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夢の始まり

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 ジョーの容体を確認する間もなく、妾は第九騎士団副長、シュミットに背負われて別荘へと戻った。
 その後ヤンヤンとミンミンが一時も離れず、暖炉の前に座らされ、部屋から出してくれなかったのじゃ。
 ようやくジョーの様子をしらせにシェン君が部屋へ来たときには、暖炉の火が熱くて顔が真っ赤になっていた。

「ミリィ! 大丈夫か?」

 ヤンヤンに部屋に入れてもらったシェン君が心配そうに近づいてくる。

「うむ。妾は平気じゃ。それよりジョーはーーー」
「あっちも色々あったけど、今は落ち着いてる。ジョーは大丈夫だよ」
「そ、そうか・・・・・・」

 ホッとした妾の隣に、シェン君が腰を下ろす。
 暖炉の前の絨毯じゅうたんに二人で並んで座ると、シェン君が急に頭を抱えて長いため息をついた。

「はぁァァ~~~。ああ、もう・・・・・・。おれ、すっげぇビビった。ジョーは水に落ちるし、おまえは無茶苦茶だし」
「むちゃくちゃ?」
「そうだろうが。水に飛び込むヤツがいるかよ、バカ!」
「ばか・・・・・・」

 バカ呼ばわりは心外じゃ。

「あんな冷たい水にいきなり飛び込んだら死んでもおかしくないんだぞ。アレが無茶苦茶じゃなかったら何なんだよ!」
「そうですよ!」
「もっと言ってやって下さい!」

 なんでか知らぬが、後ろからヤンヤンとミンミンが激しく同意してうんうん頷きながら口を挟んでくる。

「おまえは無謀なことをしてみんなを心配させたんだぞ。反省しろ、反省!」

 シェン君に横から睨まれて叱られた。
 さすがに本気で怒っているシェン君に反論できず、妾はしょんぼりとうな垂れた。

「す、すまなかったのじゃ。考えなしにやってしもうた」
「・・・・・・」
「もうしない、と思う」
「・・・・・・」
「ゆ、許してほしいのじゃ」

 誠心誠意の謝罪をしようと、隣のシェン君ににじり寄って顔を見上げる。
 シェン君のちょっときつく吊り上がっていた目が、やんわりと下がってきた。
 まだ怒っているのかと、首を傾げながら見ていると、なぜかシェン君の方が顔を背けた。

「わ、わかったんならいい・・・・・・」
「許してくれるのか?」
「ああ」

 シェン君は心が広いのじゃ。
 皆に心配をかけたのは反省せねばならぬ。
 妾はドラゴニア帝国の皇女だからの。
 九番目とはいえ、死んだら大事おおごとになるし、何よりヤンヤンやミンミン、シェン君たちにも迷惑をかけるところじゃった。
 父上がその場にいた皆に責任を取らせようとしたかもしれぬ。
 そこまでは考えていなかった。

「うむむむむ」

 うなりつつ反省していると、シェン君が「それでさ」と続けて言った。

「ジョーなんだけど、後で見舞いに行くか?」
「もちろんじゃ」

 この目でジョーが無事だったことを確認したい。
 妾が今すぐに行こうと膝を立てると、ヤンヤンが後ろからやって来て肩を押さえて阻止した。

「ヤンヤン、妾はもう大丈夫じゃ。ジョーの様子を見てくる」
「ダメです」
「でも・・・・・・」
「ひめ様、先ほどから顔が赤いですよ。具合が悪いのではありませんか?」
「ん? 顔は熱いからじゃ。妾、どこもーーー」

 ヤンヤンを振り返ろうと頭を動かした瞬間、なぜかぐら~りと視界が揺れた。

「はにゃ?」

 なんだか部屋の中の景色が水の中みたいに、ぼやけて左右にユラユラしている。

「なんじゃ、これは・・・・・・?」

 その途端、目の前に真っ黒な幕がドサリと下がって何も見えなくなった。



『どうしてこうなった?』

 男の声が耳の側で響いた。
 聞いたことのない低くしゃがれた声に恐怖が宿っている。

『おれのせいじゃない!』

 目の前が暗い。
 灰色と黒の影で視界が覆われている。
 目を凝らして、ようやく明かりもない長い通路に立っていることがわかった。
 通路の左手には等間隔にいくつも窓があった。
 木製の鎧戸よろいどは開いていた。
 だが、外は真っ暗闇だ。

 夜じゃろうか?

 生暖かい風が吹き込んでくる。
 男の声はしたが姿はなかった。
 右手の壁の燭台の蝋燭ろうそくは消えていて、辺りは判別が難しいほど暗い。
 赤外線視にしようとしたが、妾の眼は切り替わらなかった。
 また耳元で声がした。

『あいつらのせいだ』

 男はおびえている。
 妾は歩き出した。
 足元がおぼつかない。
 フラフラしながら通路を進んで行く。
 長い長い通路は、どこかのやしきの廊下のようだった。
 王宮でも、妾の宮でも、兄姉たちの宮でもない。
 知らない場所だった。
 見たことのない装飾がほどこされた窓枠。

 あれは・・・・・・薔薇バラつた

 窓枠に彫られたつるに小さな薔薇の花が見えた。
 どこかの貴族の邸かもしれない。

 しかし、なぜ妾がそんなところにいるのじゃ?

 よろめきながら通路を進んで行くと、足が自然と廊下の角を曲がり、大きな扉の前で止まった。
 金色のノブを握り、ゆっくりと回す。
 嫌な予感がした。
 体中の毛が総毛立つ感覚。
 ギギィーときしんだ音と共に扉が内側に開いていく。

『あぁ・・・・・・』

 男の諦めのような短い声は、これから起こるすべてを知っていた。
 部屋は目がくらむほどに明るかった。
 天井の装飾燭台シャンデリアが煌々と照っていた。
 まるで闇夜から昼間の太陽の下に押し出されたように、妾は目を細めた。
 その視界に二人の男女がぼんやりとうつる。
 中年の男女は共にベッドにいた。
 男は半身を起こして手に本を持ち、女はすでに横たわっている。
 二人は部屋に入ってきた妾を見て笑った。
 本心からのものではなく、嘲笑するようないびつな笑み。

『こんな夜更けに何なの?』

 横たわったまま女が言った。
 妾は何か言おうとしたが、口が動かなかった。
 なぜか手が腰をまさぐっている。
 次の瞬間、妾はベッドに駆け出し、腰から引き抜いた剣の刃で女の首から胸を斜めに切り裂いた。

『ぎゃあ゛ぁぁァァァッッ!!』

 耳障りな悲鳴を上げて女が血飛沫ちしぶきを撒き散らし、もう一人の男がベッドに立ち上がった。

『な、な、何を・・・・・・』

 妾は黙ったままベッドに飛び乗った。
 足元がマットに沈み、不安定に体が揺れる。
 それでも妾は剣を振り上げた。

『ま、待てッ!』

 目の前の中年の男は両手を突き出している。
 構わず刃を振り下ろし、真っ二つにする。
 ベッドに仰向けに倒れたものの、男は死んでおらずうめき声を上げた。

『おまえたちのせいだ』

 姿のない男の声が自分の口から発せられて、初めて妾はそれが今の自分なのだと気づいた。

『すべては我が女王陛下のため』

 血のしたたる剣を持ったまま、死んでいく二人を冷たく見下ろす。

『血と魔力を捧げます』

 男であり、妾でもある人物が顔を上げる。
 目線の先に大きな姿見があった。
 血塗れの痩せぎすの男が映っている。
 うつろな灰色の瞳、そしてその首には赤いあざが二つ並んで付いていた。
 手に人を殺した感触がじっとりと残っている。
 気分が悪い。
 ものすごく頭が痛い。
 頭が割れそうなほどズキズキとうずく。

『ハハ・・・・・・ハハハハハ・・・』

 男が笑っている。
 妾が笑っている。
 人を殺して楽しそうにーーー。
 何も見たくなくて妾は固く目を閉じた。

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