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3、織田信長
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「どうした。早うここへ来い」
俺が動かずに固まっていると、奥にいる人が焦れたように急かしてきた。チャーハンを持った小姓さんに続き、ビクビクとしながら足を進める。
両側から興味深そうにじろじろ見られつつも奥へ歩いていく。すると、奥の方で偉そうな人の前に膳を置くと小姓さんは礼をして下がっていくじゃないか。
え? 俺また置いて行かれるの?
さっきも鉄と彦助さんに置いて行かれたけど、あの時とは段違いに心細い。つい小姓さんの腕をつかもうと手を伸ばすが、華麗に無視されてしまった。
それにしても何で二人とも来ないの!? しかも鉄は俺の家来なんでしょ。主人のピンチにいなくてどうするのさ!
心の中で二人を呼ぶが、当然来るはずもない。誰かが呼びにいってくれていると思うけど、こんな強面の中に俺一人……。
感覚的にだけど、斎賀の広間に連れて行かれた時よりも圧がすごい。何も言わないから統制は取れてるみたいだが、値踏みされるような視線が身体中に纏わり付く。
座ることもできず、一人おろおろと立ち竦むしかできない。
ーー彦助さん、どこが身体が悪くて動けない人なんですか。特に奥にいる人なんて目つきが悪くて戦国版ガラの悪い人ですよー。
俺が予想してたのはよぼよぼでお金持ちのお爺ちゃんだよ! 元気あり余ってるじゃんこの人達。
鉄が聞けば「ちゃんと聞かなかったお前が悪い」と一蹴されそうな内容だ。でもあの言い方だとそう誤解してもおかしくなかったような……。
もし裏組織の人達の集まりだと言われても俺は信じる。
しかし、彦助さんはお得意様だと言っていた。あの人は意外としっかりしていて商売も成功している。取引の相手も選んでいるはずだ。
そう考えて少し冷静になる。もう一度周りを見ると、目つきは悪いが皆がどっしりと構えていて貫禄があった。
しかも服装も斎賀のお殿様達と同じで、格式ばった物を着ている。こんな広い屋敷の豪商だと服装も武士と同じになるのかなあ……。
一瞬頭の中に何かがよぎったが、それを打ち消すように声が聞こえてきた。
「おい、これはなんだ?」
「へ?」
「たわけ。この飯はなんだと聞いておる」
俺が考え事をしている間に、目の前の男は毒味を済ませチャーハンを食べていたようだ。やけに静かだと思った。半分ほど食べ終えて俺の返事を待っている。
出来るだけ目を合わせないようにし、緊張ではりつく喉を鳴らしてこの説明をした。
「こ、これは、チャーハンというもので炊いたお米をさらに調理したものです。米に味をつけて野菜や肉を混ぜてあります」
「ほう。あの商人が言っていたように今までになかった飯だ。貴様が考えたのか?」
「いえ、あの、俺の故郷の方で食べられてて……」
「村の出か?」
「いや、村というべきか何というか……」
「ふん、まあどうでもいい。米を麦や粟にすれば百姓でも食えるか」
「はい、まあ……」
だったら聞くなよ、と出かかった言葉を飲み込み愛想笑いをする。この時間はいつまで続くのか。
顔の筋肉が引きつってきたところで、広間の入り口から声がかかった。振り返ると、小姓さんが二人の人物を連れて立っていた。
「鉄! 彦助さん!」
助かった。ほんっっとうに良かった。あのまま一人でいたら胃に穴が開きそうだったよ。
ぱあっと顔中に喜色をにじませて走り寄ろうとすると、それより早く彦助さんがやってきた。
「もう食事を運んだと言われて急いで来たよ。既にお召し上がりになられたのですね。彼の料理は如何でしたでしょうか」
「貴様の言う通り、今までに食したことのないものだったな。どこで見つけた?」
「はい、領内にある宿屋の前で売っていたのを見つけました」
彦助さんは俺に一言声をかけると、すぐに目の前の人に向き直り会話を始めた。床に座り、楽しげに会話をしている。
二人が話しているのを横目に、彦助さんに隠れるようにして座っている鉄に近づいていく。鉄の隣にようやく腰を下ろし、一礼したあと顔を俯かせたままの格好でいる鉄を覗き込んだ。
「鉄、顔あげたら?」
「いや、だめだ。今は俺に話しかけるな」
「なんで? 彦助さんが相手してるからそれくらいいいじゃん」
「馬鹿、真人お前、いいからお前も頭を下げろ! 勝手な行動をしてると斬られるぞ!」
「え! 嘘!」
こそこそと話していると、鉄が小さく怒鳴った。目も合わせずになんとも器用なことだ。
でも真剣味のある声に押され、言われるがままに鉄と同じ姿勢をとった。でも訳が分からないので理由を尋ねてみる。
「でも俺、さっき立ったまま話してたよ。周りからの視線が凄くてさ、勝手に座っていいのか分からなくて」
「あほか。あの人に上から物を言う奴がどこにいるんだ。彦助に連れられてここに来た時、引き返すべきだった。お前が作っているのを待つ間に話を聞いたが、ここは俺が来てはいけないところだ。身元がばれたら首が飛ぶかも知れん」
「彦助さんにさん付けしろよ。にしてもはぁ!? それどういうことだよ? 詳しく説明しろ!」
「おま、声がでけーよ!」
鉄のセリフについ声を荒げてしまった。首が飛ぶってなんだよ。
この時代は本当に首が飛ぶからな。あの人そんなに偉い人なのか?
まさか今まで考えないようにしてたけど戦国時代の武将だったりして。
そうするとあの格好や、奥に掛けてあるけど目を背けていた刀の説明もつく。豪商の人があんな凄そうな刀持ってるわけがないよな。
でも、織田領にいる武将なんて俺の天敵じゃないか。
現実を見ると同時に、俺の中に焦りが生まれる。俺、斎賀のために織田を倒すって妄言を吐いてたよな。
こんな強面集団にケンカなんて売れないわい。
でも誰だろう。俺でも知ってる人かな。
俺の好きな武将だとちょっと嬉しいかも、と急にミーハー気分になっていると、俺の声に彦助さんが振り向いた。
ちょうど話もひと段落したらしい。手招きをして俺たちを呼ぶ。
「背の高い方が鉄、こっちが真人といいます。なんでも鉄は真人の家来だと言ってるんですよ」
そう言って「わっはっは」と笑っている。目の前の男はふんと鼻を鳴らした後、面白そうに俺たちを見た。
「いや、それはですね……。鉄が勝手に言ってるだけで……」
「またまた。この間も、家来だと言うならもっと手伝えって鉄に命令してただろ? 結局鉄はどっかに行ってしまったけど」
あぁー、あったわそんなことも。弥吉と吉助が来たから俺はいらないだろ?っていつもふらっと居なくなるんだよ。
でも、わざわざそれを持ち出さなくても……。
こんな奴に家来だと?って言われそうで、ちょっとだけ気まずいような変な気持ちになりながらも、愛想笑いをする。
すると、じっと見ていた男が、鉄に声をかけた。
「そこの鉄とやらはかなり鍛えているな。百姓じゃないのか?」
「いえ、私の生まれは百姓ですが、今はこの真人と共にちゃあはんを売って商売をしております」
「家来とはなんだ?」
「私が村をでて生活しようとしてるときに、誘ってもらえたのです。その恩を返そうと思って家来と自称しています」
全く、よくそんなにすらすらと嘘の身の上話ができるな。
あまりにもいつもと違う態度に吹き出しそうになったけど、我慢して真面目な表情をつくる。
「そうか」
男もそれだけ聞くと、またチャーハンを食べ始めた。そのタイミングで、彦助さんに聞きたかったことを質問する。
「ところで彦助さん、この人は誰なんですか?」
一番肝心なことをまだ聞けていなかった。
そう思ってこの眼光の鋭い男を見ながら尋ねると、今までで一番驚いた顔をされた。
「誰かに教えて貰わなかったのかい? このお方は尾張の大名、織田上総介三郎信長(おだ かずさのすけ さぶろう のぶなが)様だ」
「ーーえ?」
それを聞いた俺の顔は、なんと表現していいかわからなかったものだろう。
彦助さんに「だ、大丈夫か?」と恐る恐る気づかわれてからやっと正気に戻った。
「お、織田信長!?」
「無礼者! 殿をそのように呼ぶなど!!」
「口を慎め!」
今まで静かだったのに急に血気盛んになった武士達。さすがに仕える主を呼び捨てで呼ばれるのは我慢ならなかったか。
「尾張の、お殿様……」
そう呟いて、歴史上の人物を観察する。今までは現代で知らなかった人ばっかりだったけど、この人は誰でも知っている有名人だ。
つまり、どんな人物かも言い伝えられている。
ーーいきなり親玉引き当てちゃったよ、敏之。
俺は騒がしい周囲をよそに、面白そうに視線をよこす信長を、目を見開いたまま見つめていた。
俺が動かずに固まっていると、奥にいる人が焦れたように急かしてきた。チャーハンを持った小姓さんに続き、ビクビクとしながら足を進める。
両側から興味深そうにじろじろ見られつつも奥へ歩いていく。すると、奥の方で偉そうな人の前に膳を置くと小姓さんは礼をして下がっていくじゃないか。
え? 俺また置いて行かれるの?
さっきも鉄と彦助さんに置いて行かれたけど、あの時とは段違いに心細い。つい小姓さんの腕をつかもうと手を伸ばすが、華麗に無視されてしまった。
それにしても何で二人とも来ないの!? しかも鉄は俺の家来なんでしょ。主人のピンチにいなくてどうするのさ!
心の中で二人を呼ぶが、当然来るはずもない。誰かが呼びにいってくれていると思うけど、こんな強面の中に俺一人……。
感覚的にだけど、斎賀の広間に連れて行かれた時よりも圧がすごい。何も言わないから統制は取れてるみたいだが、値踏みされるような視線が身体中に纏わり付く。
座ることもできず、一人おろおろと立ち竦むしかできない。
ーー彦助さん、どこが身体が悪くて動けない人なんですか。特に奥にいる人なんて目つきが悪くて戦国版ガラの悪い人ですよー。
俺が予想してたのはよぼよぼでお金持ちのお爺ちゃんだよ! 元気あり余ってるじゃんこの人達。
鉄が聞けば「ちゃんと聞かなかったお前が悪い」と一蹴されそうな内容だ。でもあの言い方だとそう誤解してもおかしくなかったような……。
もし裏組織の人達の集まりだと言われても俺は信じる。
しかし、彦助さんはお得意様だと言っていた。あの人は意外としっかりしていて商売も成功している。取引の相手も選んでいるはずだ。
そう考えて少し冷静になる。もう一度周りを見ると、目つきは悪いが皆がどっしりと構えていて貫禄があった。
しかも服装も斎賀のお殿様達と同じで、格式ばった物を着ている。こんな広い屋敷の豪商だと服装も武士と同じになるのかなあ……。
一瞬頭の中に何かがよぎったが、それを打ち消すように声が聞こえてきた。
「おい、これはなんだ?」
「へ?」
「たわけ。この飯はなんだと聞いておる」
俺が考え事をしている間に、目の前の男は毒味を済ませチャーハンを食べていたようだ。やけに静かだと思った。半分ほど食べ終えて俺の返事を待っている。
出来るだけ目を合わせないようにし、緊張ではりつく喉を鳴らしてこの説明をした。
「こ、これは、チャーハンというもので炊いたお米をさらに調理したものです。米に味をつけて野菜や肉を混ぜてあります」
「ほう。あの商人が言っていたように今までになかった飯だ。貴様が考えたのか?」
「いえ、あの、俺の故郷の方で食べられてて……」
「村の出か?」
「いや、村というべきか何というか……」
「ふん、まあどうでもいい。米を麦や粟にすれば百姓でも食えるか」
「はい、まあ……」
だったら聞くなよ、と出かかった言葉を飲み込み愛想笑いをする。この時間はいつまで続くのか。
顔の筋肉が引きつってきたところで、広間の入り口から声がかかった。振り返ると、小姓さんが二人の人物を連れて立っていた。
「鉄! 彦助さん!」
助かった。ほんっっとうに良かった。あのまま一人でいたら胃に穴が開きそうだったよ。
ぱあっと顔中に喜色をにじませて走り寄ろうとすると、それより早く彦助さんがやってきた。
「もう食事を運んだと言われて急いで来たよ。既にお召し上がりになられたのですね。彼の料理は如何でしたでしょうか」
「貴様の言う通り、今までに食したことのないものだったな。どこで見つけた?」
「はい、領内にある宿屋の前で売っていたのを見つけました」
彦助さんは俺に一言声をかけると、すぐに目の前の人に向き直り会話を始めた。床に座り、楽しげに会話をしている。
二人が話しているのを横目に、彦助さんに隠れるようにして座っている鉄に近づいていく。鉄の隣にようやく腰を下ろし、一礼したあと顔を俯かせたままの格好でいる鉄を覗き込んだ。
「鉄、顔あげたら?」
「いや、だめだ。今は俺に話しかけるな」
「なんで? 彦助さんが相手してるからそれくらいいいじゃん」
「馬鹿、真人お前、いいからお前も頭を下げろ! 勝手な行動をしてると斬られるぞ!」
「え! 嘘!」
こそこそと話していると、鉄が小さく怒鳴った。目も合わせずになんとも器用なことだ。
でも真剣味のある声に押され、言われるがままに鉄と同じ姿勢をとった。でも訳が分からないので理由を尋ねてみる。
「でも俺、さっき立ったまま話してたよ。周りからの視線が凄くてさ、勝手に座っていいのか分からなくて」
「あほか。あの人に上から物を言う奴がどこにいるんだ。彦助に連れられてここに来た時、引き返すべきだった。お前が作っているのを待つ間に話を聞いたが、ここは俺が来てはいけないところだ。身元がばれたら首が飛ぶかも知れん」
「彦助さんにさん付けしろよ。にしてもはぁ!? それどういうことだよ? 詳しく説明しろ!」
「おま、声がでけーよ!」
鉄のセリフについ声を荒げてしまった。首が飛ぶってなんだよ。
この時代は本当に首が飛ぶからな。あの人そんなに偉い人なのか?
まさか今まで考えないようにしてたけど戦国時代の武将だったりして。
そうするとあの格好や、奥に掛けてあるけど目を背けていた刀の説明もつく。豪商の人があんな凄そうな刀持ってるわけがないよな。
でも、織田領にいる武将なんて俺の天敵じゃないか。
現実を見ると同時に、俺の中に焦りが生まれる。俺、斎賀のために織田を倒すって妄言を吐いてたよな。
こんな強面集団にケンカなんて売れないわい。
でも誰だろう。俺でも知ってる人かな。
俺の好きな武将だとちょっと嬉しいかも、と急にミーハー気分になっていると、俺の声に彦助さんが振り向いた。
ちょうど話もひと段落したらしい。手招きをして俺たちを呼ぶ。
「背の高い方が鉄、こっちが真人といいます。なんでも鉄は真人の家来だと言ってるんですよ」
そう言って「わっはっは」と笑っている。目の前の男はふんと鼻を鳴らした後、面白そうに俺たちを見た。
「いや、それはですね……。鉄が勝手に言ってるだけで……」
「またまた。この間も、家来だと言うならもっと手伝えって鉄に命令してただろ? 結局鉄はどっかに行ってしまったけど」
あぁー、あったわそんなことも。弥吉と吉助が来たから俺はいらないだろ?っていつもふらっと居なくなるんだよ。
でも、わざわざそれを持ち出さなくても……。
こんな奴に家来だと?って言われそうで、ちょっとだけ気まずいような変な気持ちになりながらも、愛想笑いをする。
すると、じっと見ていた男が、鉄に声をかけた。
「そこの鉄とやらはかなり鍛えているな。百姓じゃないのか?」
「いえ、私の生まれは百姓ですが、今はこの真人と共にちゃあはんを売って商売をしております」
「家来とはなんだ?」
「私が村をでて生活しようとしてるときに、誘ってもらえたのです。その恩を返そうと思って家来と自称しています」
全く、よくそんなにすらすらと嘘の身の上話ができるな。
あまりにもいつもと違う態度に吹き出しそうになったけど、我慢して真面目な表情をつくる。
「そうか」
男もそれだけ聞くと、またチャーハンを食べ始めた。そのタイミングで、彦助さんに聞きたかったことを質問する。
「ところで彦助さん、この人は誰なんですか?」
一番肝心なことをまだ聞けていなかった。
そう思ってこの眼光の鋭い男を見ながら尋ねると、今までで一番驚いた顔をされた。
「誰かに教えて貰わなかったのかい? このお方は尾張の大名、織田上総介三郎信長(おだ かずさのすけ さぶろう のぶなが)様だ」
「ーーえ?」
それを聞いた俺の顔は、なんと表現していいかわからなかったものだろう。
彦助さんに「だ、大丈夫か?」と恐る恐る気づかわれてからやっと正気に戻った。
「お、織田信長!?」
「無礼者! 殿をそのように呼ぶなど!!」
「口を慎め!」
今まで静かだったのに急に血気盛んになった武士達。さすがに仕える主を呼び捨てで呼ばれるのは我慢ならなかったか。
「尾張の、お殿様……」
そう呟いて、歴史上の人物を観察する。今までは現代で知らなかった人ばっかりだったけど、この人は誰でも知っている有名人だ。
つまり、どんな人物かも言い伝えられている。
ーーいきなり親玉引き当てちゃったよ、敏之。
俺は騒がしい周囲をよそに、面白そうに視線をよこす信長を、目を見開いたまま見つめていた。
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