まっくら山のふしぎバス

スズキヒサシ

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前編

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 まりなちゃんは、のばら小学校の四年生です。
 夏休みの間に、都会から引っ越してきたばかりで、まだ学校にも慣れていません。
 声をかけてくれる子もいますが、友だちがなかなかできません。

 まりなちゃんの新しい家は、まっくら山の上にあります。
 もともと、そこにはおばあちゃんが住んでいました。
 まりなちゃんは、お母さんとそこへ引っ越してきたのです。
 お父さんは単身赴任といって、一人だけ都会に残って働いています。
 まりなちゃんも本当は友だちと離れたくなかったのですが、お母さんの新しい仕事がまっくら山のふもとに決まったのです。

 まっくら山の上にある家は、古くて暗くて、ちょっとだけ怖いと、まりなちゃんは思っています。
 でも、おばあちゃんのことは大好きなので、平気なふりをしています。
 お母さんは、すぐに山のふもとにある病院で、朝早くから夜遅くまで看護士として働き始めました。
 なので、まりなちゃんは、おばあちゃんの車で学校まで送り迎えをしてもらっています。
 まっくら山から、のばら小学校までは、なんと五キロもあるのです。
 運動が得意なまりなちゃんでも、毎日歩くのは無理でしょう。
 おばあちゃんの小さな青い車で、ぐねぐねした山道を下りて行き、帰りはまたまっくら山の上まで車で登って行くのです。
 まっくら山は、名前のとおりほとんど明かりがなく、夜は道がわからないほど暗くなります。
 車のライトで照らしながら、ゆっくりゆっくり進むしかありません。
 まりなちゃんは、毎日おばあちゃんの車で通学していました。

 ところが、山のもみじが赤くなり始めた頃でした。
 おばあちゃんが、ぎっくり腰になってしまったのです。
 どうにも腰が痛くて、立つのも座るのもむずかしいという病気です。
 かわいそうに、おばあちゃんは布団の上で、寝ているしかありません。
 お母さんは「しばらくしたら治るわ」と言いましたが、まりなちゃんは心配でたまりません。
 おばあちゃんの布団の横に、自分の布団を敷いて寝ることにしました。
 もし具合が悪くなったり、トイレに行きたくなったら、助けられるかもしれませんから。
 でも、一日中そうしてあげることはできません。
 学校があるからです。

 今まで、おばあちゃんが送り迎えをしてくれていましたが、無理なので、まりなちゃんとお母さんは困ってしまいました。
 お母さんが仕事に出かけるときに、一緒の車で出かけると、学校につくのは朝の六時半になってしまいます。
 それでは早すぎます。
 また、まりなちゃんが歩いて通うには遠すぎます。
 そのとき、おばあちゃんが言いました。
「まっくら山には、朝と夕方にだけ走っているバスがあるんだよ」
 まりなちゃんは、このまっくら山にバスが走っているなんて、初めて聞いたので驚きました。
 バスの運行は一日二本だけ。
 しかも朝の七時と夕方の五時。
 山のふもとと、まっくら山の頂上を結んでいるようです。
 おばあちゃんは、まりなちゃんに「しばらくの間そのバスに乗るしかないようだね」と言いました。
 まりなちゃんは、少しだけ不安になりました。
 なぜなら、一人でバスに乗ったことがなかったからです。

 さっそく次の日の朝七時、まりなちゃんは家の前の一本道に立ちました。
 まっくら山の大きな木々にさえぎられて、ぐねぐねと曲がりくねった道の先は薄暗くなっています。
 それに、今日は朝もやも立ち込めて、さらに道の先がよく見えません。
 そのとき、白いもやの中に、黄色い光があらわれました。
 ガタゴトという音も聞こえてきます。
 まりなちゃんは、心臓がドキドキしてきました。
 うまく一人でバスに乗れるか、心配でたまりません。
 バスのエンジン音が近づくと、黄色い光もどんどん大きく広がってきました。
 まりなちゃんは、おばあちゃんに教わったとおり、持っていた木の葉を頭の上に、ちょこんとのせました。
 なぜか、おばあちゃんにそうするように言われたのです。
 そうしないとバスが停まってくれないらしいのです。
 なんともおかしな話ですが、おばあちゃんは、からかっているようには見えませんでした。
 それに、まりなちゃんもーー変だけどおもしろそうーーと思ったのです。

 朝もやをかき分けてあらわれたのは、こげ茶色の小型のバスでした。
 頭の上に葉っぱをのせたまりなちゃんの前まで来ると、バスはぴたりと停まりました。
 バタンと前側の扉が開きます。
「まっくら山まんなからへん~。まっくら山まんなからへん~」
 奇妙なかけ声がして、それから運転手がまりなちゃんをじろっと見ました。
 黒いぺたんこ帽子に、白い手袋。
 紺色の背広を着たおじさんです。
「乗るのかい?」と聞かれて、まりなちゃんはあわてて乗り込みました。
 タラップを上がるとお金を入れる箱があります。
「あっ!」
 まりなちゃんは、お金をお母さんにもらうのを忘れていたことに気づきました。
 箱を前に立ち止まっているのを見て、運転手さんが言いました。
「子どもはタダだよ」
「えっ? タダ?」
 そんなことってあるのでしょうか?
 小さな子ならまだしも、まりなちゃんはもう四年生です。
 都会のバスなら絶対にお金がいります。
「さあさあ、早く席におかけください」
 運転手さんにうながされて、ふしぎに思いつつ、まりなちゃんは奥に進みました。
 今まで気づきませんでしたが、左右に何人も乗客がいます。
 サラリーマン風のおじさん、きれいに髪を整えた女の人、まりなちゃんと同じ年くらいの子も乗っています。
 しかし、まりなちゃんは乗客たちを見てギョッとしてしまいました。
 ーー頭に耳がある!
 なんと、席にすわっている人たちの頭には、こげ茶色のふわふわした動物の耳がついていたのです。
 まるくてかわいい耳ですが、どう見ても人間の耳ではありません。
 まりなちゃんは、自分の目がおかしくなったのかと思って、パチパチまばたきしました。
「出発しますよ~」
 運転手さんの声がして、まりなちゃんはあわてて、近くの空いている席につきました。
 ふと、となりを見ると同じ年頃の男の子と目が合いました。
 男の子は、まりなちゃんをするどい目つきで、じいっと見ています。
 なんだかこわくなって、まりなちゃんは肩をまるめて小さくちぢこまりました。
 ーーこの子にも、変な耳がある。
 おかしなバスに乗ってしまったのかもしれません。
 まりなちゃんがランドセルをひざに置いて、ただただ息をひそめているあいだにも、バスはぐねぐねした山道を、すいすいとくだって行きます。
 まっくら山のふもとについたときには、空はすっかり晴れていました。
 バスは駅前の広場に入り、ぐるりと周って、停まりました。
「えきまえひろば~。えきまえひろば~」
 運転手さんのかけ声と共に、乗客たちが立ち上がります。
 まりなちゃんは、またしてもびっくりしてしまいました。
 みんなのおしりに、大きくて太いしっぽがはえています。
 耳と同じこげ茶色の毛におおわれて、ゆらゆらゆれているのです。
 あまりにりっぱなしっぽに、目がくぎづけになっていると、となりからぶっきらぼうな声が聞こえました。
「おい、さっさと立てよ」
 まりなちゃんのとなりにすわっている男の子です。
 ランドセルをかかえて、早くおりたいそぶりを見せています。
 まりなちゃんは、あわてて立ち上がりました。
 おかしな耳としっぽのはえた乗客にまざって、バスをおります。
 ーー町の人がびっくりしないかな。
 朝の駅前にはたくさんの人が行きかっています。
 きっと、みんなおどろくに違いありません。
 けれど、バスのタラップをおりたときでした。
 前の乗客のゆらゆらゆれていたしっぽが、とつぜんきえたのです。
 見上げると、頭の耳もなくなっています。
 ーーどうなってるの?
 その乗客は、あっというまに駅前の人波にまぎれてしまいました。
 バスをおりたまりなちゃんは、耳のついた他の乗客たちも見当たらないことに気づきました。
 立ちつくしていると、先ほどの男の子が後ろから追いぬいて行きます。
 その頭にもあのふしぎな耳はありません。
 もしかして、寝ぼけていたのでしょうか。
 まりなちゃんは、まぼろしでも見たように、何度も首をかしげながら学校へと歩き出しました。
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