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兵庫県予選大会 1日目
第111走 過去の栄光?
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【続いては3年生男子、100m決勝です。出場選手の紹介を行います】
◇
洗濯機にユニフォームを入れて、風呂へと向かう前に部屋へと戻っていた結城。
そんな彼は現在、由佳に言われた”過去の自分の動画”を無料動画サイトで見始めていた。
その映像とはまさに、結城が中学の兵庫総体において”100m中学日本新記録”を出したものだ。
「うわ、なつかし。そうえいえばこんなユニフォームだったな」
思わず懐かしさを口にする結城だが、部屋には1人しかいないので独り言も恥ずかしくはない。
【5レーン 早馬結城くん 佐久間中学】
そして動画に映ったのは、中学2年生の時の結城。
今と違って坊主頭の彼は、日に焼けている上に仏頂面なのも相まってか、昔の日本兵のように見えてしまう。
「うわー、客観的に見るとメチャメチャ話し掛けづらそうなヤツだな俺……」
なんて事呟いていると、結城はもう1つ重要な事に気付いた。
「……あれ、ちょっと待て。となり郡山じゃねぇか!ハハハッ、一緒に走ってたんだな」
そう、坊主の結城の隣に立つ坊主は、紛れもない今のチームメイト・郡山翔だったのだ。
だがそれもそのはず翔も結城と同じ兵庫出身の同級生スプリンター、結城が意識していなかっただけで、翔からすればずっと前を走っていたのは結城だったのだ。
その結城に対する想いの強さは、入学直後のことを思い出せば納得がいく。
【————On Your Marks】
そして動画は、いよいよスタートの準備へと入っていく。
ちなみにこの動画は、当日に動画を撮っていた一般人がアップロードしたモノであり、誰でも見ることができる様になっていた。※
撮影地点は100mのゴール地点辺りで、スタート前の選手の顔は少し距離的に遠い。
そんな動画のタイトルは……
”早馬結城10.54 中学日本記録達成の瞬間”
【Set…………】
歴史の変わるレースの号砲が、いよいよスタジアムに響き渡っていく。
————————
【おぉ、おぉ、早い!!】
【早馬くん、早馬くんだ!!】
【ダントツ!ヤッバ早すぎだろ!】
映像の中には、レース中にも関わらず観客の歓声が多く入っていた。
そしてその声の大半は、50m地点で既に体2つ分はリードしている結城に対しての驚きの声である。
「うわ、こんなダントツだったんだ」
そして結城本人でさえ、数年ぶりに見返した日本記録のレース動画に驚きを隠せずにいた。
「これ、ホントに俺なんだな……」
とうとう体4つ分ほどのリードを作ってフィニッシュした結城の速報タイムは”10.55”。
それまでの中学日本記録を0.01上回る、既にとんでもない記録だ。
【うおぉぉおおお!!】
【はっや!?え、はっや!!】
【日本記録じゃない!?あのビジョンに書いてある10.56が日本記録でしょ?日本記録じゃん!!】
騒然とする観客と、結城と共に走っていた周りの選手たち。
どうやらとんでもない記録を目の当たりにしてしまった衝撃が、ジワジワと競技場を侵食しているようだった!
そしてとうとうビジョンに表示された正式タイム”10.54”。
これを見た観客たちは一斉に大歓声を上げ、新たな歴史を創造した結城に対して賛辞の拍手を送り始めていた。
【パチパチパチパチッ!!!】
陸上競技において”花形競技”と呼ばれる100m。
その100mにおいて新記録を更新するというのは、他の種目よりもさらに特別なモノなのだ。
「客席スタンド、こんな盛り上がってたんだ。全然聞こえてなかったな」
当然ながら結城は、結城自身の視点しか知らない。
なのでこの客席スタンドからの新鮮な賛辞は、時間をかけて今の結城に届いていたのだ。
【ごらんの通り、佐久間中学の早馬結城くんが中学男子100mの日本新記録を達成しました!おめでとうございます!!】
日本記録更新を告げるアナウンスに対し、再び割れんばかりの拍手がこだまする緑山記念競技場。
もはや一緒に走っていた選手たちすら、淡々と歓声に答える結城に対して拍手を送っていた。
もちろんそれは、翔も同様である。
さらには……。
【ありがとう早馬くーん!】
【ありがとー!!】
動画内では、結城に感謝を伝える歓声も響いていた。
だがその瞬間、今の結城は小さな違和感を覚える。
(感謝……されてたのか)
だが結城にとっての小さな違和感は、それだけではない。
「いや、それよりも昔の俺カッコつけすぎだろ……!?感謝されてるんだから、歓声に答えろよ!なに手挙げるだけでスカしてんだよ中坊ぉ!!」
過去の自分の行動に対して、思わず結城は大きな声でツッコんでいた。
だがその怒りと同時に結城は”ある事”にも気付く。
「ていうか、マジで今の俺と別人だな」
毎日鏡で見ているはずの自分の顔と、動画内に映る自分の顔。
確かにどちらも結城なのは間違いないのだが、それでも確かな違いがそこにはあった。
「……自信か?」
そして結城はボソッと呟く。
だが相変わらずスカした反応を見せる過去の自分の表情からは、間違いなく”自信”が満ち溢れていたのだ。
走る事に恐怖など微塵も感じていない、負ける事など体験した事のない、いわば”最強の自分”である。
【私だったら、自信持ってトラックに立てると思うよ】
ふと数十分前に由佳に言われたセリフを思い出す結城。
おそらく彼女の言う自信とは、ここまで完璧なレースを披露した自分自身に対しての自信の事だったようだ。
「あぁ、そうだよな。この頃の自分と、今の自分。間違いなく地続きなんだよな。なのに今の俺は……」
結城自身の足を引っ張っていたのは、紛れもない結城自身だったという事に気付いた彼は、胸からスゥ……と何かが落ちていく感覚に気づく。
あの瞬間の匂い、風景、疲労感、全てが今の自分自身の為にあった、そんな感覚だ。
【マジの天才。こんな中学生2度と現れないだろ】
【将来9秒台確定】
【脚の運びがスムーズすぎる!なんか勝手に進んでる感じ?】
【定期的に見てモチベ上げてる】
【中学で陸上やめたってマジ?才能の無駄遣いすぎる】
【消 え た 天 才】
【死んだってマジ?】
【俺の方が早いwwwww】
【絶対早熟タイプだろ。今全く名前聞かないのが証拠】
様々な感想が飛び交う無料動画サイトのコメント欄。
すると結城はそれらに対し”ふんっ”と軽く鼻で笑い、とうとう動画を閉じていた。
そしてスマホをベッドに強く投げ捨て、大きく背伸びをしてから”叫ぶ"。
「うるせぇぇえーーー!!消えてねぇわバカヤロォがぁああ!!!!」
直後に鼻から”フンッ!”と息を強く吐いた結城は、その脚で”ある場所”へと向かうのだった。
————————
※現実における大会の動画・写真撮影について・・・関係者以外の選手撮影行為は禁止です。近年では大会要項に必ず書かれている正式なルールとなっています。場合によっては身分証明や撮影目的を問われ、通報される場合もあります。
(この物語はフィクションです)
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洗濯機にユニフォームを入れて、風呂へと向かう前に部屋へと戻っていた結城。
そんな彼は現在、由佳に言われた”過去の自分の動画”を無料動画サイトで見始めていた。
その映像とはまさに、結城が中学の兵庫総体において”100m中学日本新記録”を出したものだ。
「うわ、なつかし。そうえいえばこんなユニフォームだったな」
思わず懐かしさを口にする結城だが、部屋には1人しかいないので独り言も恥ずかしくはない。
【5レーン 早馬結城くん 佐久間中学】
そして動画に映ったのは、中学2年生の時の結城。
今と違って坊主頭の彼は、日に焼けている上に仏頂面なのも相まってか、昔の日本兵のように見えてしまう。
「うわー、客観的に見るとメチャメチャ話し掛けづらそうなヤツだな俺……」
なんて事呟いていると、結城はもう1つ重要な事に気付いた。
「……あれ、ちょっと待て。となり郡山じゃねぇか!ハハハッ、一緒に走ってたんだな」
そう、坊主の結城の隣に立つ坊主は、紛れもない今のチームメイト・郡山翔だったのだ。
だがそれもそのはず翔も結城と同じ兵庫出身の同級生スプリンター、結城が意識していなかっただけで、翔からすればずっと前を走っていたのは結城だったのだ。
その結城に対する想いの強さは、入学直後のことを思い出せば納得がいく。
【————On Your Marks】
そして動画は、いよいよスタートの準備へと入っていく。
ちなみにこの動画は、当日に動画を撮っていた一般人がアップロードしたモノであり、誰でも見ることができる様になっていた。※
撮影地点は100mのゴール地点辺りで、スタート前の選手の顔は少し距離的に遠い。
そんな動画のタイトルは……
”早馬結城10.54 中学日本記録達成の瞬間”
【Set…………】
歴史の変わるレースの号砲が、いよいよスタジアムに響き渡っていく。
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【おぉ、おぉ、早い!!】
【早馬くん、早馬くんだ!!】
【ダントツ!ヤッバ早すぎだろ!】
映像の中には、レース中にも関わらず観客の歓声が多く入っていた。
そしてその声の大半は、50m地点で既に体2つ分はリードしている結城に対しての驚きの声である。
「うわ、こんなダントツだったんだ」
そして結城本人でさえ、数年ぶりに見返した日本記録のレース動画に驚きを隠せずにいた。
「これ、ホントに俺なんだな……」
とうとう体4つ分ほどのリードを作ってフィニッシュした結城の速報タイムは”10.55”。
それまでの中学日本記録を0.01上回る、既にとんでもない記録だ。
【うおぉぉおおお!!】
【はっや!?え、はっや!!】
【日本記録じゃない!?あのビジョンに書いてある10.56が日本記録でしょ?日本記録じゃん!!】
騒然とする観客と、結城と共に走っていた周りの選手たち。
どうやらとんでもない記録を目の当たりにしてしまった衝撃が、ジワジワと競技場を侵食しているようだった!
そしてとうとうビジョンに表示された正式タイム”10.54”。
これを見た観客たちは一斉に大歓声を上げ、新たな歴史を創造した結城に対して賛辞の拍手を送り始めていた。
【パチパチパチパチッ!!!】
陸上競技において”花形競技”と呼ばれる100m。
その100mにおいて新記録を更新するというのは、他の種目よりもさらに特別なモノなのだ。
「客席スタンド、こんな盛り上がってたんだ。全然聞こえてなかったな」
当然ながら結城は、結城自身の視点しか知らない。
なのでこの客席スタンドからの新鮮な賛辞は、時間をかけて今の結城に届いていたのだ。
【ごらんの通り、佐久間中学の早馬結城くんが中学男子100mの日本新記録を達成しました!おめでとうございます!!】
日本記録更新を告げるアナウンスに対し、再び割れんばかりの拍手がこだまする緑山記念競技場。
もはや一緒に走っていた選手たちすら、淡々と歓声に答える結城に対して拍手を送っていた。
もちろんそれは、翔も同様である。
さらには……。
【ありがとう早馬くーん!】
【ありがとー!!】
動画内では、結城に感謝を伝える歓声も響いていた。
だがその瞬間、今の結城は小さな違和感を覚える。
(感謝……されてたのか)
だが結城にとっての小さな違和感は、それだけではない。
「いや、それよりも昔の俺カッコつけすぎだろ……!?感謝されてるんだから、歓声に答えろよ!なに手挙げるだけでスカしてんだよ中坊ぉ!!」
過去の自分の行動に対して、思わず結城は大きな声でツッコんでいた。
だがその怒りと同時に結城は”ある事”にも気付く。
「ていうか、マジで今の俺と別人だな」
毎日鏡で見ているはずの自分の顔と、動画内に映る自分の顔。
確かにどちらも結城なのは間違いないのだが、それでも確かな違いがそこにはあった。
「……自信か?」
そして結城はボソッと呟く。
だが相変わらずスカした反応を見せる過去の自分の表情からは、間違いなく”自信”が満ち溢れていたのだ。
走る事に恐怖など微塵も感じていない、負ける事など体験した事のない、いわば”最強の自分”である。
【私だったら、自信持ってトラックに立てると思うよ】
ふと数十分前に由佳に言われたセリフを思い出す結城。
おそらく彼女の言う自信とは、ここまで完璧なレースを披露した自分自身に対しての自信の事だったようだ。
「あぁ、そうだよな。この頃の自分と、今の自分。間違いなく地続きなんだよな。なのに今の俺は……」
結城自身の足を引っ張っていたのは、紛れもない結城自身だったという事に気付いた彼は、胸からスゥ……と何かが落ちていく感覚に気づく。
あの瞬間の匂い、風景、疲労感、全てが今の自分自身の為にあった、そんな感覚だ。
【マジの天才。こんな中学生2度と現れないだろ】
【将来9秒台確定】
【脚の運びがスムーズすぎる!なんか勝手に進んでる感じ?】
【定期的に見てモチベ上げてる】
【中学で陸上やめたってマジ?才能の無駄遣いすぎる】
【消 え た 天 才】
【死んだってマジ?】
【俺の方が早いwwwww】
【絶対早熟タイプだろ。今全く名前聞かないのが証拠】
様々な感想が飛び交う無料動画サイトのコメント欄。
すると結城はそれらに対し”ふんっ”と軽く鼻で笑い、とうとう動画を閉じていた。
そしてスマホをベッドに強く投げ捨て、大きく背伸びをしてから”叫ぶ"。
「うるせぇぇえーーー!!消えてねぇわバカヤロォがぁああ!!!!」
直後に鼻から”フンッ!”と息を強く吐いた結城は、その脚で”ある場所”へと向かうのだった。
————————
※現実における大会の動画・写真撮影について・・・関係者以外の選手撮影行為は禁止です。近年では大会要項に必ず書かれている正式なルールとなっています。場合によっては身分証明や撮影目的を問われ、通報される場合もあります。
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