カスミの倅

神谷アキ

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花火

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 それからの日々はとてつもなく忙しかった。なんとか遊ぶ日を確保していたが、それ以外の日は準備に追われていた。
 ふてくされていても、時間は止まってくれない。嫌々ながらもダンボール箱に荷物を詰める作業は続けていた。

 そして、あの公園であったことは、その場だけでの出来事だと忙しさですっかり忘れていた。いよいよ引っ越しも明日に迫り、がらんとした自分の部屋を眺めるとここから出て行くといった実感が湧いてくる。
 携帯を取り出して写真でも撮っておこうとカメラアプリを開くと、リビングから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。

「理沙ー、ちょっと来てー」

「なあにー?」

 声を上げながら部屋を出ると、出かける時の服装をした両親がいた。手には何やらお菓子らしき袋を持っている。

「どうしたの、こんな時間に」

「ちょっとお世話になった隣の人とか近所の人にご挨拶してくるけど、理沙も行く?」

「いい。私はあまり話したこともないし」

「あら、そう。じゃあお母さん達ちょっと出てくるから戸締りだけよろしくね」

「うん、わかった」

「明日は朝早いから先に寝てて良いからな」

「うん」

 お父さんに頭を撫でてもらった後、玄関の鍵を閉める。テレビをつけてバラエティを見ながら時間を潰しているとテレビの横に虫除けスプレーが置かれていた。

「あ、これもダンボールにしまわないと」

 しまい忘れていたものを見つけ、ダンボールを開く。ついでに中身を整理しようと物を持ち上げたその時、ふと妙な音と共に背後が一瞬明るくなった気がした。
 電気がおかしくなった? と上を向いた私の目に映ったのは小さい頃から見慣れていた光だった。窓の外で盛大な音を立てた後、パラパラと光が落ちて来ている。

 一瞬固まってしまったが、頭をフル回転させる。今日は花火が打ち上がる予定なんてあった? もしかして花火大会の日が早まったの?

 窓に駆け寄って次々に打ちあがる花火をじっと見つめていると外がざわついている。正面の家に住んでいる家族も窓から花火を見上げていた。子供は嬉しそうに顔を綻ばせているけど、親は戸惑ったように顔を見合わせている。

 サイレンの音も聞こえ始めた。一つも花火を見落とさないように目に焼き付けているが、あれ? と頭に疑問が湧いた。
 確か花火が打ち上がる予定の空き地は反対側だったはず。だからいつも家の外から花火を見ていたのだ。

 なのにこの花火は家の窓から見ることができる。確認しようと窓を開け、打ち上がっている方角を確かめていると、少し離れた場所にあるマンションの屋上から花火が飛び出しているのが見えた。
 つまり、誰かがマンションの上から打ち上げているのだ。だからサイレンがこんなにも多く聞こえてくるのか。

 そのまま花火に目線を戻して見続けようとしたが、一つ一つの間隔を開けて良さを魅せるように打ち上がるのに気づいた時、息を呑んだ。

『──一つ一つがドッパーンって大きくて綺麗なの。でも、今年の花火大会は引っ越しの日に間に合わないんだ。あと十日もしたら新しい街に引っ越すから』

 窓枠を掴んでいた手で自分の口を押さえる。非現実的過ぎて予想もしなかった可能性が頭の中に浮かび上がってきた。
 ありえない、でももしかして……。いろんな感情が湧き上がってくるのが抑えきれない。
 でも、冗談じゃなかったの? しっかり管理されているはずの花火玉を本当に、盗って来たの?

「同じくらいの歳のはずなのに……」

 引っ越しが嫌でめそめそしている自分と、おそらく盗んだのであろう花火玉で堂々と打ち上げ花火をやってのけたあの男。なんだか落ち込んでいる自分が馬鹿みたいに思えて来た。どうやら相手はホンモノだったらしい。

「嘘じゃなかったんだ……。泥棒さん」

 ヒュルルルル……ドンッドンッドンッ

 最後に華やかな三連続の花が咲くと、空が静かになった。何事もなかったのように、いつもの住宅街に戻っている。
 長かったようで短くもあった。体感で十分くらいだと思っていた夢のような時間は、時計を見ると五分も経っていない。

 せっかくエアコンをつけていたのに生暖かくなってきた部屋に急いで窓を閉める。
 ちょうどその時、バタバタと両親が帰ってくる音がした。

「あ、二人とも早いね。もう挨拶は済んだの?」

「あ、それはまだ途中よ。急に花火が上がったからお父さんと一緒にちょっと見ていたの。でも一体何だったのかしらねえ」

「そうだ。もしかしたら理沙が気付いていないと思って帰って来たけど、もう終わっちゃったな」

「流石にあんな大きな音がすれば気がつくよ。あ、それなに?」

 戻ってきた両親にお母さんの手に持っている物を尋ねる。ハガキのようなもので何か書いてあるみたいだ。

「あ、これね。玄関のポストに入ってたんだけどいつ届いたのかしら。でもこれ差出人が書いてないのよ。理沙宛てだから友達からかもしれないわね」

 友達から、と言われハガキを受け取りに行く。でもなら何で差出人を書かなかったんだろう。不思議に思いながらも書かれている文字を読んでみる。
 そこには走り書きだったけど、一言こう書いてあった。

『約束は守ったぞ。楽しめたか?』

「ふふふふ」

「なんだ理沙。変なこと書いてあったのか?」

「ううん、何でもない」

 嬉しくなってハガキを胸に抱え込む。そこで、あっと閃いた。

「大泥棒というより、親切な怪盗さんね」

 もしかしたら、どちらでもないただの器用な高校生かな?

「……そんなわけないか」

 一人ぷっと吹き出してもう一度ハガキをみる。どうして私の家がわかったんだろう。もしまた会えたらお礼を言いたい。

 いつになく気持ちが前向きだ。なんだか新しい学校も頑張れる気がする。この話を教えて新しい友達を……と思ったけどやっぱりやめた。
 これは私だけの大切な思い出にしておこう。それに、顔も見ちゃってるから騒ぎになった時も質問されたら困るし。

 予告なしに突然打ち上がった花火。気持ちを変えられたのは花火を見れたからではない。塞ぎ込んでいる気分さえ吹っ飛ばしてくれるような思い出が出来たからだ。

 この街の思い出がまたひとつ増えた。
 15歳の夏休み。一番の思い出は、素敵な泥棒さんに出会えたこと……かな。
 
 


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