刑判決で懲役二十年。
雇用していた会社の社長や幹部も実刑判決となり、当たり前だが会社は倒産。激しく世論に叩かれる顛末となった。
だが、皮肉にも輝成の死がFlameの価値を上げた。
新進気鋭の若者が、不慮の事故で亡くなった。世間から同情や激励をもらい、Flameの売り上げや認知度は更に伸びていき、ソリッドのブランド力は高まった。
『実刑二十年。あのおっさんは五十五歳なので、無期懲役に近いですね。五億以上の賠償金をむしって会社も潰したけど、ウチへの補填としては0.1パーセントにも達しない。輝成さんの代わりなどいない、穴は絶対に埋まりません。社長がおっさんを殺そうした時、社長じゃなかったら止めていませんからね。気持ち的には、僕だって社長と同じです』
判決を終えた裁判所からの帰り道、片倉は賢吾へ悔しそうな顔を向けそう言った。
『コウの代わりなんてどこにもいねぇ。俺は、コウを殺したおっさんだけじゃなく、あの会社の社長や幹部、コウを死に至らしめた関係者全員を今直ぐにでも殺してぇよ。殺して逮捕され、それで俺が死刑になってもいい』
『自分だけ楽になろうとしないでください。ずるいですよ……そんなの』
やり切れない思いを吐露する賢吾と片倉。
二人は地の底にまで沈んでいるような表情だった。
賢吾はハッと息を出し、強制的に回想を止めた。
向坂とのやり取りで懐かしさを感じたからか、勝手に始まってしまった。
結果、とてつもない不快感が賢吾を襲った。
真っ直ぐ帰る気分じゃないなと賢吾は思い、黄金町駅周辺の大衆居酒屋へ入った。
入店して間もなく注文し、グラスには常に酒がある状態をキープ。賢吾は浴びるように飲みまくった。何杯飲んだかも数えず、何も考えず、夢中で酒を飲み干す。
アルコール中毒でこのままぶっ倒れて、死なないかな。と期待しながら飲みに飲む賢吾。
閉店間際となり、店員がラストオーダーを確認しにきたので、賢吾は頼めるだけ酒を追加注文した。テーブルには酒が注がれたグラスだらけとなり、賢吾はまた貪り飲んだ。
全てのグラスを空にして閉店。
腹がタプタプになるほど飲み切った達成感はあったが、結局賢吾は倒れるどころか、酔うことすらできなかった。
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