19 / 138
第ニ章 舞い降りた月
第六話 最弱少女の決意
しおりを挟む
「皆様をぶち殺すためでーす」
ケラケラと笑いながら言った狂人に、ライゼとリオが同時に蹴りとナイフを放つが、狂人は跳躍して回避し、空中に留まる。
「うわぁ‼︎ 恐っ、危ないじゃないですか‼︎ 私とても恐がりなんですよ⁉︎ 恐い恐い、とても恐いので~・・・爆破、させていただきます」
ジャックが指を鳴らした瞬間、劇場の壁が爆発した。
「きゃあぁあぁあぁあーーー‼︎」
「に、逃げろぉおぉおぉおぉお‼︎」
観客全員が一斉に出口へと走って逃げようとするが、混乱と恐怖に包まれた状態で、それも狭い通路を全員が一斉に駆けて逃げられる筈もなく
「あー、待ってください皆様。劇場から出る時はゆっくり走らずマナーを守って出てください。それが出来ない人は、直ちに死んでください」
ジャックが再び指を鳴らすと、数人の観客の頭が爆破され、血肉が飛び散る。
ステラの耳に、悲鳴、ケラケラと笑うジャックの声が聞こえてくる。それは酷く不快で、耳障りで
「あー、面っっ白‼︎ 面白いなぁ。本当に‼︎ 面白過ぎてこの私涙が出てきちゃいましたよ。あー、駄目だ。お腹痛い。ひー、ひー」
何より、目の前の理不尽かつ醜悪な悪意が許せなかった。だから
「はぁああぁあぁあぁあぁあ‼︎」
ステラはジャックと同じ高さまで飛ぶと、ジャックを殴り飛ばし、観客席に叩きつけた。
「いったぁ‼︎ 痛い痛い痛い‼︎ 何するんですかいきなり⁉︎ 過剰防衛にも程があるでしょう⁉︎ 役人さーーん‼︎ あの娘捕まえ」
ジャックが言い切る前に、ステラはジャックに向けて血の槍を投擲し、ジャックの腹を貫いて地面に縫い付ける。
「ぎぁあぁあぁっ‼︎いっっ、わぁぁあぁあ‼︎お腹刺したお腹刺さった‼︎もーう、我慢の限界です‼︎あなたも爆破してやります‼︎」
ジャックが指を鳴らしてステラを爆破しようとすると、バチバチと火花を散らす銀色の光が連なり、糸の様な紫電となってジャックへと直撃する。
「ぎぁっ‼︎」
「雷・・・」
ステラが劇場を見ると、指先をジャックへと向けるアルジェントがいた。
アルジェントが小さく頷いたのを見て、ステラは再びジャックに追撃しようと接近を試みるが、その時、猛烈な眠気がステラを襲った。
「あ、れ?」
空中でバランスを崩したステラが地面に倒れる。
「ステラ様‼︎」
アルジェントがステラに駆け寄ろうと、壇上から飛び降りた直後、爆破された壁の向こうから飛んできた光弾に被弾する。
「アル‼︎ まさか」」
リオが壁の向こうを見ると、そこには数十人以上の魔導師がいた。
また悲鳴が上がった正面を見ると、そちらにも同じ数程の魔導師がいて
「やられた‼︎ 完全に包囲された‼︎ あいつら、民間人ごと襲撃してきやがった‼︎」
完全包囲されている事を悟り、リオが吠え、その横でライゼが小さく舌打ちする。
「まずいね、僕らだけならまだしも、民間人を巻き込まれては下手に動けない。彼ら、遂になりふり構わなくなってきたね。そんなにステラちゃんやユナの力が欲しくなったのかな」
「そんな事どうでもいいわ、それよりステラを助けないと‼︎」
「ユナ‼︎」
ステラの元へ向かったユナをライゼが制止するが、ユナは構わずステラの元へ向かう。
飛んでくるいくつもの光弾がユナを襲うが、その尽くをユナは華麗に回避し、ステラの元へ辿り着いた。その時
「ユナ、危ない‼︎」
「え?」
いつの間にか立ち上がっていたジャックが指を鳴らし、ユナを爆破する。
爆煙に顔を覆われたまま、地面に落ちるユナを見下ろしながら、ジャックは首を鳴らして
「『幻夢楽曲』って一定期間の間は殺してからも奪えるんですよ。だから、あなた方『幻夢楽曲』所有者から『幻夢楽曲』を奪う時は、殺した方が確実なんです。さて」
爆破されたユナを見て絶望に沈むステラに、ジャックは手を伸ばし
「『紅血の協奏曲』、奪わせて頂きます。」
ステラに触れようとして、猛スピードで飛ぶ何かが仮面にぶつかった。
「うわっ‼︎ 何です⁉︎」
ぶつかってきた何かを探し、ジャックは辺りを見渡すが、何もないし、何もいない。一体何が、ジャックがそう思った時、またしても衝撃が仮面に加えられる。
何度も何度も仮面に何かがぶつかってきて、ジャックの堪忍袋の尾が切れる。
「もう‼︎ 一体なんなんですか⁉︎ バンバンバンバン人の仮面を叩いて、一体何がしたいんですか⁉︎ なんなんですか‼︎ 姿を見せてください‼︎」
「いいわよ」
喚き散らすジャックに、淡々とした声で答えたのは、空中に浮遊する小人だった。それは、先程目の前の男に爆破され、絶命した筈の少女だった。
「ユナ・・・‼︎」
「嘘ぉ‼︎」
頭にたんこぶを作り、腕を組んで堂々たる態度で浮かんでるユナを見て、ジャックは驚きの声を上げる。
「な、何故⁉︎あなたは爆破されてさっき死んだはずじゃーーー」
「ギリギリ回避出来たし、傷はすぐ私の能力で治せたわ。ていうか大した事ないわねあなたの魔法。手持ち花火かと思ってしまったわ。」
ユナの挑発にジャックが仮面の下で歯を食いしばるが、ユナはそれを無視してステラに近付く。
「ステラ、大丈夫? 立てる?」
「えぇ、大丈夫よ」
立ち上がったステラは構え、ジャックも腹から槍を抜き、掌をステラへ向けて臨戦態勢を取る。
「良いのですか? 私に不用意に近付いて。いつどこを爆破されるか分かりませんよ? 爆破するのは腕かも、足かも、お腹、もしくは頭かも。どこをどう爆破するかは私の気分次第なんですから」
「やれるもんならやってみなさい。それと、もうあんたは喋んなくていいわ。私がここで叩きのめす‼︎」
「あー、恐い恐い。女の子がそんな乱暴な言葉遣い頂けませんね。では、御託はここまでにして、一旦解散‼︎」
「は?」
ジャックが叫ぶと、劇場を取り囲んでいた魔導師達が突如煙の様に消え、観客が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「何の真似?」
「まぁまぁ、そんな恐い顔をされなくとも、その内分かりますよ。私達の目的は別に民間人の殺害じゃない。私達の目的はあなたとそこの『親指姫』。民間人はついでです」
「ついでですって?」
「えぇ、ついでです。ま、民間人の皆様にはこの後、すぐにでも役に立ってもらいますので、この後もお楽しみください。それでは」
手を振り、タップを踏んでジャンプして着地すると、ジャックは吸い込まれる様に地面をすり抜けて消えてしまった。
「なっ‼︎」
ジャックが立っていた場所に、ステラが移動するが、何も起こらない。完全に見失ってしまった。
「どうしましょう。あいつ、この後も民間人に何かするみたいな事言ってたけど・・・」
「止めるしかないわね。私達が止めなきゃ誰も止められない。きっと奴らは私とステラを捕らえるためにまたやって来る。その時返り討ちにすれば良いわ。そうすれば」
ユナの言葉を遮る様に、外から轟音が聞こえてくる。
急いで外に出ると、そこに広がっていたのは地獄だった。
逃げ惑う人々。爆発を繰り返す街並み。人々を襲う『眠らぬ月』の魔導師。平和な街は、一夜にして戦場に変わってしまっていた。
「そんなーー・・・」
「成る程、彼らの狙いは街中で混乱を起こし私達を引き離す事。街中が戦場となった今、私達が一つの場所に留まっていては事態の解決は望めない。混乱を収めようとすれば散り散りにならざるを得ない。個々に離れた所を叩くつもりなんでしょう」
「それだけの為にこんな事をーー‼︎」
拳を握りしめ、ステラは唇を噛みしめる。
今この状況の原因の一つが自分である事、自分とユナを捕らえる為に街の人を巻き込んだ事、それがどうしようもなくステラは許せず、爪で掌から血が出る程の力が拳に入る。
「どうするんだアル。相手が『眠らぬ月』ならガルシアやルシフもいる。ステラが戦うのは余りに危険だ」
「・・・確かに、彼らとステラ様を戦わせるのは良くない。ステラ様、屋敷へ戻っていただけますか?」
「どうして? 私だって戦え」
「屋敷にも恐らく敵はいます。今屋敷にいるのはローザ君のみ。敵が狙って来ないとは考えられません。もしもの事がある前に、ローザ君を助けて欲しいんです。お願い出来ますか?」
「・・・分かった。わがまま言ってられないものね。本当は皆と一緒に戦いたいけど、ローザに何かあっても危ないものね」
ステラは再び拳を握りしめ、アルジェントの瞳に映る自分を見つめ
「分かったわ。ローザの所に行ってくる。絶対無事に戻って来なさい」
「えぇ、もちろん」
「約束よ」
そして、ステラは走り出してローザのいる屋敷へと向かって行った。その背を見つめてアルジェントはさてと
「とりあえず、これで何事も無くステラ様が屋敷に辿り着いてくださると良いのですが」
「大丈夫だろ。トカゲを倒したんだ。大抵の敵には負けやしねぇだろ。それより、今はこっちをどうするか考えねぇとな。街中どこもかしこも大惨事だぞ」
トラオムの街の惨状をその目に映して、リオがそう口にする。ライゼも同じくその惨状を目に映して
「まずはカボチャ頭君を倒して、街中で起こってる爆発を止めるのと、民間人を襲う『眠らぬ月』の構成員を止めるのが先決だね。広範囲に個々に分かれてどうにかしたい所だけど、アル君が言う通り個々に分かれさせるのが狙いだろうから、二人一組に分かれよう。分け方はリオ君とリリィちゃん。アル君とユナ。僕とマリちゃんで異存は無いかな?」
「えぇ、分かったわ。でも、マリの事はちゃんと守りなさい。かすり傷一つでも付けたら承知しないから」
「大丈夫だよ。マリちゃんは『魔神の庭』のギルドマスターの名にかけて必ず守り抜く。さて、こうしてる暇は無い。全員直ちに街の平和を取り戻し、罪無き人々に仇なす眠らぬ月を叩き潰せ。行くぞ‼︎」
「おぉっ‼︎」
月照らす惨劇の街で、『眠らぬ月』討伐戦が幕を開けた。
「ややっ‼︎ 『魔神の庭』御一行様動き出したみたいですね。あー、二人一組に分かれて行動していらっしゃる。折角バラバラになる様に街中爆破したというのに、私の苦労が水のシャボン‼︎ 悲しいなぁ悲しいなぁ。という訳でルシさんこの哀れなカボチャを慰めて」
「黙れ、死ね。予想通りに動かない事は最初から分かりきっていた。一々騒ぐな」
「しゅん、ルシさん冷たい、私ショック」
トラオムにある時計台の上から、ルシフとジャックは惨劇極まるトラオムの街を一望していた。
道化じみた動作で悲しむジャックを無視して、ルシフは一人の男を見つめている。
「アルジェント・・・」
「おや?ルシさん気になるお方でも?いやぁ、青々しくて甘酸っぱいですなぁ、私そうゆうの大好」
「死ね。ジャック、質問にだけ答えろ。それ以外は何も喋るな」
「はいはい、流石にもうかなり恐いのでそうさせていただきます。して、なんでしょうか?」
「何故俺の居場所が分かった? それと今ルナはどこにいる?」
「それは言わずもがな私の能力によるものでございます。ルナ姫様なら分かりません。今ごろ『赤ずきん』狩りに向かっている頃では?」
「そうか」
目を伏せ、俯くルシフの肩をジャックが叩く。
「まぁ、心配せずともルナ姫様なら大丈夫でございましょう。まだ戦闘経験も浅い小娘に負ける事は」
ありません。と言い切る前に、ジャックはルシフに顔面を殴られ、地面に真っ逆さまに落ちていった。
「うわぁぁぁあぁあぁあぁあ‼︎」
「すまん。手が滑ったそのまま死ね」
「いや死ねっつってんじゃないですか‼︎ てか私ルシさんと喋ってまだ三分経ってないのに、既に死ねって三回言われてるんですが⁉︎」
両腕を振りながら泣き喚き、浮遊して戻ってきたジャックに、ルシフは大きく舌打ちする。
「黙れ。俺は貴様が嫌いだ。うるさいし、うざいし、やかましいし、煩わしいし、鬱陶しいし、邪魔だし、やかましいし、やかましいし、やかましい」
「後半ほぼやかましいのオンパレードだったんですが⁉︎ 私そんなやかましいしですかねぇ⁉︎」
「やかましい。その口を縫い付けて今すぐにでも窒素させてやりたいと思っている」
「わー、こ、恐いなぁ。分かりましたー・・・今週のジャックは静かめでお送りいたしまぁーす」
ははは、と声量を落として笑うジャックにルシフは溜息を吐く。
「もういい。さっさと行って仕事をしろ」
「かしこまりでーす。あのー、ルシさんはどうされるんですかー・・・?」
「たった今やる事が二つ程出来た。俺は俺の仕事をするだけだ」
空を見上げて、その紅い瞳に月の光に反射させ、ルシフはそう言った。
「はぁああぁあぁあ‼︎」
トラオムの中心街、人が最も集まる大通りで、裂帛の叫びを上げながら、次々と『眠らぬ月』の魔導師を殴り飛ばす影があった。
『魔神の庭』の男の娘竜人。リリィ=ハルシオンだ。
『眠らぬ月』の魔導師達はなんとかリリィを倒そうと、武器や杖に魔力を込めて、物理的な攻撃、あるいは魔力による一撃をリリィに向けて放つ。しかし、その全てをリリィは真正面から受け止め、弾き、防ぎ、反撃に突風を伴う拳を放ち、破竹の快進撃を続けている。そんな頼もしい仲間の姿に、リオは安心を通り越して、軽い恐れを覚えていた。
「改めて見るとやっぱすげぇな。あれ普段俺に猛アプローチしてくる美少女風の男なんだよな。喧嘩する時は誰でも雰囲気が変わるもんだが、あそこまで変わるもんなんだな」
オンとオフがかなりはっきりしている。そうリオは心の中で呟き、自身に迫ってきた魔導師を蹴り飛ばして、近くにいた三人も炎のナイフで斬りつける。
「今回の奴らは傭兵じゃなくて、『眠らぬ月』所属の魔導師らしいな。魔力は高いが身体の使い方が下手くそだ」
「リオ君‼︎ そっちの敵任せて良い⁉︎ 私はあっちから来た奴ら全員ぶっ飛ばすから‼︎」
後ろから叫んできたリリィの方を少しだけ向いて、すぐに敵がいる方に視線を戻してリオは叫ぶ。
「あぁ、任せろ‼︎」
互いに背を預け合い、互いの敵を一人残さず倒さなければならないこの状況を、リオもリリィも内心では楽しんでいた。
民間人の命がかかっているこの状況で、楽しいというのがおかしい事は二人共分かっている。しかし、それでも近くにいて、互いに協力し力を合わせるこの状況が、二人には楽しく感じられた。
「あの時と全く同じ条件とあっちゃあ仕方ねぇか」
初めてリリィと出会った遠き日の事に少しだけ思いを馳せ、すぐにリオは意識を目の前の敵に向けて、前に飛び出す。
リオを迎え撃とうと、魔導師数人が武具に魔力を纏わせリオを攻撃するが、リオは上に跳躍する事でこれを回避し、ナイフを投げつけて魔導師数人の肩や胴に命中させる。
魔導師の集団の中心にリオが着地すると、杖を持った魔導師が杖から炎を放ち、炎がリオを包む、だが
「危ねぇじゃねぇか。」
炎の中から聞こえぬ筈の声が聞こえ、次の瞬間炎を斬り裂いて、炎の中から無傷のリオが現れる。
その様子を見た魔導師達の顔が驚愕に染まる。リオはさてと、深呼吸をして
「そろそろ全員斬ってもいいか?」
再び魔導師の集団へと向かっていく。自分らに向かってきたリオに、魔導師の集団は魔法弾を何発も放つが、その全てをリオは斬り裂き、相殺し、魔導師の集団へと迫る。
魔導師の集団の先頭と、リオの距離がゼロまで迫ろうとしていたその瞬間、突如頭上から黒い棘がリオ目掛けて飛んできた。
「うおっ‼︎」
リオは黒い棘を咄嗟に後ろに飛ぶ事で回避する。
棘が飛んできた方向を見ると、空中に浮かび、月明かりに照らされながら、こちらを見下ろす大きな人影があった。
リオを見下ろしていたのは、白と黒の仮面を被り、黒いマントを羽織った大柄の怪物、ルクルハイドだった。
「お前は、モルガナ襲撃の時にステラが戦ったっていう・・・」
「ーーーー」
ルクルハイドはゆらりと地面へと降り立つと、無言のまま僅かに浮きながらリオを見据える。
リオはナイフを構えて
「何をしに来た? 目的とてめぇの仲間がどこにいるか言え」
ルクルハイドに目的と仲間の配置を問うが、ルクルハイドは何も言わない。
「だんまりか、なら力づくで洗いざらい何もかも全て吐かせてやらぁ‼︎‼︎」
リオがルクルハイドに跳ぶのと同時、ルクルハイドは黒い棘をリオに向けて放ち、リオを迎え撃とうとする。
そして、盗賊と怪物の戦いが始まった。
一方その頃、『トラオム』の民家の上を一人の男と魔法少女が歩いていた。
「あの、ライゼさん、一体私達はなんでこんな所歩いているんですか?」
「何でだと思う?」
「分かりません」
「人というのは前後左右には注意が向きやすいが、頭上までは注意が向きにくいからだよ」
「なんでわざわざ気付かれない様に歩いて」
「それはね、僕達は正面からは戦わないからだ」
もし今ここにいるのがライゼ一人なら、すぐにでも『眠らぬ月』の魔導師全員を倒して牢屋送りにするところなのだが、今はマリがいる。
故に、ライゼ自身が敵を討ち滅ぼす事よりも、近くにいるマリを守りながら如何にしても敵を倒すか、それが重要となってくる。
「ガルシア君やルシフ君、さっきのカボチャ頭君みたいに本当に強い敵が出てきたら、いくら僕でもマリちゃんを守りながら戦える保証は無いからね。出来る限り敵に気付かれない様に近付いて、倒せそうな敵から奇襲で倒していく。いいね?」
「分かりました・・・」
「大丈夫だよ。そんなに不安そうな顔しなくても、いざとなったら奥の手を使ってマリちゃんを守るから」
「はい。ありがとうございます。それにしても敵いませんね。」
「そうだね。街の端から敵を探してるからかな。となると敵のほとんどは中心に集まっていてほとんどをアル君達が相手にしてる事になるのか、ま彼らなら大丈夫だと・・・マリちゃん?」
「ライゼさん、あれ」
マリが視線を向ける先には、瓦礫の近くで泣いている子供がいた。
「気の毒に。恐らくカボチャ頭君の爆発で飛んできた瓦礫に親か兄弟が巻き込まれたんだろう。マリちゃん、ちょっと待っ」
「ライゼさん、少し待っててください」
ライゼの言葉を遮る様にして言ったマリが、屋根から飛んで着地し、泣いている子供の元へと走り出す。
「マリちゃん‼︎ちょ、待って‼︎」
ライゼの制止を振り切りマリは進む。
「あまり僕から離れて欲しくないんだけどなぁ。僕も行って手伝うとするか」
ライゼもマリと共に子供の元へ向かおうと、民家から降りようとしたその時、黒い虫の群れの様なものが、上空からライゼに襲いかかってきた。
ライゼが後ろに飛んで虫の群れの攻撃を回避すると、またしても背後から虫の群れの様なものが襲いかかってきた。
それらもサイドステップで躱し、ライゼが後ろを見ると、誰かが立っていた。
「言った筈だ、次会ったら必ず殺すと、なぁ、ライゼ。」
ライゼの後ろにいたのは、包帯を全身に巻き、唯一覗く赤い右目に狂気を宿す男。ガルシア=オーバーロードだった。
「やぁ、ガルシア君。悪いけど見逃してくれないかな? 僕のギルドの可愛い新人さんが下にいるんだ。」
「断る。あの娘の元へ行きたいなら俺を殺してから行け」
「やっぱり、そうなるか。仕方ない、三分で倒させてもらうよ」
「来い。殺してやる。あの時の恨みを全て、今ここで晴らしてくれる」
瓦礫の近くで泣いている子供の元に辿り着いたマリは、子供に優しく声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
「うぅっ、うっ、ひっ、うっ・・・」
「落ち着いて、大丈夫だから。ゆっくり話せる?」
「おかさんが、お母さんが、この下にいるの・・・突然おっきな石、飛んできて、それで・・・それで・・・」
目の前で泣いている子供は、やはりライゼが予想した通りジャックが起こした爆発で吹き飛んだ瓦礫に巻き込まれた親の子供だった。
マリは子供の頭に手を置いて優しく微笑み
「大丈夫、すぐ助けるから」
「え?」
地面に杖を置き瓦礫の山近付く。
瓦礫の一つを手に掴み力を入れるが、マリの力では中々瓦礫は上がらない。
「うぅぅぅ、うぅぅぅ‼︎」
指に力を入れても、腕に力を入れても、足で踏ん張っても、瓦礫は少し持ち上がる程度だ。それでもマリは諦めず、全身に力を入れて瓦礫を動かそうとする。
「上がっ、てぇぇぇえ、お願いだからぁ」
力を入れて、瓦礫を持ち上げようとマリがもがいていると、瓦礫に爪が引っかかて、そのまま剥がれて激痛に襲われる。だが、それでもマリは声を上げる事も涙を流す事もしない。
「もういい、もう大丈夫だから、やめてよお姉ちゃん、指から血が出てる」
マリの指先から血が出てるのを見て、心配そうな顔をする子供に、マリは笑いながら
「大丈夫、大丈夫だから。絶対、助けるから」
「なんで、どうして」
「私も、同じ事を思った事がある・・・」
自分に優しくしてくれた少女は何故そうしたのか、自分を助けてくれた少女は何故助けてくれたのか。
それらがどうしてなのか分からなかった事があった。けど、その少女は言っていた。助けるのは当然の事だと。
「理由なんて無いよ。私にも分からない。助けるのが当然だから、助けるの‼︎ 必ず助けるからっ‼︎」
そう言ってマリが力を込めると、瓦礫を退かす事に成功し、子供の父親の顔が見えた。
まだ息もあり、顔色も思ったより悪くない。早く瓦礫を退かせば助けられるだろう。
「待ってて、今全部退かして」
振り向きざまに子供にそう言った時、マリの目に、子供の後ろから、鉈を振り下ろそうとする大男が見えた。
マリは咄嗟に子供を抱きしめ、鉈の一撃から子供を守る。
鉈は地面に振り下ろされ、石畳の地面を砕く。子供を仕留め損ねた大男はマリ達を睨む。
「ひっーー‼︎」
「敵‼︎ ライゼさんは」
先程まで自分達が立っていた民家の上を見ると、ライゼと誰かが戦っているのが見えた。
今ライゼは戦闘をしている最中、こちらには来れない。戦えるのはマリのみ。目の前の大男を一人でどうにかしなければいけない。
絶望的な状況にマリの心が折れそうになるが、自分の腕の中にいる子供の泣きそうな顔を見て、闘志を燃やし
「大丈夫、泣かないで。絶対助けるから」
自分を助けてくれた少女の顔を思い浮かべて
「もう苦しい思いはさせない」
目の前の敵と戦い、子供を守り抜くと決意した。
ケラケラと笑いながら言った狂人に、ライゼとリオが同時に蹴りとナイフを放つが、狂人は跳躍して回避し、空中に留まる。
「うわぁ‼︎ 恐っ、危ないじゃないですか‼︎ 私とても恐がりなんですよ⁉︎ 恐い恐い、とても恐いので~・・・爆破、させていただきます」
ジャックが指を鳴らした瞬間、劇場の壁が爆発した。
「きゃあぁあぁあぁあーーー‼︎」
「に、逃げろぉおぉおぉおぉお‼︎」
観客全員が一斉に出口へと走って逃げようとするが、混乱と恐怖に包まれた状態で、それも狭い通路を全員が一斉に駆けて逃げられる筈もなく
「あー、待ってください皆様。劇場から出る時はゆっくり走らずマナーを守って出てください。それが出来ない人は、直ちに死んでください」
ジャックが再び指を鳴らすと、数人の観客の頭が爆破され、血肉が飛び散る。
ステラの耳に、悲鳴、ケラケラと笑うジャックの声が聞こえてくる。それは酷く不快で、耳障りで
「あー、面っっ白‼︎ 面白いなぁ。本当に‼︎ 面白過ぎてこの私涙が出てきちゃいましたよ。あー、駄目だ。お腹痛い。ひー、ひー」
何より、目の前の理不尽かつ醜悪な悪意が許せなかった。だから
「はぁああぁあぁあぁあぁあ‼︎」
ステラはジャックと同じ高さまで飛ぶと、ジャックを殴り飛ばし、観客席に叩きつけた。
「いったぁ‼︎ 痛い痛い痛い‼︎ 何するんですかいきなり⁉︎ 過剰防衛にも程があるでしょう⁉︎ 役人さーーん‼︎ あの娘捕まえ」
ジャックが言い切る前に、ステラはジャックに向けて血の槍を投擲し、ジャックの腹を貫いて地面に縫い付ける。
「ぎぁあぁあぁっ‼︎いっっ、わぁぁあぁあ‼︎お腹刺したお腹刺さった‼︎もーう、我慢の限界です‼︎あなたも爆破してやります‼︎」
ジャックが指を鳴らしてステラを爆破しようとすると、バチバチと火花を散らす銀色の光が連なり、糸の様な紫電となってジャックへと直撃する。
「ぎぁっ‼︎」
「雷・・・」
ステラが劇場を見ると、指先をジャックへと向けるアルジェントがいた。
アルジェントが小さく頷いたのを見て、ステラは再びジャックに追撃しようと接近を試みるが、その時、猛烈な眠気がステラを襲った。
「あ、れ?」
空中でバランスを崩したステラが地面に倒れる。
「ステラ様‼︎」
アルジェントがステラに駆け寄ろうと、壇上から飛び降りた直後、爆破された壁の向こうから飛んできた光弾に被弾する。
「アル‼︎ まさか」」
リオが壁の向こうを見ると、そこには数十人以上の魔導師がいた。
また悲鳴が上がった正面を見ると、そちらにも同じ数程の魔導師がいて
「やられた‼︎ 完全に包囲された‼︎ あいつら、民間人ごと襲撃してきやがった‼︎」
完全包囲されている事を悟り、リオが吠え、その横でライゼが小さく舌打ちする。
「まずいね、僕らだけならまだしも、民間人を巻き込まれては下手に動けない。彼ら、遂になりふり構わなくなってきたね。そんなにステラちゃんやユナの力が欲しくなったのかな」
「そんな事どうでもいいわ、それよりステラを助けないと‼︎」
「ユナ‼︎」
ステラの元へ向かったユナをライゼが制止するが、ユナは構わずステラの元へ向かう。
飛んでくるいくつもの光弾がユナを襲うが、その尽くをユナは華麗に回避し、ステラの元へ辿り着いた。その時
「ユナ、危ない‼︎」
「え?」
いつの間にか立ち上がっていたジャックが指を鳴らし、ユナを爆破する。
爆煙に顔を覆われたまま、地面に落ちるユナを見下ろしながら、ジャックは首を鳴らして
「『幻夢楽曲』って一定期間の間は殺してからも奪えるんですよ。だから、あなた方『幻夢楽曲』所有者から『幻夢楽曲』を奪う時は、殺した方が確実なんです。さて」
爆破されたユナを見て絶望に沈むステラに、ジャックは手を伸ばし
「『紅血の協奏曲』、奪わせて頂きます。」
ステラに触れようとして、猛スピードで飛ぶ何かが仮面にぶつかった。
「うわっ‼︎ 何です⁉︎」
ぶつかってきた何かを探し、ジャックは辺りを見渡すが、何もないし、何もいない。一体何が、ジャックがそう思った時、またしても衝撃が仮面に加えられる。
何度も何度も仮面に何かがぶつかってきて、ジャックの堪忍袋の尾が切れる。
「もう‼︎ 一体なんなんですか⁉︎ バンバンバンバン人の仮面を叩いて、一体何がしたいんですか⁉︎ なんなんですか‼︎ 姿を見せてください‼︎」
「いいわよ」
喚き散らすジャックに、淡々とした声で答えたのは、空中に浮遊する小人だった。それは、先程目の前の男に爆破され、絶命した筈の少女だった。
「ユナ・・・‼︎」
「嘘ぉ‼︎」
頭にたんこぶを作り、腕を組んで堂々たる態度で浮かんでるユナを見て、ジャックは驚きの声を上げる。
「な、何故⁉︎あなたは爆破されてさっき死んだはずじゃーーー」
「ギリギリ回避出来たし、傷はすぐ私の能力で治せたわ。ていうか大した事ないわねあなたの魔法。手持ち花火かと思ってしまったわ。」
ユナの挑発にジャックが仮面の下で歯を食いしばるが、ユナはそれを無視してステラに近付く。
「ステラ、大丈夫? 立てる?」
「えぇ、大丈夫よ」
立ち上がったステラは構え、ジャックも腹から槍を抜き、掌をステラへ向けて臨戦態勢を取る。
「良いのですか? 私に不用意に近付いて。いつどこを爆破されるか分かりませんよ? 爆破するのは腕かも、足かも、お腹、もしくは頭かも。どこをどう爆破するかは私の気分次第なんですから」
「やれるもんならやってみなさい。それと、もうあんたは喋んなくていいわ。私がここで叩きのめす‼︎」
「あー、恐い恐い。女の子がそんな乱暴な言葉遣い頂けませんね。では、御託はここまでにして、一旦解散‼︎」
「は?」
ジャックが叫ぶと、劇場を取り囲んでいた魔導師達が突如煙の様に消え、観客が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「何の真似?」
「まぁまぁ、そんな恐い顔をされなくとも、その内分かりますよ。私達の目的は別に民間人の殺害じゃない。私達の目的はあなたとそこの『親指姫』。民間人はついでです」
「ついでですって?」
「えぇ、ついでです。ま、民間人の皆様にはこの後、すぐにでも役に立ってもらいますので、この後もお楽しみください。それでは」
手を振り、タップを踏んでジャンプして着地すると、ジャックは吸い込まれる様に地面をすり抜けて消えてしまった。
「なっ‼︎」
ジャックが立っていた場所に、ステラが移動するが、何も起こらない。完全に見失ってしまった。
「どうしましょう。あいつ、この後も民間人に何かするみたいな事言ってたけど・・・」
「止めるしかないわね。私達が止めなきゃ誰も止められない。きっと奴らは私とステラを捕らえるためにまたやって来る。その時返り討ちにすれば良いわ。そうすれば」
ユナの言葉を遮る様に、外から轟音が聞こえてくる。
急いで外に出ると、そこに広がっていたのは地獄だった。
逃げ惑う人々。爆発を繰り返す街並み。人々を襲う『眠らぬ月』の魔導師。平和な街は、一夜にして戦場に変わってしまっていた。
「そんなーー・・・」
「成る程、彼らの狙いは街中で混乱を起こし私達を引き離す事。街中が戦場となった今、私達が一つの場所に留まっていては事態の解決は望めない。混乱を収めようとすれば散り散りにならざるを得ない。個々に離れた所を叩くつもりなんでしょう」
「それだけの為にこんな事をーー‼︎」
拳を握りしめ、ステラは唇を噛みしめる。
今この状況の原因の一つが自分である事、自分とユナを捕らえる為に街の人を巻き込んだ事、それがどうしようもなくステラは許せず、爪で掌から血が出る程の力が拳に入る。
「どうするんだアル。相手が『眠らぬ月』ならガルシアやルシフもいる。ステラが戦うのは余りに危険だ」
「・・・確かに、彼らとステラ様を戦わせるのは良くない。ステラ様、屋敷へ戻っていただけますか?」
「どうして? 私だって戦え」
「屋敷にも恐らく敵はいます。今屋敷にいるのはローザ君のみ。敵が狙って来ないとは考えられません。もしもの事がある前に、ローザ君を助けて欲しいんです。お願い出来ますか?」
「・・・分かった。わがまま言ってられないものね。本当は皆と一緒に戦いたいけど、ローザに何かあっても危ないものね」
ステラは再び拳を握りしめ、アルジェントの瞳に映る自分を見つめ
「分かったわ。ローザの所に行ってくる。絶対無事に戻って来なさい」
「えぇ、もちろん」
「約束よ」
そして、ステラは走り出してローザのいる屋敷へと向かって行った。その背を見つめてアルジェントはさてと
「とりあえず、これで何事も無くステラ様が屋敷に辿り着いてくださると良いのですが」
「大丈夫だろ。トカゲを倒したんだ。大抵の敵には負けやしねぇだろ。それより、今はこっちをどうするか考えねぇとな。街中どこもかしこも大惨事だぞ」
トラオムの街の惨状をその目に映して、リオがそう口にする。ライゼも同じくその惨状を目に映して
「まずはカボチャ頭君を倒して、街中で起こってる爆発を止めるのと、民間人を襲う『眠らぬ月』の構成員を止めるのが先決だね。広範囲に個々に分かれてどうにかしたい所だけど、アル君が言う通り個々に分かれさせるのが狙いだろうから、二人一組に分かれよう。分け方はリオ君とリリィちゃん。アル君とユナ。僕とマリちゃんで異存は無いかな?」
「えぇ、分かったわ。でも、マリの事はちゃんと守りなさい。かすり傷一つでも付けたら承知しないから」
「大丈夫だよ。マリちゃんは『魔神の庭』のギルドマスターの名にかけて必ず守り抜く。さて、こうしてる暇は無い。全員直ちに街の平和を取り戻し、罪無き人々に仇なす眠らぬ月を叩き潰せ。行くぞ‼︎」
「おぉっ‼︎」
月照らす惨劇の街で、『眠らぬ月』討伐戦が幕を開けた。
「ややっ‼︎ 『魔神の庭』御一行様動き出したみたいですね。あー、二人一組に分かれて行動していらっしゃる。折角バラバラになる様に街中爆破したというのに、私の苦労が水のシャボン‼︎ 悲しいなぁ悲しいなぁ。という訳でルシさんこの哀れなカボチャを慰めて」
「黙れ、死ね。予想通りに動かない事は最初から分かりきっていた。一々騒ぐな」
「しゅん、ルシさん冷たい、私ショック」
トラオムにある時計台の上から、ルシフとジャックは惨劇極まるトラオムの街を一望していた。
道化じみた動作で悲しむジャックを無視して、ルシフは一人の男を見つめている。
「アルジェント・・・」
「おや?ルシさん気になるお方でも?いやぁ、青々しくて甘酸っぱいですなぁ、私そうゆうの大好」
「死ね。ジャック、質問にだけ答えろ。それ以外は何も喋るな」
「はいはい、流石にもうかなり恐いのでそうさせていただきます。して、なんでしょうか?」
「何故俺の居場所が分かった? それと今ルナはどこにいる?」
「それは言わずもがな私の能力によるものでございます。ルナ姫様なら分かりません。今ごろ『赤ずきん』狩りに向かっている頃では?」
「そうか」
目を伏せ、俯くルシフの肩をジャックが叩く。
「まぁ、心配せずともルナ姫様なら大丈夫でございましょう。まだ戦闘経験も浅い小娘に負ける事は」
ありません。と言い切る前に、ジャックはルシフに顔面を殴られ、地面に真っ逆さまに落ちていった。
「うわぁぁぁあぁあぁあぁあ‼︎」
「すまん。手が滑ったそのまま死ね」
「いや死ねっつってんじゃないですか‼︎ てか私ルシさんと喋ってまだ三分経ってないのに、既に死ねって三回言われてるんですが⁉︎」
両腕を振りながら泣き喚き、浮遊して戻ってきたジャックに、ルシフは大きく舌打ちする。
「黙れ。俺は貴様が嫌いだ。うるさいし、うざいし、やかましいし、煩わしいし、鬱陶しいし、邪魔だし、やかましいし、やかましいし、やかましい」
「後半ほぼやかましいのオンパレードだったんですが⁉︎ 私そんなやかましいしですかねぇ⁉︎」
「やかましい。その口を縫い付けて今すぐにでも窒素させてやりたいと思っている」
「わー、こ、恐いなぁ。分かりましたー・・・今週のジャックは静かめでお送りいたしまぁーす」
ははは、と声量を落として笑うジャックにルシフは溜息を吐く。
「もういい。さっさと行って仕事をしろ」
「かしこまりでーす。あのー、ルシさんはどうされるんですかー・・・?」
「たった今やる事が二つ程出来た。俺は俺の仕事をするだけだ」
空を見上げて、その紅い瞳に月の光に反射させ、ルシフはそう言った。
「はぁああぁあぁあ‼︎」
トラオムの中心街、人が最も集まる大通りで、裂帛の叫びを上げながら、次々と『眠らぬ月』の魔導師を殴り飛ばす影があった。
『魔神の庭』の男の娘竜人。リリィ=ハルシオンだ。
『眠らぬ月』の魔導師達はなんとかリリィを倒そうと、武器や杖に魔力を込めて、物理的な攻撃、あるいは魔力による一撃をリリィに向けて放つ。しかし、その全てをリリィは真正面から受け止め、弾き、防ぎ、反撃に突風を伴う拳を放ち、破竹の快進撃を続けている。そんな頼もしい仲間の姿に、リオは安心を通り越して、軽い恐れを覚えていた。
「改めて見るとやっぱすげぇな。あれ普段俺に猛アプローチしてくる美少女風の男なんだよな。喧嘩する時は誰でも雰囲気が変わるもんだが、あそこまで変わるもんなんだな」
オンとオフがかなりはっきりしている。そうリオは心の中で呟き、自身に迫ってきた魔導師を蹴り飛ばして、近くにいた三人も炎のナイフで斬りつける。
「今回の奴らは傭兵じゃなくて、『眠らぬ月』所属の魔導師らしいな。魔力は高いが身体の使い方が下手くそだ」
「リオ君‼︎ そっちの敵任せて良い⁉︎ 私はあっちから来た奴ら全員ぶっ飛ばすから‼︎」
後ろから叫んできたリリィの方を少しだけ向いて、すぐに敵がいる方に視線を戻してリオは叫ぶ。
「あぁ、任せろ‼︎」
互いに背を預け合い、互いの敵を一人残さず倒さなければならないこの状況を、リオもリリィも内心では楽しんでいた。
民間人の命がかかっているこの状況で、楽しいというのがおかしい事は二人共分かっている。しかし、それでも近くにいて、互いに協力し力を合わせるこの状況が、二人には楽しく感じられた。
「あの時と全く同じ条件とあっちゃあ仕方ねぇか」
初めてリリィと出会った遠き日の事に少しだけ思いを馳せ、すぐにリオは意識を目の前の敵に向けて、前に飛び出す。
リオを迎え撃とうと、魔導師数人が武具に魔力を纏わせリオを攻撃するが、リオは上に跳躍する事でこれを回避し、ナイフを投げつけて魔導師数人の肩や胴に命中させる。
魔導師の集団の中心にリオが着地すると、杖を持った魔導師が杖から炎を放ち、炎がリオを包む、だが
「危ねぇじゃねぇか。」
炎の中から聞こえぬ筈の声が聞こえ、次の瞬間炎を斬り裂いて、炎の中から無傷のリオが現れる。
その様子を見た魔導師達の顔が驚愕に染まる。リオはさてと、深呼吸をして
「そろそろ全員斬ってもいいか?」
再び魔導師の集団へと向かっていく。自分らに向かってきたリオに、魔導師の集団は魔法弾を何発も放つが、その全てをリオは斬り裂き、相殺し、魔導師の集団へと迫る。
魔導師の集団の先頭と、リオの距離がゼロまで迫ろうとしていたその瞬間、突如頭上から黒い棘がリオ目掛けて飛んできた。
「うおっ‼︎」
リオは黒い棘を咄嗟に後ろに飛ぶ事で回避する。
棘が飛んできた方向を見ると、空中に浮かび、月明かりに照らされながら、こちらを見下ろす大きな人影があった。
リオを見下ろしていたのは、白と黒の仮面を被り、黒いマントを羽織った大柄の怪物、ルクルハイドだった。
「お前は、モルガナ襲撃の時にステラが戦ったっていう・・・」
「ーーーー」
ルクルハイドはゆらりと地面へと降り立つと、無言のまま僅かに浮きながらリオを見据える。
リオはナイフを構えて
「何をしに来た? 目的とてめぇの仲間がどこにいるか言え」
ルクルハイドに目的と仲間の配置を問うが、ルクルハイドは何も言わない。
「だんまりか、なら力づくで洗いざらい何もかも全て吐かせてやらぁ‼︎‼︎」
リオがルクルハイドに跳ぶのと同時、ルクルハイドは黒い棘をリオに向けて放ち、リオを迎え撃とうとする。
そして、盗賊と怪物の戦いが始まった。
一方その頃、『トラオム』の民家の上を一人の男と魔法少女が歩いていた。
「あの、ライゼさん、一体私達はなんでこんな所歩いているんですか?」
「何でだと思う?」
「分かりません」
「人というのは前後左右には注意が向きやすいが、頭上までは注意が向きにくいからだよ」
「なんでわざわざ気付かれない様に歩いて」
「それはね、僕達は正面からは戦わないからだ」
もし今ここにいるのがライゼ一人なら、すぐにでも『眠らぬ月』の魔導師全員を倒して牢屋送りにするところなのだが、今はマリがいる。
故に、ライゼ自身が敵を討ち滅ぼす事よりも、近くにいるマリを守りながら如何にしても敵を倒すか、それが重要となってくる。
「ガルシア君やルシフ君、さっきのカボチャ頭君みたいに本当に強い敵が出てきたら、いくら僕でもマリちゃんを守りながら戦える保証は無いからね。出来る限り敵に気付かれない様に近付いて、倒せそうな敵から奇襲で倒していく。いいね?」
「分かりました・・・」
「大丈夫だよ。そんなに不安そうな顔しなくても、いざとなったら奥の手を使ってマリちゃんを守るから」
「はい。ありがとうございます。それにしても敵いませんね。」
「そうだね。街の端から敵を探してるからかな。となると敵のほとんどは中心に集まっていてほとんどをアル君達が相手にしてる事になるのか、ま彼らなら大丈夫だと・・・マリちゃん?」
「ライゼさん、あれ」
マリが視線を向ける先には、瓦礫の近くで泣いている子供がいた。
「気の毒に。恐らくカボチャ頭君の爆発で飛んできた瓦礫に親か兄弟が巻き込まれたんだろう。マリちゃん、ちょっと待っ」
「ライゼさん、少し待っててください」
ライゼの言葉を遮る様にして言ったマリが、屋根から飛んで着地し、泣いている子供の元へと走り出す。
「マリちゃん‼︎ちょ、待って‼︎」
ライゼの制止を振り切りマリは進む。
「あまり僕から離れて欲しくないんだけどなぁ。僕も行って手伝うとするか」
ライゼもマリと共に子供の元へ向かおうと、民家から降りようとしたその時、黒い虫の群れの様なものが、上空からライゼに襲いかかってきた。
ライゼが後ろに飛んで虫の群れの攻撃を回避すると、またしても背後から虫の群れの様なものが襲いかかってきた。
それらもサイドステップで躱し、ライゼが後ろを見ると、誰かが立っていた。
「言った筈だ、次会ったら必ず殺すと、なぁ、ライゼ。」
ライゼの後ろにいたのは、包帯を全身に巻き、唯一覗く赤い右目に狂気を宿す男。ガルシア=オーバーロードだった。
「やぁ、ガルシア君。悪いけど見逃してくれないかな? 僕のギルドの可愛い新人さんが下にいるんだ。」
「断る。あの娘の元へ行きたいなら俺を殺してから行け」
「やっぱり、そうなるか。仕方ない、三分で倒させてもらうよ」
「来い。殺してやる。あの時の恨みを全て、今ここで晴らしてくれる」
瓦礫の近くで泣いている子供の元に辿り着いたマリは、子供に優しく声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
「うぅっ、うっ、ひっ、うっ・・・」
「落ち着いて、大丈夫だから。ゆっくり話せる?」
「おかさんが、お母さんが、この下にいるの・・・突然おっきな石、飛んできて、それで・・・それで・・・」
目の前で泣いている子供は、やはりライゼが予想した通りジャックが起こした爆発で吹き飛んだ瓦礫に巻き込まれた親の子供だった。
マリは子供の頭に手を置いて優しく微笑み
「大丈夫、すぐ助けるから」
「え?」
地面に杖を置き瓦礫の山近付く。
瓦礫の一つを手に掴み力を入れるが、マリの力では中々瓦礫は上がらない。
「うぅぅぅ、うぅぅぅ‼︎」
指に力を入れても、腕に力を入れても、足で踏ん張っても、瓦礫は少し持ち上がる程度だ。それでもマリは諦めず、全身に力を入れて瓦礫を動かそうとする。
「上がっ、てぇぇぇえ、お願いだからぁ」
力を入れて、瓦礫を持ち上げようとマリがもがいていると、瓦礫に爪が引っかかて、そのまま剥がれて激痛に襲われる。だが、それでもマリは声を上げる事も涙を流す事もしない。
「もういい、もう大丈夫だから、やめてよお姉ちゃん、指から血が出てる」
マリの指先から血が出てるのを見て、心配そうな顔をする子供に、マリは笑いながら
「大丈夫、大丈夫だから。絶対、助けるから」
「なんで、どうして」
「私も、同じ事を思った事がある・・・」
自分に優しくしてくれた少女は何故そうしたのか、自分を助けてくれた少女は何故助けてくれたのか。
それらがどうしてなのか分からなかった事があった。けど、その少女は言っていた。助けるのは当然の事だと。
「理由なんて無いよ。私にも分からない。助けるのが当然だから、助けるの‼︎ 必ず助けるからっ‼︎」
そう言ってマリが力を込めると、瓦礫を退かす事に成功し、子供の父親の顔が見えた。
まだ息もあり、顔色も思ったより悪くない。早く瓦礫を退かせば助けられるだろう。
「待ってて、今全部退かして」
振り向きざまに子供にそう言った時、マリの目に、子供の後ろから、鉈を振り下ろそうとする大男が見えた。
マリは咄嗟に子供を抱きしめ、鉈の一撃から子供を守る。
鉈は地面に振り下ろされ、石畳の地面を砕く。子供を仕留め損ねた大男はマリ達を睨む。
「ひっーー‼︎」
「敵‼︎ ライゼさんは」
先程まで自分達が立っていた民家の上を見ると、ライゼと誰かが戦っているのが見えた。
今ライゼは戦闘をしている最中、こちらには来れない。戦えるのはマリのみ。目の前の大男を一人でどうにかしなければいけない。
絶望的な状況にマリの心が折れそうになるが、自分の腕の中にいる子供の泣きそうな顔を見て、闘志を燃やし
「大丈夫、泣かないで。絶対助けるから」
自分を助けてくれた少女の顔を思い浮かべて
「もう苦しい思いはさせない」
目の前の敵と戦い、子供を守り抜くと決意した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる