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2、居候が3人
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しおりを挟む「では、これで決まりということで」
細かいことを決める取り引きも終わったようだ。あれから敏之とムーバさんは、2時間ほど話し合っていた。時々通訳の人も交えながら、決めたものを書き記している。そこにチーズの輸入って書いてくれないかな。
早く拠点に連れて行って欲しい。昔のポルトガル産チーズをはやく食べたい!
「今日は、お時間をとっていただきありがとうございました」
「こちらこそ、良い取引ができた。感謝する」
ムーバーさんが頭を下げ、退出の準備を始めた。俺もついていこうと腰を上げる。
「敏之、俺ムーバさんと一緒に拠点に行ってくるわ」
「わかった」
敏之はかるく頷いて了承してくれた。二郎丸派の人たちが何かしてくると思っていたけど、最後まで何もなくてよかった。
ムーバさんに続いて部屋を出て行く。外には鉄が柱に寄りかかって立っていた。
「どうだった?」
「鉄、俺これからムーバさんたちの拠点に行くことにしたから」
「は? ムーバさんって宣教師の?」
「うん。チーズをもらいに行くんだ」
「ちーず?」
「俺の大好きな食べ物」
鉄にそう言って歩いていく。すると後ろから俺について来た。
「俺も行く。それで、何もなかったか?」
「うん、拍子抜けした。それと、あの条件も全てのんでくれた」
「は? ほんとか? 鉄砲をもらえるだけでも得だと思ったのに」
あの条件を全てオッケーして貰ったって言うとびっくりしてた。俺もびっくり。でもチーズを食べることの方が大事!
門の前に来たところで、テンションが上がってスキップをしそうになっていると、ムーバさんがこっちを見ていた。なんだろう。取り敢えず笑っとこう。そう思ってにっこり笑おうとしたら、突然鉄が叫んだ。
「伏せろ!」
「うわっ!」
頭を鷲掴みされて、地面に叩きつけられる。ブッと変な声が出てしまった。手よりも先に顔がついてしまったおかげで鼻が痛い。何すんだって言おうとしたら、少し離れたところに矢が刺さっていた。
「ひっ」
俺は、戦の時に肩を怪我してから矢はトラウマだ。呆然と見ていると、鉄がやっと頭の手を退けてくれた。矢が来たと思われる方向を睨んでいる。あ、そういえばムーバさんは?
「ムーバさん! 大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
驚いてはいたが、どこもケガはしていないようだ。安心していると、周りを警戒していた鉄が話しかけてきた。
「おい、もしかして最初からこれを計画していたんじゃないのか?」
「あ、たしかに」
「ここにきた宣教師が城の中でケガしたなんてことになったら、接待した敏之の責任になるからな」
「誰がやったとかわからないの?」
「矢を放った瞬間に逃げ出したみたいだ。今からだと追いつけない」
悔しそうにしている鉄を見ていたが、ここでムーバさんにフォローをしなくてくては! と自分なりに頑張って説明した。
「あの、これは敏之が命令をしたとかじゃないんです。今いろいろと派閥争いみたいなのが起きてて、多分それで……」
これで取り引きはやめだって言われたらどうしよう。もしそうなったら、これを計画した家臣全員に鉄に頼んできっつーいお仕置きをしてもらおう。鉄が顎で人をこき使う様子が目に浮かぶ。ムーバさんを見ると、思っていたよりは怒っていないようだ。
「私は、大名にはいろいろな事情があるのもわかっているつもりです。以前行った大名は、弟を始末したと笑いながら言っていました。危なかったですが、敏之様を恨んでなんていません」
その言葉を聞いて安心した。けど、やっぱり前に会ったことの大名って信長なんじゃない? 確か、後継ぎを狙う弟を始末してしまったよね?
「では行きましょう」
ビクビクしながら門をくぐり、さっきよりも周りを注意しながら進んで拠点についた。斎賀の仮住まいだそうで、結構きれいだ。
中に進むと、ポルトガルから持ってきたものであふれていた。よくわからないものも幾つか置いてあるが、金平糖がたくさん入っている入れ物を見つけた。
「金平糖がいっぱいある」
「これは自分達用と、ほかの人に渡したりするものですね。ここでは金平糖といいますが、故郷ではconfeito、つまりコンフィエイトと発音します」
「そうなんですね」
「なあ、このきれいなやつ食べていいか?」
「ばか! これってすごく高いんだぞ。砂糖の塊みたいなものだから」
「砂糖!? これって砂糖なのか!」
「少し違うけど似たようなやつ」
金平糖を食べたそうにしている鉄を説得していると、ムーバさんがこっちにやってきた。
お城でも何度か見ていたけど、こうもあからさまに見られると居心地が悪い。視線をそらそうと口を開いた。
「あの、何か……?」
ムーバさんはじっと俺を見ながら、答えられそうにない質問をしてきた。
「あなたは、私の故郷のことをよく知っていますね。何でポルトガルのことを知っているのですか?」
答えようもない質問に、緊張で喉をごくりと鳴らした。
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