上 下
20 / 46
第1章 Reborn

第20話 抜けた歯車

しおりを挟む
『カラーン』
ドアが小さな呼び鈴を鳴らして開き、男が入ってきた。
男はコートを脱ぎながら、客のいない椅子をチラっと見る。
「ここ、空いてるかね」

銀座の小さなバー。
クラシックな装飾で、カウンターだけがある。
店主用の小さなテレビが奥にあった。
五人も座ったら、誰も入れない店だ。

カウンターの店主はパイプを咥え、笑顔で迎える。
「桜庭さん、いらっしゃいませ。何にしましょう」
「今日は祝い酒なんだ。ワインをくれ」
「それは、おめでとうございます。じゃあ、この一杯は私からのプレゼントで」

二人は軽くグラスを掲げ、グイと飲み干した。
「誕生日か何かですか?」
「そうだな、戦友との約束が守れた記念日と誕生日がやっと来た感じだ」
バーテンダーは不思議そうな顔をする。
「そうですか良かったですね」

「まぁ、本人にとっちゃ迷惑な話かもしれんが。
 使い捨てカイロみたいと思ってた連中に、一発喰らわせる事が出来る」

桜庭はグラスを眺めながら思った。
警察は創立からの縦割社会の悪習は、全く変わっていない。
ネットが普及し便利になった反面、法の穴をすり抜ける凶悪犯罪が右肩上がり。
ダークウェブには、覚醒剤から機関銃の作り方まで、落っこちてる。
更に、誹謗中傷、ネットに書いてあることが真実と思い込む人は後を絶たない。
自殺、殺人、虐待、デジタルタトゥ、今の法律では裁けない事が多すぎる。
俺は七年前に誓ったんだ。

すまん山本。美鈴はお前の横に置いておきたかったんだが、俺が暫く預かる。
あの娘はお前と美沙さんがあの事件で死んでから、俺が親代わりで育てたが、
本当はコッチ側に来てほしくなかったんだよ。
どっかのいい男と幸せに暮らしてもらいたかった。
それがまぁ、正義感丸出しの男勝りで、ただ本当に真っすぐで、俺が一番信用できる警部だった。
美鈴はきっとわかってくれると思う。

ん?
視線をテレビに移すと、ニュースで神崎大臣のインタビューが映った。
桜庭は、少し眉間にしわを寄せ、
乾いた呼び鈴を鳴らしてバーを出て行った。



     ◇

新堂は、四畳半の自室で転がって、宙を見上げて考えていた。
まさか、美鈴が生きていたなんて。

新堂は、普通の人よりデカい拳で自分の頬を思いっきり殴ってみた。
三発。

痛い。うん夢じゃない。鼻血も出た。

嬉しくて泣けてくる。
ガバっと起き上がり考えた。
いや、まだ実際にこの目で見るまでは信用できない。

昔の事が、頭を駆け巡る。
新堂は新人の頃から美鈴に世話になり、
警視庁の名コンビ『美女と野獣』と言われていた。

体形は平均を上回っている。身長190㎝体重110㎏。
小学生になる頃には、既に170㎝を超えていてよく『巨人』とか『ポセイドン』とかあだ名をつけられた。
親は二人とも160㎝ぐらいで小柄だから不思議だ。
小さな頃から少し動くだけで周りの物を壊したりするから、背中を丸めるのが癖になっていた。
高校に入りラグビーを始め、組織と礼儀を教えてもらった。

大学でもラグビーを続け、卒業の時は実業団からオファーが殺到した実力の持ち主である。
警察に入る切っ掛けになったのは、小学生の頃、道で老人のカバンを盗んだ窃盗犯を取り押さえた警察官に憧れたからだ。
刃物をもった犯人に恐れもなく飛び掛かり、あっという間に捕まえたシーンは今でも鮮明に蘇る。
そして大学卒業後に警察官となった。

新堂は新人の頃に美鈴と出会った。
研修所に視察で来ていた美鈴にいきなり、
「おい! デカブツ野郎! 今すぐ姿勢を正せ、堂々とせんか!
 そんな恵まれた体をくれた親に感謝しろ!」
と蹴りを入れられた。
勿論、美鈴の方が痛がっていたが。

一方、美鈴は身長162㎝。スラっと脚が長く、ちょっと痩せ気味。切れ長の超美人だった。
そんなコンビだからよく目立った。
捜査で街を歩いていると『尾行にならん』と一緒に歩く事はNGだったが
『シン、行け!』その一言で新堂は仕事した。
『よくやったな』と美鈴に褒められる事が、新堂にとっての生きがいだったのだ。

新堂の中で、それはいつの間にか恋に置き換わっていた。
この人を絶対に守ると誓った。
だが、新堂は守りきれなかった。生きがいが零れ落ちてしまった。

新堂は思う。
あの七年前、俺も死んだ。
自暴自棄を繰り返す日々。
ウサ晴らしでヤクザの事務所をぶっ壊したり、暴走車をひっくり返したり。始末書だらけの毎日。
問題児だらけで有名な、東班に入れてもらったのもその頃だ。

ある日、立てこもり事件が起きた時、窓から美鈴に似た女性が悲鳴を上げていた。
俺はSWAT隊が到着する前に単独で現場に突入し、容疑者に撃たれながらもぶん殴って事件を収めた。
現場に来た桜庭は、倒れた容疑者の砕けた顎を触りながら、俺にこう言った。

『新堂。一体何をやってるんだ。お前にはまだやる事があるだろう』
俺はやっと、息が出来た気がしたんだ――

そうだ、あの事件は俺が引き継がなくてはいけない。
でないと、美鈴が浮かばれない。
空いてる時間を使って、一から捜査をやり直した。
東課長は前より大人しくなった俺が、単独捜査している事を知っていたが何も言わなかった。
皆も知っていた。でも止めなかった。
『それは新堂。お前がやるべき仕事だ』と。

新堂はモニターの中のデータを確認する。
神崎が何かをやっているのは間違いないのだ。
あとは尻尾を掴むだけだ。

美鈴は生きていた。
腕が無くても、足が無くても、そんなのどうでもいい。
絶対に俺が守る。

新堂はすぐにでも美鈴に会いたい気持ちを、グッとこらえ資料をアップした。
送られてきたアドレスを眺め、狭い玄関から大きな体を出そうとした時
何も無い部屋をグルっと見渡した。
あの時全て家具類はすべて捨ててしまった。
ちょっとした衣類と布団とネットだけしかない。

そうだ、帰りにちゃぶ台とコーヒーカップのセットを買ってこよう。
班長、俺のコーヒーだけは褒めてくれたからな。

何も無かった薄暗い部屋は、いつもより明るく感じ、新堂は部屋を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ベル・エポック

しんたろう
SF
この作品は自然界でこれからの自分のいい進歩の理想を考えてみました。 これからこの理想、目指してほしいですね。これから個人的通してほしい法案とかもです。 21世紀でこれからにも負けていないよさのある時代を考えてみました。 負けたほうの仕事しかない人とか奥さんもいない人の人生の人もいるから、 そうゆう人でも幸せになれる社会を考えました。 力学や科学の進歩でもない、 人間的に素晴らしい文化の、障害者とかもいない、 僕の考える、人間の要項を満たしたこれからの時代をテーマに、 負の事がない、僕の考えた21世紀やこれからの個人的に目指したい素晴らしい時代の現実でできると思う想像の理想の日常です。 約束のグリーンランドは競争も格差もない人間の向いている世界の理想。 21世紀民主ルネサンス作品とか(笑) もうありませんがおためし投稿版のサイトで小泉総理か福田総理の頃のだいぶん前に書いた作品ですが、修正で保存もかねて載せました。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...