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これ、毒なのじゃ

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 迷っているうちに、いつの間にか会長に魔法陣の上に押し出されていた。

「どうするの? 怖いならやめてもいいわよ」

 親切そうに言っているが、会長も副会長のポーキュリも、それになぜかジョーまで魔法陣を囲うように立って、妾を逃さない包囲網を作っていた。
 シェン君が呪いを受けるつもりで妾に近寄る。
 魔法陣の上に二人で立つと、互いに対照的な表情で見合った。
 妾の顔には恐れが、シェン君の顔には微笑みが浮かんでいる。

「大丈夫だって。もしかしたら異界とか関係ないかもしれないし、龍人族の魔力で治るかもしれないだろ」

 シェン君は軽くそう言った。

「そう・・・・・・じゃろうか」

 妾はいつもの楽天的な気持ちになれなかった。
 それでも手首に嵌めたブレスレットをそっと取る。
 こんな事が父上に知れたら王宮に連れ戻されてしまうじゃろう。
 会長が近寄ってきて、妾からブレスレットを取ると、代わりに「これを」と何かを渡してきた。
 先ほど部屋の壁際の棚から何かを取り出していたが、それは黒っぽい平たい板のような物だった。

「それを食べるんだ」

 会長に言われて、手元の物をじっと見る。
 不味そうな干し肉みたいじゃ。

「これは何なのじゃ?」
「・・・・・・いいからそれを食べるんだ。そのときウーイェが君に触れる」

 なんか一瞬、会長言い淀んだよね。
 しかも、質問に答えてないよね。
 これ、何?
 妾は不気味な黒い肉らしき物を指に挟んでプラプラ揺らしてみた。
 食べたら呪いが発動するってこと?
 つまり、妾に害を為す物ってことでは?

「せめてこれが何なのか知りたいのじゃが」
「知る必要はない」

 キッパリと会長が言う。
 怖すぎる・・・・・・。
 会長が部室の棚から出した物じゃぞ。
 黒魔術に使うヤモリの黒焼きとか、コウモリの翅とか、ネズミの・・・・・・うえっ。
 考えただけで吐きそうになってきたのじゃ。

「考えるな! 信じろ!」
「いや、黄色いボディスーツのカンフー男じゃないんで考えるし、信じてないんじゃ」
「めんどくさいヤツめ」

 会長に言われたくないぞ。
 でもこのまま何もやらないより、やってみた方がいいのは確かじゃ。
 妾は意を決して、何かわからぬ干し肉を口に運んだ。
 そして、上下の前歯で挟む。
 キリキリと噛み切ると小さく千切れた肉が舌の上に落ちた。

「・・・・・・ヒィッッ!!」

 舌に肉が当たった瞬間、そこから電流が走ったように痺れて悲鳴が出た。
 目の前が真っ赤になる。

 なんじゃこりゃ~~~!!

 声にならない言葉を発した妾は、よろよろとよろめいた。
 その腕を誰かが掴む。
 全身が痺れた妾は、自分が呪いを発動したことに気づかなかった。
 耳鳴りがひどくて何も聞こえないし、目の前は真っ赤で見えないし、自分の口が開いたままなのかさえわからない。

「やったわ!」
「・・・・・・ううっ」

 会長の喜ぶ声と、シェン君の呻き声も聞こえていなかった。
 膝がくず折れて床につくと、掴まれていた腕が離された。
 そのまま口から肉片がこぼれ落ちたことにも気づかなかった妾の口にポーキュリが水筒の水を流し込んできた。
 少し痺れがマシになったので、自分で水筒を掴んで水で洗い流す。
 そうしていると、目の前がはっきりしてきた。
 隣で同じように膝をついて座り込むシェン君。
 万歳している会長。
 あまりの事態にドン引きして部屋の隅に逃げているジョー。
 妾の横で無表情のまま突っ立ったポーキュリ。

 こんな混沌としていることってあるんじゃな。

 思わず宇宙の深淵を覗いたみたいな気になってしまった。
 数分も経つと、徐々に耳鳴りも遠のいて、痺れが治ってきた。

「ひぇんふん、らいろ~ぶ?」
「・・・・・・」
「ひぇ、しぇンくん?」

 座ってうなだれているシェン君が気になる。

「・・・・・・あ、ああ」

 数秒後、ようやく答えたシェン君が顔を上げた。
 その顔は真っ青で、唇が紫色になっている。

「魔力の減衰による一時的なショック状態だね」

 ポーキュリが自身のポケットから小瓶を取り出すと、シェン君の口に突っ込んだ。

「うえっ」
「気付けの薬だよ。魔力は食事や睡眠で元に戻る。安心していい」

 妾に続いてシェン君までもが毒でも食らったように顔を歪ませている。

「まっずい」

 舌を出してぼやいているが、少し気力が戻ってきたようじゃ。
 ホッとしていたのも束の間。
 会長が魔法陣の上で座っている妾とシェン君をゴミのように端へと押しやった。

「見えない! 退け!」

 なんちゅう扱いじゃ。
 妾、この帝国の皇女なんじゃが。
 魔法陣の端に移動させられて、妾は初めて何が起こっているのか目にした。
 陣に描かれた紋様の一部が白く光っている。
 さらに中央から黒い煙のようなものが噴き出して、うっすらと形を作って立ち上がっていた。
 二メートルほどの高さがあり、人型をしているが背中に四枚の翅がある。

「すごい!」

 会長は大興奮じゃが、ポーキュリが恐れを持って呟くのを妾は聞いた。

「シャドウベイルモスケイル」

 それは異界にいる吸血蛾の女王の名だった。
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