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犬ぞりレースと漢ども

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 ドラゴニア帝国の冬は厳しい。
 王宮の端っこ、妾の住まう燃え盛る炎ノ宮バーニングパレスも一月から二月は雪で大半が覆われておる。
 庭園もうっすら雪化粧されて、誰も散歩には出ない。
 のだが!
 なぜか、この寒風吹きすさぶときに、王宮では兄弟対抗の犬ぞりレースが開催される。

 妾、本当は部屋でぬくまっていたいのに、兄姉たちが許してくれぬのじゃ。

 ちなみに提案したのは第一皇子のホムラ・イグニス・ドラゴニア。
 一番上の兄なので、もちろん第一位王位継承者なのじゃ。
 まあ、今のうちだけの一位よ。
 妾が皇帝になるまでの中継ぎなので、ちっとも気にしてないぞ。
 で、今年二十五才になるこの兄ホムラが、犬ぞりレースなどをやるには理由がある。
 雪の積もるこの季節、新年の行事以外に外に出ることもなく、みなそれぞれの宮にこもって仕事! 仕事! 仕事!
 鬱憤も溜まりに溜まっておる。
 妾も例にもれず、曇天の冬空の下、陰鬱な気分になることが多い。
 何か身体を動かす行事が必要だと、ホムラが犬ぞりレースを提案したのじゃ。
 もちろん大半が最初は却下した。
 寒いし、汚れるし、疲れるし、勝ち負けどうでもいいし。
 じゃが、ホムラが長男の権限で強行。
 誰も嫌とは言えぬ。
 むしろ嫌がると、さらに面倒なことになりそうなのじゃ。
 ホムラは九人の中でも一段と強烈な脳筋なのでな。
 他のハードな運動を言い出すやもしれぬ。
 それで兄姉たちは、この雪の積もった王宮の敷地内で犬ぞりに乗ることになったのじゃ。
 妾は年少なので去年は見学だったが、今年からは参戦することになる。
 しかしーーー。

 い・ぬ!!
 大きくて、毛がごわごわで、口がドラゴン並みに開いて、大きな爪のある手足!
 妾、どうしても慣れることができぬのじゃ~!

 犬ぞり用の犬は、それぞれの宮の厩舎で番犬として飼われておるのを使うことになっておる。
 もちろん妾の宮にも厩舎があり、馬やらポニーやら、羊やらうさぎやらがいて、動物園みたいになっておるのじゃが。

「ひめ様、大丈夫ですか?」

 ヤンヤンが犬の綱を握っているのを見た妾は、逃げ出したくなった。
 五頭の犬は熊みたいに大きくて、妾の身長を優に超えている。

 な、なんでこんなデカい犬ばかりなのじゃ!

 心の中では「ひい~~ッ!」となっておるが、表情は穏やか・・・・・・なはずじゃ。
 レディたるもの、いかなる時も平静を保たねばな。

 王宮の庭園には、すでに五人の兄たちの姿がある。
 それぞれ距離をとって、犬ぞりの準備中じゃ。
 ただ、三人の姉の姿はまだない。
 妾は長男のホムラの集団を見た。
 もじゃもじゃの犬が二頭、シュッとしたなんかイケメンぶってる犬が二頭、顔がいかつくて足の短いのが一頭。
 つ、強そうじゃ。
 ホムラは去年もその前の年も優勝しておる。
 五頭の犬もしっかり訓練され、そりも頑強なサンザシの木でできた大きな物になっておる。
 筋肉隆々のガタイのいいホムラが乗ると、爆弾戦車みたいじゃ。

 ちらりと他の兄たちを見ると、二番目の兄レッカは何やら変わったそりを準備中。
 そりに脚があり、雪面から車体が浮いておる。
 そりの後ろに二本の筒も付いている。
 あれはそりなのか?
 改造してもいいのか?

 三番目の兄ドーンは、大きいが丸々とした犬五頭をそりに繋いで本人は青白い顔。
 妾の方を見て、ニヤリとしておるのが怖い。
 忘れておるやもしれぬが、ドーンの夢は妾と心中することなので、くれぐれも気をつけたい。

 四番目の兄アカネは一番まともそうじゃ。
 そりの上に立って侍従たちにアレコレ命令している。
 じゃが、こちらも警戒したい。
 お化けに扮して妾を脅かそうとしたのを忘れてはならぬ。
 こやつはイタズラ好きじゃからな。

 そして、五番目の兄フェニックス、いつものケモ耳たちと共に準備中。
 そりに据えつけられたビロード貼りのソファは必要なのか?
 レース中に座っていられるのか?
 妾なら跳ね飛ばされて、そりから転げ落ちるがな。

 そんなわけで五人の兄たちは、せっせと準備をしておる。
 まだ来ていない三人の姉は、一応ピットとなる区切られた指定の場所に侍女や侍従が集まってはいるが、来ないなんてことはない・・・・・・はず。

 レース開始の十五分前、ようやく三人の姉たちが登場した。
 一番上の姉フレアは紺色の騎乗服じゃ。
 真面目を絵に描いたようなフレアは、妾を見つけるとにっこりと微笑みかけてくれた。
 とっても優しくていい姉なのじゃが、キレると怖いので注意が必要じゃ。
 前に長兄のホムラと言い争いになったときは、ホムラの宮が半分吹き飛んだのでな。
 幸い死人は出なかったが、父上にひどく叱られて、しばらく謹慎しておった。

 二番目の姉コーラルは、相変わらずのド派手衣装じゃ。
 一人パーティー気分かもしれぬ。
 ひらひらのボリュームのあるオレンジ色のスカートに、乳が見えそうなほど切れ込みの入ったピンクのトップス。
 以前聞いたことがある。
「そのような恰好で寒くないのか?」と。
 コーラルは巻き巻きしまくった髪をブォンとなびかせ「おしゃれは気合いよ」と言っておった。
 妾、まだその境地に至れそうにない。
 今日も分厚いコートとマフラーとミトンと帽子着用じゃ。

 そして三番目の姉サクラは、やって来るなり双子のアカネのところへ直行。
 何やらアカネから貰っておる。
 二人して、にまにまして、なんだか嫌な予感しかせぬ。
 アカネはイタズラ好きで、サクラはいつもそれをたしなめる役に徹しておる。
 ただ、二人が協力するときは、大抵とんでもないことになる。

 妾、八人の兄姉と競って勝てるか心配じゃ。
 犬も苦手じゃしな~。

 そりの準備は着々と進み、妾は王宮の庭園をぐるりと巡る外周のスタート地点に立った。
 八人の兄姉も同じく自らのそりに乗り、犬たちはギャンギャンガウガウ盛り上がっておる。

「では、準備も整ったようですので、ホムラ・イグニス・ドラゴニア殿下主催の犬ぞりレースを始めたいと思います!」

 王宮騎士団の壮年の騎士団長が、庭園中に通る朗々とした声で告げる。
 妾はとなりのそりをちらりと見た。
 フェニックスはご立派な紅色のソファに腰かけて馬車の御者台にでも乗っているような体勢じゃ。
 横並びになった他の兄姉たちは、フェニックスの向こう側で見えないが、一番遠いホムラが張り切っておるのはわかる。

「いいかおまえたち! 今年も必ずおれが勝つ!」

 などと威勢のいい声が聞こえてくるからの。
 妾、勝利はどうでもいいんじゃが、転んで痛い思いをするのはイヤじゃな~。
 それに、みなより大分遅くなって目立つのもイヤじゃ。
 どうにか無事に、早々に終わりたいが・・・・・・。

 そして、ついにスタートの合図の鐘が鳴らされる!
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