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黒い影と五芒星

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 魔法陣から立ち昇る黒々とした煙が吸血蛾の女王の姿へと形作られると、その異質な存在感に皆が後ずさった。
 妾は床にへたり込んだままだったが、お尻でずり下がっていく。
 なぜか喜んでいる会長は置いておいて、他の四人は青ざめている。
 妾にはそれがただの煙の塊には思えなかった。
 目の前に実物が立っているかのようだ。
 顔の位置にある二つの黒い点がぎょろぎょろと左右に動いている。
 それが妾の座り込んだ位置に向けられた。

「・・・・・・ううっ」

 思わず悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。
 二つの目玉は黒瑪瑙めのうのように澄んでいて、あまりに黒く、光さえ届かない水底から見られているようだ。
 全員が声も出せず見入っていると、それはゆっくりと空気に溶けていき、やがて消え去った。
 全員が詰まっていた息を吐き出す。

「おい、見ろ」

 ポーキュリが魔法陣を指差した。
 煙が消えた場所の床に、今度は五つの角を持つ五芒星が現れていた。
 それぞれの角が赤、白、青、黄、黒に光っている。

「吸血蛾の手下は五人いると禁書に書いてあったな」

 ポーキュリの言葉に妾も思い出した。

「うむ。これはそれを表しているのかもしれぬ」
「その青い角に何か書いてあるぞ」

 座り込んだままのシェン君が、五芒星に小さな文字を見つけた。

「魔術文字だ。えっと、『トスゥ*ゴノクャーササ*ロッシ』」
「どういう意味?」

 ジョーが首を傾げる。
 会長はしゃがみ込んで辺りをつぶさに観察していたが、シェン君の言葉を聞いて、五芒星の青く光る角に素早く寄ってきて目を見開いた。

「こ、これはーーー!」
「ホロウバステオンのことだ」

 驚いている会長の背後でポーキュリが答える。

「ホロウバステオンは別名、幽霊の囁く城とも呼ばれている。おそらく、手下の一人はホロウバステオンと関わりがあるんだろう」

 ポーキュリは説明しながら、床の魔法陣を靴の裏で擦って消し始めた。

「ちょっと、何してるのよ!?」

 会長が止めようとしたが、ポーキュリが一部を消したので、魔法陣の放つ光はすうっとかき消えてしまった。

「会長、この魔法陣は異界と繋がってしまった。すでに向こうにも探知されたはず。これ以上は危険だ」
「そ、そうだけど・・・・・・」
「それに禁書の通りなら吸血蛾の手下はひめ様の近くに潜んでいる可能性もある。ぼくたちが行動を起こしたことで、やつらが何かしてくるかもしれない。もうこの魔法陣は起動させない方がいい」

 冷静なポーキュリに、さしもの会長も渋々頷いた。

「それからひめ様」
「な、なんじゃ?」
「君には酷なことかもしれないけど、身近に注意した方がいい。吸血蛾は君の呪いを利用して魔力を集めているから、君自身に何かしようとはしないかもしれない。ただし、それは君が大人しくしていればの話だ」
「う、うむ」
「こうして呪いについて調べ始めたりすれば、手下はそれを止めようとするだろう」
「じゃが、身近に注意するといっても・・・・・・」

 誰彼構わず疑ってかかるわけにもいかぬ。
 妾が困惑しているのを見て、ジョーが言った。

「言っとくけど、わたしじゃないわよ」
「お、おれも違うぞ」

 シェン君も首を振る。

「そうだったとして認めるわけがないだろう」

 呆れた様子のポーキュリに、妾は気づいて言った。

「あ、あの、妾の身近にいて知っている者が手下だと副会長は思っておるのか?」
「当たり前だ」
「だったら、そこから手下を探して見つけ出すのはどうじゃろう?」

 ポーキュリは一瞬、驚いたように目を見張った。

「君、そんなことできるの?」
「えっ?」
「裏をかいて敵を炙り出すってことだよね。失敗したら大変なことになると思うけど」

 そのとき会長がハハッと笑った。

「いやいや、いいんじゃないかな。攻撃は最大の防御だよね」
「そうそう」

 わかっているのかいないのか、ジョーも頷く。

「おれは反対だ。危険すぎる。その手下がどんなヤツなのかわかんねぇし、あの黒い影の蛾を見たろ。あれの手下ってことは、そいつの本体も異界の化け物だろ」

 シェン君はまだ魔力不足で青白い顔のまま立ち上がった。

「ミリィの前にいた皇帝の九番目の子たちはどうなったのか、あんたたちは知ってるのか?」

 会長がちらりの妾を見た。
 言いにくそうに視線を逸らしてシェン君の問いに答える。

「バーミリオンの前に生まれた九番目の子どもは二人いたのよ。でも・・・・・・早くに死んだらしいわ」

 妾もそれは調べて知っていた。

「一人目は呪いを解こうとして何者かに殺された。そしてもう一人は・・・・・・皇帝に処刑されたと本で読んだわ」

 そうじゃ。
 一人目は惨殺されているのを発見されたと帝国の年代記に書いてあった。
 犯人は見つかっていない。
 もう一人は呪いを解こうとはしていなかった。
 むしろそれを利用して生きていたらしい。
 相手を呪い、魔力を奪って、時には殺害も・・・・・・。
 皇帝一族は事態を重く見て、彼を処刑した。
 妾は憂鬱な気持ちになると同時に、なんだかすべてが嫌になって、長くて重いため息をついた。

「はあぁぁぁ~~~」
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