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第ニ章 舞い降りた月
第十話 翡翠の守り人
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皆が劇場に出てからしばらく経った頃。
いつもみたいに皆が何してるのか、上手くいっているのか、僕も行きたかったな、なんて事を考えながら空を見ていました。すると、遠くの方、劇場がある『トラオム』の方から煙が上がっているのが見えました。
一体何があったのか、皆は無事なのか、不安な気持ちで一杯になりました。そしたら屋敷の門から大勢の足音が聞こえてきて、足音がこっちに近付いてくるのが分かりました。
凄く嫌な予感がして、敵襲という言葉が真っ先に頭に浮かびましたが、きっと違う、集団でここに来た観光客か何かだろうと精一杯のポジティブでその考えを振り払いました。
そうだ、きっとそうだよ、今まで直接屋敷に襲撃が来た回数は片手の指で数えられるくらいしかないんだし、滅多にいないよね、そんな事する人達は。そんな風に思っていると、僕がいる庭園の方に大勢の人がやってきて
「おい兄ちゃん聞いてんのか? なんか返事しろよおい」
「びびってんじゃねぇのか?情けねぇな」
その人達に囲まれた時の僕の気持ちは想像に難くないと思います。
ただ留守番してただけなのに、いきなり恐い人達に囲まれた訳ですから、混乱と恐怖で頭の中が一杯になりました。夢なら覚めて欲しいとも思いました。
ですが、周りの人達がナイフやら拳やらで軽くつついてくる感覚が、あまりにリアルだったから、それは諦めました。 まずは話し合ってなるべく穏便に済ませて、早々に帰ってもらうように試みる事にしました。
「あのー、あまり大勢で来られても僕一人じゃ対応できないのでまた後日に」
「あぁ⁉︎ なんか言ったか⁉︎」
「な、なんでもないです‼︎‼︎」
早速失敗、やっぱり駄目でした。
まぁ、あからさまに喧嘩しに来てるのに帰ったりする訳無い事は、最初から分かっていましたが。
「ったく。こんなに人数いらなかったんじゃねぇのか? ルシフ様に言われてきたが、大して強そうじゃねぇぞコイツ」
「ルシフだって⁉︎」
「そうだ。名前位は聞いた事あるだろ?」
「・・・よく知ってる」
ルシフに胸を貫かれて殺されかけたのは今でもトラウマです。数日間は夢の中で彼に殺されました。
できるなら、いや、絶対に二度と彼には会いたくないです。
「じゃあ、あなた達は『眠らぬ月』の魔導師、ですか?」
「そうだ、お前なら、お前達は知ってるだろ? 俺達はお前らより強い。お前を殺した後は全員殺せって言われたが、抵抗しねぇならお前の命だけは」
「断る・・・‼︎」
「あ?」
「僕はこの屋敷の守備をマスターから任されている。お前達がステラちゃんとユナを狙う僕達の敵なら、僕はお前達を倒す‼︎」
さっきまでの恐れや怯えを搔き消すために、なけなしの勇気を奮って、僕は徹底抗戦する事を宣言しました。
「はっ、言うじゃねぇか。やれるもんならやってみやがれぇ‼︎」
次の瞬間、僕に向かって百を超える魔導師が駆け寄ってきて、『眠らぬ月』との戦いが始まりました。
「ローザ君大丈夫かな?」
『トラオム』の市場付近で『眠らぬ月』の魔導師を次々と殴り飛ばしながらアルジェントは呟く。
「どうしたのよ突然」
「いえ、もし屋敷に敵が来ていたらローザ君大丈夫かなぁと思いまして」
「へー、そう」
不安そうな表情を浮かべるアルジェントに、敵に頭突きをしながら素っ気なくユナが答える。
ユナの頭突きで倒れなかった敵の顔面に、アルジェントが肘打ちを打ち込み意識を失わせる。
「心配しなくても大丈夫よ。どーせ無事だから」
「ですが・・・」
「言いたい事は分かるわよ。ヘタレだから大勢で来られたら駄目なんじゃないかって言いたいんでしょ」
「まぁ、大体そんな感じです」
自身に向かって来た敵を電撃で倒しながら苦笑を浮かべるアルジェントにユナは
「あいつはヘタレだけど、やると決めたらやる男よ。一度覚悟を決めたら絶対負けない。アルはローザがギルドに入る前の事は知ってるわよね?」
「えぇ。ローザ君をスカウトしたのは私ですから。ギルドに入る前は『サルジュの森』にいたんでしたよね」
「そうよ。妖精と小人の聖地『サルジュの森』。ローザはそこで門番をしていた。貴重な資源や珍しい食材、薬の材料が豊富で度々礼儀を知らない人間に襲われる事が多かったけど、結局人間達はサルジュの森の物を得る事が出来なかった。そのいずれもが『サルジュ』の門番ローザ=アプリコットに阻まれたからよ」
『サルジュ』の門番ローザ=アプリコット。
過去数年間に渡り、『サルジュの森』への侵入者、及び資源を略奪しようとした者達の全てを、一歩も森の中に入れる事無く排除した最強の守護者。それがローザの正体だ。
「その実力は本物で、過去に『ベスティア帝国』の軍隊数千人がサルジュへの侵攻を試みた時、ローザ一人に壊滅させられたって文献に残っているわ。その時ローザに付けられた異名を知ってる?」
「知りません」
「植物を自由自在に操り、冷酷無比に敵を排除する緑髪の妖精、その絶対的な強さから付けられたローザの異名は、『翡翠の守り人』」
百を超える人数が襲いかかってきて、少しびっくりしましたが、それでも怯む訳にはいきません。
自分に魔導師が近付いて来た所で腕を払って、僕は前方にいた魔導師数人を薙ぎ払いました。
「ぐぁあっ‼︎」
「うがっ‼︎」
前方だけでなく背後からも近付いてるのは分かっていたので背後を向くと、案の定魔法発動の準備をした魔導師数人が飛びかかろうとしていました。
気付いた時には魔法弾をこちらに向けて放ち、僕に魔法弾が直撃した
「はっ、死んだか……って、なぁ⁉︎」
ように敵には見えていたでしょう、しかし、僕は蔓で魔法弾を防ぎ、事なきを得ました。
無傷の僕を見て驚く魔導師達に掌を向けて、その内一人を蔓で巻きつけて、空中に浮かんでいる魔導師を、蔓で巻きつけた魔導師を使って叩き落とし、巻きつけた魔導師も地面に叩き落としました。
「ふぅ、危なかった」
「油断してる暇があるのかぁ⁉︎」
直後、拳に炎を纏った魔導師が僕に殴りかかります。
僕は魔導師の拳を片足軸回転で躱して腕を掴み、肘打ちを叩き込んでよろけさせ、顔面に蹴りを食らわせて失神させました。
「油断なんてしていない。僕は本気だ。言っただろ? お前達を倒すって」
「くっ、舐めるなぁあぁあ‼︎」
再び襲いかかってくるギルドの魔導師達。
僕は目を閉じ両手を広げ感覚を研ぎ澄まし、庭園の植物と感覚を共鳴させます。
感覚が完全に共鳴したその時、上半身を捻って左腕を下から上に振り切って、地面から巨大な一本の蔓を飛び出させて『眠らぬ月』の魔導師を半数以上吹き飛ばしました。
「ぐおぁあぁあぁあぁあ‼︎‼︎」
「な、なんだこりゃあ⁉︎」
「ただの蔓だよ。少し大きいだけの」
「少しだと? そこらの家よりでかいぞこれ。植物を操る能力じゃなかったのかぁ⁉︎」
「植物の強度も大きさも自由自在に操れるってルシフに聞かなかったのかい? 今は手加減してるけど、やろうと思えばここら一帯を平地に変える事だって出来るよ」
「ひっ! だ、駄目だ‼︎逃げるぞこいつには勝てねぇ‼︎」
次の瞬間、『眠らぬ月』の魔導師達は慌てふためいて一目散に逃げ出していきました。
最初に僕を脅していた威勢はどこへやら。その背中が情けなく見えます。ここで逃しても良かったのですが、そうはいきません。
「待ちなよ」
背中から翅を出して、自分が出せる全力の速さで逃げようとした魔導師達に低空飛行で近付き、そのうち一人の背中を蹴り飛ばし、近くにいた二人も横蹴りで倒しました。
「なっーーー‼︎」
「さっきも言っただろ? お前達を倒すって。一人残らず屋敷からは出さない。全員残らず寝てもらう」
「ちっ、くそぉ‼︎ そっちがその気なら」
「やめとけ‼︎ さっきの見たろ⁉︎ 俺達が敵う相手じゃねぇ‼︎ 早く逃げて」
「仲間割れは結構だけど、足元にも注意した方が良いよ」
「は? 足元? って、うぉあ‼︎」
直後、『眠らぬ月』の魔導師達の身体が一斉に宙に浮かび逆さに吊るされました。
これは決して独りでに浮いたわけではありません。僕の魔法によるものです。
「な、なんだ⁉︎ 一体、ん、足に蔦が巻きついてやがる、まさか‼︎」
「そう、僕の能力だ。お前達が立ち止まった時巻きつけさせてもらったんだ」
「お、おい‼︎ 下ろせ‼︎ やめろ⁉︎ もうお前も、お前の仲間も襲わねぇ‼︎だから‼︎」
「駄目だ。お前達は一度僕の仲間に危害を加えようとした。それを許す訳にはいかない」
腕を空に伸ばす僕を見て、魔導師達の顔が一斉に青ざめます。
しかし、そんな事に構う事無く僕は腕を振り下ろし、魔導師達を頭から地面に叩きつけ、全員の意識を刈り取りました。
「全員寝てろ」
その時でした。背後から何かがこちらに向かって飛んできたのは
「くっ‼︎」
咄嗟にそれを回避すると、飛んできた何かは紫色の液体でした。
それもただの液体ではありません。液体がかかった植物から蒸気が出て、植物は枯れてしまったのです。つまりあれは
「毒・・・⁉︎」
「今のを躱すか。やはり誰一人として油断は出来んな」
声をした方を向くと、頭に被った笠に和装、ペストマスクが特徴的な、薄緑色の髪の青年がいました。
青年はこちらにゆっくりと近付いてくると、やがて立ち止まって
「『魔神の庭』は」
僕の目を見てそう言ってきました。
青年の雰囲気はさっき倒した魔導師達とは違いました。青年がかなりの実力者である事は明らかでした。
「お前は誰だ?」
「『眠らぬ月』の一員、ギロス=クロタレサ。ローザ=アプリコットだな? お前を殺しにきた」
「言わなくても顔に殺してやるって書いてあるよ。それより、他の奴らは一体何をしているんだ? 前回の襲撃ではリザードマンの男やルシフ、お前達のマスターもいた筈だが」
「他のメンバーはマスターと共に『トラオム』にいるお前達のメンバーを襲撃している最中だ」
「なんだと‼︎」
『トラオム』の方向で登っていた煙の意味を理解し、不安と焦りに襲われました。
煙が登ってるという事は、恐らく襲撃によって『トラオム』で火事が起きているという事。もしそうならメンバーだけでなく民間人にまで被害が及んでいる事になります。
「やめろ‼︎ そんな事をして何になるっていうんだ‼︎」
「お前達が大切にしてる『赤ずきん』と『親指姫』を、正確にはそいつらの『幻夢楽曲』が手に入れられる。」
「二人に、ユナに何をするつもりだ・・・」
「殺して『幻夢楽曲』を奪う。それだけだ、それさえ出来れば奴らは用済み」
次の瞬間、頭の中が真っ白になり、気付いたらギロスと名乗った男の腹に蔦を叩き込みギロスを吹き飛ばしていました。
「がはっ‼︎」
「ユナに手を出すな」
顔が熱くなる。拳に力が入る。眉間に皺がより、瞳が鋭くなる。
身体の中で燃え上がる憎悪が、今にもこの身を焼き焦がしてしまうのではないかと思える程に高まり、そして
「殺すぞ。」
それはすぐに殺意に変わりました。
それは当然の事でしょう。だって、目の前の男は、ギロスはユナを殺すなどと言い出したのです。
そうしたら殺すって気持ちになって当然だよな? だって目の前の男を殺さなきゃユナが死んじゃうんだから。
まず目の前の男を殺したら、次は『トラオム』にいる『眠らぬ月』の魔導師全員も殺さなきゃいけないな。
ユナを傷付けようとする奴らは、全員僕に殺されて当たり前だ。
あれ程愛らしくて、優しくて、可憐で、美しくて、清くて、善良で、温かい存在を殺そうとするなんて信じられないし許せない。
僕がギロスを殺すのは間違胃じゃない。むしろ、殺さなければならない。
そうする事が僕の使命だ。
僕はあの日からずっとユナを守ってきた、それは今もこれからも変わらない。これから先もユナを完璧に守らなくてはならない。非情にならなければいけない時だってあるのだ。
だから、僕がこれからする殺しは、守る為の崇高な殺しだ。決して罪になる殺しじゃない。
だから僕は迷わなかった。鋼鉄と同等の硬さに硬質化させた蔓でギロスの顔面を思い切り殴打した。
「ぐあっはっ‼︎」
ペストマスクが吹き飛んで、ギロスは吐血する。
怯んだ隙に四肢を蔓で巻き付け、磔にして動けなくさせる。
「くっーー‼︎」
動けなくなったギロスの全身を、僕は鋼鉄以上の硬度の蔓で袋叩きにする。
「ぐっ‼︎ うおっ‼︎ がっ、あっ‼︎ ぐはっ‼︎」
十数秒程袋叩きにして、蔓を鳩尾にねじ込む。
するとギロスがまた苦しそうに血を吐いた。
まだまだ足りない。次は蔓で両腕を思い切り引っ張る、苦しそうに呻くギロスだが、無視して引っ張る。やがて、ゴキリ、という嫌な音を立ててギロスの両肩が外れた。
悲鳴を上げるギロス。まだ足りない。次は蔓を何本か纏めて作った槍で腹を貫く事にする。そして槍で腹を貫くとギロスは大量の血を吐き出し、腹部からも口から吐き出したのと同じ様に赤々とした血が溢れる。でも
「まだ足りない。ユナを傷付けようとしたんだ。もっともっと、二度とユナに手を出さないように痛めつけてから殺さないと」
「とんだイカレ野郎だな・・・かはっ・・・」
「イカレ野郎? 心外だな、僕は至って正常だよ」
「狂人は皆そう言う。出し惜しみして殺されるのは真っ平御免なんでな。本気でいかせてもらう」
ギロスは全身から紫色の蒸気を発生させ、身体中に緑色の毛を生やし、目を猛禽類を連想させる鋭いものに変化させ、腕を翼に、足を鉤爪に、口を嘴に変化させると、巨大化し、僕の蔓の拘束を破って飛翔した。
「お前の能力は植物を操り感覚を共有させる能力だ。地上線ではまず勝てん。空から責めさせてもらう」
「好きにしろよ。どうせお前は殺されるんだから」
「そう言っていられるのも今の内だ」
ギロスは翼に紫色の液体を分泌し、翼を力一杯動かして毒の羽根をこちらに向けて飛ばしてきた。
僕はそれを蔓の結界を張って難なく防いだ。
「この程度ーー」
すると、蔓が見る見る内に溶けていった。
一体何故、そう思ってるとたまたま地面に刺さった羽根が溶けてそれと共に地面も溶けた。
「溶解毒か‼︎」
「そうだ。植物にも人体にも効く即効性のな。気を付けろよ。溶けた植物に触っても効果はあるからな。そうこうしてる内にまた来るぞ」
そう言うとギロスは再び羽を飛ばして僕を殺そうとするまた蔓の結界で羽根を防ぐが、今度は何も起きない。
魔法の発動失敗かと思ったが、そんな感じじゃない。
「まさか‼︎」
ギロスの狙いに気付き、急いで結界を解除すると、目の前に、僕に向けて牙を向けながら急接近してくるギロスがいて、僕は咄嗟に回避した。
「くっーーー‼︎」
頭を噛み砕かれる事は無かったが、おかげで左肩の肉を僅かだが噛みちぎられてしまった。
痛みも出血もあるが、動けぬ程のものではない。
「流石だ。よく気付いたな。毒の染みてないただの羽根を放ち、防御を発動させ視界を悪くしたところでお前に溶解毒で攻撃する。並の人間なら防御さえ出来れば安心してしまいそうなものだが。しかし、気付いてるだろう? お前に噛み付いた時毒を流し込んだ事に」
「ぐっーー」
激しい痛みに襲われながら、地面に倒れる。
一体何の毒を流し込まれたのか、その答えはすぐにギロスが教えてくれた。
「致死性の神経度を流し込んだ、これで動く事も出来ず痛みに襲われながらお前は死ぬ。だが」
次の瞬間、ギロスが僕に向けて近付いて、僕を嘴で咥えて、まともに落ちれば死ぬ高さまで上昇した。
「これで油断する程甘くはない。放っておくのではなく確実に仕留める。ここで噛み殺してから下に落とす」
ギロスはそう言うと、嘴に生え揃っていた鋭い牙で僕に噛み付いてきた。
「ぐっ、うぁあぁあぁあ‼︎‼︎」
身体中に太い針で穴を開けられる様な感覚に襲われる。
ギロスが嘴を動かす度に、全身を痛みが駆け巡り、血が抜けていくのが分かる。
下を見ると昼間水をあげた庭園の植物にギロスの嘴から溢れた僕の血がかかっているのが見えた。植物もまさかこんな時間に、それも僕の血でまた水やりされるとは思わなかっただろう。
「ぐっ、あっ、がはっ‼︎ ギロ、ス・・・」
「なんだ」
「もし、君に情けがあるなら、ユナに、『親指姫』に届けて欲しいものが、ある、んだ・・・君がよければ、頼みたいんだ。僕は、もう、死ぬ。自分の身体の事は、自分がよく分かる、んだ・・・だから」
「・・・いいだろう。死に逝く者の最後の願い位は聞いてやる。」
「ありがとう。渡したい物を見せたいから、嘴の力を少し緩めてもらっても良いかな?」
「あぁ、分かった」
ギロスが嘴の力を緩め、ローザはポケットの中にあるものーーナイフを取り出してギロスの左目に思い切り突き刺した。
「ぐっ、あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ‼︎‼︎」
左目を突き刺された痛みで悲鳴を上げ、嘴が完全に開ききった事で、僕の身体は空中に投げ出される。
苦しむギロスを見て、ひひっ、と笑って左腕を下にある庭園に向けて、最初に襲撃してきた『眠らぬ月』の魔導師達の半数を一撃で倒した時と同じ大きさの蔓を、今度は何本かの蔓を纏めて作り出し、そして
「死ね。」
腕を振り切り、ギロスの腹を貫くと、庭園に血の雨が降り注いだ。
庭園に落ちた僕は能力で植物のクッションを作り、落下死を免れた。
一方のギロスはまともに落ちた衝撃で、ぐしゃり、と不快な音を立てた。
僕はギロスの死亡確認をする為にゆっくりと近付いていく。すると、ギロスが顔を動かしこちらを向いてきた。
「貴様・・・何故、何故動ける・・・毒で、動けぬ筈じ」
「『翡翠の共鳴』には植物と感覚を共有する能力ともう一つーー僕が受けたダメージや魔法の効果を植物と分け合って軽減する能力があるんだ。君の毒の効果を植物にも分けて、僕自身が受けるダメージを軽減した。だから動けたんだ。その代わりに花は血まみれになるし、毒のダメージを負うしで散々な目に遭ってて、素直に喜べないけど・・・」
「成る程、な・・・俺を、殺すのか・・・?」
「殺す。お前を殺した後はそこで寝てる奴らも、ルシフもガルシアも殺す。『眠らぬ月』の魔導師は全員殺す。」
「貴様にできる訳」
「必ずやるさ。ユナを傷付けようとする奴は誰であろうと許さない、僕が全員殺してやる」
そうだ。
もう二度と傷付かなくていいお姫様を守る為に、傷付こうと決めた少年の誓いはまだ続いている。
それは、お姫様が死ぬまで終わる事の無い誓い。
その誓いに従って少年はこれまでお姫様を守り続けてきた。時にはその手を血で汚してまで。
それでも少年がお姫様を守り続けたのは、お姫様の王子様になりたかったからじゃない。
ただ守りたかったから。傷だらけになってその可愛らしい顔を涙で濡らすお姫様の姿を見て、二度とそんな顔はさせたくないと思ったからだ。
「ユナを悲しませる者、傷付ける者、それら全てからユナを守る。その為の守り人だ。少しでもユナを傷付ける可能性がある者は迷わず殺す」
「愛する者の為に殺す、か。悪くない。いいだろう、殺せ」
「あぁ」
次の瞬間、僕はギロスにナイフを振り下ろした。
時は炎に包まれる街の中で行われた二つの戦い、その一つが佳境を迎えた頃に遡る。
リオを始末した後ジャックの元へ向かおうとした箱に、炎の向こうから炎の斬撃が飛んできて斬りつけられた。
「ーーーー‼︎」
箱に破損が生じるのとほぼ同時に炎の中から人影が現れる。
それは箱が始末した筈の男、リオ=レオンガルドだった。
炎から現れたリオの手にある大剣の大きさは、箱と戦っている時より大きくなっていた。
「よくもやってくれたな化け物野郎。刺して炎の中に放り込むとか悪魔かお前」
だが
「もうお前の好きにはさせねぇ、こっからは俺の番だ。さぁ、覚悟しやがれ‼︎‼︎」
大剣の切っ先を箱に向けてリオはそう高らかに反撃を宣言し、盗賊と箱の戦いが再び始まった。
屋敷の正門の前で、ステラとルナが戦いを始めてから数分後、戦いは終わりを迎えようとしていた。
ステラ=アルフィリアは、血塗れで地面にうつ伏せに倒れていた。
「あら、本気で戦うとか言っていたのに、もう終わり?」
ルナが倒れるステラを嘲笑う。
しかし、ステラはピクリとも動かず何も答えない。
対するルナは傷どころか衣服に汚れすら付いていない。誰がどう見ても、二人の間に歴然とした差がある事は明らかだ。ルナは勝利を確信し、笑みを浮かべる。
「『赤ずきん』と『眠り姫』の戦いは『眠り姫』の勝利で終幕。『赤ずきん』よりも『眠り姫』の方が上だったみたいね」
ルナはステラの頭を踏みつけて
「私の勝ちよ。さぁ、あなたの『紅血の協奏曲』を、私に頂戴」
紫紺の瞳で、ステラを見つめながらそう言った。
いつもみたいに皆が何してるのか、上手くいっているのか、僕も行きたかったな、なんて事を考えながら空を見ていました。すると、遠くの方、劇場がある『トラオム』の方から煙が上がっているのが見えました。
一体何があったのか、皆は無事なのか、不安な気持ちで一杯になりました。そしたら屋敷の門から大勢の足音が聞こえてきて、足音がこっちに近付いてくるのが分かりました。
凄く嫌な予感がして、敵襲という言葉が真っ先に頭に浮かびましたが、きっと違う、集団でここに来た観光客か何かだろうと精一杯のポジティブでその考えを振り払いました。
そうだ、きっとそうだよ、今まで直接屋敷に襲撃が来た回数は片手の指で数えられるくらいしかないんだし、滅多にいないよね、そんな事する人達は。そんな風に思っていると、僕がいる庭園の方に大勢の人がやってきて
「おい兄ちゃん聞いてんのか? なんか返事しろよおい」
「びびってんじゃねぇのか?情けねぇな」
その人達に囲まれた時の僕の気持ちは想像に難くないと思います。
ただ留守番してただけなのに、いきなり恐い人達に囲まれた訳ですから、混乱と恐怖で頭の中が一杯になりました。夢なら覚めて欲しいとも思いました。
ですが、周りの人達がナイフやら拳やらで軽くつついてくる感覚が、あまりにリアルだったから、それは諦めました。 まずは話し合ってなるべく穏便に済ませて、早々に帰ってもらうように試みる事にしました。
「あのー、あまり大勢で来られても僕一人じゃ対応できないのでまた後日に」
「あぁ⁉︎ なんか言ったか⁉︎」
「な、なんでもないです‼︎‼︎」
早速失敗、やっぱり駄目でした。
まぁ、あからさまに喧嘩しに来てるのに帰ったりする訳無い事は、最初から分かっていましたが。
「ったく。こんなに人数いらなかったんじゃねぇのか? ルシフ様に言われてきたが、大して強そうじゃねぇぞコイツ」
「ルシフだって⁉︎」
「そうだ。名前位は聞いた事あるだろ?」
「・・・よく知ってる」
ルシフに胸を貫かれて殺されかけたのは今でもトラウマです。数日間は夢の中で彼に殺されました。
できるなら、いや、絶対に二度と彼には会いたくないです。
「じゃあ、あなた達は『眠らぬ月』の魔導師、ですか?」
「そうだ、お前なら、お前達は知ってるだろ? 俺達はお前らより強い。お前を殺した後は全員殺せって言われたが、抵抗しねぇならお前の命だけは」
「断る・・・‼︎」
「あ?」
「僕はこの屋敷の守備をマスターから任されている。お前達がステラちゃんとユナを狙う僕達の敵なら、僕はお前達を倒す‼︎」
さっきまでの恐れや怯えを搔き消すために、なけなしの勇気を奮って、僕は徹底抗戦する事を宣言しました。
「はっ、言うじゃねぇか。やれるもんならやってみやがれぇ‼︎」
次の瞬間、僕に向かって百を超える魔導師が駆け寄ってきて、『眠らぬ月』との戦いが始まりました。
「ローザ君大丈夫かな?」
『トラオム』の市場付近で『眠らぬ月』の魔導師を次々と殴り飛ばしながらアルジェントは呟く。
「どうしたのよ突然」
「いえ、もし屋敷に敵が来ていたらローザ君大丈夫かなぁと思いまして」
「へー、そう」
不安そうな表情を浮かべるアルジェントに、敵に頭突きをしながら素っ気なくユナが答える。
ユナの頭突きで倒れなかった敵の顔面に、アルジェントが肘打ちを打ち込み意識を失わせる。
「心配しなくても大丈夫よ。どーせ無事だから」
「ですが・・・」
「言いたい事は分かるわよ。ヘタレだから大勢で来られたら駄目なんじゃないかって言いたいんでしょ」
「まぁ、大体そんな感じです」
自身に向かって来た敵を電撃で倒しながら苦笑を浮かべるアルジェントにユナは
「あいつはヘタレだけど、やると決めたらやる男よ。一度覚悟を決めたら絶対負けない。アルはローザがギルドに入る前の事は知ってるわよね?」
「えぇ。ローザ君をスカウトしたのは私ですから。ギルドに入る前は『サルジュの森』にいたんでしたよね」
「そうよ。妖精と小人の聖地『サルジュの森』。ローザはそこで門番をしていた。貴重な資源や珍しい食材、薬の材料が豊富で度々礼儀を知らない人間に襲われる事が多かったけど、結局人間達はサルジュの森の物を得る事が出来なかった。そのいずれもが『サルジュ』の門番ローザ=アプリコットに阻まれたからよ」
『サルジュ』の門番ローザ=アプリコット。
過去数年間に渡り、『サルジュの森』への侵入者、及び資源を略奪しようとした者達の全てを、一歩も森の中に入れる事無く排除した最強の守護者。それがローザの正体だ。
「その実力は本物で、過去に『ベスティア帝国』の軍隊数千人がサルジュへの侵攻を試みた時、ローザ一人に壊滅させられたって文献に残っているわ。その時ローザに付けられた異名を知ってる?」
「知りません」
「植物を自由自在に操り、冷酷無比に敵を排除する緑髪の妖精、その絶対的な強さから付けられたローザの異名は、『翡翠の守り人』」
百を超える人数が襲いかかってきて、少しびっくりしましたが、それでも怯む訳にはいきません。
自分に魔導師が近付いて来た所で腕を払って、僕は前方にいた魔導師数人を薙ぎ払いました。
「ぐぁあっ‼︎」
「うがっ‼︎」
前方だけでなく背後からも近付いてるのは分かっていたので背後を向くと、案の定魔法発動の準備をした魔導師数人が飛びかかろうとしていました。
気付いた時には魔法弾をこちらに向けて放ち、僕に魔法弾が直撃した
「はっ、死んだか……って、なぁ⁉︎」
ように敵には見えていたでしょう、しかし、僕は蔓で魔法弾を防ぎ、事なきを得ました。
無傷の僕を見て驚く魔導師達に掌を向けて、その内一人を蔓で巻きつけて、空中に浮かんでいる魔導師を、蔓で巻きつけた魔導師を使って叩き落とし、巻きつけた魔導師も地面に叩き落としました。
「ふぅ、危なかった」
「油断してる暇があるのかぁ⁉︎」
直後、拳に炎を纏った魔導師が僕に殴りかかります。
僕は魔導師の拳を片足軸回転で躱して腕を掴み、肘打ちを叩き込んでよろけさせ、顔面に蹴りを食らわせて失神させました。
「油断なんてしていない。僕は本気だ。言っただろ? お前達を倒すって」
「くっ、舐めるなぁあぁあ‼︎」
再び襲いかかってくるギルドの魔導師達。
僕は目を閉じ両手を広げ感覚を研ぎ澄まし、庭園の植物と感覚を共鳴させます。
感覚が完全に共鳴したその時、上半身を捻って左腕を下から上に振り切って、地面から巨大な一本の蔓を飛び出させて『眠らぬ月』の魔導師を半数以上吹き飛ばしました。
「ぐおぁあぁあぁあぁあ‼︎‼︎」
「な、なんだこりゃあ⁉︎」
「ただの蔓だよ。少し大きいだけの」
「少しだと? そこらの家よりでかいぞこれ。植物を操る能力じゃなかったのかぁ⁉︎」
「植物の強度も大きさも自由自在に操れるってルシフに聞かなかったのかい? 今は手加減してるけど、やろうと思えばここら一帯を平地に変える事だって出来るよ」
「ひっ! だ、駄目だ‼︎逃げるぞこいつには勝てねぇ‼︎」
次の瞬間、『眠らぬ月』の魔導師達は慌てふためいて一目散に逃げ出していきました。
最初に僕を脅していた威勢はどこへやら。その背中が情けなく見えます。ここで逃しても良かったのですが、そうはいきません。
「待ちなよ」
背中から翅を出して、自分が出せる全力の速さで逃げようとした魔導師達に低空飛行で近付き、そのうち一人の背中を蹴り飛ばし、近くにいた二人も横蹴りで倒しました。
「なっーーー‼︎」
「さっきも言っただろ? お前達を倒すって。一人残らず屋敷からは出さない。全員残らず寝てもらう」
「ちっ、くそぉ‼︎ そっちがその気なら」
「やめとけ‼︎ さっきの見たろ⁉︎ 俺達が敵う相手じゃねぇ‼︎ 早く逃げて」
「仲間割れは結構だけど、足元にも注意した方が良いよ」
「は? 足元? って、うぉあ‼︎」
直後、『眠らぬ月』の魔導師達の身体が一斉に宙に浮かび逆さに吊るされました。
これは決して独りでに浮いたわけではありません。僕の魔法によるものです。
「な、なんだ⁉︎ 一体、ん、足に蔦が巻きついてやがる、まさか‼︎」
「そう、僕の能力だ。お前達が立ち止まった時巻きつけさせてもらったんだ」
「お、おい‼︎ 下ろせ‼︎ やめろ⁉︎ もうお前も、お前の仲間も襲わねぇ‼︎だから‼︎」
「駄目だ。お前達は一度僕の仲間に危害を加えようとした。それを許す訳にはいかない」
腕を空に伸ばす僕を見て、魔導師達の顔が一斉に青ざめます。
しかし、そんな事に構う事無く僕は腕を振り下ろし、魔導師達を頭から地面に叩きつけ、全員の意識を刈り取りました。
「全員寝てろ」
その時でした。背後から何かがこちらに向かって飛んできたのは
「くっ‼︎」
咄嗟にそれを回避すると、飛んできた何かは紫色の液体でした。
それもただの液体ではありません。液体がかかった植物から蒸気が出て、植物は枯れてしまったのです。つまりあれは
「毒・・・⁉︎」
「今のを躱すか。やはり誰一人として油断は出来んな」
声をした方を向くと、頭に被った笠に和装、ペストマスクが特徴的な、薄緑色の髪の青年がいました。
青年はこちらにゆっくりと近付いてくると、やがて立ち止まって
「『魔神の庭』は」
僕の目を見てそう言ってきました。
青年の雰囲気はさっき倒した魔導師達とは違いました。青年がかなりの実力者である事は明らかでした。
「お前は誰だ?」
「『眠らぬ月』の一員、ギロス=クロタレサ。ローザ=アプリコットだな? お前を殺しにきた」
「言わなくても顔に殺してやるって書いてあるよ。それより、他の奴らは一体何をしているんだ? 前回の襲撃ではリザードマンの男やルシフ、お前達のマスターもいた筈だが」
「他のメンバーはマスターと共に『トラオム』にいるお前達のメンバーを襲撃している最中だ」
「なんだと‼︎」
『トラオム』の方向で登っていた煙の意味を理解し、不安と焦りに襲われました。
煙が登ってるという事は、恐らく襲撃によって『トラオム』で火事が起きているという事。もしそうならメンバーだけでなく民間人にまで被害が及んでいる事になります。
「やめろ‼︎ そんな事をして何になるっていうんだ‼︎」
「お前達が大切にしてる『赤ずきん』と『親指姫』を、正確にはそいつらの『幻夢楽曲』が手に入れられる。」
「二人に、ユナに何をするつもりだ・・・」
「殺して『幻夢楽曲』を奪う。それだけだ、それさえ出来れば奴らは用済み」
次の瞬間、頭の中が真っ白になり、気付いたらギロスと名乗った男の腹に蔦を叩き込みギロスを吹き飛ばしていました。
「がはっ‼︎」
「ユナに手を出すな」
顔が熱くなる。拳に力が入る。眉間に皺がより、瞳が鋭くなる。
身体の中で燃え上がる憎悪が、今にもこの身を焼き焦がしてしまうのではないかと思える程に高まり、そして
「殺すぞ。」
それはすぐに殺意に変わりました。
それは当然の事でしょう。だって、目の前の男は、ギロスはユナを殺すなどと言い出したのです。
そうしたら殺すって気持ちになって当然だよな? だって目の前の男を殺さなきゃユナが死んじゃうんだから。
まず目の前の男を殺したら、次は『トラオム』にいる『眠らぬ月』の魔導師全員も殺さなきゃいけないな。
ユナを傷付けようとする奴らは、全員僕に殺されて当たり前だ。
あれ程愛らしくて、優しくて、可憐で、美しくて、清くて、善良で、温かい存在を殺そうとするなんて信じられないし許せない。
僕がギロスを殺すのは間違胃じゃない。むしろ、殺さなければならない。
そうする事が僕の使命だ。
僕はあの日からずっとユナを守ってきた、それは今もこれからも変わらない。これから先もユナを完璧に守らなくてはならない。非情にならなければいけない時だってあるのだ。
だから、僕がこれからする殺しは、守る為の崇高な殺しだ。決して罪になる殺しじゃない。
だから僕は迷わなかった。鋼鉄と同等の硬さに硬質化させた蔓でギロスの顔面を思い切り殴打した。
「ぐあっはっ‼︎」
ペストマスクが吹き飛んで、ギロスは吐血する。
怯んだ隙に四肢を蔓で巻き付け、磔にして動けなくさせる。
「くっーー‼︎」
動けなくなったギロスの全身を、僕は鋼鉄以上の硬度の蔓で袋叩きにする。
「ぐっ‼︎ うおっ‼︎ がっ、あっ‼︎ ぐはっ‼︎」
十数秒程袋叩きにして、蔓を鳩尾にねじ込む。
するとギロスがまた苦しそうに血を吐いた。
まだまだ足りない。次は蔓で両腕を思い切り引っ張る、苦しそうに呻くギロスだが、無視して引っ張る。やがて、ゴキリ、という嫌な音を立ててギロスの両肩が外れた。
悲鳴を上げるギロス。まだ足りない。次は蔓を何本か纏めて作った槍で腹を貫く事にする。そして槍で腹を貫くとギロスは大量の血を吐き出し、腹部からも口から吐き出したのと同じ様に赤々とした血が溢れる。でも
「まだ足りない。ユナを傷付けようとしたんだ。もっともっと、二度とユナに手を出さないように痛めつけてから殺さないと」
「とんだイカレ野郎だな・・・かはっ・・・」
「イカレ野郎? 心外だな、僕は至って正常だよ」
「狂人は皆そう言う。出し惜しみして殺されるのは真っ平御免なんでな。本気でいかせてもらう」
ギロスは全身から紫色の蒸気を発生させ、身体中に緑色の毛を生やし、目を猛禽類を連想させる鋭いものに変化させ、腕を翼に、足を鉤爪に、口を嘴に変化させると、巨大化し、僕の蔓の拘束を破って飛翔した。
「お前の能力は植物を操り感覚を共有させる能力だ。地上線ではまず勝てん。空から責めさせてもらう」
「好きにしろよ。どうせお前は殺されるんだから」
「そう言っていられるのも今の内だ」
ギロスは翼に紫色の液体を分泌し、翼を力一杯動かして毒の羽根をこちらに向けて飛ばしてきた。
僕はそれを蔓の結界を張って難なく防いだ。
「この程度ーー」
すると、蔓が見る見る内に溶けていった。
一体何故、そう思ってるとたまたま地面に刺さった羽根が溶けてそれと共に地面も溶けた。
「溶解毒か‼︎」
「そうだ。植物にも人体にも効く即効性のな。気を付けろよ。溶けた植物に触っても効果はあるからな。そうこうしてる内にまた来るぞ」
そう言うとギロスは再び羽を飛ばして僕を殺そうとするまた蔓の結界で羽根を防ぐが、今度は何も起きない。
魔法の発動失敗かと思ったが、そんな感じじゃない。
「まさか‼︎」
ギロスの狙いに気付き、急いで結界を解除すると、目の前に、僕に向けて牙を向けながら急接近してくるギロスがいて、僕は咄嗟に回避した。
「くっーーー‼︎」
頭を噛み砕かれる事は無かったが、おかげで左肩の肉を僅かだが噛みちぎられてしまった。
痛みも出血もあるが、動けぬ程のものではない。
「流石だ。よく気付いたな。毒の染みてないただの羽根を放ち、防御を発動させ視界を悪くしたところでお前に溶解毒で攻撃する。並の人間なら防御さえ出来れば安心してしまいそうなものだが。しかし、気付いてるだろう? お前に噛み付いた時毒を流し込んだ事に」
「ぐっーー」
激しい痛みに襲われながら、地面に倒れる。
一体何の毒を流し込まれたのか、その答えはすぐにギロスが教えてくれた。
「致死性の神経度を流し込んだ、これで動く事も出来ず痛みに襲われながらお前は死ぬ。だが」
次の瞬間、ギロスが僕に向けて近付いて、僕を嘴で咥えて、まともに落ちれば死ぬ高さまで上昇した。
「これで油断する程甘くはない。放っておくのではなく確実に仕留める。ここで噛み殺してから下に落とす」
ギロスはそう言うと、嘴に生え揃っていた鋭い牙で僕に噛み付いてきた。
「ぐっ、うぁあぁあぁあ‼︎‼︎」
身体中に太い針で穴を開けられる様な感覚に襲われる。
ギロスが嘴を動かす度に、全身を痛みが駆け巡り、血が抜けていくのが分かる。
下を見ると昼間水をあげた庭園の植物にギロスの嘴から溢れた僕の血がかかっているのが見えた。植物もまさかこんな時間に、それも僕の血でまた水やりされるとは思わなかっただろう。
「ぐっ、あっ、がはっ‼︎ ギロ、ス・・・」
「なんだ」
「もし、君に情けがあるなら、ユナに、『親指姫』に届けて欲しいものが、ある、んだ・・・君がよければ、頼みたいんだ。僕は、もう、死ぬ。自分の身体の事は、自分がよく分かる、んだ・・・だから」
「・・・いいだろう。死に逝く者の最後の願い位は聞いてやる。」
「ありがとう。渡したい物を見せたいから、嘴の力を少し緩めてもらっても良いかな?」
「あぁ、分かった」
ギロスが嘴の力を緩め、ローザはポケットの中にあるものーーナイフを取り出してギロスの左目に思い切り突き刺した。
「ぐっ、あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ‼︎‼︎」
左目を突き刺された痛みで悲鳴を上げ、嘴が完全に開ききった事で、僕の身体は空中に投げ出される。
苦しむギロスを見て、ひひっ、と笑って左腕を下にある庭園に向けて、最初に襲撃してきた『眠らぬ月』の魔導師達の半数を一撃で倒した時と同じ大きさの蔓を、今度は何本かの蔓を纏めて作り出し、そして
「死ね。」
腕を振り切り、ギロスの腹を貫くと、庭園に血の雨が降り注いだ。
庭園に落ちた僕は能力で植物のクッションを作り、落下死を免れた。
一方のギロスはまともに落ちた衝撃で、ぐしゃり、と不快な音を立てた。
僕はギロスの死亡確認をする為にゆっくりと近付いていく。すると、ギロスが顔を動かしこちらを向いてきた。
「貴様・・・何故、何故動ける・・・毒で、動けぬ筈じ」
「『翡翠の共鳴』には植物と感覚を共有する能力ともう一つーー僕が受けたダメージや魔法の効果を植物と分け合って軽減する能力があるんだ。君の毒の効果を植物にも分けて、僕自身が受けるダメージを軽減した。だから動けたんだ。その代わりに花は血まみれになるし、毒のダメージを負うしで散々な目に遭ってて、素直に喜べないけど・・・」
「成る程、な・・・俺を、殺すのか・・・?」
「殺す。お前を殺した後はそこで寝てる奴らも、ルシフもガルシアも殺す。『眠らぬ月』の魔導師は全員殺す。」
「貴様にできる訳」
「必ずやるさ。ユナを傷付けようとする奴は誰であろうと許さない、僕が全員殺してやる」
そうだ。
もう二度と傷付かなくていいお姫様を守る為に、傷付こうと決めた少年の誓いはまだ続いている。
それは、お姫様が死ぬまで終わる事の無い誓い。
その誓いに従って少年はこれまでお姫様を守り続けてきた。時にはその手を血で汚してまで。
それでも少年がお姫様を守り続けたのは、お姫様の王子様になりたかったからじゃない。
ただ守りたかったから。傷だらけになってその可愛らしい顔を涙で濡らすお姫様の姿を見て、二度とそんな顔はさせたくないと思ったからだ。
「ユナを悲しませる者、傷付ける者、それら全てからユナを守る。その為の守り人だ。少しでもユナを傷付ける可能性がある者は迷わず殺す」
「愛する者の為に殺す、か。悪くない。いいだろう、殺せ」
「あぁ」
次の瞬間、僕はギロスにナイフを振り下ろした。
時は炎に包まれる街の中で行われた二つの戦い、その一つが佳境を迎えた頃に遡る。
リオを始末した後ジャックの元へ向かおうとした箱に、炎の向こうから炎の斬撃が飛んできて斬りつけられた。
「ーーーー‼︎」
箱に破損が生じるのとほぼ同時に炎の中から人影が現れる。
それは箱が始末した筈の男、リオ=レオンガルドだった。
炎から現れたリオの手にある大剣の大きさは、箱と戦っている時より大きくなっていた。
「よくもやってくれたな化け物野郎。刺して炎の中に放り込むとか悪魔かお前」
だが
「もうお前の好きにはさせねぇ、こっからは俺の番だ。さぁ、覚悟しやがれ‼︎‼︎」
大剣の切っ先を箱に向けてリオはそう高らかに反撃を宣言し、盗賊と箱の戦いが再び始まった。
屋敷の正門の前で、ステラとルナが戦いを始めてから数分後、戦いは終わりを迎えようとしていた。
ステラ=アルフィリアは、血塗れで地面にうつ伏せに倒れていた。
「あら、本気で戦うとか言っていたのに、もう終わり?」
ルナが倒れるステラを嘲笑う。
しかし、ステラはピクリとも動かず何も答えない。
対するルナは傷どころか衣服に汚れすら付いていない。誰がどう見ても、二人の間に歴然とした差がある事は明らかだ。ルナは勝利を確信し、笑みを浮かべる。
「『赤ずきん』と『眠り姫』の戦いは『眠り姫』の勝利で終幕。『赤ずきん』よりも『眠り姫』の方が上だったみたいね」
ルナはステラの頭を踏みつけて
「私の勝ちよ。さぁ、あなたの『紅血の協奏曲』を、私に頂戴」
紫紺の瞳で、ステラを見つめながらそう言った。
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