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王宮図書館にて part2

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 カウンターの向こうにいた人物に声をかけられて、妾は飛び上がるほど驚いた。
 誰もいないと思っていたし、人の気配も感じなかったからじゃ。
 暗いとはいえ赤外線視も使っている。
 相手の体温で姿が見えるはずじゃが、棚に隠れて気がつかなかったのかの?

「・・・・・・フレア姉じゃ。そ、其方そちこそなぜいるのじゃ? 今は芋掘りのはずーーー」
「ええ。そうなのよ、バーミリオン。でもね、わたし泥に塗れるのは好きじゃないの。それにあなたも知っていると思うけれど、わたしは利のないことをしたくないの。時間の無駄でしょう」

 つまり、芋掘り大会に参加するのは無意味なことだということかの。
 ちょっとショックなんじゃが・・・・・・。

「そんな顔をしないでちょうだい。バーミリオンや他の弟妹が楽しんでいる行事に水を差すつもりはないのよ。楽しい人たちは楽しめばいいの。それにわたしの宮も参加しているでしょう。もちろん勝てばわたしも嬉しいわ」

 自分が芋掘りをする気はないが、参加はしているし、いいでしょうというスタンスらしい。
 確かにフレアらしい考え方だった。
 妾が知る限り、一番上の姉フレアは合理主義なだけで排他主義ではない。
 少し、いやかなり拝金主義でもあり、皇族でありながら妾たち兄姉の中で唯一商売もしている。
 王宮のお膝元、貴族街に立派な病院を持つ経営者なのじゃ。
 本人も国立魔導学園で医師の資格を取っていた。
 その姉が、妾をじっと見つめて首を傾げた。

「それで、バーミリオンはなぜここにいるの? いつもなら優勝のために畑で芋を掘っているはずでしょう」

 それはそう。
 妾は目を泳がせた。
 だって、どう誤魔化したらいいのじゃ?
 何も思いつかぬ。
 あまりに突然出会ったので困惑しかない。

 フレアはカウンターの向こうで本を読んでいたらしく、パタンと閉じると立ち上がった。

「あなたが読書家なのは知っているけれど、今ここにいるのは変よね?」
「むぐぐ」
「大事な芋掘り大会を抜け出してまで図書館に来る理由・・・・・・。何かしら?」
「むぐぐのぐ」

 フレアがゆっくりと近づいてきて、言葉の出ない妾の前に来ると、唐突に指先で唇を摘んできた。

「にゃにをにゅるのにゃ」
「誤魔化そうとしてもダメよ。さあ、この頼れるお姉さんに話しなさい」
「むにゅにゅ」

 口を摘まれたら話せないのじゃ。
 目で訴えると、フレアはようやく指を離してくれた。

「誰にも言わないって約束してくれるかの?」

 ヒリヒリする唇をそっと撫でながら訊ねる。

「いいわ。誰にも話さないと約束してあげる」

 言質を取ったので、妾は観念して答えた。

「呪いの本を探しておったのじゃ」
「呪い? バーミリオンは誰かを呪いたいの?」
「違うのじゃ。妾の・・・・・・呪いを解くための、本を・・・・・・」
「ああ」

 合点がいったとフレアが頷く。

「でもその呪いは解く方法が見つかっていなかったはずよ?」
「な、何か本を読めばわかるかもしれぬし」
「・・・・・・」

 なぜかフレアは硬い表情で妾を見下ろしていた。
 にこやかなタイプではないが、いつもより視線が冷たく感じる。
 怒っているのとも違う。
 空気がピリッとしておるような・・・・・・。

「そう。呪いを解くためにーーー」

 一人で考え込んでいたフレアは、妾に背を向けると歩き出した。

「こっちよ、バーミリオン」
「え? は、はい」

 思わずかしこまってついて行く。
 カウンターの裏にある鍵置き場から一本の鍵を取ると、フレアは妾を連れて図書館のメインホールの端にある螺旋階段を上り、三階のデッキを進み、ある本棚の前に立った。

「呪いの本ならここに幾つかあるわ。どうせ魔術の棚は見たのでしょう」
「うむ」
「呪いに関しての本は分類がバラバラなのよ。ここは歴史の本がある場所だけど、呪いは帝国の、ひいては大陸の歴史と深く関わりがあるの。あなたの呪いは皇帝にかけられた者でもあるから、歴史を遡ればわかることもあるでしょう」
「そ、そうかもしれぬな」
「でもあまり期待しない方がいいわ。今まであなたの呪いを解くためにたくさんの学者が調べたはずだから。新しいことが見つかるかどうかーーー」

 妾はわかっていたので、それでも良いと答えた。

「そう。歴史の棚以外なら民俗学の棚も見てみることをお勧めするわ」
「ありがとうなのじゃ」

 フレアはどうせ叱られるでしょうけど、と前置きしながらも、自分の宮の畑に戻る途中、侍女頭のセレスティに会って妾のことを話しておくと言って先に図書館を去って行った。
 うまく説明してなだめておいてくれるらしい。

 フレア姉じゃ、さっきは怖いと思って悪かったのじゃ。

 教えてもらった棚の前に座り込み、次々と本を見ていく。
 そして、小一時間経ち。
 妾は疲れて冷たい床に寝転がってしまった。

「ない・・・・・・。ないのじゃ」

 ろくな本がなかった。
 確かに帝国の歴史には幾つか大きな呪いによる事件が起きていて、それについて細かく記述しているものもあったが、妾にかけられた呪いについては二、三行あるかないか。
 さらに憂鬱なことに、今までの皇帝の九番目の子はみな総じて早死にしておった。
 まあ、二人しかおらんかったけど・・・・・・。

「うわあ~ん! イヤなのじゃ~~! 早死になんて~!」

 床にゴロゴロ転がって喚くしかない。

「しかも一人は処刑されておるぞ~!」

 最&悪なのじゃ。
 心がすさぶのぅ。
 やさぐれながらも出した本を一冊ずつ棚に戻していく。
 本は大事に! なのじゃ。
 がっくりしながら片付けて戻ろうと立ち上がる。
 ずっと赤外線視を使っていたので眼が痛い。

 螺旋階段を下りて一階のカウンターに鍵を戻すと、メインホールから廊下に出る。
 窓からは夕暮れ時のオレンジの日差しが入り、床に妾の長い影が伸びていた。
 ふと、何か物音が聞こえた。
 小さな音で気のせいかとも思ったが、廊下の先に動くものがあった。
 長い影がゆらゆらと不気味に動いている。

「フ、フレア姉じゃか?」

 戻ってきたのかもしれないと声をかけたが、影は急にピタリと動きを止めた。

「・・・・・・」

 セレスティかヤンヤンかミンミンが迎えに来てくれたのなら近づいてくるはずじゃ。
 しかし影は去るでも近づくでもなく止まっている。

「だ、誰なのじゃ? わ、妾はバーミリオンじゃ。返事をせい!」
「・・・・・・バーミリオン?」

 ようやく答えた声は男のものだった。

「そうじゃ。おぬしは誰じゃ!?」
「ぼくだよ。ひめ様」

 ずっと先の廊下の曲がり角から姿を現したのは、フレアよりさらにいるはずのない人物だった。
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