高校生、戦国を生き抜く

神谷アキ

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3、織田信長

50、閑話『失敗は成功のもと〜真夏に潜む危険〜』

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「……いっそのこと川に飛び込みたい」

「この近くにはないぞ。まあ、気持ちはわかる」

 じりじりと太陽が照りつける夏の真昼間。俺と鉄が屋敷を歩いている時、重孝と二郎丸が庭をコソコソと移動しているのを発見した。

「何やってるんだ、あいつら。こんな暑い時間に」

「さあ? どうせ勉強をさぼっているんじゃないの」

 暑さで頭の回らない中、適当に鉄の質問に答える。
 二郎丸は普段はそこそこ真面目に勉強や武士としての教育に取り組んでいるが、たまに我慢してた分が爆発するように言うことを聞かなくなる時がある。
 俺が算学を教えているときも途中で敏之の部屋に資料を借りて戻ってくると、もぬけの殻だった時もあった。

 周りをきょろきょろと見廻し、抜き足差し足忍び足。しかも二人とも口元と頭に布を巻いているため、さながら盗人のようである。あんなに出会った時はプライドの高かった重孝が……とちょっと笑いそうになりながら見ていると、二郎丸が俺達に気づいた。

「あ、真人と鉄」

「しっ! 二郎丸だまれって!」

 しいっ! と人差し指を口に当てて重孝が二郎丸の背中を叩く。すると目だけハッとしてすぐにまた前を向いて進もうとする。
 俺達から顔を隠して歩いていく二人を見てなんだなんだ、と鉄と庭に降りた。そこで鉄が素早く距離を詰め、気づいていない重孝の肩を軽く叩くと大袈裟な程びくっと体を震わせてから勢いよく振り向いた。

「今は忍者ごっこ中だから話しかけたら駄目なんだぞ!」

「忍者ごっこ? なんだそれ。見つかったから終わりじゃないのか?」

「真人と鉄はいいんだ。だって鉄は本当の忍びだし、真人が教えてくれたんだし」

 この言葉を聞いて思い出した。あーあー、あったわそんな事も。暇だ暇だってうるさいから物語で聞くような忍者を話して聴かせたんだよな。池の中で筒をだして身を潜めたり、背景と同じ柄の模様の布で景色と同化したり。

 忍者ごっこでもすれば? って言ったけど、まさかこんな暑い日に行動に移すとは。
 でも話し終えた際に見た顔は目がきらきらというよりギランギランって輝いていた気がする。まあ、男ならそういうのに憧れるし、かっこいいって思うだろうけど。

 おそらく、真似したかったけど流石に難易度が高いから誰にも見つからないように何処かに移動しようとしていたのだろう。あの盗人のような口元と頭は二人のイメージか。
 俺が回想している間に簡単な話を聞いた鉄はなんとも言えない表情でこっちを見てくる。なんだその呆れた眼差しは。

「どろんって……妖術か?」

「そういう事だから、あっち行ってて」

 結局、子供二人にぐいぐいと背中を押されて庭から追い出される。そのまま小さな不審人物を眺めてから、暑さで限界な身体を冷やすために井戸で頭から水をぶっかけたいとその場を後にした。

──忍法、隠れ身の術! どろん!
──手はこうだぞ。忍法、隠れ身の術! どろん!

 後ろから聞こえてくる大声と、横から突き刺さる「何を教えたんだ?」という訝しげな視線は無視をした。



────その日の夕食

「おい、真人。食べ方がきたない。口から米が落ちたぞ」

「て、鉄だって肩がぶるぶる震えて汁物が床に溢れてるじゃん。敏之を見習いなよ」

 自分のことを棚に上げて俺を責める鉄に敏之を見習えと言い返す。敏之も少し危ないが、この中では一番綺麗な食べ方をしているのだ。

「ほら、二郎丸と重孝も。せっかくの食事の時間にそんな顔をするなって」

 ついでに、ぶすっとふてくされながらご飯をつついている奴等にも声をかける。しかしその二人の方へ顔は向けない。行儀良く真正面……どちらかというと反対側を向きながら話しかけた。

「ねえ、何があったの?」

 とうとう、食べていたお椀を置いて敏之が口を開いた。途端に耐えきれなくなった俺達が軽い呼吸困難に陥りながら床をバンバンと叩く。涙目で正面を見ると鉄がむせて今度は胸を叩き出していた。

「ゴフッ、クク、そらこんな暑い日の昼間にずっと外にいたら日に焼けるだろ」

「何時間いたんだよ二人とも」

「それにしてもこれは……。じ、二郎丸の顔を父上が見たら……」

 敏之も俺達につられたのか、それとも耐えているのが限界だったのか、話しながらも声に力がない上に閉じた口から空気が漏れた。弟を笑うのは悪いと思っているらしいが、とても隠せているとは言い難い。

 布を巻いていた部分はそのままに、目から口の上あたりにかけては日焼けして黒くなっている。極端にいうと、上から肌色、茶色、肌色の二色展開になっているのだ。

「楽しかったか? ブフッ、忍者ごっこは? あっはっはっは!」

 もう我慢なんてせずに笑い転げながら指をさし、傑作だ、狸がいる、と俺の母親に聞かれたら間違いなく「こんな小さい子を馬鹿にするんじゃない! 自分の顔を見てから言いな、馬鹿!」とゲンコツを喰らうような言葉を口にする。

 しかしどう見ても狸にしか見えないのだ。目元が黒くて他は普通。鼻の頭も日焼けして尚更だ。

 ひぃひぃ言ってから落ち着いて、さあ食べようとしてもなかなか箸が動かない。
 目を閉じて深呼吸してからご飯に向き直る。さて、鉄は置いといて俺だけでも食べなければ。朝は寝起きから襲いかかる暑さで食欲が沸かなかったのだ。

「あ、二郎丸……」

 ではでは、楽しみにしていた焼き鳥を……と。味付けを想像しながら下ろした箸は、カツンと皿に当たった音を立てて止まった。無感情で皿の上を凝視する。
 目を閉じた一瞬、いや三秒程の間にメインのおかずが消えていた。そして左隣にいる敏之の腕が少しだけ伸ばされている。お前か! と首をぐりんっと回すと眉を下げて「ごめん」と謝られた。

「ちょ、なんで食べ…………!」

「ごめん、間に合わなかった」

「へ?」

 間に合わない? 意味がわからない言葉に首を傾げていると、さっきから右隣の奴が急にむしゃむしゃとご飯を食べ始めていたのに気がついた。
 ふてくされてチマチマと食べていたのに、急にばくばくと咀嚼音が聞こえ始めたのである。

 敏之から目を外し、焼き鳥があったはずの皿を見る。その後発見した、点々と皿から床、床から禅へと焼き鳥にかかっていたタレに沿って視線を上げる。
 その視線の先には、瞬きもせずに焼き鳥に齧り付き、俺を睨んでいる二郎丸がいた。怒りマークを額に貼り付けたら似合いそうだ。

「どちらにしろ、限度を超えると損しても得はないってことだな」

 いつの間にかもとに戻った鉄が見せつけるように焼き鳥を掲げ、うまいっと幸せそうな表情をつくる。
 敏之の憐むような視線を受けながら、俺は残ったご飯だけを鉄を睨みながら大事に食べるしか残された道はなかった。



 その日から屋敷は、顔を引き締め、下を見ず目線を上げて歩く家臣が増えた。やってきた商人にどんな時でも姿勢が良く颯爽と歩く武士が多いと斎賀はしばらく話題になった。
 しかし、それは夏の終わりと共になくなってしまったという。

 ────またもう一つ。夏の終わり、次期領主と共に町に来ていた男が、道の真ん中で転んだ男に対して周りが声を上げて笑う中、ただ一人笑わずに手を差し伸べたと井戸端会議で評判が上がっていたらしい。
 それを風の噂で聞いたある男は、城にその噂を持ち帰り二人の子供と散々笑い転げたという話だ。

 例え失敗しても、人は学び成長することができる。

 つまりだ。俺は例えメインディッシュを取られたとしても。 

「失敗は成功のもと! あの狸顔を笑ったのを後悔なんぞしていない!」

「あー! また言った!」

「やっちまえ、二郎丸!」




 

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