国を捨てて自由を掴む

神谷アキ

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2、婚約者

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 宿舎生活2日目。私たちは朝食を食べてすぐ、カイルさんの元へ向かっていた。テルの望みだった騎士団の訓練を見学させてもらうためだ。私もこんな機会は滅多にないので楽しみにしている。

 朝からテンションの高いテルと、まだ若干眠そうなヒナ。いつもより起きる時間が早かったから寝足りないみたい。いつもなら1時間くらいは多く寝られるけど、ここの食堂は時間が決まっているからね。

 そして、待ち合わせしていた別館前のベンチ。私達が着くのと同時にカイルさんも歩いてくるのが見えた。いつもの格好ではなく、兜を手に鎧を身につけている。


「うわぁ、かっこいい!」

「カイルお兄ちゃんが付けているの硬いね!」


 テルがカイルさんを見て声を上げた。確かに、騎士の格好をして髪をかき上げている姿はかっこいい。普段よりも男らしさがにじみ出ている。つい一目見てドキッとしてしまった。
 
 私が目を離せないでいると、ヒナが手の平で鎧をパシパシと叩いている。そんなに叩くと手が赤くなっちゃう。


「ヒナ、叩かないの。手が痛くなっちゃうよ。カイルさんも訓練に参加するんですか?」

「ああ。今日見せるのは一般騎士の訓練だが、実戦形式だからな。近衛も混ざって対戦するんだ」

「カイルお兄ちゃんも戦うの?」

「そうだ。鎧をつけた訓練は月に2、3回くらいしかないからな。それに近衛も混じるから皆本気で戦う。俺たちは近衛騎士として負けられないし、そうじゃない奴は俺たちを倒して実力を示し、出世するため。それぞれのプライドや意地があって訓練だがかなり実戦に近い」

「迫力がすごそうですね。テル、私たち運がいいね。本気の試合が見られるよ」

「うん、楽しみ」


 滅多に見られない騎士達の戦い。ソシリス王国では年に1回、騎士達のプライドをかけた試合があった。毎年、建国記念日の次の日に開催される。その名も『王国騎士団対抗戦』。大人から子供まで盛り上がる一大イベントだ。
 
 この対抗戦で上位に入った騎士は名声を得られ、出世への道が開ける。騎士なら誰でも参加する権利があるため、新人たちにとってもまたとない絶好の機会。

 そして、王族も観戦が義務付けられている。国を守る騎士達の勇姿を、感謝と敬意を持って見守るのだ。私もお城で生活してた中で、この日は数少ない楽しみだった。


「ひとまず、訓練場に案内する。飽きたら途中で帰ってもいいが、その時は俺に知らせてくれ」

「僕はずっと見てる! こんなチャンス滅多にないもん」

「そうか。テルが見てるなら俺も勝たなきゃな」


 興味津々なテルに、いつもヒナにしているみたいに頭をなでる。鎧で感触は硬そうだが、テルは嬉しそうだ。やっぱり男の子だし騎士に憧れているのね。
 

「ヒナも応援するよ! あと、コリスお兄ちゃんも!」

「コリス? コリスを知っているのか?」

「あ、そうなんです。昨日食堂で知り合いまして」

「肩の上にヒナを乗っけてくれたの! あと、お膝の上でご飯食べた」

「膝の上で……?」


 一瞬、カイルさんの目つきが鋭くなった。テルとヒナを可愛がっているし、カフェにいた頃カイルさんの膝はヒナの定位置だったからね。今度カイルさんの膝の上にも乗ってあげるように言わないと。
 顔を背けて密かに笑っていると、テルと目があった。テルも嫉妬してるカイルさんがツボに入ったようだ。バレないように2人で笑いながら歩いていくうちに訓練場を見渡せる場所に来た。

 上から見下ろすような形だが、ここはもともと訓練を見学するために作られた所のようだ。誰か偉い人たちが見に来ることもあるのだろう。広くはないが観客席がある。


「俺は訓練に行くが、もし何かあったら呼んでくれ。あと途中で帰るときも。暑かったらそこにある日避けを使ってくれ」


 私たちが座ると、カイルさんは下に降りていった。さらに陽が出てきそうなので、言われたとおりにパラソルみたいな日避けを準備する。

 しばらくすると、沢山の騎士が集まり始めた。かなりの人数が揃ったが、鎧の形が違う。カイルさんと同じ装飾の人とシンプルな形を着ている人がいる。近衛と一般の騎士で鎧のデザインも違っているのか。
 3人でカイルさんを探していると、「整列!」と大きな声が聞こえた。

 辺りに声が響くと、たちまち2つのグループに分かれて整列する。前に出ている人が話しているが、内容までははっきり聞こえてこない。でも真剣な表情が見えるからこれからの試合について説明しているのだと思う。短い話が終わると同時に、騎士たちが一斉に敬礼をした。

 そのあとは30分ほど、走ったり素振りやストレッチをしていた。各々で体を温め、対戦の準備をしている。
 また大声が聞こえると今度は2つのグループに分かれて、それぞれ大きな円を描くように広がった。さっきは鎧で分かれていたけど、今回はごちゃ混ぜだ。このグループで対戦するみたい。

 すると4人の騎士が出てきた。グループごとに2人ずつ、一対一で向き合っている。


「あの中にいる人、顔が見えないよ。カイルお兄ちゃんどこ?」

「兜で見えなくなっちゃったね。試合の前はつけていないからその間に見つけよう」


 私とヒナが話している最中に試合は始まった。カンッと武器同士がぶつかる音が聞こえる。激しい打ち合いにいつのまにか目が吸い寄せられていたが、片方が剣を落としたのを合図に試合は終わった。もう一方のグループはすでに次の試合に入っている。


「……すごかったね。自分でも気づかないうちに集中して見てた」

「うん。剣を落としたのを惜しかったね」


 テルと感想を言い合いながら次の試合も見る。どの試合も騎士達の気迫に吸い込まれそうだった。
 何試合か見ていると、急に静かだったヒナが手を振り始めた。見ると、試合を見守っているカイルさんがいる。もしかして、あの人数の中からずっとカイルさんを探していたの!?

 あの位置だと次かその後に順番が来そう。よく見つけられたね。
 人知れずカイルさんを探していたヒナに驚いていると、今度は大声でカイルさんを呼び始めた。
 

「カイルおにいちゃーん! 試合がんばってねー!」


 思ったよりも、ヒナの高い声は訓練場に響き渡った。応援や怒声が飛び交っているのにそれを上回る大きさだったようだ。
 今まで目の前の試合を見ていた騎士が一斉に上を向く。注目が集まって苦笑いがこぼれるが、ヒナは満面の笑みで手を振っていた。

 どよめきが起きる中、名前を呼ばれたカイルさんは苦笑いしながらも手を振り返してくれる。何人か食堂やカフェで見かけた騎士の人も見つけた。指をさして私たちを知らない人に説明しているようだ。そろそろ恥ずかしくなってきた。

 軽く目があった人に会釈をしていると、中央の方にコリスを見つけた。テルとヒナにも教えてあげよう。


「テル、ヒナ、コリスがあそこにいるよ」

「どこー? あ、いた! コリスおにいちゃーん!」


 またもやヒナが大声をあげる。今度は私たちではなくコリスに注目がいった。私も一緒になって手をすると近くの騎士がコリスを問い詰めているように見える。
 あ、カイルさんと違ってまだ新人って話だから訓練中に呼びかけるのはまずいかも。


「ヒナ、カイルさんは大丈夫かも知らないけど、コリスは上司に怒られちゃうかも。今は声をかけるのはやめとこう」

「じゃあカイルお兄ちゃんを応援する」

「うん、皆で応援しようね」


 ざわざわとした空気は消えないが、試合は進んでいく。ついにカイルさんの番が来たようだ。円の中心に出ていくが、対戦相手に話しかけている。どうしたんだろう。
 見守っていると、その人はまた引っ込んでしまった。かわりに驚いた様子の兜もつけていない騎士が出てくる。


「あれ?」

「サラさん、カイルさんの対戦相手にコリスさんが出てきたよ」

「ええ、そうみたい……」

「どっち応援しよっかなー、でもコリスお兄ちゃんは怒られちゃうからカイルお兄ちゃん!」


 出てきたのはコリスだった。知り合い同士の対戦になってしまった。食堂の話をした時も知っているみたいだったし、名指しで指名したのかも。
 予想もしない展開になってきたけど、2人の試合に好奇心が抑えられなかった。
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