余命一週間の君と僕。

白鷺人和

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二話

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親の顔よりも見た帰路を歩いていくと、ズラリと並んだ集合団地が姿を現した。

クローンみたいに同じ形、同じ白色の団地が並び、気を付けないと住んでいる僕ですら見分けがつかなくなる。

右から三つ目の団地に入る。階段を上り、踊り場を三回経由して目的の階についた。
部屋の前に立ち、ポッケの鍵を取り出す。

僕はなれた手付きで鍵を開け、部屋に入った。

「ただいま」

返事を期待しないただいまを言って部屋の奥へと進む。返事がないので居ないのかと思ったら、部屋の隅に母がいた。

テーブルも何もない生活感の無い部屋で、体育座りの格好で隅にいた。

母はなにやら虚空を見つめて何か言っている。同じ部屋にいる僕ですら聞き取れない音量だ。ボサボサの紙に隠され顔は見えない。

僕が通学かばんを下ろし、何か食べようと冷蔵庫を開けたところで、母は僕に気づき顔を上げた。

「帰ってたの?ただいまくらい言いなさいよ」

消え入りそうな声で母は言った。頬は前に見たときより痩せこけているように見える。

「ごめんなさい、言うの忘れてた」

僕は嘘を言って誤魔化した。この対応が一番上手くいく確率が高い。「言ったよ」なんて正しいことを言ったら大変なことになる。

「……そう」

無関心にそう呟いて、また母は俯いた。
今日は機嫌がいい日だな。僕は母を見つめながらそう思った。

僕は部屋にある唯一のタンスの一番下にある引き出しを開け、明日の準備をし始めた。できるだけ音が鳴らないように注意する。

明日の教科書をカバンに入れ終え、僕は引き出しからひとつの本を取り出した。

日本にある植物について書かれた子供向けの図鑑。

僕はタンスによりかかり、図鑑を読み始めた。何回も読み返してるから、内容は既に頭に入っている。どんどんページをめくって、最後まで捲ったらまた最初から。

夜になるまでそれを繰り返すのが、僕の日常だった。

「うるさい」

不意に母が口を開いた。
しまった。ページを捲る音か。

「ごめんなさい」

僕は図鑑を閉じ、引き出しに戻そうとした。こめかみに鈍い衝撃が走り、視界が揺れる。

横をみてみると、いつの間にか立ち上がっていた母が血走った目を僕に向けていた。からだの横に配置された手は拳を握っている。

「謝るくらいなら、最初からやるな!」

ごめんなさい、とまた言おうとしたがやめた。火に油を注ぐ行為だろう。

母は僕の襟首を掴み、玄関へと引きずっていった。母の力は弱々しかったが、抵抗せずについていく。

母は僕を外へ出し、扉を閉めた。僕は閉じられた扉をじっと見ていた。

こめかみを撫でてみると、コブにはなっていないようだ。よかった、これくらいですんで。

僕は母の怒りが収まるまで、廊下で待った。

途中、隣のオジさんが帰ってきて、僕を見て舌打ちをした。

僕は廊下から見える外の景色をボーッと眺めていた。車や人が歩いていくのをただ眺める。

茜色に染まった道を様々なものが通っていく。トラックやバイク、軽自動車に人。

僕はこの景色を眺めるのが好きだった。誰からも傷つけられない時間。母に嫌な思いをさせない場所。

そのときふと、歩道を歩いていた人が一人。立ち止まって僕の住む団地を見ていた。

遠いからよく分からないが、髪は長く女性に見える。

その人は一分程こちらを見つめると、団地に向かって歩き始めた。僕は何やら嫌な予感がした。

その人が僕の死角に入り、数分が立った頃。階段を上る音が微かに聞こえてきた。

音は徐々に近づいていき、僕の階で止まる。僕が階段の方へ視線を向けると、そこから一人の少女が姿を現した。

真白美香だった。

彼女は廊下に立ち竦む僕を見つけると、悪戯な笑顔を向けた。



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