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兵庫県予選大会 1日目

第88走 伝統の隠れ家

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 いよいよ始まった兵庫県予選。
 早くも緑山記念競技場では熱い戦いが繰り広げられている。

「1着川島くん、宝田※。49秒37」
※学校名

 競技場内には、たった今終わったばかりの男子400m予選2組の結果がアナウンスされる。
 そして大型のビジョンに次々と結果が表示され、結城達もそれをメインスタンドで座りながら見ているのだった。

 だが結城に関しては、その表情は明らかに”固い”。

 それもそのはず、結城は前回の北城市予選の100mに出場したとはいえ、試合かん自体はまだまだ取り戻せてはいないのだ。
 さらに言うと大型ビジョンが使用されるような大きな大会は、ケガをする直前に出場した2年前の中学近畿予選大会以来である。
 この独特の緊張感とレベルの高い選手が次々と出てくる状況は、今の結城を緊張させるには十分だったようだ。

(あーヤバ。まだ4継まで時間あるのに、思ったより緊張してるな俺……)

 そもそも結城は自分を客観的に見るクセがある。
 普段はその性格に助けられる事も多いのだが、今日に限っては緊張に気付いてしまった自分の性格を恨んでいた。

 だが仮に気付かなかった所で、この後の4継予選で走るという事実は変わらない。
 むしろ”緊張に対する準備ができるだけマシ”と考えるようにしているのだった。



「だめだ、俺ちょっと散歩してくる」

 だがとうとう座っているだけの状況に耐えられなくなったのか、結城は康太にそう言い残して競技場を出ていた。
 とにかく体を動かさないと落ち着かなかったのだ。

「お、4継のエース出陣ですか、頑張れよ~」

 そして県予選には出場しない康太は、気楽に結城を見送るのだった。

————————

 緑山記念競技場の周りには、豊かな自然と運動施設が混在している。
 野球場、テニスコート、体育館、アスレチック……。
 プロアスリートから健康志向の一般人にまで需要がある場所なのだ。

 そんな緑に囲まれた運動公園の中を、結城は少し早足気味に歩いていた。
 目的地は無いが、とにかく体を動かして緊張をごまかしているようだ。

 すると見えてきたのは野球場である。

 プロの野球チームも使用するほどの立派な球場だが、どうやら今日は草野球チームが試合を行なっているようだった。

(野球か~、久しくやってないな)
 
 実は結城は中学生になるまでは少年野球をやっていた。
 その時から数えると、約3年以上は野球から離れている事になる。

 すると球場の外でキャッチボールやノックを行う選手達も同時に視界に入った。
 その光景を見た結城も、当時の練習風景などを少し思い出している。

「ナイスキャッチ―!次ぃ」
「腰高いんちゃうか!?低く低く~!」
「今日はエラー多かったヤツは焼肉おごりな!」

 結城は楽しそうに練習をする大人たちを、歩く速度を落としながらと見ていた。

 (この人達は、向こうで陸上の大会がやってる事なんて知らないんだろうな」

 そう考えると、結城は少しだけ気持ちがラクになっていた。

 ”自分は見られていない”という、競技場では絶対に気付けなかった感情。
 あのまま競技場に居れば、狭い視野で自分を苦しめ続けていたかもしれない。

(来てよかったかもな)

 結城は再び歩く速度を上げた。



 さらにそこから10分程歩いた所に、結城は森林の中へとつながる小道を見つけていた。
 どうやら登り階段になっており、先の見えない森林の上部へと繋がっているようだ。

(なんだろココ?ハイキングとかの道かな?)

 ここまでの”整備された道”とは正反対と言えるようなガタガタの木の階段。
 4継のアップまで時間がある結城は、興味本位でその階段を登って行くことにした。

 急な階段では無いが、1段1段が高いせいか自然と結城の息も弾み始める。

(結構長いな……!あ、でも頂上見えてきた)

 すると結城の視線の先には、少し朽ちた木で出来た”東屋あずまや”が見えてきた。
 作りは立派だが、かなり年数は経っているように見える。

「へ~、こんな所に東屋あるんだ」

 気付けば結城の口から感想がこぼれていた。
 その間にも、木々の間から心地良い風が吹き抜けている。

 ————だが突然、東屋の向こう側から”ガサ……”という物音が響いた!

「え!?」

 結城は驚きのあまりサッと身構える。
 だがそれもそのはず、明らかに”人の影”が結城の視界には映っていたのだ!

(ヤバい、知らない人に独り言聞かれた!?)

 だがそんな結城の予想とは違い、その人影は”結城の知っている人物”だった。


「早馬くん……!?こんな所でどうしたの?」


 その人影の正体は、まさかのキタ高3年・如月美月きさらぎみつきだったのだ。
 さすがに美月の方も予想外だったのか、3年の部員達も見た事の無いような表情を浮かべている。

「き……如月先輩っ!?何でこんな所に!!?」

 動揺を隠せない結城も、何とか質問を絞り出す。

「それはこっちのセリフでもあるよ早馬くん!そっちこそ何でこんな所に?フフッ」

 さすがは3年生。
 先ほどまでの驚いた様子は既に無くなっており、いつもの可憐な雰囲気へと戻っていた。

「えっと、僕は完全にたまたまです……。その、アップついでに歩いてたら、たまたま見えたんです。あ、その、階段がある小道が!」

 結城は動揺のあまり、急に日本語が下手くそになっていた。
 だが何とか最低限ここに来た経緯だけは説明をする。

「そうだったんだ。てっきり後を付けられたのかと思っちゃった」

「えぇ!?そんな事はしないですよ!そんな、はい…」

「ごめんごめん、冗談だよ、フフフッ」

 美月はいつになく機嫌が良さそうだ。
 そして彼女は続ける。
 
「……私はね、緑山で試合がある時はいつもこの場所に来るんだ。中学の時からお気に入りの場所」

 美月は東屋の手すりに指をかける。

「ここは人も来ないし、自然に囲まれてるし、風も凄く気持ちいいでしょ?だから緊張をほぐすには最適の場所なんだ」

 するとそれを聞いた結城は、明らかに申し訳なさそうな表情を浮かべながら答えた。

「え!?す、すいませんでした、僕なんかが入ってきちゃって!か、帰りまーす……」

 さすがに気まずさを感じ取った結城は、スグに登ってきた階段の方に身体を向けようとした。
 だが意外にも美月はそれを制止した。

「え?早馬くん、大丈夫だよ?私はもうすぐ4継のアップだから。男子の方が4継は後でしょ?だからまだここに居ても大丈夫だよ」

「え?ま、まぁ確かに本格的なアップまでも1時間以上ありますけど…」

「じゃあ、ここ譲ってあげる。これからもね」

「ゆず……これ……えぇ!?」

 相変わらず結城は動揺を隠せない。
 だがそれと同時に、美月の言い放った”これからもね”の意味が理解出来ていなかった。

 次の言葉を聞くまでは。

「3年として、ここで試合するのはもう最後だからね」

 結城はスグに”あっ”という表情を浮かべる。

「私が引退したら、次は早馬くんがこの場所を使ってくれたら嬉しいな。伝統……?みたいな感じで、なんか良いでしょ?」

 美月はとてもリラックスした笑顔を結城に向けている。
 だが雰囲気のある東屋も相まって、結城には美月が神様のように映っていた。

「神様みたい……」

「え?何か言った?」

「え!あ!?何でもないっす……。あの、先輩が良いのであれば、今後も使わせてもらいます!!」

「良かった。有効に使うんだよ?」

「は、はいっ!」

「あ、それとね早馬くん…」

 すると最後に美月は、少しだけ目を伏せた。
 そして軽く息をフッと吐いた後に、自らの思いを吐露とろする。

「1年生に頼むのも恥ずかしいんだけど、みんなを……3年生のみんなを少しでも長く陸上部に居させてね。君ならきっと出来るから」

 それは美月にとって、3年と共に4継を走る結城への熱いエールだったのだ。

「……はい!」

 その想いを肌で感じ取った結城は、1人残された東屋で気持ちを整えるのだった。

————————
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