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幽霊の囁く城 part2

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 ホロウバステオン城は、街の端にある小高い丘の上にあった。
 いかめしい暗灰色の玄武岩で造られた外壁は長い年月と共に朽ち果て、街の衰退よりも早く廃墟となり果てていた。
 かつては重厚な圧迫感で街を睥睨へいげいしていた尖塔も折れ、薄曇りの空の下で見上げると、荒れた前庭や腐った鎧戸はまさしく幽霊の住処すみかに見えた。

 シェン君とジョーと共に朝食を終えた妾は、ヤンヤンたちに散歩に行くと言って外に出た。
 昼には戻って帝都へ出発する予定になっている。
 なので、時間は半日もない。
 ただの散歩なので、お供も少ない。
 サイファと妾の騎士二人だけだ。
 ヤンヤンとミンミンは宿で細々こまごまとした仕事をしてくれている。
 もちろん妾はホロウバステオン城に行くつもりだった。
 それとなく街の中をぶらぶらしている振りをして、城の足元まで行き、ちょっと興味を惹かれた風に近寄って行く。

「うわぁ、雰囲気のある城じゃぁ!」

 妾の感嘆の声に、シェン君が冷めた視線を寄越してきた。
 ジョーも小声で「演技力ないわね」と呟いている。
 だったら二人も協力して欲しい。
 騎士団副長のシュミットが近づいてきた。

「バーミリオン殿下、そろそろお戻りになりませんか?」
「えっ? いや、まだ・・・・・・そう、まだ昼前にもなっておらぬぞ。早く戻っても退屈じゃからな」
「そうですか?」

 さすがに街の外れまで来たので、もう観光するような店もない。
 あるのはここから丘を登って行けるホロウバステオン城だけだ。

「のぉ、ちょっとだけあの城に行ってみないか?」

 妾のそれとなく誘導する作戦に、シェン君も乗っかった。

「おお、おれも行ってみたい。行こうぜ」
「わたしも古いお城に興味あるわ」

 ジョーも援護してくれる。
 しかし、当然のように騎士二人とサイファは反対した。

「いけません、バーミリオン殿下。危ないですよ」
「そうですよ。古い城なんていつ崩れてくるか」
「シェン王子、もう戻りましょう」

 もちろん普段なら妾はここで引き下がって、良い子のバーミリオンとして宿に戻るのじゃが、今日はそういうわけにもいかぬ。
 なので、ワガママモードを発動した。

「ちょろっと外から眺めるだけじゃ。約束する~。頼むのじゃ、副長~~~」

 シュミットの腕を両手で掴んでぐいぐい引っ張った。
 わかってもらいたいが、いつもならこのような事は絶対にしないのじゃ。
 妾はお子様ではないのでな。
 でも、シュミットは妾がよちよち歩きの頃から宮にいた古参の騎士。
 そう、かわゆい妾を思い出したら、かたくなに反対などできぬはず。

「で、ですが、殿下。本当に危ないかもしれないのでーーー」
「副長とクラウゼンがいるではないか! 最強の騎士二人がいたら大丈夫じゃ。ちょっと外から見るだけじゃ~」
「う、ううん、そうですねぇ」

 くひひ、もうちょっとで落ちるぞ。
 妾はさらにシュミットの腕に抱きついた。
 しかし、なぜか背後からシェン君が服の襟元を引っ張ってきたので、首が締まって「ぐえ」とカエルのようにうめいた。

「何をするんじゃ」
「ひっつきすぎ」
「はぁ?」

 わけがわからぬ。

「仕方ありませんね。少しだけですよ」

 とりあえず、シュミットは妾のおねだり作戦に陥落したから良いが、邪魔しちゃダメじゃろ。
 ムッとした顔をシェン君に向けると、なぜか妾よりムスッとしていた。
 本当にわけがわからぬ。
 サイファもさすがに妾たちが行くのに文句は言えないようで、最後尾に付いてくる。

 ホロウバステオン城へ上がる道は、なかなかの急勾配で、道の石畳も剥がれて雑草が生い茂っていた。
 そこを、えっちらおっちらと、みんなで登る。
 元は馬車道だったので幅はあるが、左右は針葉樹の林なので少し薄暗い。
 十分ほど登ったところで、なぜか最後尾が妾になっていた。
 しかも妾だけ、ゼェゼェ息をしておる。
 体力なさすぎかもしれぬ。
 いや、ここにいる面々の運動能力が高すぎるんじゃ。
 そうに決まっておる。
 先頭を行くシュミットは、すでに見えなくなっていた。
 先に行って様子を見てくるつもりかもしれぬ。
 続いてシェン君とサイファ、ジョーの背中がある。
 妾の前を歩くクラウゼンが振り返って言った。

「バーミリオン殿下、お疲れならわたしが背負って行きましょうか?」
「いや、いい」

 妾は首を横に振った。
 それはさすがに恥ずかしすぎる。
 シェン君もジョーもスタスタと歩いておる。
 妾だけ子どもみたいにおんぶされるのは屈辱じゃ。
 息切れしながらも、力を込めて一歩一歩進んで行くと、クラウゼンが後ろに回って、歩調を合わせてくれた。

「殿下はどうしてあの城に行きたいんですか?」

 突然、訊かれて驚く。
 シュミットと違って、クラウゼンは寡黙かもくなタイプじゃ。
 護衛任務に不必要なことを話したことがあまりなかった。
 もしかして、話してると気がまぎれるからワザと話しかけてきたのかな。
 結構、気配りするんじゃな。
 妾はふふっと笑いながら答えた。

「あの城が出てくる本を読んだことがあるのじゃ。なので、近くまで来たし、見てみようと思うてな」
「ああ、もしかして『ホロウバステオンのゆうれい』ですか?」
「えっ? 知っておるのか?」

 驚いた妾に、クラウゼンが頷いた。

「はい。子どもに大人気の本ですよね。一時期、書店に積み上がっていましたよ。弟に借りて、わたしも読みました」
「読んだのか? どうだった?」
「子ども向けにしては怖かったですね。不気味な描写が多くて。それに実際にある話が混ざってるらしいので、余計に恐ろしさが増して」
「そうなのじゃ! 実在する城! 実在する伝説! それに冒険!」

 グッと熱が入った妾に、クラウゼンがハハッと声を出して笑った。

「殿下があの城を近くで見てみたい気持ちがわかりました」
「・・・・・・」

 本当はそれだけが理由じゃないけど。
 話しているうちに、妾たちはホロウバステオン城の錆びた門扉の前まで到達していた。
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