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3、織田信長
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しおりを挟む「つまり、俺達を利用するということか」
「利用? でも俺、何もできないからな?」
鉄の言葉に対して念押しするように口を挟む。信長に命令されたって出来ることなんてあるはずがない。
仕事なら鉄が請け負えよ、という意味も込めて言ったのだ。それなのに、反応したのは信長の方だった。
「なんだ? 牢に入れられる方が良いのか?」
「い、いえいえ、めっそうもない!」
「ふん、なら要らぬ口出しはするな。使えんと思ったら切り捨てる。せいぜい、己の価値を高めておくことだな」
切り捨てるとまで言われて、口を挟む勇気はもうかけらも残っていない。それに牢に入ったら今度こそ絶体絶命な予感がする。
あんな体験は一度で十分だ。家臣達の雰囲気からもれなく拷問も付いてくる気がして寒気が走る。
「思いついた事があってな。その才能を殺すには惜しい」
話しながら信長の視線が鉄に降り注ぐ。
「二ヶ所に仕え、そのどちらからも信用を勝ち取っていた話術は大したものだ。その上戦いの腕も立つ。そやつを使わない手はない」
ん? 二ヶ所に仕えるってダブルスパイ? ということは、鉄って信長の所で働きながら裏切っていたのか!? そんな恐ろしい事ができるなんて心臓に毛が生えているに違いない。
「しかも織田家だけではなく相手方も裏切って一人で居なくなったそうだな。おかげで何処に情報を漏らされているか監視に人を増やす羽目になった」
おいおい、鉄そんなことしてたのかよ。心なしか家臣の誰かが歯軋りをする音が聞こえた気がする。
「だがそのお陰で攻め込んできた小物を一つ消す事ができたわ。あの忍びには感謝せねばならんかもな」
そう言ってと口元だけ笑ったままこっちにやってくる。
「では、此奴らを……」
「そうだ。制圧してもすぐにまた何処かで起こる。何度も相手する時間が無駄だ。だったらその自慢の話術で乗り切って見せろ」
「しかし殿、裏切る可能性もあります。誰かおつけになった方が宜しいのでは?」
「考えておる。此奴にぴったりの奴だ」
「それならば……。では、この横にいる者はどうするおつもりで?」
「そうでございます、とりわけ戦力になるようには見えませぬ。人質として我等の管理下に置くのが宜しいかと」
「それが宜しゅうございます、殿! 次期当主二人と面識があるほどの者なら少なからず斎賀への牽制になります!」
「とてもそこまでの人物には見えぬが……。用心に越したことはない。殿、某も人質にするべきだと存じます」
「殿!」
「如何様にお考えで!?」
家臣達の声で広間が紛糾してくる。人質にされるのは嫌だけどあの頭の良さそうな冷静な男が話すとイラっとした。そこまでの奴に見えないんなら人質にするなよ!
俺は決定権を委ねられた信長の方を向いた。誰もが信長の言葉を待っている。もし人質にすると言い出したらどうしよう。
突如不安になり顔を下に向けると、意外な言葉が飛び出してきた。
「いや、此奴も連れて行かせる。家来というなら手綱を握らせることぐらいできるはずだ」
はっ!? それってもし鉄が言うことを聞かなかったら俺の責任ということに……!
「あ、あれは言葉の綾というか、何というか……。命令を聞かせられるような関係ではなくて……。そうだよな、鉄!?」
「俺は真人の家来だ」
「鉄!?」
「真人の命令なら聞いてもいい」
「ふん。ならしっかり躾とけ」
口だけの家来かと思っていたのに……。なぜ頑なに家来と言い張るのか不思議だが、その言葉を聞き、信長が「どけ」と俺達をどかした。
いつの間にか鉄から解放されていた俺も慌てて自分から動く。
そうして先程まで自分が座っていた所へあぐらをかくと、信長は脇息に肘をつき俺達を見やった。
「それで、だ。わざわざ斎賀からやってきた理由を話せ」
ーーーーというのが、昨日までの話。
今の俺は弥吉と吉助にチャーハンの作り方を指南している。とはいっても、弥吉はよくお手伝いをしてて手順は覚えているから後は実践だけだ。
初日の予想よりも長く滞在することになりそうだから稼ぐことにした。宿もずっと代金を払わないって訳にはいかないだろうし。
それに、俺達がいない日も少しでも二人が稼げたら食事には困らずに済む。
宿のご夫婦もどちらかが様子を見てくれると言ってくれたから安全面も不安はない。ちょっとだけ自分がラクをできるかもっていう打算もあるけど。…………ちょっとだけだよ。
「あ、吉助、あそこにいる旅の人が食べ終わったっぽいから食器回収してきて」
「わかった!」
ねぎを刻みながら暇そうにしている吉助に話しかけた。吉助はまだ小さいから包丁や火のあるところに近づかさせられない。
そのため、お客さんの食べ終わったものを回収してもらっている。
「じゃあねぎ入れるから、ここからは弥吉が炒めてみて」
「うん、混ぜればいいの?」
「一回見本を見せるから、よく見てろよ?」
そうして鍋に張り付かないように米と野菜を炒めていく。所々説明を加えながら弥吉に手渡すと、見よう見まねで混ぜ始めた。
「そうそうその調子。結構うまいよな、鉄?」
「ああ。よくできてる」
「ほんと?」
俺と鉄の言葉に嬉しそうに破顔した。子供らしい素直な様子に頭を撫でたくなる。
「鉄よりうまいんじゃないか?」
「ぬかせ。俺の作り方を見てないから言えるんだろ」
「見てないも何も、どっかでふらふらしているからだろ! 一体何やってるんだよ金もないのに」
「確認しただけだ」
「確認? 何の?」
「どれだけ監視が付けられているかだ」
その言葉にハッと周囲を見渡す。しかし、怪しそうな人は何処にもいない。
「そういえば誰かつけるって言っていたけど誰も居ないよな。俺があの時、一生懸命説明したからわかってくれたんじゃない?」
「密偵じゃないと? 真人は信じられても俺は怪しまれるだろう。大体、屋敷でろくに働きもせずにだらだら過ごして、敏之とも仲が良く、連れ去った重孝を乗り込んできた八津左の奴から匿わせて織田に逃げてきたってお前、本当に信じられているとでも思うのか?」
「そう言われるとちょっと……」
鉄に指摘され自信がなくなってくる。昨日、信長に問いかけられた俺はここにきた経緯を全て話したのだ。
途中八津左で鉄が捕まっていたと知り、信長は笑っていたが全部信じてくれたかというと微妙な気がする。
そして話し終えたら用済みとばかりに呆気なく帰されたが、俺達が逃げるとは思わないんだろうか。一応鉄に提案したら却下されたけど。
すぐに呼ぶからそれまで待てと言われ、信長の元を後にした。宿についてから彦助さんのことを思い出したけど、なんか悪いことしちゃったなぁ。
「監視とか脅しで言ったのかな」
「そんなわけないだろ。少なくとも三人は見つけた」
「えっ! 居たの?」
「ああ。まず、あそこで談笑している男と女。それと長椅子の端で隣のやつと話しているチャーハンを食べている男」
「嘘だろ? どう見ても普通の人じゃん!」
「そう扮しているだけだ。あいつらは忍びだ」
「はっ?」
驚いてさっき言われた人達を見るが、どう見ても仲のいい夫婦と旅の人にしか見えない。本当に忍者なのか?
けど、もし本当ならこれは歴史的な瞬間では? 本物の忍者の仕事を目の当たりにしてるなんて……。鉄は全然忍者っぽくないしつまらないから。
俺は感動してその三人をまじまじと観察した。
「すげー、俺初めて本物の忍者見た……」
「なんで監視されで嬉しそうなんだよ。それと俺もれっきとした忍びだ」
「だって鉄はなんか違うじゃん。でも良くわかったよな。どうして忍びだって思ったんだ?」
「三人とも俺が出掛けようとするとこっちを見てきた。しかも男女の方は遠くから後をついてきてたしな。長椅子に座ってるやつは話していると見せかけてずっとあそこに座っている。そろそろチャーハンも無くなってきたから、その後どう動くか見物だな」
「へぇ、すごいな。自分も忍びだからわかるのか?」
「さあな。実際はもっといるかもしれない。まあ、放っておけばいいだろ」
「適当すぎないか? 何かされたらどうするんだよ」
「逃げなければ何もしてこない。放っておけ」
「わかったけどさ……」
浮かれていた気持ちも自分が対象だと思うと一気に萎んでくる。一挙一動を観察されている気がしてどこか居心地が悪い。
ふと顔を上げて長椅子の方を見ると、旅の人が食べ終えたようだ。なら早く去ってくれないかな。
忍者の仕事は見たいけど、関係ないところから眺めるのが一番だ。自分が狙われているとは思いたくない。
「鉄、あの旅人の格好をしている忍者、食べ終わったのにどかないな」
「おかわりをするか休憩する振りをして居座るんだろ」
「もっと混んでれば食べ終わった人から帰るように言えるのに席空いてるからなぁ」
「だから諦めたらどうだ?それよりも弥吉を見ろ。さっきからずっと焼いてないか?」
「あ、そうだ弥吉! 炒めるのストップ……じゃなくてやめて、早く皿! 皿に盛るぞ!」
話に集中しすぎて、弥吉に教えていることを忘れてた。油が減って鍋に少し張り付いてしまったようだ。
慌ただしく動く俺の横で、パタパタと吉助が走っていく。俺の横にいたけどちゃんと周りを見て仕事をこなしているようだ。えらいえらい。
それを見てから目線をチャーハンに戻して作業していると、吉助の声が耳に入った。
「忍者のおじちゃん、食べ終わったらそれ持ってくよ!」
「忍者?」
吉助を中心にあたりがザワッとする。でも旅人は慌てることもなく、手を伸ばす子供に優しく尋ねた。
「私はこれから隣の領に行くんだ。だからこんな格好をしてるんだけど、君はどうしてそう思ったんだい?」
「だって今、真人お兄ちゃんが忍者の人が食べ終わったって言ってたから」
「吉助ぇーーーー!!」
あまりにも近くに落とし穴があり見落としていた。きっと吉助は俺の言葉を聞き、食べ終わった人から食器をもらおうとしたのだろう。
子供二人が聞いていることを失念していた。
持っていた皿を鉄に押しつけ、吉助の所へすっ飛んでいく。皿もろとも吉助を回収しながら忍者、もとい旅人へ頭を下げた。
「すす、す、すみません! 例え忍者みたいに気配がなくても、食べ終わったお客さんを把握するように教えてまして……」
かなり無理のある言い訳をしながら目の前の男に謝る。周りからは「だよなぁ」「子供だしな」という声が聞こえてくる。
強引過ぎるか、と冷や汗が出てきたところで男が笑った。
「ははっ、私は気配が薄かったのかな? でもすぐに来てくれたから存在感はあるのかい?」
そう言って吉助の頭を撫でながら笑っている。
「本当にすみません、何分子供の言うことでして」
「うん、元気のいい子だ。お手伝い頑張るんだよ」
「あ、ありがとうございます」
「うん!」
頭を下げる俺とお皿をもつ吉助に手を振ると旅人は去っていく。ほっとしながら二人で鉄のところに戻ると、腹をよじって笑っていた。
「ぶはっ! 真人、お前笑わせるなよ。目ん玉飛び出して走っていって……。別にほっといたって大丈夫だって……。ぷっ! くくくくっ」
「なんで鉄はいつもそうなんだよ! 普通焦るだろ!? 吉助、人に向かって忍者は駄目だからな!?」
「でも真人お兄ちゃんはさっき言ってた」
「本人に言っちゃ駄目なの! あー、ほんとびびった。寿命縮まるわ」
「なんなら吉助、あそこにいる男女にも忍者って言ってみたらどうだ?」
「鉄!」
調子に乗り始めた鉄を諫める。どうせ聞きもしないんだろうけど何をしでかすかわかったもんじゃない。
そうしてその日は一日中冷や冷やしながら営業を終えた。
そして次の日。
信長から、屋敷に来るように手紙が届いた。
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