国を捨てて自由を掴む

神谷アキ

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1、『ブックカフェ ラーシャ』

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「馬車!?」


 慌てて近くにいた人に声をかける。お店に馬車に乗ってくるような人なんていない。何があったのかだけでも知りたかった。


「何があったんですか!?」

「ん? ああ、なんでもお貴族様が柄の悪い人たちを連れてきたらしいんだが、お店のドアに鍵がかかっていて入らないのを、窓を割って入ってきたんだ」

「そんな!」


 子供達2人しかいないから、防犯のことも考えて鍵を閉めたのが仇になったかもしれない。2人は無事なの!? 教えてくれた人へのお礼もそこそこに、お店の中に駆け込んだ。

 さっき教えてもらったとおり、窓が割れていた。ガラスが散らばっている。中を見ると、沢山の散らばった本とこの間お店に来た人たちがいた。やっぱりあの人たちだったんだ。

 子ども達を探すと、近くに座り込んでいた。テルの顔は赤く腫れており、ヒナが泣きながら抱きついている。


「テル! ヒナ!」


 走って行って2人を抱きしめた。ヒナはすぐ私に抱きついてくる。その格好のままテルの顔を見ると、口の端が切れているようだ。子どもにこんなひどいことをするなんて。怒りで目の前が真っ白になった。


「テル、なにがあったの?」

「サラさん達が出かけたあと、2人でおやつを食べていたんだ。そしたら馬車で誰かがやってきて、ドアを開けろって言ってきたけど、この間の怖い人たちだったから開けなかったんだ。そしたら、棒みたいなので窓を割って入ってきて。そのまま本棚のところへ行って、袋に本を入れ始めたんだ」

「お兄ちゃんね、本を持って行かないでってあの人達のところに行ったの。そしたらうるさいって怒鳴られて、顔をぶたれたの。ヒナ、怖くてずっとお兄ちゃんと一緒にいたの。そしたらカイルお兄ちゃんがやってきてくれたの」


 大体の話を聞いて、事情を把握した。テルはこの小さな体で一生懸命守ろうとしてくれたんだ。


「テル、ありがとう。本を守ろうとしてくれてありがとね。でもね、テル。私は本よりもテルの方が大事だからこれからは危ないと思ったら逃げてね」


 腫れているほっぺたを撫でながらテルに伝える。確かにここに置いてある本は貴重だけど、それよりも2人になにがあった方が嫌だ。
 初めは、子供が満足に食事も取れないような環境にいて欲しくなくてここに住むように言った。全員は流石に無理だけど、2人だけでも幸せに過ごせたらって。

 けれど、一緒に生活するとヒナはとにかく可愛いし、テルはあまり感情を口には出さないけど表情でわかるし。お店の仕事も楽しいって全身で表現してくれていて、私もこの子達が大好きになっていたのよね。

 でも、だからこそ今回のことは許せない。今はカイルさんひとりで睨み合っている状態だ。
 私たちが入ってきて動きが止まったようだけど、もし襲いかかってきたら人数の差には勝てない。どうすれば、と頭を働かせているとでっぷりした男の人が歩いてきた。


「こんにちは。この店の店長さんですか?」

「そうですが、何か。何故こんなことをしたのですか?」

「いやぁ、少し前にも伺ったんですが帰されてしまったようなので。今回は私が直々に来たんですよ」

「何が言いたいのですか?」

「それはもちろん、盗品を押収するのですよ。こんな場末のカフェなんかに置いておくようなものじゃない。だから私が、親切で然るべき場所へ戻してあげようというのですよ」

「押収は騎士団の証書がないとできないと伺ったのですが」

「そうですか、そんなに見たいなら……」


 でっぷりした男が後ろに手をやると、執事服を着た男性が紙を持ってきた。それを受け取り、私たちに見せる。

「ほら、見なさい。しっかり騎士団の判子が押してあるのがて見えるでしょ? 正式な書類です」

「ばかな……」


 カイルさんが呟くが、騎士団が調査に来たことなんて一度もない。調査をされずに証書が作られているなんておかしい。


 ニヤニヤしている男を睨みつけていると、男達が本を袋に入れ始めた。


「騎士団なんて来ていません! それに、これらの本は私が持ってきたものです。勝手に持っていくなんて許せません」

「あなたが? なぜ庶民がこんなに貴重な本を持っているのでしょうか。盗品という以外に説明できませんよ」


 言い返したくとも、王女のことはバラしてはいけない。なにも言えずにいると、カイルさんが話し始めた。


「おい、証書を見せてみろ」

「ダメですよ。破かれたりしたらたまったもんじゃないですからね」

「俺がここにきてから、騎士団の調査なんて一度もない。潜入調査しているやつもいなかった」

「なんであなたに、そんなことがわかるんです? 潜入して調査してたらわかるはずがありません」


 のらりくらりと言い返しているが、カイルさんが静かに、ずっと腰に下げてあった剣を取った。これには男も顔を青ざめさせている。

「正論言ったら脅しですか! あなた達、この男を倒してしまいなさい!」

「カイルさん!」


 いくらなんでもあの人数相手に1人は無茶だ。その場にいる人たちが剣を抜いたのを見て、ヒナが悲鳴を上げる。

 私には悲惨な未来しか見えなかった。
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