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一話 雪女④

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好き……?樫本さんが、富樫くんのことを……?

「えーと、それはloveの方のってこと?」

「……はい」

顔全体を真っ赤に染め上げたまま、恥ずかしそうに返す。

まじか、俺は日野くんが陽の感情で温度が上がるなら、温度が下がる性質は負の感情によって発生している筈だと決めつけていたが、それは固定観念だったということか。

「えーと、参考までに富樫くんの何が好きかとか教えてくれない、できたらでいいんだけど」

俺の軽い質問を皮切りに樫本さんは立ち上がると、企画プレゼンのごとく語り始めた。

「富樫くんは、とにかく優しいんですよ!入社したときに一番に話してくれて、その瞬間に好きになったんです!それから可愛い犬歯とかもふもふなとことかーーーー」

終わらない演説が始まってしまい、俺は富樫くんの愚痴を効いていた時のように、相槌マシーンと化して時間がすぎるのを待った。

それにしても、俺は日野くんが陽の感情で温度が上がるなら、温度が下がる性質は負の感情によって発生している筈だと決めつけていたが、それは固定観念だったということか。


社内恋愛か。まさかここで、普通の社内トラブルになるとは思わなかった。

演説を聞いてみると、好きになった理由は入社して間もないときに、最初にフランクに話しかけてくれたのが富樫くんだったかららしい。

それだけで、とも思えるが、樫本さんにとっては重要なことなのだろう。

それか、雪女の逸話には恋愛が絡むものが多いし、少し惚れっぽいのかもしれない。

いつもの切れ長の目をかっぴらいて演説をしている樫本さんを抑えるのに苦労した。

いつものキリッとした顔に戻り、落ち着きを取り戻した樫本さんは少しため息をついた。

「私は彼を思えば思うほどに、冷気が上がって、彼を遠ざけてしまうんです」

先程のハイテンションが嘘かのように気分が落ち込んでいる。

樫本さんとは、こんなに情緒が豊かな女性だったのかと感心しつつ、俺は、上司として人として、どのようにこの問題と向き合っていいかわからずにいた。

実際、この会社では社内恋愛を禁止してはいない。

しかし、彼女の冷気はテンションが上がるほどに強くなる。ヤマアラシのジレンマのような繊細な問題だ。

樫本さん程の美人から告白しようものなら、富樫くんは文字通り尻尾を振って喜びそうなものだが。

「日野くんのように、温度をコントロールできるようになり訓練したりとかはできないのかい?」

「いえ、そういった訓練は既にしているのですが、富樫くんを前にするとどうも……」

日野くんも不意に喜んだときなどには温度が上がってしまうし、彼女もそうなのだろう。

想えば想う程に、冷気が強くなってしまう。想えば想う程に……あ。

「樫本さん、この状況、逆に利用できるかもしれない」




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