62 / 138
第三章 深海の星空
番外編三話 眠らぬ夜のゲーム大会
しおりを挟む
ずっと独りで生きていた。
誰にも愛されず、迫害され、居場所なんてどこにも無かった。
生きるのに必死だった。
苦痛と孤独の日々をずっと耐えてきた。
そんな俺を救ってくれたのはーー・・・
目が覚めて、最初に視界に映ったのは、見知った天井だった。
ベッドの中で仰向けになって、首を動かし、自分がいる場所がどこか確認する。
自分が今いるのは『眠らぬ月』の拠点の古城、その中にある自分の部屋で、月の光が窓から差し込んでいる事から時刻は夜だと認識し、ルシフ=テンペストはゆっくりと上体を起こす。
包帯を巻かれた自身の身体を見て、順を追って記憶を辿る。
『トラオム』を襲撃し、ルナを打ち負かしたステラを殺そうとして、アルジェントに阻まれた。
かつての友との激戦の末に、ルシフは敗れた。
「俺は、アルジェントに倒されて・・・」
『カルディア城』の城壁に激突して、意識を失った。それから
「そうだ、ルナはどうなった?」
ステラに倒され、地に伏していた少女の安否をルシフは案じる。
ベッドから降りて、黒のタキシードと黒のマントを身に纏うと、ルシフは部屋を出てルナを探す。
最後に見たルナの状態は、とても無事と言えるものではなかった。
あれだけ傷付いたルナを見たのは、後にも先にも初めてだ。どうか無事でいて欲しいと、縋るような気持ちでルシフは足を動かしてルナを探す。
誰もいない廊下を、一歩一歩ゆっくりと進む。
病み上がりの身では、いつも歩いている廊下さえ長く感じる。城全体を探し回る頃には、おそらく体力は尽きているだろう。だが、それでもルナを見つけるまでは
「ルシフ?」
不意に聞こえた声にルシフが前を向くと、腕と頭に包帯を巻いた黒髪の少女、ルナが立っていた。
「ルナ・・・」
「目が覚めたのね。大丈夫?」
「あぁ、問題無い」
「ふうん? そう」
悪戯っぽく微笑みながら、ルナはルシフへとゆっくり近付く。
上目遣いでルシフを見つめ、白く細い指でルシフの胸板をそっとなぞる。
片目を瞑る以外反応を見せないルシフに、ルナはふふっと笑いかけて
「えいっ」
腹を軽く突くと、ルシフはぬぐっ‼︎ と呻いてその場に膝をつく。
咳き込むルシフにルナは溜息を吐いて顔を横に降る。
「やっぱり駄目じゃない。強がってるのがバレバレよ」
「やはり、気付いていたか・・・」
「当然でしょう。私はあなたの主人であなたの僕よ。気付かない訳ないじゃない」
「そうだったな」
やはり隠し事は出来んか、と心の中でで呟き、ルシフはゆっくりと立ち上がる。
ルナは背伸びをして、ルシフの耳元に顔を寄せ
「だから、治ったらまた二人っきりで、ね?」
と甘い声で囁いた。
艶っぽい笑みを浮かべるルナに、ルシフはただ一言、あぁ、と答えた。
その時だった、二人きりの廊下に拍手が鳴り響いたのは。
「退院おめでとうございまぁ~す‼︎ いやぁ~、早速元気そうで何よりっ‼︎ 甘々な二人のやり取りを見れて私も目の保養になります」
ペラペラと喋るその人物、プラチナブランドの髪と白黒のオッドアイが特徴的な青年、ジャックにルシフは嫌悪の視線を向ける。
「なんだお前か死ね」
「おーっと、さすがルシさん。目覚めから辛辣だぁ」
「黙れ、寝起きで機嫌が悪いんだ。それ以上何か喋ると殴るぞ」
おちゃらけた態度のジャックに対してルシフが不機嫌に応じ、今にも掴みかかりそうな状況で
「やっと目が覚めたか」
その声は廊下に静かに響いた。
厳格と威厳を含んだ静かで低い声、その声が聞こえた瞬間、三人は声がした方を向いて姿勢を正した。
そこにいたのは、短い銀髪と切れ長の赤い瞳が特徴的な壮年の男、ガルシア=オーバーロードだった。
「ガルシアさん。すいません、俺は――」
「よい、何も言うな」
ルシフの言葉を遮り、ガルシアはルシフの肩に手を置く。
驚くルシフにガルシアは心なしか雰囲気を柔らかくして
「お前が、お前達が生きていた。それで充分だ」
「ガルシアさん・・・」
「しかし、今回の戦いで失ったものは余りに大きい。ルクルハイドの裏切りとルナの配下五百人が奴に連れ去られた事、牢に囚われたゲルグの事は早急にどうにかしなければならない」
「ルナの配下が・・・」
ガルシアの言葉を聞いてルシフがルナに振り向くと、ルナは何も言わずに頷く。
先に目覚め、もう既に聞いていたのだろう。
ルナの能力の性質上、配下五百人が連れ去られた事は戦力的にも大きな損失だが、それ以上にルナの精神的なダメージの方が大きい筈だ。
――奴らは文字通りルナに命を差し出した存在。ルナの事を信じていたというのに・・・
「ルクルハイドには、奴と奴の仲間には報復をせねばならない。月を陰らせる雲があるならば払い、穢す者があるならばそれを打ち滅ぼす。それが眠らぬ月の在り方だ。激しい戦いになるだろうが、それでも着いてきてくれるか?」
ガルシアが投げかけた問いかけに、三人は迷う事無く頷いた。
「当然です。死ぬその時まで俺は着いていきます」
「私もよ。このギルドは私の願いを叶えてくれる。そう約束してくれた。だから私も眠らぬ月の願いを、あなたの願いを叶えるわ。マスター」
「私は面白ければなんでもいいです。そして、このギルドはすこぶる面白い、だから飽きるまで手を貸します」
三者三様の答えに、ガルシアは、そうか、とただそれだけ言って、身を翻してどこかへと歩き出す。
「行くぞ、俺達にはやるべき事がある」
「はっ」
「えぇ」
「どこまでも~っ‼︎」
ガルシアに連なり三人も歩き出し、ガルシアの後を追う。
迷いの無い大きな背中、ついていく事に迷いも躊躇いもある筈もない。
その背にせいていく事、その背を守る事が、自分達のすべき事だ。そう思いながらルシフ達が向かった先には
「ふんふふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」
会議の時に使う円卓の上に、鼻歌を歌いながら何かを準備するギロスがいた。
普段の様子からは想像できない仲間の姿にルシフが戸惑っていると、ルシフ達に気付いたギロスが小さく咳をして
「ルシフさん、やっと起きたんだな。よかったよ」
「あぁ、俺も何故かは知らんがお前が楽しそうで何よりだ。ところで、何をしているんだ?」
「人生ゲームの用意をしてた」
「人生ゲーム?」
目を細めながらルシフが円卓の上を見ると、たくさんのマス目とミニチュアの家や城やらでごちゃごちゃした紙の様な物が広げられていた。
聞き慣れない言葉と見慣れないゲームにルシフが戸惑っていると
「『渡月国』の双六の発展形で、あらかじめ筋道が決められた人生を疑似体験するゲームですね。所持金や職業、マス目の指示に同乗者数、その他多くの要素が複雑に絡んできますが、基本的にはルーレットの数だけ前に進むという簡単なゲームです」
ジャックが分かりやすく説明し、成程とルシフは納得し、それから、いや待てと
「何故それをギロスが用意している?」
「私がギロさんに頼んだんですもん」
「お前の差し金か」
額を押さえて重い溜息を吐くルシフに、ジャックは親指を立てて爽やかに笑う。
普段ならぶん殴ってやってる所だが、寝起きで手負いのルシフにそんな余裕は無い。
「どうしたんですかルシさん。凄く嫌そうな顔してますけど」
「お前が主催のゲームって言うのが嫌なんだ。どうせロクなゲームじゃないんだろう?」
「さぁ? それはやってみてのお楽しみ~♪ っという事でぇ、ルシさんもやりましょうよぉ、人生ゲーム。楽しいですよ」
前のめりで言ってくるジャックを無視して、ルシフは考える。
果たして、目の前の腐れカボチャの口車に乗っても大丈夫なのだろうか、と。
主催者が主催者だ。何か裏があるのではないかと警戒してしまうのも仕方ない。しかし
「早く始めるぞ。ルーレットを回す順番はどうするんだ?」
ガルシアが大丈夫と判断し、やるべき事があると言ってここに連れてきた。
正直、人生ゲームのどこに自分たちがやるべき事である要素があるのか分からないが、ルシフ以外の者は特に警戒や疑念を持っていない様子だ。
――やるべきなのか? 本当に大丈夫なのか? 主催者はあのクソカボチャだぞ。取り返しがつかなくなる前に
「ルシフ、やらないの?」
人生ゲームの危険性について思考するルシフに、ルナは首を傾げて問いかけてきた。
はっとしてルシフがルナの方を見ると、ルナは残念そうにルシフを見つめていて
「仕方ないわよね。怪我してて目が覚めたばかりだものね。本当はルシフとも一緒に人生ゲームしたかったけど・・・」
「やろう」
「え?」
「人生ゲームとやらに参加すると言ったんだ。時間が惜しい、早く始めるぞ」
一転してやる気になり、円卓へと向かったルシフを見て、ルナはくすっと笑って
「ちょろいわね」
と、ルシフに聞こえない大きさの声で呟いた。
「さぁ始まりました‼︎ 『第一回眠らぬ月人生ゲーム大会』ぃ~‼︎ドンドンドンパフパフ~‼︎イェーイ‼︎」
円卓に全員が座り、ジャックがマイクを持って、やたらテンションの高い口上を述べる。
「口上はいい。早く始めろ」
「はいはーい‼︎ 今からジャンケンして、勝った人から時計回りにルーレットを回していきまーっす‼︎ ではでは運命のジャンケンターイム‼︎ 最初はグー‼︎ ジャンケンポーン‼︎」
一斉に出される手。ジャンケンの結果は
「私の一人勝ちですね」
ジャックの一人勝ちだった。
ルーレットを回す順番はジャック→ルシフ→ルナ→ギロス→ガルシアになった。
「やっぱり日頃の行いがいいとこうゆう時運が」
「早く始めろ」
「はいはいはーい、ではではぁ~と、その前に、皆さんにこれをプレゼント」
ジャックはメンバーそれぞれにおもちゃの紙幣三枚を手渡した。
「このゲームは最終的に所持金が一番高い人が勝ちというルールで、手持ちの三千ソローをどんどん増やしていくんです。くれぐれも変なマスに止まってお金を無くさないようご注意を」
さて、とジャックがルーレットを回す。出た数は九。九マス駒を進める。
「おっ、学校で一番の成績を取った。二千ソロー貰えるっと。次ルシさんですよ」
「分かっている」
ルシフもルーレットを回す。
出た数は一、ジャックより一歩遅れてしまう事になるが仕方ない。
人生ゲームは一番最初にゴールした者ではなく、一番所持金が多かった者が勝利するというルールのゲームなのだ。
自分はゆっくりと進んでコツコツと金を稼ぎ、最後にジャックに勝てばいい。
そう思いながら自分の止まったマスの指示を見ると
『最初から全てを持ってる人なんていない。何も無い状態から、成長して大事なものを手に入れるのさ。という訳で全財産没収』
と書かれていて、ルシフは思わず、あぁ⁉︎ と怒声を張り上げる。
「なんだこの指示は‼︎ 最後の一文はどう考えてもいらないだろう‼︎」
「いい事言いますね。このゲーム」
「だけれどもだ‼︎ まだ始まったばかりだぞ‼︎ くそっ‼︎」
初っ端から理不尽な目に遭い、ルシフは泣く泣く全財産を手放す。
次は私の番ねと、ルナはルーレットを回し、五マス進む。
「学校に入学、四千ソロー貰える。次ギロスよ」
「あぁ、えっと、七マス進んで・・・毎日がエブリデイハッピーデイスペシャルデイ、どんな日も大切な日だよ。なんだこれ?」
「何も無いって事じゃない?」
「そんな事あるのか」
「じゃあ次は俺だな、十か」
一マス一マス、踏みしめる様にガルシアは駒を進める。
数十秒後、止まったマスに書いてあった指示は
『◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎』
「黒塗り。指示など出さぬ、己の道は己で切り開けという事か。たかがゲームだと思っていたが、どうやら俺が思っていたより奥が深いゲームだった様だな」
腕を組みながら感慨を得るガルシアに、ジャックはあの~、と恐る恐る挙手をする。
「すいません。そのマス、前に暇潰しでウサギちゃん描いて、下手だったから消したので黒塗りなんです」
ジャックの自己申告に、ガルシアはなんとと驚き、ルシフが摑みかかる。
「何をしてるんだお前は・・・‼︎」
「いやぁ~、つい描きたくなってしまって」
あはははははは、と揺らされながらジャックは笑う。
その二人の様子を見て、ガルシアはよいと
「構わん。ゲームを進めるぞ」
「いぇっさ‼︎ ではではー、ほいっ‼︎ 六っ、えーと、新しい魔法を覚えた、五千ソロー‼︎」
「ふん、やるな。次は俺の番だ。はっ‼︎」
『なんか色々あって二万ソロー失う』
「何故だぁ‼︎」
なんか色々あってってなんだ‼︎ と、雑過ぎるマスの指示にルシフは憤慨する。
すると、ジャックがぷぷぷと笑って
「ルシさん、受ける・・・ぶふっ‼︎」
「殺すぞジャック‼︎」
「大変ねルシフ。五っと、あ」
口元を押さえ、気まずそうにするルナにルシフはどうした?と 尋ねながら、ルナが止まったマスを見る。
『右隣の人物から六千ソロー貰う』
ルナが固まった理由を知り、ルシフも固まる。それからルシフは天を仰ぎ見て、拳を握り、再びルナの方を見て
「持っていけ」
「え?」
「お前になら、いくら奪われたって構わない。俺の全てはお前の物だ」
「ルシフ・・・・」
そうだ。とっくのとうにルシフは己の全てをルナに捧げている。今更何を差し出そうが関係は無い。
かつて決めた事を守る。ただそれだけの事だ。
「さぁ、持っていけ」
「でも・・・あなた、所持金ゼロじゃない」
ルナの言葉を聞いて、ルシフは己の現状を思い出す。
初めのターンで全財産を失い、二ターン目でなんか二万ソロー失い、ルナに六千ソローを渡さなければいけなくなった。所持金ゼロの状態で、だ。
俺の全てというか、手の中に何も無い状態では差し出せるものは何もなかったのだ。
「ジャック」
「はい、何でしょう?」
「この場合、俺はどうすればいい?」
「約束手形二万ソロー抱えて、それプラス六千ソローをルナ姫様に返せるようにしなければいけませんね」
「そうか・・・分かった」
二ターン目にして借金を抱え込んだルシフに、誰も何も言えず、ゲームを続行する。
ギロスは再び何も起こらず、次のガルシアは
「盗賊に襲われた。二千ソロー失う」
「む」
「あら、ツイてないわねマスター」
「仕方ない。ここから巻き返せばいいだけだ」
「じゃ、私回しますねー」
――くっ、マズいな
それぞれの所持金はルナが七千ソロー、ジャックが五千ソロー、ギロスが三千ソロー、ガルシアが千ソロー、ルシフがマイナス二万六千ソローと、ルシフが断トツでビリだ。
ルシフは別に一位になりたい訳ではないが、どうしても負けたくない相手がいる。
負けたくない相手は、ジャック=オー=ランタンだ。
普段から人をおちょくる様な言動と行動を繰り返し、面白いかどうかでしか物事を判断できないクソカボチャには、負ける訳にいかない。
ルシフにとってジャックに敗北する事は万死の屈辱に値する。
生き恥を晒し、恥辱と悔恨に苛まれ苦痛の中死んでいくよりも耐え難い罰に他ならない。
分かりやすく一言でまとめると『嫌いだからぶっ潰してやりたい』という事である。
嫌いだから負けたくない、嫌いだから勝ちたい。つまりはそういう事だ。最後に勝った時、こう言ってやるのだ。
『その程度か。だからいつまで経っても結婚できないんだよ。普段からウェディングタキシード着てる癖に』
――言いたい‼ 言ってやりたい‼ その為には何があっても勝たなくては‼
「あぁ‼ しまった‼ 竜退治で負傷‼ 二回休みで五万ソロー失う‼」
「――――っ‼」
声にならない声で喜びを叫び、ルシフは拳を握る。
これでジャックも借金滞納者だ。快進撃はもうお終いだ、ここから反撃開始だとルシフはルーレットを回す。三マス進み
『兎に噛まれてトラウマを負う。四回休みで六万ソロー失う』
「クソがあああああああああああああああああっっ‼」
あんまりにもあまりな指示に、円卓を叩きながら絶叫した。
何故こうなった。ていうか何故竜退治より兎に噛まれる方がペナルティが高いのか。休むな前に進めと、頭の中がしっちゃっかめっちゃかになるルシフにジャックは
「ドントマインド‼」
笑顔でそう言った。
その楽しげな声を聞いて、ルシフは立ち上がると、ジャックを睨んで
「黙れジャック、俺はここから勝ち上がる。少なくともお前には負けん。今に見ていろ」
明確に宣戦布告をした。
怒りに燃える視線を向けられても、ジャックは笑みを崩さず、指を組んでその上に顎を乗せ、えぇ、いいですよ、と
「ルシさんが私に勝つ所みたいですし、頑張ってくださいね」
「今の言葉、後悔するなよ」
余裕を見せるジャックに闘志を燃やすルシフを見て、ルナもまた笑みを深めてルーレットを回し、駒を進める。
「えーっと、職業カード侍を入手。侍って職業なのかしら? えっと、侍は職業カードを入手した際一度だけ気に入らない相手を斬り捨てて三回休みにさせる事ができる。侍っていうか、ただの危険人物じゃない」
気に入らない相手ねとルナは考える。
一分程考えてから、あぁ、駄目だわ、と
「気に入らない相手が思いつかないわ。からかいたいと思ってる相手ならいるけどね。ルーシフッ」
「なっ、おい、まさか」
「斬り捨て御免、プラス三回休みよ」
さらっと告げられた残酷な宣告に、ルシフは椅子から崩れ落ち、咄嗟に手をついて身体を支える。
精神より先に肉体が絶望に反応したのだ。それから精神が状況を理解し、少しずつ絶望に染まり始める。
「ごめんなさいルシフ。でも、あなたは私の僕、私に全てを捧げたってそう言ったでしょう? なら、主人から与えられるものは、愛だろうと刃だろうと、等しく受け取って感謝しなさい」
「あぁ、わかっ、た・・・」
手をついたまま答えたルシフに、ルナは妖艶な笑みを向ける。
――普段のルシフもいいけど、落ち込んでるルシフもいいわね。
そんな事を考えながら、ふふふふふ、と笑うルナに、ジャックとギロスは心の中で鬼畜だと呟いた。
それからゲームは混沌へと向かっていった。
マスの指示の理不尽さと、失うものの大きさが格段に上がったのだ。
「あぁ、クソッ‼︎ 依頼失敗で二千ソロー失う‼︎ 反省で一回休み」
「女魔導師との戦いで重傷を負う、五回休み」
「また何もなし・・・」
「マンドラゴラが豊作、十二万ソロー、か」
「王国から凶悪な魔導師を逮捕して感謝される。五万ソローゲッツ‼︎」
「足首をくじいたもう嫌だ? 七千ソロー失うっておい‼︎」
「毎日がエブリデイって、同じ事聞いたような・・・」
「何も起きない」
「魔神との戦いで敗北、十万ソロー失う、だと?」
「孔雀欲しいな、買おっと、十万ソロー払う⁉︎」
「もう嫌だ辛い鬱になりそう休ませて、十回休み⁉︎」
「魔鉱石の発掘に成功、三十万ソロー手に入れる」
「そろそろ何か起きてくれ」
「精霊と契約した、おめでとう・・・それだけか?」
ゲーム開始三十分後には、全員ボロボロになっていた。
ジャック、マイナス三十万ソロー。
ルシフ、マイナス八十万ソロー。
ルナ、マイナス二十二万ソロー。
ギロス、マイナス十万ソロー。
ガルシア、マイナス四十万ソロー。
「全員マイナスってどうなってんだ」
「こんなにハードなゲームではなかった筈なんですけどね」
「何か起きてくれとは言ったが、悪い事が起きるとは・・・」
はぁ、と、ルシフ、ジャック、ギロスの三人が同時に溜息を吐く。
それからガルシアがルーレットを回し、駒を進め、表情を苦いものにする。
「これは・・・」
「どうしたんですかガルシアさん、一体何が」
『同じギルドの相手と結婚する。末永くお幸せに・・・チッ』
「よかったじゃないですか。おめでとうございます。指示の最後に制作者の本音が出てますが」
「うむ・・・」
頷くガルシアだが、何か納得出来ない事があるのか顔が曇っていて、返事も頼りない。
結婚に関する思い出したくない事があるのかとルシフが思っていると
「俺は、この結婚、無かった事にしようと思う」
「え?」
予想外の言葉に、その場にいる全員が異口同音に驚きの声を上げる。
メンバーの驚きに対し、ガルシアは俺は、と
「借金を負っている身だ。その上定職にも就けず当ても無く彷徨い歩いてるような男に、伴侶をとる資格などない。立派な男になって出直すまで、俺などと結婚したいと思っていた婦女には悪いが、待っていてもらう。それが筋だ」
目を閉じて腕を組みながらそう言った。成る程、確かにその通りだ。
負債がある浮浪者に妻を持つ資格などない。そうゆうのは借金を返済した後に、職に就いてから考えるべきだ。だが
「ゲームなんですしそんな難しく考えなくても」
「ならん」
「え、いや」
「ならん」
断固たる意志で結婚を拒否するガルシア、本人が良いなら別にいいかとジャックは考え、ルーレットを回す。
「七。一、二、三・・・七っと。えぇ⁉︎」
「なんだ、どうした?」
「『人生そんな悪い事ばかりじゃないよ。良い事もあるよ。英雄になって五十万ソローゲット』ですって‼︎」
「馬鹿な‼ そんな都合が良い事が・・・本当だと!?」
マス目を確認すると、ジャックが言った事と一言一句違わない指示が書かれていた。
後半にきての逆転、マズい、とルシフは思ったが
――裏を返せば、俺にも逆転のチャンスはある、という事だ。ならば
「ただ進み、お前を倒すだけだ‼ ジャック‼」
勝利だけを見てルーレットを回し、駒を進める。
そうだ。ゲームはまだ終わりではない。諦めなければ逆転の目が
『心機一転、ゼロからやり直し。精々頑張れ』
「あああああああああああああああああ‼ ああああああっ、うあああああああああああああああああ‼」
喉が張り裂けんばかりの声量で、ルシフは絶叫した。
なんたる不条理。これ程の過酷な仕打ちが許されるというのだろうかと、ルシフは頭を押さえて俯く。
「く、くそ・・・こんな、こんな事が・・・‼︎」
「ルシフ、元気を出して。それでも明日はやってくるから」
「ルナ・・・」
「ルーレット、回すわね」
絶望に染まるルシフに優しい言葉をかけ、ルナはルーレットを回す。
一歩間違えれば自分もルシフと同じく、スタートからやり直す羽目になる。
そう思うと駒を進める事は躊躇われたが、もしそうなっても死ぬ訳ではない、なるようにな
「あっ」
「どうしたルナ。まさかお前もスタートから」
「『魔鉱石の発掘に成功、四十万ソロー手に入れる』って、その、ごめんなさい」
「謝るな。悲しくなるだろ」
良いマスに止まって気まずくなるルナに次いで、ギロスがルールレットを回すが何も起きず、ガルシアの番が来ると
「『ミミックスライムの養殖に成功、十五万ソロー手に入れる』か」
またもや良いマスに止まった。
そこからは今までの転落ぶりが嘘かの様に、良いマスに止まる回数が増えていった。
「王女を助けて七万ソロー‼ よっし‼」
「霊王と契約、十二万ソロー手に入れる」
「百鬼島でのサバイバル生活から生還、五十万ソロー、ようやく借金を返せた」
人生山あり谷あり、谷底の底の底まで落ち続けたジャック、ルナ、ガルシアの三人は、ようやく人生という長旅を謳歌し始めていた。
落ちる所まで落ちれば後は上るのみ、しかし
「『もう一度ゼロからやり直せ、スタートから』・・・」
「『大して出番無い癖に調子に乗るな、出直してこい。スタートからだ』・・・ははっ」
それでもなお落ち続ける者が約二名。ルシフとギロスだ。
これだけ悲惨な目に遭い続ける所を見てみると、前世で余程悪い事をしたのかと言いたくなるレベルだが、落ち込む両者にそんな事を言える者はいなかった。
「あれれれれ~!? ルシさんどーしたんですかー!? またスタートからやりなおちですかぁ~!? 私に勝つとか言ってませんでしたぁ~!?」
ジャックただ一人を除いて。
「死っっっっっっね‼ これから勝ち上がる‼ お前を完膚無きまでに負かしてやるのだ‼ ギロス‼ そうだよな!?」
「――っ、あぁ、そうだ。やってやろうぜルシフさん」
「俺達の本気を見せてやる‼」
底から這いあがろうと、這い上がって勝ちを掴み取るのだと、そう誓った二人の戦いの行く末は――――
人生ゲーム開始から既に四時間が経過していた。
円卓に座っているのはルシフとギロスの二人のみ。二人は未だにゴールする事ができず、まだゲームを続けていた。
それ以外の者達は思い思いの過ごし方で二人がゴールするのを待っている。
ジャックは寝そべりながらクレヨンで絵を描き、ルナは読書、ガルシアは床で座禅を組み瞑想に没頭していた。
ちなみに現時点でゴールした者達の順位は
一位ジャック、所持金五十六万ソロー。
二位ガルシア、所持金五十二万ソロー。
三位ルナ、所持金三十一万ソロー、といった具合だ。
「なぁ、ギロス、お前、今、所持金いくらだ?」
「マイナス百十三万ソロー、ルシフさん、あんたは?」
「マイナス三百八十三万ソローだ・・・」
「気の毒としか言いようがないな。あと、すまない、ゴールしてしまった」
なっ、という掠れた声をルシフが出すのと共にギロスがゴールし、やっと順位が確定した。
四位ギロス、所持金マイナス百十三万ソロー。
最下位ルシフ、所持金マイナス三百八十三万ソロー。
「終わりました? 結局私に勝てませんでしたね。ル・シ・さ・ん、ぶぷ―っ‼」
「――――っ、く、ぐぐ、あああああっ‼ 覚えていろジャック‼ 次はこうはいかぬ‼ 必ずお前を八つ裂きにしてくれる‼」
「ちょっとあんた人生ゲームでそんな物騒な事せんでくださいよ奥さん」
「黙れ‼ 早く片付けるぞ‼」
「わーい、手伝ってくれるんだ優しー‼」
こうして、『第一回眠らぬ月人生ゲーム大会』は幕を閉じた。
人生ゲームが終わった後、ルシフは胸の内に苛立ちを抱えながら、自室へと歩いていた。
「全く何なんだあいつは。何故あんなにゲームが強いんだ。イカサマでもしてるんじゃ、いや、してなくてあれだけ強いから腹が立つ。クソ、どうすればあいつを潰す事が」
人生ゲームで敗北した事への不満をぶつぶつと口にして扉を開くと、窓の傍でルナが立っていた。
風に吹かれて揺れるカーテンと、僅かに差し込む月明かり、そこに立つ少女。
絵画のモチーフのような光景に一瞬息を呑んで、ルシフは部屋の中へと入る。
「・・・あの日出会った時も、こんな感じだったわね。誰もいない部屋の中、独りでいた私の元に、あなたは扉を開けて現れた。いや、あの時は窓からだったかしら」
「そうだな」
「ねぇ、ルシフ。私、あの娘に、ステラに負けちゃったの」
振り向いてそう言ってきたルナに、ルシフは何も言わない。
ただ真っ直ぐにルナの瞳を見つめ、次の言葉を待つ。
「昔、約束したわよね。理不尽と不条理だらけのこの世界を二人で壊そうって、その時まで誰にも負けないって・・・私はそれを、この腕の傷に誓った」
自身の右腕の傷にそっと触れ、ルナは目を伏せる。
再び風が吹いてカーテンが揺れると、ルナの姿が見えなくなる。
カーテンが元に戻り、ルナの姿が見えるようになった時、ルナの目にうっすらと涙が浮かんでいた。
「でも、守れなかった。約束したのに、傷に、あなたに、私自身に誓った約束を、守れなかった」
「ルナ・・・」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと眠いだけよ」
心配そうに自身の名を呼んだルシフの顔を見て、ルナは涙を拭い、もう一度窓の方を向いて、空に浮かぶ月を見上げる。
ルシフからルナの顔は見えない。だが、なんとなく悲しそうな顔をしている事だけは分かった。
だから、ルシフは後ろからルナに近付いて、頭の上にそっと手を置いた。
「俺も、アルジェントに負けてしまった。約束を守れなかったのはお互い様だ」
「ルシフ・・・」
「次こそは勝つ。その為に強くなる。それが、俺達のやるべき事だ。いつか世界を壊すその時まで、俺達は諦める訳にはいかない」
大好きな人がいた、大切な人がいた。
その人を奪った不条理と理不尽だらけの世界を壊す。
それがルシフとルナの信念であり、譲れない誓いだ。
たとえ茨の道であろうと、その誓いを果たすまで二人は止まらない
「そうだろ?」
「えぇ、必ずやり遂げましょう」
どちらかがいる限りーーーー・・・
その翌日の夜。
「ルシさーん‼︎ 黒ひげとモノポリーやりません⁉︎」
「やろう。潰す・・・‼︎」
『眠らぬ月』の夜は、まだ明けない。
誰にも愛されず、迫害され、居場所なんてどこにも無かった。
生きるのに必死だった。
苦痛と孤独の日々をずっと耐えてきた。
そんな俺を救ってくれたのはーー・・・
目が覚めて、最初に視界に映ったのは、見知った天井だった。
ベッドの中で仰向けになって、首を動かし、自分がいる場所がどこか確認する。
自分が今いるのは『眠らぬ月』の拠点の古城、その中にある自分の部屋で、月の光が窓から差し込んでいる事から時刻は夜だと認識し、ルシフ=テンペストはゆっくりと上体を起こす。
包帯を巻かれた自身の身体を見て、順を追って記憶を辿る。
『トラオム』を襲撃し、ルナを打ち負かしたステラを殺そうとして、アルジェントに阻まれた。
かつての友との激戦の末に、ルシフは敗れた。
「俺は、アルジェントに倒されて・・・」
『カルディア城』の城壁に激突して、意識を失った。それから
「そうだ、ルナはどうなった?」
ステラに倒され、地に伏していた少女の安否をルシフは案じる。
ベッドから降りて、黒のタキシードと黒のマントを身に纏うと、ルシフは部屋を出てルナを探す。
最後に見たルナの状態は、とても無事と言えるものではなかった。
あれだけ傷付いたルナを見たのは、後にも先にも初めてだ。どうか無事でいて欲しいと、縋るような気持ちでルシフは足を動かしてルナを探す。
誰もいない廊下を、一歩一歩ゆっくりと進む。
病み上がりの身では、いつも歩いている廊下さえ長く感じる。城全体を探し回る頃には、おそらく体力は尽きているだろう。だが、それでもルナを見つけるまでは
「ルシフ?」
不意に聞こえた声にルシフが前を向くと、腕と頭に包帯を巻いた黒髪の少女、ルナが立っていた。
「ルナ・・・」
「目が覚めたのね。大丈夫?」
「あぁ、問題無い」
「ふうん? そう」
悪戯っぽく微笑みながら、ルナはルシフへとゆっくり近付く。
上目遣いでルシフを見つめ、白く細い指でルシフの胸板をそっとなぞる。
片目を瞑る以外反応を見せないルシフに、ルナはふふっと笑いかけて
「えいっ」
腹を軽く突くと、ルシフはぬぐっ‼︎ と呻いてその場に膝をつく。
咳き込むルシフにルナは溜息を吐いて顔を横に降る。
「やっぱり駄目じゃない。強がってるのがバレバレよ」
「やはり、気付いていたか・・・」
「当然でしょう。私はあなたの主人であなたの僕よ。気付かない訳ないじゃない」
「そうだったな」
やはり隠し事は出来んか、と心の中でで呟き、ルシフはゆっくりと立ち上がる。
ルナは背伸びをして、ルシフの耳元に顔を寄せ
「だから、治ったらまた二人っきりで、ね?」
と甘い声で囁いた。
艶っぽい笑みを浮かべるルナに、ルシフはただ一言、あぁ、と答えた。
その時だった、二人きりの廊下に拍手が鳴り響いたのは。
「退院おめでとうございまぁ~す‼︎ いやぁ~、早速元気そうで何よりっ‼︎ 甘々な二人のやり取りを見れて私も目の保養になります」
ペラペラと喋るその人物、プラチナブランドの髪と白黒のオッドアイが特徴的な青年、ジャックにルシフは嫌悪の視線を向ける。
「なんだお前か死ね」
「おーっと、さすがルシさん。目覚めから辛辣だぁ」
「黙れ、寝起きで機嫌が悪いんだ。それ以上何か喋ると殴るぞ」
おちゃらけた態度のジャックに対してルシフが不機嫌に応じ、今にも掴みかかりそうな状況で
「やっと目が覚めたか」
その声は廊下に静かに響いた。
厳格と威厳を含んだ静かで低い声、その声が聞こえた瞬間、三人は声がした方を向いて姿勢を正した。
そこにいたのは、短い銀髪と切れ長の赤い瞳が特徴的な壮年の男、ガルシア=オーバーロードだった。
「ガルシアさん。すいません、俺は――」
「よい、何も言うな」
ルシフの言葉を遮り、ガルシアはルシフの肩に手を置く。
驚くルシフにガルシアは心なしか雰囲気を柔らかくして
「お前が、お前達が生きていた。それで充分だ」
「ガルシアさん・・・」
「しかし、今回の戦いで失ったものは余りに大きい。ルクルハイドの裏切りとルナの配下五百人が奴に連れ去られた事、牢に囚われたゲルグの事は早急にどうにかしなければならない」
「ルナの配下が・・・」
ガルシアの言葉を聞いてルシフがルナに振り向くと、ルナは何も言わずに頷く。
先に目覚め、もう既に聞いていたのだろう。
ルナの能力の性質上、配下五百人が連れ去られた事は戦力的にも大きな損失だが、それ以上にルナの精神的なダメージの方が大きい筈だ。
――奴らは文字通りルナに命を差し出した存在。ルナの事を信じていたというのに・・・
「ルクルハイドには、奴と奴の仲間には報復をせねばならない。月を陰らせる雲があるならば払い、穢す者があるならばそれを打ち滅ぼす。それが眠らぬ月の在り方だ。激しい戦いになるだろうが、それでも着いてきてくれるか?」
ガルシアが投げかけた問いかけに、三人は迷う事無く頷いた。
「当然です。死ぬその時まで俺は着いていきます」
「私もよ。このギルドは私の願いを叶えてくれる。そう約束してくれた。だから私も眠らぬ月の願いを、あなたの願いを叶えるわ。マスター」
「私は面白ければなんでもいいです。そして、このギルドはすこぶる面白い、だから飽きるまで手を貸します」
三者三様の答えに、ガルシアは、そうか、とただそれだけ言って、身を翻してどこかへと歩き出す。
「行くぞ、俺達にはやるべき事がある」
「はっ」
「えぇ」
「どこまでも~っ‼︎」
ガルシアに連なり三人も歩き出し、ガルシアの後を追う。
迷いの無い大きな背中、ついていく事に迷いも躊躇いもある筈もない。
その背にせいていく事、その背を守る事が、自分達のすべき事だ。そう思いながらルシフ達が向かった先には
「ふんふふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」
会議の時に使う円卓の上に、鼻歌を歌いながら何かを準備するギロスがいた。
普段の様子からは想像できない仲間の姿にルシフが戸惑っていると、ルシフ達に気付いたギロスが小さく咳をして
「ルシフさん、やっと起きたんだな。よかったよ」
「あぁ、俺も何故かは知らんがお前が楽しそうで何よりだ。ところで、何をしているんだ?」
「人生ゲームの用意をしてた」
「人生ゲーム?」
目を細めながらルシフが円卓の上を見ると、たくさんのマス目とミニチュアの家や城やらでごちゃごちゃした紙の様な物が広げられていた。
聞き慣れない言葉と見慣れないゲームにルシフが戸惑っていると
「『渡月国』の双六の発展形で、あらかじめ筋道が決められた人生を疑似体験するゲームですね。所持金や職業、マス目の指示に同乗者数、その他多くの要素が複雑に絡んできますが、基本的にはルーレットの数だけ前に進むという簡単なゲームです」
ジャックが分かりやすく説明し、成程とルシフは納得し、それから、いや待てと
「何故それをギロスが用意している?」
「私がギロさんに頼んだんですもん」
「お前の差し金か」
額を押さえて重い溜息を吐くルシフに、ジャックは親指を立てて爽やかに笑う。
普段ならぶん殴ってやってる所だが、寝起きで手負いのルシフにそんな余裕は無い。
「どうしたんですかルシさん。凄く嫌そうな顔してますけど」
「お前が主催のゲームって言うのが嫌なんだ。どうせロクなゲームじゃないんだろう?」
「さぁ? それはやってみてのお楽しみ~♪ っという事でぇ、ルシさんもやりましょうよぉ、人生ゲーム。楽しいですよ」
前のめりで言ってくるジャックを無視して、ルシフは考える。
果たして、目の前の腐れカボチャの口車に乗っても大丈夫なのだろうか、と。
主催者が主催者だ。何か裏があるのではないかと警戒してしまうのも仕方ない。しかし
「早く始めるぞ。ルーレットを回す順番はどうするんだ?」
ガルシアが大丈夫と判断し、やるべき事があると言ってここに連れてきた。
正直、人生ゲームのどこに自分たちがやるべき事である要素があるのか分からないが、ルシフ以外の者は特に警戒や疑念を持っていない様子だ。
――やるべきなのか? 本当に大丈夫なのか? 主催者はあのクソカボチャだぞ。取り返しがつかなくなる前に
「ルシフ、やらないの?」
人生ゲームの危険性について思考するルシフに、ルナは首を傾げて問いかけてきた。
はっとしてルシフがルナの方を見ると、ルナは残念そうにルシフを見つめていて
「仕方ないわよね。怪我してて目が覚めたばかりだものね。本当はルシフとも一緒に人生ゲームしたかったけど・・・」
「やろう」
「え?」
「人生ゲームとやらに参加すると言ったんだ。時間が惜しい、早く始めるぞ」
一転してやる気になり、円卓へと向かったルシフを見て、ルナはくすっと笑って
「ちょろいわね」
と、ルシフに聞こえない大きさの声で呟いた。
「さぁ始まりました‼︎ 『第一回眠らぬ月人生ゲーム大会』ぃ~‼︎ドンドンドンパフパフ~‼︎イェーイ‼︎」
円卓に全員が座り、ジャックがマイクを持って、やたらテンションの高い口上を述べる。
「口上はいい。早く始めろ」
「はいはーい‼︎ 今からジャンケンして、勝った人から時計回りにルーレットを回していきまーっす‼︎ ではでは運命のジャンケンターイム‼︎ 最初はグー‼︎ ジャンケンポーン‼︎」
一斉に出される手。ジャンケンの結果は
「私の一人勝ちですね」
ジャックの一人勝ちだった。
ルーレットを回す順番はジャック→ルシフ→ルナ→ギロス→ガルシアになった。
「やっぱり日頃の行いがいいとこうゆう時運が」
「早く始めろ」
「はいはいはーい、ではではぁ~と、その前に、皆さんにこれをプレゼント」
ジャックはメンバーそれぞれにおもちゃの紙幣三枚を手渡した。
「このゲームは最終的に所持金が一番高い人が勝ちというルールで、手持ちの三千ソローをどんどん増やしていくんです。くれぐれも変なマスに止まってお金を無くさないようご注意を」
さて、とジャックがルーレットを回す。出た数は九。九マス駒を進める。
「おっ、学校で一番の成績を取った。二千ソロー貰えるっと。次ルシさんですよ」
「分かっている」
ルシフもルーレットを回す。
出た数は一、ジャックより一歩遅れてしまう事になるが仕方ない。
人生ゲームは一番最初にゴールした者ではなく、一番所持金が多かった者が勝利するというルールのゲームなのだ。
自分はゆっくりと進んでコツコツと金を稼ぎ、最後にジャックに勝てばいい。
そう思いながら自分の止まったマスの指示を見ると
『最初から全てを持ってる人なんていない。何も無い状態から、成長して大事なものを手に入れるのさ。という訳で全財産没収』
と書かれていて、ルシフは思わず、あぁ⁉︎ と怒声を張り上げる。
「なんだこの指示は‼︎ 最後の一文はどう考えてもいらないだろう‼︎」
「いい事言いますね。このゲーム」
「だけれどもだ‼︎ まだ始まったばかりだぞ‼︎ くそっ‼︎」
初っ端から理不尽な目に遭い、ルシフは泣く泣く全財産を手放す。
次は私の番ねと、ルナはルーレットを回し、五マス進む。
「学校に入学、四千ソロー貰える。次ギロスよ」
「あぁ、えっと、七マス進んで・・・毎日がエブリデイハッピーデイスペシャルデイ、どんな日も大切な日だよ。なんだこれ?」
「何も無いって事じゃない?」
「そんな事あるのか」
「じゃあ次は俺だな、十か」
一マス一マス、踏みしめる様にガルシアは駒を進める。
数十秒後、止まったマスに書いてあった指示は
『◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎』
「黒塗り。指示など出さぬ、己の道は己で切り開けという事か。たかがゲームだと思っていたが、どうやら俺が思っていたより奥が深いゲームだった様だな」
腕を組みながら感慨を得るガルシアに、ジャックはあの~、と恐る恐る挙手をする。
「すいません。そのマス、前に暇潰しでウサギちゃん描いて、下手だったから消したので黒塗りなんです」
ジャックの自己申告に、ガルシアはなんとと驚き、ルシフが摑みかかる。
「何をしてるんだお前は・・・‼︎」
「いやぁ~、つい描きたくなってしまって」
あはははははは、と揺らされながらジャックは笑う。
その二人の様子を見て、ガルシアはよいと
「構わん。ゲームを進めるぞ」
「いぇっさ‼︎ ではではー、ほいっ‼︎ 六っ、えーと、新しい魔法を覚えた、五千ソロー‼︎」
「ふん、やるな。次は俺の番だ。はっ‼︎」
『なんか色々あって二万ソロー失う』
「何故だぁ‼︎」
なんか色々あってってなんだ‼︎ と、雑過ぎるマスの指示にルシフは憤慨する。
すると、ジャックがぷぷぷと笑って
「ルシさん、受ける・・・ぶふっ‼︎」
「殺すぞジャック‼︎」
「大変ねルシフ。五っと、あ」
口元を押さえ、気まずそうにするルナにルシフはどうした?と 尋ねながら、ルナが止まったマスを見る。
『右隣の人物から六千ソロー貰う』
ルナが固まった理由を知り、ルシフも固まる。それからルシフは天を仰ぎ見て、拳を握り、再びルナの方を見て
「持っていけ」
「え?」
「お前になら、いくら奪われたって構わない。俺の全てはお前の物だ」
「ルシフ・・・・」
そうだ。とっくのとうにルシフは己の全てをルナに捧げている。今更何を差し出そうが関係は無い。
かつて決めた事を守る。ただそれだけの事だ。
「さぁ、持っていけ」
「でも・・・あなた、所持金ゼロじゃない」
ルナの言葉を聞いて、ルシフは己の現状を思い出す。
初めのターンで全財産を失い、二ターン目でなんか二万ソロー失い、ルナに六千ソローを渡さなければいけなくなった。所持金ゼロの状態で、だ。
俺の全てというか、手の中に何も無い状態では差し出せるものは何もなかったのだ。
「ジャック」
「はい、何でしょう?」
「この場合、俺はどうすればいい?」
「約束手形二万ソロー抱えて、それプラス六千ソローをルナ姫様に返せるようにしなければいけませんね」
「そうか・・・分かった」
二ターン目にして借金を抱え込んだルシフに、誰も何も言えず、ゲームを続行する。
ギロスは再び何も起こらず、次のガルシアは
「盗賊に襲われた。二千ソロー失う」
「む」
「あら、ツイてないわねマスター」
「仕方ない。ここから巻き返せばいいだけだ」
「じゃ、私回しますねー」
――くっ、マズいな
それぞれの所持金はルナが七千ソロー、ジャックが五千ソロー、ギロスが三千ソロー、ガルシアが千ソロー、ルシフがマイナス二万六千ソローと、ルシフが断トツでビリだ。
ルシフは別に一位になりたい訳ではないが、どうしても負けたくない相手がいる。
負けたくない相手は、ジャック=オー=ランタンだ。
普段から人をおちょくる様な言動と行動を繰り返し、面白いかどうかでしか物事を判断できないクソカボチャには、負ける訳にいかない。
ルシフにとってジャックに敗北する事は万死の屈辱に値する。
生き恥を晒し、恥辱と悔恨に苛まれ苦痛の中死んでいくよりも耐え難い罰に他ならない。
分かりやすく一言でまとめると『嫌いだからぶっ潰してやりたい』という事である。
嫌いだから負けたくない、嫌いだから勝ちたい。つまりはそういう事だ。最後に勝った時、こう言ってやるのだ。
『その程度か。だからいつまで経っても結婚できないんだよ。普段からウェディングタキシード着てる癖に』
――言いたい‼ 言ってやりたい‼ その為には何があっても勝たなくては‼
「あぁ‼ しまった‼ 竜退治で負傷‼ 二回休みで五万ソロー失う‼」
「――――っ‼」
声にならない声で喜びを叫び、ルシフは拳を握る。
これでジャックも借金滞納者だ。快進撃はもうお終いだ、ここから反撃開始だとルシフはルーレットを回す。三マス進み
『兎に噛まれてトラウマを負う。四回休みで六万ソロー失う』
「クソがあああああああああああああああああっっ‼」
あんまりにもあまりな指示に、円卓を叩きながら絶叫した。
何故こうなった。ていうか何故竜退治より兎に噛まれる方がペナルティが高いのか。休むな前に進めと、頭の中がしっちゃっかめっちゃかになるルシフにジャックは
「ドントマインド‼」
笑顔でそう言った。
その楽しげな声を聞いて、ルシフは立ち上がると、ジャックを睨んで
「黙れジャック、俺はここから勝ち上がる。少なくともお前には負けん。今に見ていろ」
明確に宣戦布告をした。
怒りに燃える視線を向けられても、ジャックは笑みを崩さず、指を組んでその上に顎を乗せ、えぇ、いいですよ、と
「ルシさんが私に勝つ所みたいですし、頑張ってくださいね」
「今の言葉、後悔するなよ」
余裕を見せるジャックに闘志を燃やすルシフを見て、ルナもまた笑みを深めてルーレットを回し、駒を進める。
「えーっと、職業カード侍を入手。侍って職業なのかしら? えっと、侍は職業カードを入手した際一度だけ気に入らない相手を斬り捨てて三回休みにさせる事ができる。侍っていうか、ただの危険人物じゃない」
気に入らない相手ねとルナは考える。
一分程考えてから、あぁ、駄目だわ、と
「気に入らない相手が思いつかないわ。からかいたいと思ってる相手ならいるけどね。ルーシフッ」
「なっ、おい、まさか」
「斬り捨て御免、プラス三回休みよ」
さらっと告げられた残酷な宣告に、ルシフは椅子から崩れ落ち、咄嗟に手をついて身体を支える。
精神より先に肉体が絶望に反応したのだ。それから精神が状況を理解し、少しずつ絶望に染まり始める。
「ごめんなさいルシフ。でも、あなたは私の僕、私に全てを捧げたってそう言ったでしょう? なら、主人から与えられるものは、愛だろうと刃だろうと、等しく受け取って感謝しなさい」
「あぁ、わかっ、た・・・」
手をついたまま答えたルシフに、ルナは妖艶な笑みを向ける。
――普段のルシフもいいけど、落ち込んでるルシフもいいわね。
そんな事を考えながら、ふふふふふ、と笑うルナに、ジャックとギロスは心の中で鬼畜だと呟いた。
それからゲームは混沌へと向かっていった。
マスの指示の理不尽さと、失うものの大きさが格段に上がったのだ。
「あぁ、クソッ‼︎ 依頼失敗で二千ソロー失う‼︎ 反省で一回休み」
「女魔導師との戦いで重傷を負う、五回休み」
「また何もなし・・・」
「マンドラゴラが豊作、十二万ソロー、か」
「王国から凶悪な魔導師を逮捕して感謝される。五万ソローゲッツ‼︎」
「足首をくじいたもう嫌だ? 七千ソロー失うっておい‼︎」
「毎日がエブリデイって、同じ事聞いたような・・・」
「何も起きない」
「魔神との戦いで敗北、十万ソロー失う、だと?」
「孔雀欲しいな、買おっと、十万ソロー払う⁉︎」
「もう嫌だ辛い鬱になりそう休ませて、十回休み⁉︎」
「魔鉱石の発掘に成功、三十万ソロー手に入れる」
「そろそろ何か起きてくれ」
「精霊と契約した、おめでとう・・・それだけか?」
ゲーム開始三十分後には、全員ボロボロになっていた。
ジャック、マイナス三十万ソロー。
ルシフ、マイナス八十万ソロー。
ルナ、マイナス二十二万ソロー。
ギロス、マイナス十万ソロー。
ガルシア、マイナス四十万ソロー。
「全員マイナスってどうなってんだ」
「こんなにハードなゲームではなかった筈なんですけどね」
「何か起きてくれとは言ったが、悪い事が起きるとは・・・」
はぁ、と、ルシフ、ジャック、ギロスの三人が同時に溜息を吐く。
それからガルシアがルーレットを回し、駒を進め、表情を苦いものにする。
「これは・・・」
「どうしたんですかガルシアさん、一体何が」
『同じギルドの相手と結婚する。末永くお幸せに・・・チッ』
「よかったじゃないですか。おめでとうございます。指示の最後に制作者の本音が出てますが」
「うむ・・・」
頷くガルシアだが、何か納得出来ない事があるのか顔が曇っていて、返事も頼りない。
結婚に関する思い出したくない事があるのかとルシフが思っていると
「俺は、この結婚、無かった事にしようと思う」
「え?」
予想外の言葉に、その場にいる全員が異口同音に驚きの声を上げる。
メンバーの驚きに対し、ガルシアは俺は、と
「借金を負っている身だ。その上定職にも就けず当ても無く彷徨い歩いてるような男に、伴侶をとる資格などない。立派な男になって出直すまで、俺などと結婚したいと思っていた婦女には悪いが、待っていてもらう。それが筋だ」
目を閉じて腕を組みながらそう言った。成る程、確かにその通りだ。
負債がある浮浪者に妻を持つ資格などない。そうゆうのは借金を返済した後に、職に就いてから考えるべきだ。だが
「ゲームなんですしそんな難しく考えなくても」
「ならん」
「え、いや」
「ならん」
断固たる意志で結婚を拒否するガルシア、本人が良いなら別にいいかとジャックは考え、ルーレットを回す。
「七。一、二、三・・・七っと。えぇ⁉︎」
「なんだ、どうした?」
「『人生そんな悪い事ばかりじゃないよ。良い事もあるよ。英雄になって五十万ソローゲット』ですって‼︎」
「馬鹿な‼ そんな都合が良い事が・・・本当だと!?」
マス目を確認すると、ジャックが言った事と一言一句違わない指示が書かれていた。
後半にきての逆転、マズい、とルシフは思ったが
――裏を返せば、俺にも逆転のチャンスはある、という事だ。ならば
「ただ進み、お前を倒すだけだ‼ ジャック‼」
勝利だけを見てルーレットを回し、駒を進める。
そうだ。ゲームはまだ終わりではない。諦めなければ逆転の目が
『心機一転、ゼロからやり直し。精々頑張れ』
「あああああああああああああああああ‼ ああああああっ、うあああああああああああああああああ‼」
喉が張り裂けんばかりの声量で、ルシフは絶叫した。
なんたる不条理。これ程の過酷な仕打ちが許されるというのだろうかと、ルシフは頭を押さえて俯く。
「く、くそ・・・こんな、こんな事が・・・‼︎」
「ルシフ、元気を出して。それでも明日はやってくるから」
「ルナ・・・」
「ルーレット、回すわね」
絶望に染まるルシフに優しい言葉をかけ、ルナはルーレットを回す。
一歩間違えれば自分もルシフと同じく、スタートからやり直す羽目になる。
そう思うと駒を進める事は躊躇われたが、もしそうなっても死ぬ訳ではない、なるようにな
「あっ」
「どうしたルナ。まさかお前もスタートから」
「『魔鉱石の発掘に成功、四十万ソロー手に入れる』って、その、ごめんなさい」
「謝るな。悲しくなるだろ」
良いマスに止まって気まずくなるルナに次いで、ギロスがルールレットを回すが何も起きず、ガルシアの番が来ると
「『ミミックスライムの養殖に成功、十五万ソロー手に入れる』か」
またもや良いマスに止まった。
そこからは今までの転落ぶりが嘘かの様に、良いマスに止まる回数が増えていった。
「王女を助けて七万ソロー‼ よっし‼」
「霊王と契約、十二万ソロー手に入れる」
「百鬼島でのサバイバル生活から生還、五十万ソロー、ようやく借金を返せた」
人生山あり谷あり、谷底の底の底まで落ち続けたジャック、ルナ、ガルシアの三人は、ようやく人生という長旅を謳歌し始めていた。
落ちる所まで落ちれば後は上るのみ、しかし
「『もう一度ゼロからやり直せ、スタートから』・・・」
「『大して出番無い癖に調子に乗るな、出直してこい。スタートからだ』・・・ははっ」
それでもなお落ち続ける者が約二名。ルシフとギロスだ。
これだけ悲惨な目に遭い続ける所を見てみると、前世で余程悪い事をしたのかと言いたくなるレベルだが、落ち込む両者にそんな事を言える者はいなかった。
「あれれれれ~!? ルシさんどーしたんですかー!? またスタートからやりなおちですかぁ~!? 私に勝つとか言ってませんでしたぁ~!?」
ジャックただ一人を除いて。
「死っっっっっっね‼ これから勝ち上がる‼ お前を完膚無きまでに負かしてやるのだ‼ ギロス‼ そうだよな!?」
「――っ、あぁ、そうだ。やってやろうぜルシフさん」
「俺達の本気を見せてやる‼」
底から這いあがろうと、這い上がって勝ちを掴み取るのだと、そう誓った二人の戦いの行く末は――――
人生ゲーム開始から既に四時間が経過していた。
円卓に座っているのはルシフとギロスの二人のみ。二人は未だにゴールする事ができず、まだゲームを続けていた。
それ以外の者達は思い思いの過ごし方で二人がゴールするのを待っている。
ジャックは寝そべりながらクレヨンで絵を描き、ルナは読書、ガルシアは床で座禅を組み瞑想に没頭していた。
ちなみに現時点でゴールした者達の順位は
一位ジャック、所持金五十六万ソロー。
二位ガルシア、所持金五十二万ソロー。
三位ルナ、所持金三十一万ソロー、といった具合だ。
「なぁ、ギロス、お前、今、所持金いくらだ?」
「マイナス百十三万ソロー、ルシフさん、あんたは?」
「マイナス三百八十三万ソローだ・・・」
「気の毒としか言いようがないな。あと、すまない、ゴールしてしまった」
なっ、という掠れた声をルシフが出すのと共にギロスがゴールし、やっと順位が確定した。
四位ギロス、所持金マイナス百十三万ソロー。
最下位ルシフ、所持金マイナス三百八十三万ソロー。
「終わりました? 結局私に勝てませんでしたね。ル・シ・さ・ん、ぶぷ―っ‼」
「――――っ、く、ぐぐ、あああああっ‼ 覚えていろジャック‼ 次はこうはいかぬ‼ 必ずお前を八つ裂きにしてくれる‼」
「ちょっとあんた人生ゲームでそんな物騒な事せんでくださいよ奥さん」
「黙れ‼ 早く片付けるぞ‼」
「わーい、手伝ってくれるんだ優しー‼」
こうして、『第一回眠らぬ月人生ゲーム大会』は幕を閉じた。
人生ゲームが終わった後、ルシフは胸の内に苛立ちを抱えながら、自室へと歩いていた。
「全く何なんだあいつは。何故あんなにゲームが強いんだ。イカサマでもしてるんじゃ、いや、してなくてあれだけ強いから腹が立つ。クソ、どうすればあいつを潰す事が」
人生ゲームで敗北した事への不満をぶつぶつと口にして扉を開くと、窓の傍でルナが立っていた。
風に吹かれて揺れるカーテンと、僅かに差し込む月明かり、そこに立つ少女。
絵画のモチーフのような光景に一瞬息を呑んで、ルシフは部屋の中へと入る。
「・・・あの日出会った時も、こんな感じだったわね。誰もいない部屋の中、独りでいた私の元に、あなたは扉を開けて現れた。いや、あの時は窓からだったかしら」
「そうだな」
「ねぇ、ルシフ。私、あの娘に、ステラに負けちゃったの」
振り向いてそう言ってきたルナに、ルシフは何も言わない。
ただ真っ直ぐにルナの瞳を見つめ、次の言葉を待つ。
「昔、約束したわよね。理不尽と不条理だらけのこの世界を二人で壊そうって、その時まで誰にも負けないって・・・私はそれを、この腕の傷に誓った」
自身の右腕の傷にそっと触れ、ルナは目を伏せる。
再び風が吹いてカーテンが揺れると、ルナの姿が見えなくなる。
カーテンが元に戻り、ルナの姿が見えるようになった時、ルナの目にうっすらと涙が浮かんでいた。
「でも、守れなかった。約束したのに、傷に、あなたに、私自身に誓った約束を、守れなかった」
「ルナ・・・」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと眠いだけよ」
心配そうに自身の名を呼んだルシフの顔を見て、ルナは涙を拭い、もう一度窓の方を向いて、空に浮かぶ月を見上げる。
ルシフからルナの顔は見えない。だが、なんとなく悲しそうな顔をしている事だけは分かった。
だから、ルシフは後ろからルナに近付いて、頭の上にそっと手を置いた。
「俺も、アルジェントに負けてしまった。約束を守れなかったのはお互い様だ」
「ルシフ・・・」
「次こそは勝つ。その為に強くなる。それが、俺達のやるべき事だ。いつか世界を壊すその時まで、俺達は諦める訳にはいかない」
大好きな人がいた、大切な人がいた。
その人を奪った不条理と理不尽だらけの世界を壊す。
それがルシフとルナの信念であり、譲れない誓いだ。
たとえ茨の道であろうと、その誓いを果たすまで二人は止まらない
「そうだろ?」
「えぇ、必ずやり遂げましょう」
どちらかがいる限りーーーー・・・
その翌日の夜。
「ルシさーん‼︎ 黒ひげとモノポリーやりません⁉︎」
「やろう。潰す・・・‼︎」
『眠らぬ月』の夜は、まだ明けない。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる