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王宮図書館にて part3

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「ぼく? どこのぼくちゃんなのじゃ?」

 妾が目を凝らす。
 廊下の角から姿を現したのは、なんと我が呪術同好会副会長、エドガー・ポーキュリだった。

「えっ? ど、どうしてここにいるのじゃ?」

 みなもすでに知っておろう。
 この王宮図書館は皇族御用達の図書館で一般人に開放されてはおらぬ。
 しかも今日は閉館日。
 つまりーーー。

「し、侵入したのか?」

 妾の問いにポーキュリ副会長は真顔で首を傾げた。
 何のことかわからないなって顔をしている。
 でも、それ以外考えられないのじゃが。

「ええっと、副会長? ここは王宮の敷地内で、副会長がいてはいけない場所じゃないかの?」
「・・・・・・それはそうかもしれない」

 ようやく認めたが、表情は変わらない。
 薄緑色のもじゃもじゃ髪のポーキュリは「そんなことより」と言い出した。

「ひめ様に言ったよね。前に。その面倒な呪いを解くには禁書を調べるべきだって。調べたの?」
「まだじゃ」

 忘れていたわけではないのじゃが、フレア姉じゃに会ったりして時間も遅くなってしまったし、今日は諦めて帰ろうかと思っていた。
 ヤンヤンとミンミンも心配しているはずじゃ。

「だと思った」

 なぜかポーキュリは妾に一歩ずつ近寄ると、細い垂れ目でじっと見つめてきた。

「先に書庫で待っていたのに来なかったから」

 しれっと言っておるが、妾は驚いて目を瞬かせた。

「先に待っていたって、おぬし書庫におったのか?」
「うん」
「な、なぜじゃ?」
「書庫は乱雑であまり片付いていないから、ひめ様は本のありかがわからないと思って。ぼくは前にも侵入して色々知ってるから教えてあげようと思った」
「そうか・・・・・・」

 うっかり「それは助かる」と言いそうになったが、侵入は犯罪じゃ!
 しかもまた侵入したとか、この王宮のしいては図書館の警備はどうなっておるのじゃ!?

「じゃあ行こうか」

 妾の返事も待たずにポーキュリが歩き出す。

「待つのじゃ。おぬし、前に王宮図書館に侵入して捕まって、ここを出禁になったと聞いたが・・・・・・」

 料理部で女子が噂していたことを話すと、ポーキュリはあっさり認めた。

「うん。実はぼく、ここの書庫に何度も来てるんだ。それで二回見つかったことがある」
「サラッと言うことかの?」

 さすがに呆れるのじゃ。

「でもここ半年は来てなかったよ。もう大半は読んだからね」
「そ、そうか・・・・・・」
「急ごう。ぼくはひめ様ほど長く赤外線視を使えないんだ」

 廊下もすでに暗くなってきていた。
 妾とポーキュリは連れ立って禁帯出の本がある書庫に向かった。
 四階の建物の奥の奥に書庫はあった。
 入り口の両扉の中央に魔術結界が施されている。
 鮮やかな朱色に輝く結界の陣の前で、ポーキュリがポケットから鍵を出した。
 なぜ持っているのか訊ねる間もなく、彼が扉の陣の中央に鍵を差し込む。
 光を放っていた陣がパラパラと砕けるように解けて、扉が開いた。
 先に部屋に入っていく。

「これだよ」

 部屋に入ると、妾に見せようと脇のテーブルの上に置いていた古めかしい本をポーキュリが渡してきた。
 受け取りつつ、妾は希少な本がある書庫をガッカリしながら見回していた。
 棚に横倒しに何冊も積み上がった本。
 テーブルに開いたままの本には埃が積もっている。
 完全に汚部屋じゃ。
 足の踏み場もないほど床にまで古い本が積み上がっている。
 中には雪崩を起こして表紙がめくれ上がっているものもある。
 司書は一体何をしておるのか。
 叱ろうにも不法侵入の妾は何も言えないので余計に腹立たしい。
 むうっと口を尖らせていると、ポーキュリが言った。

「ひめ様、古語は読める?」
「一応な」

 これでも帝国の皇帝になろうとしておるのじゃ。
 勉強は真面目にしているつもりなのじゃ。
 しかし、ポーキュリはずっと無表情でにこりともせぬな。
 前から思っておったが、表情筋がないのかも。
 妾がポーキュリについて知っていることは、ここひと月ほどで増えた。
 エドガー・ポーキュリ。高等科一年。実は皇帝の側近ともいえる宰相の息子。
 そういえば、父親のポーキュリ宰相も表情筋がない男じゃ。
 髪はもじゃもじゃではなく薄緑色のサラサラヘアで、目も垂れ目ではなかったが、ちょっと冷たく感じる淡々とした視線が似ておる。
 ポーキュリ副会長が妾を「ひめ様」と呼ぶのは父親が宰相だからじゃろう。
 学園外でも妾に接触することがありえるので、呼び方を統一しておきたいのだと思う。
 王宮のパーティーで、うっかり妾をバーミリオンなどと呼び捨てにしたら大問題じゃからな。
 そういう常識は働いてるらしい。
 しかし、かなり偏執的なのじゃ。
 黒魔術と廃墟をこよなく愛しておるから、そのためなら王宮図書館にも侵入する有り様じゃ。
 捕まってもこりないのは凄すぎる。
 宰相の息子だから大したお咎めがないが、おそらく誰に叱られても意に介さないタイプじゃ。
 羨ましいような、絶対こうなりたくないような・・・・・・。

 妾は「早く読め」という不躾なポーキュリの視線を浴びながら本を開いた。

 ここから妾の非日常な竜生が始まるとは、さしもの妾もまったく考えていなかった。
 そう、この禁書を読んだことで、妾は自分にかけられた皇帝の九番目の子の呪いについて知り、そのおぞましくも悲しくもある真実と向き合わなければならなくなる。
 妾の日記には楽しいことばかり書きたかったのじゃが、ちょっとシリアス感が出てきてしもうた。
 まあ、そうは言っても根が明るめなので何とかなるじゃろう。
 さて、禁書を読もう。
 そして次のステージに進むのじゃ。
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