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第三章
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輝成の言葉に悪意はなく、達観しているわけでもなかった。
輝成は今やるべきことを、必死にやっているだけだったのだ。
それに引き換え自分はどうだ?
輝成と比べたら天と地ほどの差がある環境下で、親に反発してグレた。
輝成から見れば、グレる暇があったわけだ。
いつの間にか賢吾は笑っていた。
『大宮さん? どうかされました?』
気でも触れたのかと、輝成が心配そうに言ってきた。
賢吾は大丈夫だと輝成に手で制す。それから大きく深呼吸をした。
あー、こんな奴もいるのか。
真利亜とは違った意味でのやばい奴。
こりゃ勝てん。
いいや、違うな。自分や真利亜とも異なっていて、そもそも同じ土俵にすら上がれていない。情けなさと不甲斐なさが、賢吾の身体中に染み込んだ。と同時に、なぜか爽快感があった。
甲子園優勝校と、何も努力をしていない常に地方大会一回戦負けの高校が戦い、ボコボコにされて五回コールド負けをしたような。そりゃ、当たり前だよねというか。
そして賢吾は思う。
波多野輝成、こいつは幸せにならなくてはならない……と。
『家、出たいのか?』
真面目な顔で賢吾は輝成へ確認した。すると、無表情だった輝成は目を見開き、即座に頷いた。
『なら、俺に任せとけ』
賢吾は親指を立て、笑顔でそう言った。
その日の内に竜次へ連絡し、良さそうな物件がないか相談した。
竜次の実家は個人経営の不動産屋を営んでいる。何とか好物件を見つけ、ギリギリまで価格を下げることに成功し、翌日には輝成が住める手筈を整えることができた。
また、輝成は単発のアルバイトばかりをやっていたので、賢吾が働いている建築現場を紹介した。服もボロボロだったので、賢吾のおさがりや、給料をはたいて買ってあげた。多少なりとも輝成の手助けになれたことが、自分のことのように嬉しかった。
そして、輝成が既製品ばかりを食べていると知り、家へ招いて夕食を振る舞うことにした。
ここで初めて、輝成と真利亜が出会うことになったわけである。
『俺の妹可愛いからな、勘違いして手を出すなよ。頼むぞ』
賢吾は輝成を家へ入れる前に、念を押した。
額面通りに受け取られると、バリバリのシスコンである。確かに、賢吾は両親が他界して以降心を入れ直し、真利亜との仲も劇的に改善していった。変な男と真利亜が付き合いでもしたら、と憂慮することもある。しかし、この発言においては真利亜ではなく、輝成のためであった。
真利亜は幼い頃から神童と呼ばれており、高校は自宅がある横浜市内ではなく東京の進学校へと通っている。尚且つ、身内だからと贔屓目かもしれないが本当に可愛いのだ。
真利亜は、身長百五十八センチ、奥二重で切れ長の目、鼻筋は綺麗で、口は小さく、顔も小さい。そして、長い黒髪に眼鏡を掛けており、賢吾とは真逆で清楚な美少女だった。
輝成は見た目も頭も悪くないが、さすがに真利亜に惚れでもしたら面倒なことになる。輝成には楽しい人生を送って欲しい、これ以上悲惨な目には遭わせたくなかった。
というのも、見た目に反して真利亜は性格がきつく我も強い。彼氏は学業の妨げになるし興味もないと常に言っており、真利亜に告白してきた連中が泣いて散っていった様を知っているので、絶対にそれだけは避けたいと賢吾は思っていたのである。
しかしながら賢吾の思惑とは裏腹に、唯我独尊だった真利亜の方が輝成に惚れた。
『コウ君、私と付き合ってくれるかな? 他に好きな子とかいないよね? 一つしか違わないけど、年上は嫌かな? あーもう、振られたらどうしよう? というか、お兄ちゃんも呑気にご飯食べていないで、コウ君から情報を聞き出すとか何か手伝ってよ』
夕飯の最中、泣きそうな顔で相談してくる真利亜に対し、賢吾は文字通り噴飯した。
むくれる真利亜を後目に、輝成は真利亜をも夢中にできる凄い奴なんだと、自分のことではないのに誇らしい気持ちになった。
賢吾にとって、輝成が特別な存在と認識したのはこの時からだろうか。
自分とは正反対の環境で育ちながらも、罪は犯さず芯を通して生きている。その姿は正に高潔の一言に尽きる。
輝成の幸せが自分にとって全て。
出来なかった親孝行への罪滅ぼし、無為で怠惰な時間を貪っていた自分への贖罪になると、賢吾は自然とそう思っていたのだろう。
だから、輝成が真利亜と付き合ったのは凄く嬉しかった。
徐々に感情を出し始めた輝成に、賢吾の胸は躍っていた。
このまま続けば良いと心の底から願っていた。
だが……そんな幸せを容赦なく壊す、10.5が起きた。
真利亜が死に、最後の一人である家族を失った自分も深く傷ついたが、何より輝成の悄然としている姿を賢吾は直視できなかった。
絶対に幸せになるべき者に、また傷を負わせてしまった。
悔やんでも悔やみきれなかった。
けれど、輝成のために生きることは変わらない。
何とか二人で励まし合い、輝成が会社を作ってくれ、仲間も増えた。輝成も、真利亜といた時のような笑顔はないが、真利亜を失った時と比べたら大分回復したと賢吾は感じていた。
誰かを愛し、本当の幸せを味わってくれと、賢吾は輝成の幸せだけを願う日々だった。
それなのに……。
三年前の十月五日。賢吾と輝成は、真利亜の命日なので墓参りをしていた。
輝成と別れてから数時間後、賢吾の携帯電話に病院から連絡がきた。
輝成が交通事故に遭い、意識不明の重体とのことだった。
賢吾は打ち合わせを切り上げ、即座に病院へ向かった。
真利亜の時以上だったのかもしれない。冷や汗が止まらず過呼吸状態になっていた。激を飛ばしながら運転してくれた竜次の助力もあり、賢吾は何とか病院へと着いた。
輝成は今やるべきことを、必死にやっているだけだったのだ。
それに引き換え自分はどうだ?
輝成と比べたら天と地ほどの差がある環境下で、親に反発してグレた。
輝成から見れば、グレる暇があったわけだ。
いつの間にか賢吾は笑っていた。
『大宮さん? どうかされました?』
気でも触れたのかと、輝成が心配そうに言ってきた。
賢吾は大丈夫だと輝成に手で制す。それから大きく深呼吸をした。
あー、こんな奴もいるのか。
真利亜とは違った意味でのやばい奴。
こりゃ勝てん。
いいや、違うな。自分や真利亜とも異なっていて、そもそも同じ土俵にすら上がれていない。情けなさと不甲斐なさが、賢吾の身体中に染み込んだ。と同時に、なぜか爽快感があった。
甲子園優勝校と、何も努力をしていない常に地方大会一回戦負けの高校が戦い、ボコボコにされて五回コールド負けをしたような。そりゃ、当たり前だよねというか。
そして賢吾は思う。
波多野輝成、こいつは幸せにならなくてはならない……と。
『家、出たいのか?』
真面目な顔で賢吾は輝成へ確認した。すると、無表情だった輝成は目を見開き、即座に頷いた。
『なら、俺に任せとけ』
賢吾は親指を立て、笑顔でそう言った。
その日の内に竜次へ連絡し、良さそうな物件がないか相談した。
竜次の実家は個人経営の不動産屋を営んでいる。何とか好物件を見つけ、ギリギリまで価格を下げることに成功し、翌日には輝成が住める手筈を整えることができた。
また、輝成は単発のアルバイトばかりをやっていたので、賢吾が働いている建築現場を紹介した。服もボロボロだったので、賢吾のおさがりや、給料をはたいて買ってあげた。多少なりとも輝成の手助けになれたことが、自分のことのように嬉しかった。
そして、輝成が既製品ばかりを食べていると知り、家へ招いて夕食を振る舞うことにした。
ここで初めて、輝成と真利亜が出会うことになったわけである。
『俺の妹可愛いからな、勘違いして手を出すなよ。頼むぞ』
賢吾は輝成を家へ入れる前に、念を押した。
額面通りに受け取られると、バリバリのシスコンである。確かに、賢吾は両親が他界して以降心を入れ直し、真利亜との仲も劇的に改善していった。変な男と真利亜が付き合いでもしたら、と憂慮することもある。しかし、この発言においては真利亜ではなく、輝成のためであった。
真利亜は幼い頃から神童と呼ばれており、高校は自宅がある横浜市内ではなく東京の進学校へと通っている。尚且つ、身内だからと贔屓目かもしれないが本当に可愛いのだ。
真利亜は、身長百五十八センチ、奥二重で切れ長の目、鼻筋は綺麗で、口は小さく、顔も小さい。そして、長い黒髪に眼鏡を掛けており、賢吾とは真逆で清楚な美少女だった。
輝成は見た目も頭も悪くないが、さすがに真利亜に惚れでもしたら面倒なことになる。輝成には楽しい人生を送って欲しい、これ以上悲惨な目には遭わせたくなかった。
というのも、見た目に反して真利亜は性格がきつく我も強い。彼氏は学業の妨げになるし興味もないと常に言っており、真利亜に告白してきた連中が泣いて散っていった様を知っているので、絶対にそれだけは避けたいと賢吾は思っていたのである。
しかしながら賢吾の思惑とは裏腹に、唯我独尊だった真利亜の方が輝成に惚れた。
『コウ君、私と付き合ってくれるかな? 他に好きな子とかいないよね? 一つしか違わないけど、年上は嫌かな? あーもう、振られたらどうしよう? というか、お兄ちゃんも呑気にご飯食べていないで、コウ君から情報を聞き出すとか何か手伝ってよ』
夕飯の最中、泣きそうな顔で相談してくる真利亜に対し、賢吾は文字通り噴飯した。
むくれる真利亜を後目に、輝成は真利亜をも夢中にできる凄い奴なんだと、自分のことではないのに誇らしい気持ちになった。
賢吾にとって、輝成が特別な存在と認識したのはこの時からだろうか。
自分とは正反対の環境で育ちながらも、罪は犯さず芯を通して生きている。その姿は正に高潔の一言に尽きる。
輝成の幸せが自分にとって全て。
出来なかった親孝行への罪滅ぼし、無為で怠惰な時間を貪っていた自分への贖罪になると、賢吾は自然とそう思っていたのだろう。
だから、輝成が真利亜と付き合ったのは凄く嬉しかった。
徐々に感情を出し始めた輝成に、賢吾の胸は躍っていた。
このまま続けば良いと心の底から願っていた。
だが……そんな幸せを容赦なく壊す、10.5が起きた。
真利亜が死に、最後の一人である家族を失った自分も深く傷ついたが、何より輝成の悄然としている姿を賢吾は直視できなかった。
絶対に幸せになるべき者に、また傷を負わせてしまった。
悔やんでも悔やみきれなかった。
けれど、輝成のために生きることは変わらない。
何とか二人で励まし合い、輝成が会社を作ってくれ、仲間も増えた。輝成も、真利亜といた時のような笑顔はないが、真利亜を失った時と比べたら大分回復したと賢吾は感じていた。
誰かを愛し、本当の幸せを味わってくれと、賢吾は輝成の幸せだけを願う日々だった。
それなのに……。
三年前の十月五日。賢吾と輝成は、真利亜の命日なので墓参りをしていた。
輝成と別れてから数時間後、賢吾の携帯電話に病院から連絡がきた。
輝成が交通事故に遭い、意識不明の重体とのことだった。
賢吾は打ち合わせを切り上げ、即座に病院へ向かった。
真利亜の時以上だったのかもしれない。冷や汗が止まらず過呼吸状態になっていた。激を飛ばしながら運転してくれた竜次の助力もあり、賢吾は何とか病院へと着いた。
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