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真冬のホラーと文学少女

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 タイトルを見て、え? 誰のこと? 文学とかバーミリオン様わからないよね? と思うたそこのおぬし!

 ちっ、ちっ、ちっ!(立てた指を左右に振りながら)

 妾、これでも本は好きな方なんじゃ。
 いつも宮にこもっておるから、インドアな趣味が多くなってしもうた。
 それに、本は退屈しのぎにちょうどいいだけじゃなく、頭も良くなるからの。
 ミンミンとヤンヤンも侍女頭のセレスティも、いっぱい読むといいと言っておったわ。

 で、今日のように寒い夜はベッドの上で布団をかぶって本を読んでおる。
 すでに就寝時間は過ぎたので部屋は薄暗いが、妾は人の姿でも竜族特有の赤外線視を使えるからの。
 ヤンヤンとミンミンに見つからなければ大丈夫。
 なにせ、いま読んでいるこの本、めちゃくちゃおもしろいんじゃ!
 読むのをやめることなどできぬ。

『ホロウバステオンのゆうれい』

 帝国の北にある廃墟、ホロウバステオンを訪ねたゴーストハンターたちが怪奇な事件に巻き込まれていくという子ども向けホラー小説なのじゃ。
 貴族の間だけでなく、帝国民の間でも大人気で、特に子どもたちはみな、読んでおるらしい。
 妾は人気の本を月に何冊か図書室に入れてもらい、それを読むのじゃが、ずっとこの本を待っておったのじゃ。
 妾が読む本はすべて検閲されるので、手元に届くまで時間がかかる。
 発売からすでに半年も経っているのはそのせいなのじゃ。
 本来なら夏に読めたはずなのが悔しいが、まあ、致し方ない。

 ホラーとはいっても子ども向け。
 妾、ちっとも怖くないんじゃ。
 へへん!
 だいたい、薄暗い長い廊下、人の気配のない大広間、静かで天井から水の滴る浴場とか。
 妾の宮のことかと思うたわ。
 この廃墟が怖い子どもたちは、きっと妾の宮も怖いんじゃろうな。
 なんか、妾、落ち込むわ~。
 お化け屋敷に生まれた時から住んでたら、絶対怖くない説が成立しておるものな。
 じゃが、それを差し置いてもおもしろい本なのじゃ。
 ゴーストハンターはイケメン、ヒロインは貴族の純真可憐な末娘、ゆうれい以外にも、ヴァンパイアに狼男、謎の老婆。
 ラブもありバトルもあり、ドキドキハラハラがノンストップなのじゃ~~!


 ーーーそして、朝ーーー

「ひめ様、そろそろ起きてくださいね」

 頭半分まだ夢の中だった妾は、ミンミンに布団を引っ張られてなんとか起き上がった。

「うむむむ、眠いのじゃ」
「ひめ様、夜更かしはいけませんとあれほど言ったのに、また本を読んでましたね」
「ん? 知らぬな」
「とぼけても無駄ですよ。ひめ様の顔の上にこの本が載ってましたよ」

 ミンミンは、本を手に見せつけてきた。

『ホロウバステオンのゆうれい』

 妾は目をそむけた。
 どうやら本を読んでいるうちに寝落ちしたらしい。

「ひめ様、本を読むなら昼間になさいませ。なぜわざわざ夜中に読む必要があるんですか」

 妾が昼間は暇みたいな言い方じゃ。
 じゃが、妾だって忙しいんじゃ。
 それにホラー小説を明るい真昼間に読むのって、怖さ半減なんじゃが。

「次に夜更かししたらセレスティ様に言いつけますからね」

 ミンミンがある意味、ホラー小説より恐ろしいことを言うので、妾は「う、うむ」と神妙に頷いた。


 ーーーそして、また夜ーーー

 ハハハ!
 妾が鬼のセレスティに恐れ慄いて、夜中のいけない読書を諦めると思ったら大間違いじゃ!
 ベッドサイドから本を取ると、妾は今宵も物語の世界に没頭し始めた。

『廊下の角を曲がった直後、カティーは悲鳴を上げた。
 血まみれの首が足元に転がっていたのだ。
 そして、その顔は恐怖と絶望にゆがんだ恋人のものだった。
 ダラリと垂れた舌が口からのぞいている。
 カティーはその舌に奇妙な黒い焼き印を見た。
 死の刻印、悪魔の文字をーーー』

 へ、へへ、へへへへへ・・・・・・。
 ちょっぴり怖いなんて思ってないからの。
 な、生首なんて妾、平気じゃ。
 そ、そもそもこの手の話は作り物なんじゃから、本当じゃないからの。
 ふぃくしょん!
 そう、これは全部フィクションだから大丈夫。

 本のページをめくると、そこにはおどろおどろしい生首の挿絵が描かれている。

「ふへッ!」

 思わずパタンと本を閉じる。
 布団の中の安全空間から、妾は本を追い出した。
 ちょっと休憩じゃ。
 一気に読むともったいないからの。
 せっかく人気の本を手に入れたんじゃ。
 ゆっくり、そう、ゆっくり読もう。
 怖いからじゃないぞ。
 布団の中で丸まっておると、ふいに廊下で音がした。

 バタン!

 ドアを閉める音。
 ん?
 妾の頭に疑問が浮かぶ。
 この廊下にあるのは、妾の部屋だけじゃ。
 廊下を挟んで向かいは外の中庭。
 ここは二階だから廊下の窓からは中庭が見下ろせる。
 ドアがあるのはこの部屋だけ・・・・・・。
 妾は布団からゆっくり頭を出して、この部屋のドアを見る。
 閉まっておるぞ。
 ちゃんと閉まっておる。
 部屋は真っ暗じゃが、妾の赤外線視でドアやテーブルなどの輪郭がくっきり見える。
 部屋に誰かが入ってきた気配もない。
 空耳かの?
 そのとき。

 ガタガタッ!

 部屋の中で何かが音を立てた。

「ひぃっ!」

 とっさにその方を見たが、誰かがいるわけでもない。
 大きなベッドの上で布団を頭からかぶり、妾は部屋を見回す。

「な、なんじゃ? 誰かおるのか?」

 部屋が急に冷えたように感じて、ぶるっと身震いしてしまう。
 ま、まさか・・・・・・ハハハ。
 妾はなぜか笑いながら布団をかぶったまま、ベッドから降りた。
 立ち尽くして、じっとしていると、静まり返った部屋は広くて、ちょっぴり怖いような。

「わ、妾、おばけなんか怖くないんじゃぞ!」

 声に出して言ってみる。
 そのとき、今度はベッドを挟んで後ろから物音が。

 ガタンッ!

「ひええぇぇぇっっ!!」

 三十センチくらい、思わずビョンと飛び上がる。

「なんじゃなんじゃ!? わ、妾はドラゴニア皇帝の娘であるぞ! し、神妙に姿を現せ!」

 と、突然、部屋の中に笑い声が響き渡った。

「アハハハハハハハハハッ!」
「ひっ!」

 人間の声じゃ!
 おばけじゃないかもしれん!
 ゆ、ゆうれいじゃ!
 ホロウバステオンにいるような血まみれの執事かも!

 布団にくるまったまま、妾は壁際に駆け寄り、急いでランプに手をかざした。
 魔法で一瞬にして火が灯る。
 魔力感知ができるようになって半年近く、妾はこれぐらい容易にできるようになったのじゃ。
 教師がいいからの。
 そんなことより、明るくなった部屋に立っていたのはーーー。

「兄じゃ!」

 四番目の兄がこっちを見ながら腹を抱えていた。

「ハハハハハッ!」

 爆笑しておる。
 なんて無礼な男じゃ!
 妾はムッとしながら近づいた。

「アカネ兄じゃ、なんで妾の部屋にいるんじゃ!」
「クク・・・・・・ッ!」
「いつまで笑っておる。こんな夜更けに妾の部屋に侵入して、いい歳の皇子がやることではないぞ」
「クックッ、ごめんごめん。ハハッ」

 笑いながら謝られても怒りが増すだけじゃ。

「アカネ兄じゃ、妾をからかうために来たのか!」
「いやぁ、まぁ、からかうっていうより、おどかそうと思っただけだ」

 それは同じではないか?
 妾がしかめ面をしていると、アカネはようやく笑いが収まったのか大きく息をついた。

「ふぅ、まったく、おまえにも困ったものだ」
「兄じゃにいわれたくないのじゃ」
「ミンミンとヤンヤンが、おまえがこのところ本のせいで寝不足だと嘆いていたぞ」
「ミンミンとヤンヤンが?」
「おれとサクラが王宮の庭園で散歩をしていたときに会ったんだよ」

 サクラはアカネの双子の妹じゃ。
 ちなみに、このアカネ・イグニス・ドラゴニアは、一番目の兄と同母の兄弟でもある。
 この三人は母が同じためか、とても仲が良い。
 妾には同母の兄弟はいないので、ちと羨ましい。

「おまえが夜中に怖い本を読んで、朝起きられないと聞いたので、兄のおれは思った。ここはおれが教育してやるべきだと」
「余計なお世話じゃ」
「本当に怖い思いをすれば、さすがに夜中に読むのはやめるだろう。違うか?」

 アカネはどうやら真剣らしいが、妾は冷ややかに三つ上の兄を見返した。

「妾、ちっとも怖い思いなどしておらん」
「またまたぁ」
「本当じゃ」
「すごい勢いで飛び上がっていたけどな」
「暗かったから見間違えたんじゃろ」
「ふぅん、なるほど」

 アカネは考えるように部屋を見回し、妾のベッドにポンと座った。

「ミンミンとヤンヤンはおまえが寝不足で体調を崩すんじゃないかと心配しているんだぞ。いいのか?」
「妾、それぐらいで体を壊したりせん」
「・・・・・・そうか。じゃあ、こうするしかないな」

 ベッドには、まだ『ホロウバステオンのゆうれい』が置いてある。
 それを手に取ったアカネは、ペラペラと中身を見ると言った。

「おまえに今から結末を教えてやる」
「へっ?」
「ラストがわかればもう読む必要もないだろう」
「ぬぁ!? な、何を言うておる!」

 とんでもないことを言い出したアカネに、妾は飛びついた。
 本を奪い取ろうとする。
 だが、アカネは腕を上げて、妾から本を遠ざけた。

「聞き分けのない子には、こうするしかないんだ」
「バカ言うな! ネタバレはどんな時も最高刑レベルの卑劣極まりない行為じゃ!」
「じゃあ、言うことを聞いて、夜はちゃんと寝るか?」
「うぬぬぬぬぬぬぬ」

 このような愚行に妾、屈するわけにはいかぬ!

「じゃあ、ラストを教えるしかないな。ええっとーーー」

 また本を開いて、アカネが最後のところを読もうとする。

「やめるんじゃ!!」

 ベッドの上でアカネと本を取り合い、ドッタンバッタン暴れていると、ふいに部屋の戸口から声がかかった。

「二人とも何をしているの?」

 妾は相手を認識するなり、ベッドから飛び降りて彼女の腰に抱きついた。

「うあああん、サクラ~~! アカネがいじめるんじゃ~」
「どの口が言うんだよ。見ろ、おれの顔を。こいつ、頬を引っ掻いたんだぞ」
「妾の本を返してくれぬのじゃ~」

 サクラはアカネと同じ十五才で、妾たち九人の皇帝の子供の中で一番おっとりしている。
 絶対に妾を怒鳴ったりしない優しい少女なのじゃ。
 案の定、サクラはいじわるそうなアカネの顔を見て、困ったように首を傾げた。

「あらあら。アカネったら。返してあげなさい」

 妾はサクラの腰に抱きついたまま、アカネの方を見て、ニヤッと笑った。

 怒られるのはアカネの方なのじゃ。
 ニシシ。

 アカネが睨んでくる。
 じゃが、妾にも予期せぬことが起きた。

「あなたもよ、バーミリオン。本を読むのはいいけれど、夜遅くまで起きていてはダメよ」
「えっ?」
 
 妾は驚いて、サクラの腰から手を離した。
 サクラが妾の味方ではないと気づいたからじゃ。
 妾を見下ろしながら、サクラが言う。

「ねえ、バーミリオン。夜更かしすると早く老けるっていうわよ。特に女性は、きちんと睡眠を摂らないとシワができてしまうのよ。知らなかったの?」
「ぬ、ぬ、ぬなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 思わず眼球が飛び出しそうなほど目を見開いて、妾は叫んだ。

「そんなこと知らぬぞ! 誠か!?」
「本当よ、バーミリオン。だからわたしもいつも十一時までに寝ることにしているもの。他のお姉様たちもそうなのよ。本当に知らなかったの?」
「う、ううぅぅ。妾、知らなかったのじゃ。しわくちゃになるのはイヤじゃ」
「まだ大丈夫。これから気をつけましょう」
「うむ。絶対夜更かしはせぬ」

 こくこくと大きくうなずくと、アカネが「はぁ?」と納得がいかなそうに妾を見た。

「なんだよ、シワぐらい。でも、ま、いいや。つまりこれからは早寝早起きするんだな。人騒がせなヤツめ」

 勝手に騒ぎ立てておいて、よく言えたもんじゃ。
 妾は、アカネから本を奪い返した。

「それじゃあ、バーミリオン。良い夢を見てね。おやすみなさい」

 サクラが妾のほっぺに軽くキスをして、部屋から出て行く。
 続いて、アカネが近づいてきて、同じように妾のほっぺに顔を寄せてくる。

「何する気じゃ! やめんか!」
「ちぇっ、かわいくないなぁ」
「おぬしにかわいく思われたくないのじゃ」

 アカネはぶつぶつ言いながら出て行った。
 ふう、と大きく息をつく。
 これで何もかもスッキリじゃ。
 スッキリ? ん?
 だいたい、こんな事になったのは、アカネが妾をおどかそうとしたからでは?

「あ、あやつ、妾に謝らずに逃げおったな」

 今度会ったら、思い切り足を踏んでやろう。
 妾は鼻息荒く怒りつつ、布団に戻った。
 サクラの言うことに嘘はないはずじゃ。
 妾はまだまだピチピチじゃが、しわくちゃになるのを少しでも遠い日にするため、とりあえず目を閉じて、お肌をいたわることにした。

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