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北城市地区予選 1年生編

第55走 キタ高の騒音機

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 男子100m第1組の選手達は、既にスタブロ(スターティングブロック)の調整も終わり、いよいよスタートの号砲を待つのみとなっていた。

 前にも触れたが、緑山記念陸上競技場は県内でもトップクラスの大きさを誇る競技場である。
 360度を座席に囲まれているので、2組目以降の選手達はスタンド座席の下にあるトンネルのような空間で待機している。

 ちなみに他の小さな競技場だと、スタンドの座席はメインストレート側(100mを走る直線)のみにしか作られておらず、100mの待機場所には屋根も何もない競技場も当たり前に存在している。
 それとくらべるだけでも、いかに緑山記念が大きいかが分かった。

————————

 そんなスタンド下から見えるメイントラックの赤色は、結城に懐かしさと共に緊張感も運んできていた。
 陸上競技において最短で勝負が決まる種目にも関わらず、1番の花形種目でもある100m走。

 ”たった100m”、”たった数十秒”で終わる競技だが、それ故に”たった1つのミス”が命取りになる。
 そんな競技に、結城は再び挑もうとしているのだ。
 プレッシャーを久しぶりに感じている結城の表情は、すでに固まり切っている。

(あれ、昔こんな緊張してたっけ……?)

 そう、結城にとっては”中学2年生の近畿大会以来”のレースだ。
 当時はケガをしていたとはいえ、県大会で日本記録を出した直後だった。
 確固たる自信を胸にレースに臨めていたのだ。

 だが今は違う。全くもって違う。

 1年間以上まともに運動すらしなかった上に、短距離の練習を再開してまだ1ヶ月ほどしか経っていない。
 もちろん多少は走る感覚を取り戻しつつはあったが、トップスピードを出す事への恐怖は根強く残っており、当然筋力も元には戻ってはいない。

(あれ、試合の時どうしてたっけ?こんなフワフワしたままスタート待ってたっけ。やば、地面が揺れてる感じするんだけど……)

 結城の頭の中は、ドンドン不安と緊張で埋め尽くされていく。
 すると隣に荷物をトンッと置いた隼人は、結城の様子に気付いたのか、スグに声をかけた。

「おい早馬大丈夫か!?顔ガチガチだぞ?セメントでも塗ったのか!?」

 そう言って結城の背中を軽くトントンと叩き、笑顔を結城に見せる。
 さすがは3年生のトップスプリンター、緊張するにはまだまだ早い事をシッカリと理解しているようだ。

「だ、大丈夫っす……。久しぶりの実戦で、ちょっと緊張してるだけです」

 結城は口ではそう言いつつ、徐々に吐き気も感じ始めている。
 だがそんな結城に、隼人は優しい口調で語りかけ続けた。

「なぁ、持ってる能力以上のモノを出そうとするなよ。どれだけ緊張しようが、どれだけ集中しようが、積み上げてきた経験も能力も今スグ変わらないんだから。それに早馬にとっては、まだ結果を求めるのは早いんじゃないか?今はトラックに帰ってこれた事を最大限喜ぼうよ、な?」

 そして隼人は握った右の拳で、結城の左胸を軽く叩いた。
 ようやく結城は、うつむいていた顔を上げて隼人の顔を見る。

「あ、ありがとうございます。緊張するのが早すぎましたね」

「あぁ、今日は早馬の陸上人生にとっての”スタート”でしかないさ。フィニッシュまでまだまだ距離あるぞ?目の前の結果は、俺と郡山に任してくれればいいから、プレッシャーなんか考えずに走ればいい!!」

 そう言って隼人は、ゆっくりとスパイクへ履き替えるのだった。

————————

 そんな隼人の期待も背負う郡山翔は、100mの第4組である。
 たった今第3組がスタートしようとしているので、いよいよ次が翔の番だ。

 すると……。


「シァァァァァイ!!!!!!」


ァァアアイ……ァァアアアイィ……ァァァィ……


 競技場全体にしばらく響き続けるような叫び声が上がったのだ!
 ”何が起こった!?”と驚く選手達の目線の先には、紛れもない”彼”がいた。

「シャアア!いくぞコラァアア!!」

 そう、キタ高の郡山翔だ。
 さらに続けて翔は、体全体を強く叩き始める!
 これも”パチン!パチン!”という音がコンクリートに反響しているが、実はこれが翔なりの気合いの入れ方であり、ルーティンでもあったのだ。

「ちょ、ちょっとそこの君!北城高校の子?少し静かにしなさい!」

 だがとうとう、最終確認をする招集係の大人に注意されてしまった。
 だが彼の顔は臨戦体制の状態から変わる事はない。

(郡山、相変わらずすぎるだろ……マジでどこ行ってもうるさいんだな)

 そう心の中で呟くのは結城だ。
 しかし不思議な事に、結城は少し安心を感じていた。
 ”うるさい翔”という”日常”が、どうやら結城の緊張を少し和らげたようなのだ。

 だがキャプテンの隼人は、結城とは対照的に呆れた表情を浮かべている。
 初試合で係員に注意される問題児が自分の後輩なのだ、心労は計り知れない。

 だがそんな状況でも予定通り第3組はスタートし、いよいよキタ高としての100mが始まろうとしていた。

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