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積年の思いを叶えたい

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 列車で八時間。
 そもそもそんなに乗ることなどないので、甘くみておったわ。
 最初の一時間はあっという間だった。
 お喋りしてワイワイガヤガヤ。
 次の一時間も隣の個室からシェン君がやって来て、ヤンヤンとミンミンは交代して隣へ。
 学園にいた時と同じ三人でワイワイガヤガヤ。
 しかしお喋りにも限界がある。
 シェン君とジョーと妾でトランプをしたり、チェスをしたり、モモちゃんを連れてきて芸を見せてもらったりしたが、段々飽きてきてしもうた。
 ようやくお昼ごはんになる頃には、三人とも昼寝を先に済ませておったわ。
 それぞれ寮で作ってもらったお弁当を食べたら復活したがの。
 しかし、それからも遅々として時間は進まず、外の景色もあまり変わり映えしないので、妾はまた眠くなってしもうた。
 シェン君は八時間くらいなら短い方だとか初めは余裕をこいておったが、明らかに妾と同じで退屈そうじゃった。
 でも聞いたところ、なんとアラガンから学園までの行程では列車に十七時間も乗らなければならないらしい。

 無理じゃ~!
 妾、じっとしすぎて爆発しそうじゃ。
 窓から飛び出すやもしれぬ。

 そんなわけで午後三時。
 ようやく目的地の駅、北部のナイアタンに着いた時には、みな少し疲れておった。
 列車を降りると、ホームには人がまばらにしかおらず、前もってシュミットが連絡を入れていたらしく、駅長が慌てて駆け寄って来た。
 当然ながら、妾に話しかけるのは無礼に当たるので、騎士のシュミットと会話している。
 その間、妾は興味深く辺りを観察した。
 帝国の北端の街、ナイアタンはさすがに雪がどっさりと積もっていた。
 駅のホームは雪かきがしてあったが、列車の終着駅なので、線路が途切れた向こう側に延々と雪原が見えた。
 数キロ先の山々まで平坦な雪の絨毯じゅうたんが真っ白に広がっている。

「すごいものじゃな」

 妾の呟きを聞いて、ジョーが「そう?」と首を傾げた。
 見慣れた景色といった感じじゃ。

「ぶえくしょ!」

 思わずくしゃみが出てしまう。
 完全防備のはずが、唯一露わになっていた顔が寒くて凍りそうじゃ。
 しかし、寒がっているのは妾だけだった。
 ジョーはこの調子だし、シェン君はペラペラの薄いコートで平然としている。
 おそらく、みな面の皮同様、体の皮も厚いのじゃろ。
 繊細な妾には堪える冷気じゃ。
 急いで駅舎の待合室に入り、ヤンヤンに温かいお茶を注いでもらった。
 そこにシュミットが戻って来る。

「殿下、街にある宿は受け入れ準備が整っているようなので、さっそく移りますか? それとも街を散策しますか? 駅長が馬車を手配済みです」

 妾はちょっと考えて答えた。

「まだ夕餉ゆうげには早いからのぅ。街を散策してからでいいのではないか?」

 同意を求めてシェン君を窺う。

「そうしようぜ。早く宿に着いたってやることもないし」
「それなら美味しいパン屋さんがあるからそこに行きましょうよ」

 何度も来たことがあるジョーの提案で、妾たちは二台の馬車に分かれて乗り込んだ。
 ちなみに馬車は三台あった。
 一台は先に荷物を宿に運ぶため騎士のクラウゼンが使うことになった。
 部屋の片付けのためにヤンヤンも一緒に向かう。
 妾はミンミンとジョーと一緒に馬車に乗り込んだ。

 駅の外は舗装されていない固められただけの道で、両端に雪を大量に積み上げて続いていた。
 街の中心部までは歩いて数分の距離だったので、馬車はすぐに煉瓦れんが造りの建物が立ち並ぶ街へと入って行った。
 道は舗装されていないが、こぢんまりとした綺麗な街で、大半が二階建ての集合住宅のようじゃ。
 一階が小売店になっていて、買い物客の姿もちらほら見受けられた。

「小さな街だけど、結構店は充実してるのよ」

 ジョーは馬車の窓から指差して、幾つかの店を教えてくれた。
 そういえば、妾はああいった店に入ったことがない。
 まあ、一応帝国の皇女なのでな。
 買い物はすべて宮に来た商人から買うことになっておる。

「あの店、アレはなんじゃ?」

 ふと、窓から見えた一軒の店が気になった。
 古い木の看板がぶら下がった店の前にワゴンが出ていて大量の本が積んである。

「あれは書店よ。多分。行ったことないけど」

 ジョーは興味なさそうに言った。

「しょ、書店・・・・・・。アレが、例の・・・・・・」
「何よ、アレとか、例のとか?」

 怪訝そうなジョーに構わず、思わず馬車の中で立ち上がる。
 ゴツン! と頭が天井にぶつかった。

「痛っ!」
「ひめ様、大丈夫ですか? 慌てるから」

 ミンミンが呆れておるが、妾は天井に頭をぶつけたまま命じる。

「止めろ! 馬車を止めるのじゃ~!」

 大声を出すと、馬車が急停止した。
 御者台にいたシュミットが外から声をかけてくる。

「どうかしましたか?」
「妾はあの店に用がある!」

 馬車のドアをバーン! と勢いよく開けて飛び降りた。
 スカートがブワッと傘のように広がったので、ちょっと気分良かった。

「ひ、ひめ様!!」
「ちょっと~~!?」

 驚いた二人を無視して店の方へ走り出す。
 妾、絶対あの書店に行くのじゃ。
 実は誰にも言ったことがなかったが、妾はずっと街の本屋さんに憧れていた。
 本はいつも図書館で借りる物。
 それが妾の、つまり宮から出られない皇女としての決まりだった。
 もちろん読みたい本があったらリクエストすればいい。
 よっぽど過激な本でない限り、司書は購入してくれる。
 しかし、新刊を読むという贅沢な夢は叶えられなかった。
 リクエストしてもすぐには手に入らないからじゃ。
 まずはどのような本か、皇女が読んでもよいのか調査される。
 続いて年間の予算委員会で決められた額の中で購入するに値するか複数人に審査される。
 さらに購入後、まずは司書が端から端まで読んでマズい箇所を黒塗りする。
 えっ・・・なカラーページでも付いてようものならハサミでチョッキンされる。
 そして出来上がるのが、意味不明な黒塗りページが時折混ざっている謎の本じゃ。
 特に大人向けの小説ではこの現象が顕著になる。

 まあ、それでもいいんだけど・・・・・・。
 たまには思うわけよ。
 この黒塗りの所、なんて書いてあったのか、めっちゃ気になる~~~!
 今すぐ続きが読みたいぞ~~~!
 って。

 それをすべて叶えてくれる書店が、いま目の前に!
 誰も妾を止めることなどできぬぞ。
 チーズを見つけた小ネズミみたいに走って行く。
 しかし、思わぬ伏兵が潜んでいた。
 かかとの高い革の長靴じゃ。
 雪道を走ったことなどあろうはずもない妾は、店の手前で靴の裏が盛大に滑って、積み上がった舗道の雪に顔から突っ込んだ。
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