高校生、戦国を生き抜く

神谷アキ

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3、織田信長

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『鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』

 これは信長を表現した一句だ。自分に敵対する、あるいは言うことを聞かないのなら殺してしまえという強引さ、冷酷なイメージを植え付ける言葉である。

 イエズス会の宣教師だったルイス・フロイスは『傲慢で神をも恐れぬ人物。自分の決断を軽々しく外に表すことはしない。戦術も巧みで、戦術を立てる際に部下の意見を滅多に聞き入れない』という内容を書き残している。

 恐ろしいが、とてつもなく頭の切れる人のようだ。
 一般的に、信長は厳しくて恐ろしいという冷酷無比な人物像が浸透している。そんな人が目の前にいるなんて誰が想像できるのかっての。

 はあ先生、雑談は結構面白かったからさ、ついでに信長攻略本をここに送ってくれないかな? 知識があっても使い所がなければ意味がない。

 未来にいるであろう日本史の先生に、感謝と割と本気の思念を送る。……約四百年ちょっと先にいる人まで届くのかは分からないが。

「して、あれはなんだ?」

 先生の言葉を思い出して現実逃避していた俺の頭に、声が響きわたった。騒がしかった広間も信長の発した一声によって静まり返る。

 家臣達が怖かったけど、目を合わせないようにして顔を背ける。だってしょうがないじゃん。普通歴史上の人を殿とか様付けで呼ばないって。

 そうして下を向いて居心地の悪い空気に耐えていると、小姓さんの返答が聞こえてきた。

「こちらは、沢山作られていたのでお待ちしたちゃあはんです」

「多いな。ではこやつらにも味見をさせよ。なかなか面白い飯だ」

「はっ」

 その言葉に、他の小姓さん達が急いでお皿を取りに行った。あれって残ったチャーハンのことか。
 さっきは作りすぎたと思ったけど、ここにいる家臣全員に食べさせるとなると一口二口しか行き渡らないがいいのか?
 食べやすいように歯応えを少なくしたから、物足りないと感じるはずだ。

 考え込んでいる俺をよそに、また彦助さんと信長で会話を始めていた。談笑してるけど彦助さんも度胸あるよね。俺なんてさっきから萎縮して固まってるよ。

「いい息抜きと食事になった。褒めて使わす」

「望外の喜びでございます。ぜひとも、今後ともご贔屓に」

「また何か見つけたら知らせよ」

「はい」

 おおう、抜け目ないな彦助さん。さすが商人と言ったところか。でもその言葉に気を悪くすることもなく、信長は楽しそうだ。
 そしてそのまま、今度は俺へと視線を向けた。

「貴様、百姓の出にしては肝が座っているな。へり下りもせずに大した奴だ」

「ブフッ」

 いや、全くそんなことないですって。第六天魔王と言われるあなたにびびって、固まっていただけですから!

 しかし、騒がしい俺の心中など知らない信長は尚も言い募ってくる。それに加えて、小さかったが横から吹き出す音が聞こえた。
 いかにも真面目な顔をして無表情を保っているけど、肩の震えは隠せていない。周りに知らせて目立たせてやろうか。

 何をしたのか知らないけど鉄はここに来てから明らかに大人しい。自分は農民だったとまで嘘をついて、一体何をやらかしたんだ。

 おかげで俺も元百姓認定されたじゃないか。

 訂正する機会をなくしたおかげでそのまま受け入れるしかなくなった。鉄の嘘がばれても面倒くさいことになりそうだ。まあ完全に嘘というわけでないし、もうそれでいいか。

「い、いやいや、そんなことはないです。まさかあの有名な尾張のお殿様だとは思わなかったもので……」

「ふん、まあいい。肝が座っているのかただの阿呆なのか……。これだけの武将に囲まれて平気な顔をしとるのは貴様くらいだ」

 (いえいえ、全くそんなことはありません。ただ固まっていただけです)

 もう一度心の中で異をとなえるけど口に出す勇気はない。でも確かに、少しは見慣れているのかもしれない。
 怖さは消えないけど、斎賀で初めて広間に行かされた時に比べれば衝撃は小さい。

 それに行き渡ったチャーハンを食べて「ほう」とか「これはまた新しい……」とどちらかと言えば褒め言葉ととれる会話がちらほらと聞こえてくる。褒められれば誰だって悪い気はしない。

 場の空気も和み、気分が良くなっている時にまた声がかかった。

「ところで、だ」

「はい?」

「このちゃあはんとやらは中々に興味深く美味である。家臣等も気に入ったようだ。だが、味が薄い。もっと味を濃くして作って参れ」

「え、今からですか?」

「そうだ。これだと食った気がせんわ。厨房にあるものは勝手に使ってよい」

「はあ……」

 今から作れと言われてなんとも気だるげな返事になってしまった。あとは帰るだけと思っていただけに落胆も激しい。
 それにお年寄りの人に食べてもらおうと思ってたんだから、薄めなのは当たり前だ。人使いの荒いことで。

 面倒だが仕方がない、と立ち上がろうとしたところでふと思いつく。だったら厨房にあったあれも使って良いのか?

 念のため確認を取ろうと信長を見る。

「すみません、一応確認なんですが……。厨房にあるものはなんでも使っていいんですよね?」

「そうだ。一部保管しているものもあるが、まあ大丈夫だろう。好きにするがいい」

「ありがとうございます!」

 よし、言質とった。じゃあ早速作りに行かねば。

 勢いよく立ち上がった俺に鉄が驚いた顔をするが「行ってくる」と軽く声をかけて厨房へ向かう。
 急にやる気になって自分でも現金だと思うが作戦があるのだ。

 その名も、『料理人の特権』

 名の通り、料理人は合法的に試食ができる特権を持つ。多少食べ過ぎても食材で溢れているこの屋敷は多分大丈夫(ばれない)だろう。

 ウキウキしながら二度目の厨房に入り、準備を始める。味付けは少し濃い目にするが、ほぼ手順は同じだ。
 ただ、今回は肉もごろごろと入れる。大きめに切って噛みごたえのある食感にするつもりだ。野菜は……ネギだけでいいや。

 肉の焼けるいい匂いが漂ってからご飯を投入する。一人分だけしか作らないからすぐに出来あがりそうだ。
 そして炒めている間に大切な隠し味を入れる。包丁でスライスしてご飯の上にのせて温める。その合間合間に俺の口の中に消えていくのはご愛嬌だ。

 最後にほどよく温めたチャーハンを盛り付け、完成である。あれも入れすぎてもはや隠し味ではないが、これは美味しいだろう。

 いつのまにか控えていた小姓さんにまた持ってもらいながら広間へ戻る。さあ、俺の自信作だ。これなら満足できるはず。

「来たか」

「はい。自信作です」

 にこやかな笑みで戻り、自信満々に座って感想を待つ。俺も食べたいが今は我慢だ。

 待つ間、美味しそうに食べている信長を見やる。予想していたよりも味わって食べているようだ。相性抜群の食材を組み合わせたからな。

 うんうんと一人頷いていると「殿……?」と言う声が聞こえた。真横からも「おい、何やったんだ?」という言葉をかけられる。

「え? 何が?」

「動き止まってるぞ」

「誰のだよ?」

「前見ろ前」

 鉄に言われて前を見ると、信長がチャーハンを食べる手を止めていた。なんだ? じろじろと観察しているようにも見える。

「殿、いかがいたしましたか?」

 一番手前にいた武将が恐る恐る声をかけた。でも何の反応もせずにただ見つめている。何か問題でもあったかと口を開こうとしたが、その前に信長が話し出した。

「貴様、何を使った?」

「え? チャーハンにですか?」

「いいから答えろ」

「それはご飯と肉とネギと、あと蘇も使いましたけど。別に普通の食材ばっかで……」

「これが蘇とでもいうのか」

「そうですけど……」

 当たり前のことを聞かれて困惑する。そう、俺は蘇を使ったのだ。スライスしても伸びたりはしないけど温めるとコクが強くなる。肉との相性はぴったりだ。

 スライスチーズもどきを持ち上げている信長。何か変な味でもしたのだろうか。

「あの、何かおかしな味でもしました……?」

 もしかして機嫌を損ねたかと問いかけたが返答はない。でもその代わりに顔を上げて眼光の鋭い目と目が合った。

「貴様、牛を飼っていたのか?」

「はい? いえ、全く」

「ではどこで知った」

「え?」

「どこで蘇の調理法を知ったのだ? ここの料理番ですら蘇を温めて調理することはなかった」

「え、あのそれはチーズと同じように考えて、チーズは温めると美味しいので……」

「チーズだと?」

 信長が立ち上がった。そこであれ? と自分の言動を振り返る。

 …………チーズって庶民に知られていましたっけ?

 ムーバさんが来た時も俺しか知らなかったような。チャーハン売りで元百姓がチーズを食べたことがあるってそんなわけ……。

 …………とりあえず、目の前の人物がチーズを知らないことを祈っておこう。もしかしたら初めて聞いたから聞き返しただけかも。
 あ、それに信長は冷酷無比だけど家臣や村の人達には慕われていたって聞くよな。

 そうして俺は初詣にしか縁のない神様に両手を合わせて身の安全を祈ったのだった。

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