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恋燃ゆる秋らしい

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 待たせてすまなんだな。
 バーミリオン・ヘデス・ドラゴニアこと、次代のドラゴニア皇帝であるぞ。
 夏の間に日記をおサボりしていた理由は、また次の機会に話すとして。
 わらわは今、侍女のミンミンを尾行しておる。

 事の始まりはこうじゃ。
 朝、妾はいつものように寝台の上でスッキリした目覚めを迎え、侍女の二人がやって来るのを待っておった。
 え? いつもは寝坊して起こされてるだろ、だと?!
 妾はいつも侍女の仕事を奪わないように辛抱強く寝たフリをしておるだけじゃ。
 かわゆい妾を起こすのは、侍女にだけ与えられた特権でもあるからの。

 ところがじゃ、いつまで待っても侍女のミンミンとヤンヤンが来ぬ!
 今までにない事態じゃ。
 妾は仕方なく自ら服を着替え、顔を洗いーーーちらっと鼻先を濡らしただけともいうがーーー、廊下に出てみた。
 で、廊下にいつも立っている警護の騎士二人を見つけて問うたのじゃ。
 まあ、当然二人とも侍女のことまではわかりかねるといった塩梅あんばいなので、妾はほとほと困って、部屋にある『侍女頭呼び出し強制ボタン』をポチッとした。

 このボタンは、その名の通り、この燃えさかる炎ノ宮バーニングパレスを取り仕切る侍女頭のセレスティを今すぐに呼び出すためのもので、たとえ寝ていようがごはん中だろうが、妾が押したら絶対に飛んで来なければならぬのじゃ。
 ちなみにセレスティは、元は妾の乳母でもある。
 妾がすくすく元気に育ったのは、『アラフォーの美魔女』と男どもにもてはやさせておる侍女頭のおかげなのじゃ。
 侍女たちはみな『鬼』『悪魔』『妖怪婆』などと陰で呼んでおるようじゃがの。

 呼び出しボタンを押すと、すぐさま侍女頭がやって来た。
 じゃが、妾の姿を見るなり

「ひめ様! なんて格好をしているんです!」

と青ざめておる。
 妾のファッションセンスが気に食わなかったらしい。
 仕立てたばかりのエメラルド色のミニドレスに、靴は金色のフリンジの付いたブーツ、髪にはダイヤのかんざしを挿したのじゃが。
 まあ、髪のとかし方がわからぬので、ちょっとメデューサみたいに荒ぶったパーマに見えたかもしれん。
 服も前後ろがわかりにくかったので適当じゃ。
 ブーツもかかとがきつかったので半分しか履いておらぬ。
 侍女頭にすぐさま着替えさせられて、ついでに妾はヤンヤンとミンミンがなぜ参じないのかを聞くことになった。
 なんと、ミンミンは親の勧めで結婚するというのじゃ。

 妾、何も聞いておらぬ!

 しかも、結婚相手はミンミンよりも下位の貴族で、男爵芋だか芋男爵だか、そんな名前の成金貴族らしい。
 今朝、突然そのイモン男爵が押しかけて来て、ミンミンは応対のため妾のところへ来れなかったのだろうということじゃ。

 ただ、それならヤンヤンはどうしたのか気になる。
 なぜ部屋に来なかったのじゃ?
 侍女頭もそれは知らないらしい。

「まさか寝坊じゃないでしょうね」

と、侍女頭が恐い顔になっておったので、自分のことじゃないのに、妾ぶるっと震えてしもうたわ。

 この侍女頭、めちゃくちゃ恐いからの。

 その後、朝食を摂って、妾は朝の日課の散歩に出ることにした。
 いつもは一緒のミンミンとヤンヤンがおらぬので、護衛の騎士を一人連れて、庭園へと歩いて行く。
 と、そこでなぜかいるはずのないヤンヤンを見つけたのじゃ。

 ちなみに、妾の護衛の騎士は三人おるが、今日はマチアスという金髪ロン毛の兄ちゃんと連れ立っておる。
 マチアスはそこそこ強いらしいが、妾は今のところ暗殺されそうになったり、誘拐されそうになったり、よくある皇帝派と貴族派の戦いに巻き込まれたりといったお決まりのピンチになったことがないので、戦闘というものを見たことがないのじゃ。
 まあ、この天使のようにかわゆい妾を一目見れば、襲おうなどという野蛮な考えも吹き飛んでしまうに決まっておるがな。

 そんなわけで、強いかどうかわからぬ騎士と共に庭園へ行き、花でも愛でるはずが、秋薔薇のつるの前でこちらにぷりんとお尻を向けているヤンヤンを見つけたのじゃ。
 何やら蔓の間から奥を窺っている様子。

「ヤンヤン、おぬしこんなところで何をしておるのじゃ?」

 声をかけると、ヤンヤンが驚きに目を見開いて振り返った。

「ひ、ひめ様!」
「妾の朝食を用意できぬほど具合が悪いようには見えぬな」
「そ、それは・・・・・・」

 よく見ると、ヤンヤンはちゃんと侍女の制服を着ている。
 何やら言いにくそうに、目をさまよわせていたが、妾がじっと待っていると観念したように言った。

「姫さま、今朝は朝の準備にも参らず、すみませんでした。ですが、どうしても抜けられない大変な事態が起こっていたのです。どうかお許しください」
「大変な事態とはなんじゃ?」
「それが、ミンミンのことでございます」

 ヤンヤンが手招きするので、妾は秋薔薇の茂みに近づいた。

「あれを見てください」

 ヤンヤンが蔓の隙間を指さす。
 妾は何やらわけがわからぬままに、そこから奥を覗きこんだ。
 一人の侍女と、黒いスーツの男が話しているところが見える。

「もしやミンミン?」

 妾の声に隣で同じく蔓の奥を見ているヤンヤンが頷く。

「そうです。実は、ミンミンはあの男と婚約することになったのです」

 そういえば、そんな話を侍女頭のセレスティから聞いたことを思い出す。

「ですが、ミンミンはどうにかして断ろうとしているのです」
「なぜじゃ?」
「ミンミンの親はあの男の家と繋がりを持ちたいばかりに、無理強いして婚約を決めてしまったからです。それで私、どうにかして邪魔できないかと、ここで機会を窺っていたところなのです」

 妾はそう言うヤンヤンが、手に物騒なものを持っているのに気づいてしもうた。

「おぬし、それはなんじゃ?」
「フライパンです」
「・・・・・・」

 まさかと思うたが、ヤンヤンは真剣な顔をしておる。

「あの男は貴族の間でも有名な女好きで、裏で賭け事もしていると聞きます。そんな男のところにミンミンを嫁がせるわけにはいきません」

 ヤンヤンはフライパンを両手で握りしめて、男を憎々しげに睨みつけている。
 妾は諭すように言った。

「じゃが、あの男をフライパンで叩きのめしたところで、ミンミンの婚約は止められんじゃろう」
「ですから後ろから一撃で息の根を止めなければ」

 ものすごく物騒なことを言うておるな。
 どうにかしてヤンヤンを止めた方がよさそうじゃ。
 このままでは、ミンミンが結婚する前にヤンヤンが人殺しになってしまう。
 妾もミンミンが意に沿わぬ結婚をするのは反対じゃが・・・・・・。
 むうう、と顔をしかめて考え込んでいると、ヤンヤンとは反対側から声がした。

「あの、バーミリオン様」

 妾の護衛騎士、マチアスじゃ。

「なんじゃ?」
「話を窺っておりましたが、ミンミンの婚約をどうにかしたいということですよね?」
「そうじゃが・・・・・・。もしや、おぬしが◯ってくれるのか?」
「いやいや、まさかそんな。恐いこと言わないでください」

 違うのか、妾とヤンヤンがガッカリしたのを見て、慌ててマチアスが続ける。

「あのですね、私が行ってミンミンと付き合っているとあの男に言ってやるのはどうでしょう?」
「な、なんじゃとっ!?」
「他に男がいるとわかれば、婚約も取り消しになるのではないでしょうか?」

 マチアスの提案に、妾とヤンヤンは顔を見合わせた。

「そうしましょう」
「それしかなさそうじゃ」

 というわけで、金髪ロン毛の騎士マチアスが威風堂々とミンミンと婚約者の元へ行ったのじゃ。
 妾とヤンヤンは秋薔薇の蔓に隠れて、その様子を見守る。
 じゃが、マチアスが二人に話しかけると、急にミンミンが怒り出すのが見えた。
 次の瞬間、マチアスの頬をバチーン! と、音がここまで聞こえるほど激しく引っぱたく。

「ど、どうなっておるのじゃ?」

 ミンミンが駆け出し、その場を去って行く。
 黒スーツの男が呆れた顔でマチアスに何か言い、マチアスはこちらに後ろ姿を見せたまま立ち尽くしている。
 男も去って行ったので、妾とヤンヤンはゆっくりとマチアスに近づいた。

「一体、何があったのじゃ?」

 振り返ったマチアスの右頬には、ミンミンの手のひらの跡がくっきりバッチリついていた。

「どうやら二人を怒らせてしまったようです」
「それは見てたからわかるが、おぬし何を言ったのじゃ?」
「ちゃんと『ミンミンの恋人は私だ』と言いましたよ」
「それで?」
「ミンミンが『今さら、ふざけないでよ!』と」

 それを聞いたヤンヤンが両手をポンと打ち鳴らした。

「すっかり忘れてました。ミンミンは一度、マチアスに振られているんです」
「「えっ??」」

 なんと、二年ほど前にミンミンは当時、騎士団に入団したばかりのマチアスに一目惚れして、声をかけたことがあるらしい。
 しかし、マチアスはすげなくミンミンを振ってしまった。

「す、すみません。私もすっかり忘れていました」

 マチアスがうなだれる。
 その頃、憧れの騎士となり忙しく、ミンミンのことすら覚えていなかったらしい。

 なんと、贅沢な粗忽者なんじゃ!
 妾だったら告白などされたら一生忘れんのにな。
 誰かしてくれんかの・・・・・・。

 しかし、ミンミンの婚約を阻止する計画は失敗してしまった。
 どうしたものかと三人寄れば文殊の知恵状態で唸っておると、なんとミンミンが城の方から駆けてくるではないか。
 なぜか突然、ヤンヤンが妾を引っ張った。

「な、なんじゃ?」
「ひめ様、隠れましょう!」

 なぜかヤンヤンと共に、またしても秋薔薇の蔓の後ろに隠れる。

「マチアス! よかった、まだいたのね」

 ミンミンが息を切らしながらやって来た。
 マチアスが困惑げに見返す。

「あ、あなた、さっき言ったこと本気なんでしょうね?」
「さっき言ったこと?」
「わ、わたしと・・・・・・あなたがこ、恋人って話よ」

 ミンミンの頬はピンクに染まっていて、マチアスを見上げる瞳はキラキラしている。
 あんなに可愛らしい表情のミンミンは見たことがない。
 妾はなんだか、胸がキュンとしたのじゃ。
 マチアスがなんと答えるか、妾はドキドキしながら待った。

「そ、それは・・・・・・」

 隣のヤンヤンも蔓に顔を突っ込んで瞬きもせず見ておる。
 マチアスはどうにもこちらが気になるのか、ちらっと妾たちのいる方を見た。

「マチアス? どうしたの?」
「い、いや・・・・・・」
「やっぱりさっき言ったことは、からかっただけなのね」
「ち、違うよ。あれは、その、君があの男に絡まれて困っているように見えたから」
「それだけ?」

 ミンミンはガッカリしたのか、うつむいてしまった。
 なんじゃ、あんなにかわゆいミンミンをまた振るつもりか!?
 妾は思わず出て行ってマチアスの背中を蹴り飛ばしてやろうかと思うたが、そのときマチアスがゴホンと咳払いした。

「あの、ミンミンさん。もしさっき言ったことを本当にしたいと言ったら、あの男との婚約を考え直してくれますか?」
「え? ええ。それはもちろんだけど」
「では・・・・・・おれと、付き合ってください」

 妾は息をするのも忘れて二人を見ておったが、なんと本当に付き合うことになってしもうた。
 隣のヤンヤンを見ると、同じようにこちらを見たが、口をあんぐり開けたままじゃ。
 こういうとき、友人として喜ぶべきなんじゃろうか?
 いや、でも待ってほしい。
 これは最初から婚約を諦めさせるための演技のはずじゃ。
 ということは、マチアスはまだ演技中なのではないか?
 ミンミンは本気になっておるが、マチアスはどうするつもりなんじゃ?
 喜ぶこともできず、困惑しながら妾は、ミンミンとマチアスが仲睦まじく連れ立って庭園を去って行くのを見送るしかなかった。

 ん? マチアスのやつ、妾の護衛はどうした?

 後日。
 ミンミンとマチアスは本当に付き合うことになったらしい。
 婚約はマチアスの方が、あの婚約者の男より身分が上だったこともあり、ミンミンの親も納得しての破棄となった。
 とはいえ、妾とヤンヤンはまったく納得してないがの。
 妾の部屋で二人がしょっちゅう、もめてるのもいい迷惑じゃ。

「ミンミン、また私の勤務日程を勝手にずらしたでしょ!」
「ごめんってば。その日しかマチアスが休めないんだもん。それにヤンヤンは特に予定もないんでしょう」

 ヤンヤンの顔に殺意が浮かんでおるが、妾し~らないっと。

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