図書室のねこ

スズキヒサシ

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図書室のねこ

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 のばら小学校の本校から、渡り廊下を渡った別棟の二階には図書室があります。
 図書の時間には子どもたちがやってきて、好きな本を読んでいます。
 そして窓ぎわには、ぶち模様のねこ。
 名前はぶんちゃん。
 ぶんちゃんは、六年生が一年生だった前からいるので、この学校では誰よりも先輩です。

 ぶんちゃんはまず、朝になるとどこからともなくやって来ます。
 どこかのおうちのねこなのか、のらねこなのか、誰も知りません。
 そして、ぶんちゃんは大きい人間が大の苦手なので、先生がいるときはカーテンの後ろや本棚のかげにかくれています。
 ちょっとやそっとじゃ見つかりません。
 かくれんぼのプロのようです。

 さて、今日の図書室はいつもとちょっと違いました。
 四限目が終わってみんなは給食の時間です。
 図書室はからっぽ。
 司書の先生も職員室へ。
 ぶんちゃんは高い本棚の上から、ひらりと飛びおりました。
 午前中に暖かい日差しをあびて、背中がすっかりぽかぽかになったので上機嫌です。
 でもアレレ? とドアの方を見上げました。
 ドアのすきまから誰かのぞいています。
 思わず驚いたぶんちゃんのしっぽが、ブワっと膨らみました。
 ドアがさらに少しだけ開いて、男の子がすきまから、ねこみたいに入ってきます。
「あ、ぶんちゃん」
 男の子もぶんちゃんに気づきました。
 なんだか図書室を見回して、あやしげな動きです。
 ぶんちゃんは声をかけるように「なぁん」と鳴きました。
「ダメダメ!」
 とつぜん男の子がかけ寄り、ぶんちゃんを抱き上げます。
「しぃぃぃ」
 口に指をあてて、ぶんちゃんに静かに! の合図。
 ぶんちゃんはさらにあやしげに男の子を見上げました。
 この顔は見かけたことがあります。
 三年二組のはたけくんです。
 好きな本はサッカーの本。
 何度も同じ本を読むタイプ。
 ぶんちゃんは図書の時間の子どもたちをよく見ているので、なんでも知っています。
 でも、給食の準備が始まっているはずなのに、なぜ図書室に来たのでしょう。
 よく見ると、畑くんの手には一冊の本があります。
 むむっ、とぶんちゃんは鼻をひくひくさせました。
 本にはずいぶんと、畑くんの匂いがついています。
 畑くんは、ぶんちゃんを下ろして、本を手に図書室のカウンターの前をうろうろ。
 右に行ったり、左に行ったり。
 何かを探しているようです。
 ぶんちゃんはカウンターの上に、ひょいと飛び乗りました。
「ああ、どうしよう」
 畑くんは貸し出しカードの棚を開けて、ごそごそ。
 でも、探している物が見つからないようです。
 困った顔の畑くんを前に、ぶんちゃんは置かれている本をじっと見ました。
『明日から君もやれる! サッカー入門』
 畑くんは、ぶんちゃんなど目に入らないようで、カウンターの引き出しを開けてかき回しています。
 ぶんちゃんは、本を器用に爪でちょいちょいと開きました。
 貸し出しカードの入っていたポケットは、からっぽです。
 畑くんはどうやらこの本の返却に来たようです。
 でも、給食の時間に来たのは、どうしてなのでしょう。
 ぶんちゃんがカウンターの上に座って見ていると、畑くんは目当ての物を見つけたようです。
 一枚のカードを手に、ホッとした表情。
「ああ、よかった。これだ」
 借りていた本の貸し出しカードです。
 貸し出した日付が書いてあります。
 ぶんちゃんは、文句を言うように「にゃむにゃむ」と鳴きました。
 だって、返却期限を一ヶ月も過ぎていたのですから。
 畑くんも、ぶんちゃんの不機嫌そうな顔に気づきました。
「し、仕方ないんだよ、ぶんちゃん」
 畑くんが困ったようすで言います。
「早く返そうと思ったんだ。でもーー」
 言い分を聞くと、こうでした。
 返却期日の三日後に、家に置いてある本に畑くんは気づきました。
 すぐに返そうとランドセルに本を入れて、学校に持ってきたものの、先生に怒られるんじゃないかと怖くなってしまったのです。
 そのまま、図書室に行きづらくなり、一週間たち、二週間たち、あっという間に一ヶ月がたっていたということでした。
 ぶんちゃんは、しょんぼりしている畑くんの気持ちがちょっとだけーーほんのちょっとだけですよーーわかる気がしました。
 というのも、ぶんちゃんも、一ヶ月前にエサをくれたミカンの木のおうちに行きづらくなっていたからです。
 そのおうちはりっぱな一軒家で、大きなミカンの木があり、ぶんちゃんのように、ふらっと立ち寄ったねこに、えさをくれるおばあさんがいます。
 でも、一ヶ月前、ぶんちゃんはその向かいのおうちでマグロの刺身をいただいているところを、おばあさんに見られてしまったのです。
 おばあさんがくれるエサは、いつも同じニボシでした。
 ぶんちゃんは、ニボシだって大好きです。
 でも、おばあさんは少しだけ、ガッカリしたようすでした。
 ぶんちゃんは、それからミカンの木のおうちに行きづらくて行っていません。

 畑くんは、ぶんちゃんを気にしながら、貸し出しカードを本に入れました。
 先生にないしょで、返却するつもりです。
 そのときでした。
 ガラッとドアが開きました。
 司書の先生が戻ってきたのです。
 ぶんちゃんは、それはもう目にも止まらぬ速さで、忍者のようにカウンターから飛びおり、窓ぎわのカーテンのすそにすべり込みました。
 反対に、畑くんはすっかり固まっています。
 司書のおばさん先生は、畑くんが一ヶ月の間、本を返却していないことを当然知っていました。
 固まっている畑くんの手から本を取り上げます。
「まったく、来るのが遅い!」
 先生が大きな声で言いました。
「でも、返しに来たからえらい!」
 えっ? という顔の畑くん。
 カーテンのすそから鼻先を出して見ていたぶんちゃんも、目をぱちくり。
「次からおくれないようにね」
 先生はそれだけ言うと、カウンターに置きわすれていたスマートフォンを取って、さっさと図書室を出て行ってしまいました。
 後に残った畑くんは、はぁぁぁぁ、と大きく息をはき出します。
「こ、怖かった~~」
 でも、怒られただけではありませんでした。
 ぶんちゃんは、カーテンの下から出てきて、またカウンターに飛び乗りました。
「ぶんちゃん、ぼく返しにきてよかったよ」
 やさしく何度かぶんちゃんの頭をなでると、畑くんは図書室を出て行きました。
 ぶんちゃんは、カウンターの上で「ふむふむ」と、ひとりごと。
 勇気を出して、今日はミカンの木のおうちに行ってみるのもいいかもと思いました。

おわり
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