10 / 70
第二章
2-2
しおりを挟む
橘は深く座り直すと、賢吾を睨み付けてから軽く息を吐いた。
「皆さん、忙しい中集まっていただきありがとうございます。私が提案した新規アプリ開発について、プレゼンをしたいと思います。では、渡辺さんお願いします」
橘から出される厳かな雰囲気に包まれ、会議は開始される。
動き出した渡辺は、持ってきていたノートパソコンを大型ディスプレイへと繋いだ。
「あれ? 紙なし?」
賢吾がそう聞くと、
「経費削減です。知りませんでしたか?」
橘が間髪入れずに言い返してきた。
賢吾は玲子へ確認するような目線を向けたが、そうだと頷いていた。
自分の知らないところで、会社が勝手に動いている。今までの自分ならどうでもいいかと思ったであろうが、賢吾は多少なりとも悔しさを感じた。
「あ、というわけで……画面にて説明させていだたきます」
渡辺は柔和な笑みを浮かべた。
「質疑応答はプレゼン後でお願いします」
橘がそう付け足し、また場が緊張感に満ちた。
「それでは、皆さんよろしくお願いいたします」
渡辺は深く頭を下げると、なぜか楓もペコペコとしていた。
「新規アプリは箱庭ゲームです」
フワフワしていた様子から一変し、渡辺は真面目な表情で切り出した。
「自分好みの箱庭を作る楽しさ、他ユーザーとのコミュニケーション、ユーザー同士の箱庭の出来映え比べ、等々を軸に置いています。通貨はゴールド。ショップでアイテムを買う、キャラを買う。レベルが上がるにつれて、ゴールドの上限も上がっていく仕組みです。ゴールドの初期設定は百にしており、五分置きに一ゴールド回復する予定です」
淀みないプレゼンテーション。
画面に映し出されたのは、可愛らしい家具に囲まれた部屋。その部屋の中にいるデフォルメされた愛らしいキャラクター達は、動いたり、笑ったりしていた。
しかしそれだけではなく、あぐらをかいて酒を飲んでいるおっさんのようなキャラクターもおり、シュールな面白さもあった。
「マネタイズは、ゴールドを全回復させることですが、こちらは時間が経てば回復しますので主軸ではありません」
最中、なぜか石橋が溜め息を吐いていた。
「主にはガチャです」
言い放った渡辺とは対照的に、石橋は気落ちしているようであった。
「ある特殊なアイテムやキャラは、ガチャで獲得できるようにする。基本的なアイテムやキャラは、ゴールドで買うような仕組みです。被ったアイテムやキャラは、ユーザー同士で交換できるシステムを設けたいと思います。他にもタイムセールなどを実施し、ゴールド回復で稼ぐことも考えてはいますが、メインはガチャです。ガチャでは自社で作る物だけではなく、市販されている家具や、有名デザイナーとのコラボ。キャラであれば、アニメや漫画のキャラとのコラボなどを考えており、より収益が見込めると思います」
渡辺は次々と変わる画面を的確に説明する。
「そして、本アプリの主なターゲットはFlameと同じく若年層です。Flameのネームバリューを利用することで、集客も見込めます。更に、Flameとの連携もできれば幅が広がると思っています」
言い終えると同時に、渡辺は賢吾達へ正対した。
「簡潔ではありますが、以上です。ご清聴ありがとうございました」
渡辺がお辞儀をした後、
「質問がある方はどうぞ」
と橘は手を軽く上げた。
誰からも言葉が出ないので、橘が渡辺に席へと戻るよう目配せをする。渡辺は片付けをしてから、座っていた席に戻った。
「いいんじゃない?」
「可愛いくて面白そうね」
まずは松井がそう言い、玲子も続いた。
しかし、
「私は反対」
と言った石橋は揺るがない様子だった。
「理由を聞きましょう」
橘に言われ、石橋は大きく息を吐く。
「結局はガチャゲーってことでしょう? 絶対に嫌です。ガチャは必ず課金周りでエラーが生じるし、被害額も半端じゃない。しかも、若年層をターゲットにしているところが殊更に質が悪いですね。未成年がどれだけ親の金を無断で使っているかご存知ですか? そしてそんなクソガキの親からクレームが来るのがウチなわけです」
「それがCSの仕事でしょう?」
間断なく言い放った橘に、石橋は顔を歪ませた。
「はぁ? CSはユーザーから怒られることが仕事じゃない! ユーザーを快適にもてなすことが仕事なんです!」
石橋が立ち上がって怒鳴り返す。ソリッドの獰猛なチワワが降臨した。
「トーカ、落ち着いて」
片倉が宥めると、石橋は不服そうに座り直した。
「私は、輝成さんからガチャはやらないって言われた。その前提でここに入社している。ウチの子達にも理不尽なクレームは受けさせたくない。やるんだったら辞める」
石橋は怒気を漲らせて述べた後、そっぽを向いた。
「ちょっと、話が飛躍しすぎじゃね? ガチャ云々で辞めるとかさ」
賢吾はそう笑って場を収めようとした。だが、逆にその態度が癪に障ったのか、
「時代の流れ的に、売るならガチャゲーは必須でしょ」
と辰巳が言い、
「まぁ……仕方ないよね」
更に山岡も乗っかってきた。
その二人を古参者の栗山と平田が強烈に睨み付けており、余計に空気が悪くなってしまったと賢吾は後悔した。
そんな中で、
「客観的に見て、内容自体は悪くないと思ったけどな。石橋さん的には面白くもないってこと?」
寺島は我関せずと明るい声だった。
「CSの肩書なしで、フラットな意見もください」
橘はトーンダウンし、石橋へ確認をした。
「Flameのネームバリューもある。今のところ、そこまで競合するアプリがない。売れるとは思いますよ。でも……やりたくない」
「本音が出てる」
不貞腐れて言う石橋に、辰巳は嘲笑っていた。石橋は目つきが鋭くなり、言い返そうと息を溜めたが片倉が手で制した。
「売れるし面白いとは思いますが、僕も反対です。トーカは、我が身可愛さやわがままで物事を決めません。全てはウチのブランドを護ること、ユーザーへの背徳行為が許せないだけです。元々は、ガチャゲーのCSで揉まれてきた奴ですからね」
石橋を暴走させないよう、片倉はその気持ちを代弁するかのようだった。
「……あ、あのぅ」
楓が小さな声を出した。
「皆さん、忙しい中集まっていただきありがとうございます。私が提案した新規アプリ開発について、プレゼンをしたいと思います。では、渡辺さんお願いします」
橘から出される厳かな雰囲気に包まれ、会議は開始される。
動き出した渡辺は、持ってきていたノートパソコンを大型ディスプレイへと繋いだ。
「あれ? 紙なし?」
賢吾がそう聞くと、
「経費削減です。知りませんでしたか?」
橘が間髪入れずに言い返してきた。
賢吾は玲子へ確認するような目線を向けたが、そうだと頷いていた。
自分の知らないところで、会社が勝手に動いている。今までの自分ならどうでもいいかと思ったであろうが、賢吾は多少なりとも悔しさを感じた。
「あ、というわけで……画面にて説明させていだたきます」
渡辺は柔和な笑みを浮かべた。
「質疑応答はプレゼン後でお願いします」
橘がそう付け足し、また場が緊張感に満ちた。
「それでは、皆さんよろしくお願いいたします」
渡辺は深く頭を下げると、なぜか楓もペコペコとしていた。
「新規アプリは箱庭ゲームです」
フワフワしていた様子から一変し、渡辺は真面目な表情で切り出した。
「自分好みの箱庭を作る楽しさ、他ユーザーとのコミュニケーション、ユーザー同士の箱庭の出来映え比べ、等々を軸に置いています。通貨はゴールド。ショップでアイテムを買う、キャラを買う。レベルが上がるにつれて、ゴールドの上限も上がっていく仕組みです。ゴールドの初期設定は百にしており、五分置きに一ゴールド回復する予定です」
淀みないプレゼンテーション。
画面に映し出されたのは、可愛らしい家具に囲まれた部屋。その部屋の中にいるデフォルメされた愛らしいキャラクター達は、動いたり、笑ったりしていた。
しかしそれだけではなく、あぐらをかいて酒を飲んでいるおっさんのようなキャラクターもおり、シュールな面白さもあった。
「マネタイズは、ゴールドを全回復させることですが、こちらは時間が経てば回復しますので主軸ではありません」
最中、なぜか石橋が溜め息を吐いていた。
「主にはガチャです」
言い放った渡辺とは対照的に、石橋は気落ちしているようであった。
「ある特殊なアイテムやキャラは、ガチャで獲得できるようにする。基本的なアイテムやキャラは、ゴールドで買うような仕組みです。被ったアイテムやキャラは、ユーザー同士で交換できるシステムを設けたいと思います。他にもタイムセールなどを実施し、ゴールド回復で稼ぐことも考えてはいますが、メインはガチャです。ガチャでは自社で作る物だけではなく、市販されている家具や、有名デザイナーとのコラボ。キャラであれば、アニメや漫画のキャラとのコラボなどを考えており、より収益が見込めると思います」
渡辺は次々と変わる画面を的確に説明する。
「そして、本アプリの主なターゲットはFlameと同じく若年層です。Flameのネームバリューを利用することで、集客も見込めます。更に、Flameとの連携もできれば幅が広がると思っています」
言い終えると同時に、渡辺は賢吾達へ正対した。
「簡潔ではありますが、以上です。ご清聴ありがとうございました」
渡辺がお辞儀をした後、
「質問がある方はどうぞ」
と橘は手を軽く上げた。
誰からも言葉が出ないので、橘が渡辺に席へと戻るよう目配せをする。渡辺は片付けをしてから、座っていた席に戻った。
「いいんじゃない?」
「可愛いくて面白そうね」
まずは松井がそう言い、玲子も続いた。
しかし、
「私は反対」
と言った石橋は揺るがない様子だった。
「理由を聞きましょう」
橘に言われ、石橋は大きく息を吐く。
「結局はガチャゲーってことでしょう? 絶対に嫌です。ガチャは必ず課金周りでエラーが生じるし、被害額も半端じゃない。しかも、若年層をターゲットにしているところが殊更に質が悪いですね。未成年がどれだけ親の金を無断で使っているかご存知ですか? そしてそんなクソガキの親からクレームが来るのがウチなわけです」
「それがCSの仕事でしょう?」
間断なく言い放った橘に、石橋は顔を歪ませた。
「はぁ? CSはユーザーから怒られることが仕事じゃない! ユーザーを快適にもてなすことが仕事なんです!」
石橋が立ち上がって怒鳴り返す。ソリッドの獰猛なチワワが降臨した。
「トーカ、落ち着いて」
片倉が宥めると、石橋は不服そうに座り直した。
「私は、輝成さんからガチャはやらないって言われた。その前提でここに入社している。ウチの子達にも理不尽なクレームは受けさせたくない。やるんだったら辞める」
石橋は怒気を漲らせて述べた後、そっぽを向いた。
「ちょっと、話が飛躍しすぎじゃね? ガチャ云々で辞めるとかさ」
賢吾はそう笑って場を収めようとした。だが、逆にその態度が癪に障ったのか、
「時代の流れ的に、売るならガチャゲーは必須でしょ」
と辰巳が言い、
「まぁ……仕方ないよね」
更に山岡も乗っかってきた。
その二人を古参者の栗山と平田が強烈に睨み付けており、余計に空気が悪くなってしまったと賢吾は後悔した。
そんな中で、
「客観的に見て、内容自体は悪くないと思ったけどな。石橋さん的には面白くもないってこと?」
寺島は我関せずと明るい声だった。
「CSの肩書なしで、フラットな意見もください」
橘はトーンダウンし、石橋へ確認をした。
「Flameのネームバリューもある。今のところ、そこまで競合するアプリがない。売れるとは思いますよ。でも……やりたくない」
「本音が出てる」
不貞腐れて言う石橋に、辰巳は嘲笑っていた。石橋は目つきが鋭くなり、言い返そうと息を溜めたが片倉が手で制した。
「売れるし面白いとは思いますが、僕も反対です。トーカは、我が身可愛さやわがままで物事を決めません。全てはウチのブランドを護ること、ユーザーへの背徳行為が許せないだけです。元々は、ガチャゲーのCSで揉まれてきた奴ですからね」
石橋を暴走させないよう、片倉はその気持ちを代弁するかのようだった。
「……あ、あのぅ」
楓が小さな声を出した。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
よくできた"妻"でして
真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。
単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。
久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!?
※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。
もう一度『初めまして』から始めよう
シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA
母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな)
しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で……
新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く
興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は……
ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
一か月ちょっとの願い
full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。
大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。
〈あらすじ〉
今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。
人の温かさを感じるミステリー小説です。
これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。
<一言>
世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。
日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき
山いい奈
ライト文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。
世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。
恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。
店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。
世都と龍平の関係は。
高階さんの思惑は。
そして家族とは。
優しく、暖かく、そして少し切ない物語。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ミッドナイトウルブス
石田 昌行
ライト文芸
走り屋の聖地「八神街道」から、「狼たち」の足跡が失われて十数年。
走り屋予備軍の女子高生「猿渡眞琴」は、隣家に住む冴えない地方公務員「壬生翔一郎」の世話を焼きつつ、青春を謳歌していた。
眞琴にとって、子供の頃からずっとそばにいた、ほっておけない駄目兄貴な翔一郎。
誰から見ても、ぱっとしない三十路オトコに過ぎない翔一郎。
しかし、ひょんなことから眞琴は、そんな彼がかつて「八神の魔術師」と渾名された伝説的な走り屋であったことを知る──…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる