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幽霊の囁く城 part3
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古城の門の前に立つと、妾は読んだ本の内容を思い出して顔が強張った。
『ホロウバステオンの城は廃墟と化していた。門扉は傾き、前庭に棘のついた下草が蔓延り、周囲の木々は風に揺れてざわざわと人の声に似た葉擦れの音を立てていた。暗い影が建物を覆い、鳥も獣も虫さえも気配を消して静まり返っていた』
まさしくそのままの光景が目の前にあった。
ホロウバステオン城は、奥に一本の尖塔を持つ建物と、垂直に交わるもう一棟の建物からなる城で、ぐるりと高い外壁に囲われていた。
しかし、その外壁のほとんどが今はもう崩れて、周囲の林のどこからでも侵入できるように見えた。
妾が読んだ本では、ホロウバステオンの廃墟を訪ねたゴーストハンターたちが怪奇な事件に巻き込まれていく。
彼らは人智を越える災難に遭い、一人ずつ消えていくこととなるのだ。
まあ、あれは作り物の話じゃから・・・・・・。
妾は気を取り直して笑顔を作った。
「し、城の玄関前までなら行ってもいいじゃろ?」
先に着いていた副長のシュミットが顔をしかめた。
「ダメですよ。外から見るだけです」
「そんなこと言わずに~」
「ダメったらダメです」
錆びて壊れた門扉の前で押し問答する。
そのとき、急にシェン君が城の方を指差した。
「おい、あそこ・・・・・・誰かいるぞ?」
「えっ?」
思わず全員が伸びた指の先を見た。
四階建ての暗灰色の壁に並んだ窓。
等間隔に並ぶ窓は、蝶番が壊れて鎧戸がぶら下がっていたり、すでに無くなっていたりするが、その内の一つ、黒ずんで破れたカーテンがヒラヒラしている窓をシェン君は指差していた。
妾が見た時には誰もいなかったが、騎士のクラウゼンが上擦った声で言った。
「た、確かに何かいたような・・・・・・」
全員がしばし沈黙した。
「み、見間違えたのでは?」
サイファがシェン君に聞き返す。
シェン君は首を横に振った。
「いや、確かに誰かいたぞ。すぐに隠れたけど、カーテンが動いてるだろ」
ほら見ろとばかりにまた窓を指差す。
確かにぼろぼろのカーテンが窓の内側で揺れていた。
「風で動いたのかもしれませんよ」
シュミットも宥めるつもりで言ったが、シェン君はさらに頑なに返した。
「いや、絶対に人影だった」
妾はクラウゼンに訊ねた。
「おぬしも見たんじゃろ?」
クラウゼンは上司のシュミットの視線を気にして、困ったように妾から目を逸らした。
「い、いえ、わたしは・・・・・・その、気のせいかもしれません。見間違いかも」
全員がお互いの顔を見合って、どうしたものかと考える。
しかし、妾とシェン君、ジョー以外は、人影などなかったことにして早々に立ち去りたいと顔に書いてあった。
シュミットはこの場では一番年上で責任者だと自覚しているのか、強い口調で言った。
「帰りましょう、バーミリオン殿下。もし誰かが入り込んでいたとしても、我々には関係のないことです。街に戻って警吏に伝えれば済む話です」
わざわざ危険なことに首を突っ込むなと言いたいらしい。
こんな辺鄙な場所、しかも曰くのある城に誰かがいたとして、当然それは普通の人ではないはずだ。
でもこの城に入らねば、妾の呪いの謎は解けない。
またこの城に来れる機会は、おそらく二度とないだろう。
どうにかして説得したかったが、すぐには方法が思いつかず、妾は渋々頷こうとした。
その時ーーー。
「ぎゃ~~~ァァッッ!!」
低く鋭い悲鳴が城の中から響いてきた。
みんなしてまた城を見上げる。
悲鳴はすぐに消えたが、気のせいにするには明瞭すぎた。
まるで死に瀕した直前の引き裂かれるような叫びだった。
「大変!!」
突然、ジョーが声を上げて走り出した。
崩れかけた門扉の隙間を潜り、前庭に入って行く。
棘だらけの下草を振り払おうと、両手を服の袖で覆ってばたつかせ、ズンズンと奥に行ってしまう。
「ええっ!? ちょっ、ちょっと! ジュリア様?」
慌てたシュミットが追いかける。
先を行くジョーは振り返りもせず怒鳴った。
「入り込んだ子どもが階段から落ちたのかも!」
どう考えても、あの声は成人男性の悲鳴だったが、ジョーは人助けに行くつもりのようだ。
シェン君も「あの窓のところにいた人かも!? 子どもだったかも!」と言い出した。
シュミットが動揺している横をすり抜け、シェン君も前庭を縦断し始める。
「シェン王子! 戻ってください!」
サイファは門扉の前で大声で呼びかけるが、シェン君も城の方へ向かって行く。
妾はようやく気づいて「ああ」と呟いた。
ジョーは城に入る理由を見つけてくれたのだ。
シェン君もそれに気づいて追随した。
じゃあ、妾も行かねば。
「待つのじゃ二人とも! 二人じゃ危ないじゃろ~~!」
妾も門扉を潜って前庭に分け入る。
しかし棘だらけの草が当たって手の甲がひりひりした。
「仕方ありませんね」
クラウゼンが後ろから妾をひょいと抱き上げた。
茂った雑草に触れないよう胸の上に抱えてくれる。
シュミットとサイファ、クラウゼンの三人もぶつぶつ文句を言いながら城に向かって歩き出した。
ゴーストハンター、貴族の末娘、ヴァンパイア、狼男。そして不気味な老婆に幽霊。
あの怖い本とは違うが、帝国の皇女、東方の王子、北の貴族の娘、そして騎士二人とツノのある従者は、こうして不吉な廃墟となった古城に誘い込まれていったのだった。
『ホロウバステオンの城は廃墟と化していた。門扉は傾き、前庭に棘のついた下草が蔓延り、周囲の木々は風に揺れてざわざわと人の声に似た葉擦れの音を立てていた。暗い影が建物を覆い、鳥も獣も虫さえも気配を消して静まり返っていた』
まさしくそのままの光景が目の前にあった。
ホロウバステオン城は、奥に一本の尖塔を持つ建物と、垂直に交わるもう一棟の建物からなる城で、ぐるりと高い外壁に囲われていた。
しかし、その外壁のほとんどが今はもう崩れて、周囲の林のどこからでも侵入できるように見えた。
妾が読んだ本では、ホロウバステオンの廃墟を訪ねたゴーストハンターたちが怪奇な事件に巻き込まれていく。
彼らは人智を越える災難に遭い、一人ずつ消えていくこととなるのだ。
まあ、あれは作り物の話じゃから・・・・・・。
妾は気を取り直して笑顔を作った。
「し、城の玄関前までなら行ってもいいじゃろ?」
先に着いていた副長のシュミットが顔をしかめた。
「ダメですよ。外から見るだけです」
「そんなこと言わずに~」
「ダメったらダメです」
錆びて壊れた門扉の前で押し問答する。
そのとき、急にシェン君が城の方を指差した。
「おい、あそこ・・・・・・誰かいるぞ?」
「えっ?」
思わず全員が伸びた指の先を見た。
四階建ての暗灰色の壁に並んだ窓。
等間隔に並ぶ窓は、蝶番が壊れて鎧戸がぶら下がっていたり、すでに無くなっていたりするが、その内の一つ、黒ずんで破れたカーテンがヒラヒラしている窓をシェン君は指差していた。
妾が見た時には誰もいなかったが、騎士のクラウゼンが上擦った声で言った。
「た、確かに何かいたような・・・・・・」
全員がしばし沈黙した。
「み、見間違えたのでは?」
サイファがシェン君に聞き返す。
シェン君は首を横に振った。
「いや、確かに誰かいたぞ。すぐに隠れたけど、カーテンが動いてるだろ」
ほら見ろとばかりにまた窓を指差す。
確かにぼろぼろのカーテンが窓の内側で揺れていた。
「風で動いたのかもしれませんよ」
シュミットも宥めるつもりで言ったが、シェン君はさらに頑なに返した。
「いや、絶対に人影だった」
妾はクラウゼンに訊ねた。
「おぬしも見たんじゃろ?」
クラウゼンは上司のシュミットの視線を気にして、困ったように妾から目を逸らした。
「い、いえ、わたしは・・・・・・その、気のせいかもしれません。見間違いかも」
全員がお互いの顔を見合って、どうしたものかと考える。
しかし、妾とシェン君、ジョー以外は、人影などなかったことにして早々に立ち去りたいと顔に書いてあった。
シュミットはこの場では一番年上で責任者だと自覚しているのか、強い口調で言った。
「帰りましょう、バーミリオン殿下。もし誰かが入り込んでいたとしても、我々には関係のないことです。街に戻って警吏に伝えれば済む話です」
わざわざ危険なことに首を突っ込むなと言いたいらしい。
こんな辺鄙な場所、しかも曰くのある城に誰かがいたとして、当然それは普通の人ではないはずだ。
でもこの城に入らねば、妾の呪いの謎は解けない。
またこの城に来れる機会は、おそらく二度とないだろう。
どうにかして説得したかったが、すぐには方法が思いつかず、妾は渋々頷こうとした。
その時ーーー。
「ぎゃ~~~ァァッッ!!」
低く鋭い悲鳴が城の中から響いてきた。
みんなしてまた城を見上げる。
悲鳴はすぐに消えたが、気のせいにするには明瞭すぎた。
まるで死に瀕した直前の引き裂かれるような叫びだった。
「大変!!」
突然、ジョーが声を上げて走り出した。
崩れかけた門扉の隙間を潜り、前庭に入って行く。
棘だらけの下草を振り払おうと、両手を服の袖で覆ってばたつかせ、ズンズンと奥に行ってしまう。
「ええっ!? ちょっ、ちょっと! ジュリア様?」
慌てたシュミットが追いかける。
先を行くジョーは振り返りもせず怒鳴った。
「入り込んだ子どもが階段から落ちたのかも!」
どう考えても、あの声は成人男性の悲鳴だったが、ジョーは人助けに行くつもりのようだ。
シェン君も「あの窓のところにいた人かも!? 子どもだったかも!」と言い出した。
シュミットが動揺している横をすり抜け、シェン君も前庭を縦断し始める。
「シェン王子! 戻ってください!」
サイファは門扉の前で大声で呼びかけるが、シェン君も城の方へ向かって行く。
妾はようやく気づいて「ああ」と呟いた。
ジョーは城に入る理由を見つけてくれたのだ。
シェン君もそれに気づいて追随した。
じゃあ、妾も行かねば。
「待つのじゃ二人とも! 二人じゃ危ないじゃろ~~!」
妾も門扉を潜って前庭に分け入る。
しかし棘だらけの草が当たって手の甲がひりひりした。
「仕方ありませんね」
クラウゼンが後ろから妾をひょいと抱き上げた。
茂った雑草に触れないよう胸の上に抱えてくれる。
シュミットとサイファ、クラウゼンの三人もぶつぶつ文句を言いながら城に向かって歩き出した。
ゴーストハンター、貴族の末娘、ヴァンパイア、狼男。そして不気味な老婆に幽霊。
あの怖い本とは違うが、帝国の皇女、東方の王子、北の貴族の娘、そして騎士二人とツノのある従者は、こうして不吉な廃墟となった古城に誘い込まれていったのだった。
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