上 下
62 / 70

夢の始まり

しおりを挟む
 ジョーの容体を確認する間もなく、妾は第九騎士団副長、シュミットに背負われて別荘へと戻った。
 その後ヤンヤンとミンミンが一時も離れず、暖炉の前に座らされ、部屋から出してくれなかったのじゃ。
 ようやくジョーの様子をしらせにシェン君が部屋へ来たときには、暖炉の火が熱くて顔が真っ赤になっていた。

「ミリィ! 大丈夫か?」

 ヤンヤンに部屋に入れてもらったシェン君が心配そうに近づいてくる。

「うむ。妾は平気じゃ。それよりジョーはーーー」
「あっちも色々あったけど、今は落ち着いてる。ジョーは大丈夫だよ」
「そ、そうか・・・・・・」

 ホッとした妾の隣に、シェン君が腰を下ろす。
 暖炉の前の絨毯じゅうたんに二人で並んで座ると、シェン君が急に頭を抱えて長いため息をついた。

「はぁァァ~~~。ああ、もう・・・・・・。おれ、すっげぇビビった。ジョーは水に落ちるし、おまえは無茶苦茶だし」
「むちゃくちゃ?」
「そうだろうが。水に飛び込むヤツがいるかよ、バカ!」
「ばか・・・・・・」

 バカ呼ばわりは心外じゃ。

「あんな冷たい水にいきなり飛び込んだら死んでもおかしくないんだぞ。アレが無茶苦茶じゃなかったら何なんだよ!」
「そうですよ!」
「もっと言ってやって下さい!」

 なんでか知らぬが、後ろからヤンヤンとミンミンが激しく同意してうんうん頷きながら口を挟んでくる。

「おまえは無謀なことをしてみんなを心配させたんだぞ。反省しろ、反省!」

 シェン君に横から睨まれて叱られた。
 さすがに本気で怒っているシェン君に反論できず、妾はしょんぼりとうな垂れた。

「す、すまなかったのじゃ。考えなしにやってしもうた」
「・・・・・・」
「もうしない、と思う」
「・・・・・・」
「ゆ、許してほしいのじゃ」

 誠心誠意の謝罪をしようと、隣のシェン君ににじり寄って顔を見上げる。
 シェン君のちょっときつく吊り上がっていた目が、やんわりと下がってきた。
 まだ怒っているのかと、首を傾げながら見ていると、なぜかシェン君の方が顔を背けた。

「わ、わかったんならいい・・・・・・」
「許してくれるのか?」
「ああ」

 シェン君は心が広いのじゃ。
 皆に心配をかけたのは反省せねばならぬ。
 妾はドラゴニア帝国の皇女だからの。
 九番目とはいえ、死んだら大事おおごとになるし、何よりヤンヤンやミンミン、シェン君たちにも迷惑をかけるところじゃった。
 父上がその場にいた皆に責任を取らせようとしたかもしれぬ。
 そこまでは考えていなかった。

「うむむむむ」

 うなりつつ反省していると、シェン君が「それでさ」と続けて言った。

「ジョーなんだけど、後で見舞いに行くか?」
「もちろんじゃ」

 この目でジョーが無事だったことを確認したい。
 妾が今すぐに行こうと膝を立てると、ヤンヤンが後ろからやって来て肩を押さえて阻止した。

「ヤンヤン、妾はもう大丈夫じゃ。ジョーの様子を見てくる」
「ダメです」
「でも・・・・・・」
「ひめ様、先ほどから顔が赤いですよ。具合が悪いのではありませんか?」
「ん? 顔は熱いからじゃ。妾、どこもーーー」

 ヤンヤンを振り返ろうと頭を動かした瞬間、なぜかぐら~りと視界が揺れた。

「はにゃ?」

 なんだか部屋の中の景色が水の中みたいに、ぼやけて左右にユラユラしている。

「なんじゃ、これは・・・・・・?」

 その途端、目の前に真っ黒な幕がドサリと下がって何も見えなくなった。



『どうしてこうなった?』

 男の声が耳の側で響いた。
 聞いたことのない低くしゃがれた声に恐怖が宿っている。

『おれのせいじゃない!』

 目の前が暗い。
 灰色と黒の影で視界が覆われている。
 目を凝らして、ようやく明かりもない長い通路に立っていることがわかった。
 通路の左手には等間隔にいくつも窓があった。
 木製の鎧戸よろいどは開いていた。
 だが、外は真っ暗闇だ。

 夜じゃろうか?

 生暖かい風が吹き込んでくる。
 男の声はしたが姿はなかった。
 右手の壁の燭台の蝋燭ろうそくは消えていて、辺りは判別が難しいほど暗い。
 赤外線視にしようとしたが、妾の眼は切り替わらなかった。
 また耳元で声がした。

『あいつらのせいだ』

 男はおびえている。
 妾は歩き出した。
 足元がおぼつかない。
 フラフラしながら通路を進んで行く。
 長い長い通路は、どこかのやしきの廊下のようだった。
 王宮でも、妾の宮でも、兄姉たちの宮でもない。
 知らない場所だった。
 見たことのない装飾がほどこされた窓枠。

 あれは・・・・・・薔薇バラつた

 窓枠に彫られたつるに小さな薔薇の花が見えた。
 どこかの貴族の邸かもしれない。

 しかし、なぜ妾がそんなところにいるのじゃ?

 よろめきながら通路を進んで行くと、足が自然と廊下の角を曲がり、大きな扉の前で止まった。
 金色のノブを握り、ゆっくりと回す。
 嫌な予感がした。
 体中の毛が総毛立つ感覚。
 ギギィーときしんだ音と共に扉が内側に開いていく。

『あぁ・・・・・・』

 男の諦めのような短い声は、これから起こるすべてを知っていた。
 部屋は目がくらむほどに明るかった。
 天井の装飾燭台シャンデリアが煌々と照っていた。
 まるで闇夜から昼間の太陽の下に押し出されたように、妾は目を細めた。
 その視界に二人の男女がぼんやりとうつる。
 中年の男女は共にベッドにいた。
 男は半身を起こして手に本を持ち、女はすでに横たわっている。
 二人は部屋に入ってきた妾を見て笑った。
 本心からのものではなく、嘲笑するようないびつな笑み。

『こんな夜更けに何なの?』

 横たわったまま女が言った。
 妾は何か言おうとしたが、口が動かなかった。
 なぜか手が腰をまさぐっている。
 次の瞬間、妾はベッドに駆け出し、腰から引き抜いた剣の刃で女の首から胸を斜めに切り裂いた。

『ぎゃあ゛ぁぁァァァッッ!!』

 耳障りな悲鳴を上げて女が血飛沫ちしぶきを撒き散らし、もう一人の男がベッドに立ち上がった。

『な、な、何を・・・・・・』

 妾は黙ったままベッドに飛び乗った。
 足元がマットに沈み、不安定に体が揺れる。
 それでも妾は剣を振り上げた。

『ま、待てッ!』

 目の前の中年の男は両手を突き出している。
 構わず刃を振り下ろし、真っ二つにする。
 ベッドに仰向けに倒れたものの、男は死んでおらずうめき声を上げた。

『おまえたちのせいだ』

 姿のない男の声が自分の口から発せられて、初めて妾はそれが今の自分なのだと気づいた。

『すべては我が女王陛下のため』

 血のしたたる剣を持ったまま、死んでいく二人を冷たく見下ろす。

『血と魔力を捧げます』

 男であり、妾でもある人物が顔を上げる。
 目線の先に大きな姿見があった。
 血塗れの痩せぎすの男が映っている。
 うつろな灰色の瞳、そしてその首には赤いあざが二つ並んで付いていた。
 手に人を殺した感触がじっとりと残っている。
 気分が悪い。
 ものすごく頭が痛い。
 頭が割れそうなほどズキズキとうずく。

『ハハ・・・・・・ハハハハハ・・・』

 男が笑っている。
 妾が笑っている。
 人を殺して楽しそうにーーー。
 何も見たくなくて妾は固く目を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

処理中です...