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未知との遭遇
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俺は現在、二重の意味で、頭を抱えている。
まず一つ目。
アイリが初めてのモンスター討伐に参加してから、1週間。
娘の力を目の当たりにした【クラン・ソル】のマスターであるライリーが、ほぼ毎日のようにアイリを勧誘に訪れ……更には、アイリの将来性に目を付けた村の連中から、見合い話がひっきりなしに舞い込む日々に……
1日に3件から、多い日で5、6件ほど話が持ち込まれる。
あまり広くない村ではあるが、それでも顔を知らないような相手はごろごろいる。
そんな、「誰だお前?」といった男の写真が、頻繁に送られてくるものだから、俺も娘も辟易している状態だ。
とはいえ、あまりこっぴどく振るのも体裁が悪い、というオズの助言で、一応は全て丁重にお断りさせてもらっている。
しかし頭の痛いことに、見合いを断る際、アイリが引き合いに出す相手というのが……俺なのである。
『お父さんくらいカッコ良くて頼りがいのある人じゃなければ、お付き合いも、ましてや結婚する気はありません』
なんてファザコン全開の台詞を口にするものだから、俺への周囲から向けられる視線の痛いこと痛いこと……
ただ、俺は一見すれば冴えない普通のおっさんである。
それ故か見合い話がなくなることはなく、毎日毎日、対応に追われる日々である。
……そして、それとは別にもうひとつ悩みの種が。
それは、アイリの俺に対する、異常なまでのアプローチだ。
先日、一緒に風呂に入ってから、娘は明らかに、俺のことを誘惑しようと、妙な行動を起こすようになった。
一度きりと約束した混浴だったはずが、アイリは俺が風呂に入っているところに何度も乱入してきて、体を密着させてきたり、耳元に吐息を吹きかけてきたりと、かなり露骨に女をアピールしてくる。
しかも、「一緒の風呂は一度きりの約束だっただろ?!」と俺が叱責すれば、「私、その件については明確に返事はしていません」と返されてしまった。
そんなはずは、と思ったところで、俺の脳みそは回想をスタート。
『頑張ったご褒美に、私と一緒にお風呂に入って欲しいな……』
『なっ?!』
『髪の毛も体も、全身が血でびっしょりだから、私だけじゃ洗い流せないよ。だからお父さん、お願い』
『し、しかしだな。いくらなんでもこの歳になって娘と風呂は……』
『ダメ……?』
『う……くっ…………今回、だけだからな』
『っ! ありがとうっ、お父さん!』
はいストップ。
……うん。確かに娘は、俺の約束に対して、『はい』とも『いいえ』とも答えていはいないな。
ありか? こういうのありか?!
結局、一度きりという約束は始めから成立しておらず、アイリはその後も、ほぼ毎日のように俺と風呂に入ろうとしてくる有様。
俺はそれをなんとか回避しようと、アイリが家事をこなす傍ら、そっと隠れるように風呂に入ったりと、我が家でこそこそと動き回る羽目になっていたりする。
それだけではない。
食事は「あ~ん」で食べさせようとしてきたり、腕や背中に柔らかいふくらみを押し付けてきたり、ベッドに忍び込んできたり、挙句、裸にエプロン一丁で俺の前に出てきてみたり……
もうほんと、勘弁してくれ。
――そして、今も、
「でぃーと、でぇーと。お父さんとでぇっーと♪」
などと、妙な歌を口にしながら、俺の腕に全身を使って絡み付いてくる、愛しい娘の姿が。
揺れる【魔列】の座席に腰掛けながら、俺とアイリは他の乗客から奇異の目で見られていた。
「はぁ~……デートじゃない。今日は大事な用事で、」
「もう~、無粋なこと言わないでくださいよ~。せっかくいい気分なのにぃ!」
などと言って、頬を膨らませる姿は、非常に愛らしい。
のだが……ここ最近の言動のせいで、俺はこの可愛さを、素直に受け入れることができずにいた。
「はぁ……アイリ、分かっているとは思うが。今日は――」
「分かってます。『【クラン】の新設』ですよね」
そう。俺とアイリは、村から【魔列】――正式名称【魔工式列車】に乗車し、【クラン協会】がある、
――湖の街【ラクス】へと向かっていた。
アイリが【勇者】と判明してから、色々とごたごたが続いて、後回しになっていた【クラン】の新設。
そろそろ本格的に動き出したほうがいいだろうと判断した俺は、アイリを同行させて、【クラン協会】に向かうことにしたのだ。
本当は俺ひとりでも問題はないのだが、今あの村にアイリをひとりで残していくのは問題がある。
それに、今は村の中だけで騒ぎになっているが、これが領主や王族まで出張ってくるとなれば、娘一人では対処できないだろう。
まだ目に見えて干渉してくる気配はないが、それだって時間の問題だ。
国の利益になるか、はたまた危険分子になるか……いずれにしろ、【勇者】という規格外な存在であるアイリを、周囲が放っておくはずがない。
となれば、今はアイリを一人にするべきじゃない。
しかしなぁ……
「でも、せっかく街まで行くんですから、少しくらい観光したっていいじゃないですか。私、街まで行くのって初めてなんですし」
列車の座席で、俺の腕に絡みついた状態のアイリが、こちらの顔を見上げながらそんなことを言う。
「まぁ、さすがに一日中掛かるわけでもないからな。少しくらいなら、遊ぶ時間もあるとは思うが」
「そうですよね! それならこれは、立派なデートです! 男女が二人きりで、宛てもなく街を散策……こうして腕を組んで、ちょっとお洒落な喫茶店なんかに入ってみたり、お店を冷やかしながら回ってみたり……ふふ……これがデートと言わず、なんと言いましょうか!」
「単なる家族旅行だと思うぞ」
アイリの言動に、俺は首を横に振ってため息を吐いた。
・・・・・・
水の都とも呼ばれるこの【ラクス】は、世界的な観光名所しても有名な街である。
白亜の建物が建ち並び、通路の至ると所には水路が走っている。しかも、船に乗って街の各所へと移動ができるようになっているので、かなり便利だ。
この水路は物資の運搬にも使用されている重要なもので、管理は街の行政局が行っている。
街の中を水路が網の目のように走っている光景は、他の地域では中々お目にかかることが出来ないと、観光客の数は年々増加傾向にあると聞く。
大戦が終わってから15年以上の月日が流れたが、まだまだ世界中に戦争の爪痕は残っている。
そんな中にあっても、この街はそれを感じられないくらいの賑わいを見せいてるのだから、なかなかにしたたかな街だと言えるのかもしれない。
「うわぁ……綺麗な街」
「ああ、俺もここに来るのは随分と久しぶりだが、あまり変わっていないみいだいな」
「水路を流れている水、すっごく透明……あ、あれって船? へぇ、ああやって移動するんだぁ」
【魔列】から下車したアイリは、【ラクス】の町並みに視線を奪われていた。
完全におのぼりさんといった感じだが、まぁその通りなので仕方ない。
しかし、こうして目を輝かせて、見るもの見るものに心奪われている娘の姿を眺められるのは、悪くない気分である。
ただ……
「おい、あそこにいる彼女、けっこう可愛くないか?」
「うぉ、なかなかの上玉じゃんか」
「しかも、なんかこの街に来るの初めてって感じじゃん。案内って名目で、声かけられんじゃね?」
「つか、隣のおっさん誰?」
「まさか、彼氏とか?」
「ありえねぇよ。大方親子とかだろ」
「だろうな。けっ、邪魔だなぁ……あいつ」
なんて会話が耳に入ってくる。
いかにも遊んでいそうな雰囲気のする、軽薄そうな若者連中たちだ。
アイリが可愛いという部分には、大いに俺も同感だが、あのような輩の視線に、愛しい娘が映っているのは気分のいいものじゃない。
「え? わ、ちょっと、お父さん?」
俺は無言でアイリを引き寄せ、男連中の視界からアイリを庇う。
連中は露骨に顔を顰めたが、俺の知ったことではない。
「行くぞ。観光なら、用事を終わらせてからゆっくりとしよう」
「え? それいいけど、急にどうした……うん? あれって…………ふ~ん」
不意に、アイリは言葉を区切ると、俺の背後に、こちらを見てくる複数人の男性がいることに気付いたようだ。そして俺が、間に割り込むようにして入り込んできたことも、アイリは勘付く。
すると、
「ねぇねぇ、お父さん?」
「……なんだ?」
アイリが、にんまりとした笑みを浮かべて、俺を見上げくる。
「もしかして、ヤキモチですか?」
「……行くぞ」
「も~う。そんな大丈夫ですよ~――とうっ」
「うわっ、こら、アイリ!」
悪戯っぽく、娘にしては珍しい、子悪魔のような表情を浮かべながら、アイリは俺の腕に、胸を押し当てるように抱き付いてきた。
「えへへ……私はお父さん以外の男性に、一切の興味なんてありませんから」
「アイリ、お前なぁ……」
「安心しました? 私は、お父さん一筋で、お父さんだけのものなんですよ」
こてんと首を傾けて、俺の腕に頭を乗せてくるアイリ。
絡めた腕をぎゅっと拘束して、体をより密着させくる。
「……そういう発言は、街中では控えなさい。あと、離れなさい。はしたないぞ」
「イヤです♪ それに、私達は夫婦なんですから、これくらい普通です。はしたなくなんてありません」
歳の離れた男女が密着しているという光景に、周りから奇異の目が向けられる。
しかし、俺の娘はそんな事お構いなしと言わんばかりに。俺の二の腕に胸をぐいぐい押し付けて、腕を絡め続けてくるのだった。
・・・・・・
「アイリ、悪いがしばらくここで待っててくれ」
「え~、私も一緒に行きたいですよぉ」
私とお父さんは、とある建物の前で足を止めた。
町の景観を壊さない為か、周囲と同じような白亜の外壁に、翡翠色の屋根が美しい建物。
お父さんいわく、ここは銀行というらしい。ここにお父さんは、昔稼いだお金を預けているとか。
今回の【クラン】新設には、大金が必要になるとかで、預けていたお金を引き出すのだと言っていた。
でも、それで何故、私が外で待っていなくてはいけないのかは分からない。
しかし、その理由は、お父さんの口からすぐに説明された。
「ダメだ。お前、この中でも俺にくっついてこようとするだろ」
もちろんです。
私は迷わずに頷く。
すると、お父さん額を押さえて、小さく項垂れた。
なんででしょうか?
「ここでそんな行為をするのは悪目立ちしすぎる。よって、少しここで待っていなさい。すぐに終わるから」
「むぅ……」
あまり納得できる理由ではない。
私はお父さんと一緒に過ごしたいのだ。いちゃいちゃしていたのだ。
でも、
「あんまり聞き分けがないと、今日のお出かけはなしになるぞ」
なんて言われてしまった。
だから私は、仕方なしに、
「……分かりました。出来る限り早く戻ってきて下さいね」
「ああ。では、行ってくる」
扉を開けて銀行の中に消えていくお父さんを、私は見送った。
くるりと背後の景色に視線を移し、私は唇を尖らせながら、【ラクス】の綺麗な町並みを眺める。
本当はくっつかなければ中に一緒に入れたのだろうが、今日の私はお父さんがそばにいるうちは、ずっと抱き付いていたい気分だった。
それ故に、どうせ離れなければいけないなら、退屈に中で過ごすよりも、外の景色で気分を慰めていたほうがマシだと判断。
そんなわけで、私は目の前で通り過ぎていく人の波や、水路の上で揺れる船を、じっくりと観察する。
ここは観光地として有名だとお父さんから聞いた。
そのせいだろうか。村では見かけない他種族が往来を歩いている。
獣人、森精霊、土精霊。珍しいところになると、竜の血を引くといわれている、竜人までいる。
しかしさすがに【天族】、【魔族】の姿は見かけない。
今の2種族は、かつてこの世界を征服する為に、この世界で大きな戦争を繰り広げた。
これを、【天魔大戦】といいます。
その爪痕は、いまだ世界各地に残っているという話だ。
まぁ、私はその戦争を経験したわけではないので、よく分からないのだが、当時はかなり人死が出たと聞く。
そんな大災害のような事態を引き起こした種族が、大手を振って街を歩けるわけがないだろうことは、私でも分かることだ。
「人が一杯。村の何倍くらいいるのかな?」
通りを行きかう人々の波は、一向に途切れる気配を見せない。
その流れを見ているだけでも、私にとっては物珍しく、なかなかにいい暇つぶしになっていた。
「――ねぇ、お嬢さん」
と、不意に声が聞こえた。
しかし、お嬢さんと呼ばれるくらいの年頃の娘なら、いくらでも目の前を通り過ぎている。
最初私は、自分に声を掛けられたのだとは思わなかった。
「君だよ、君。そこの茶髪で、三つ編みのお嬢さん」
そこまで言われて、声の主が私に話しかけているのだと、ようやく気が付く。
見れば、人の波から抜け出すようにして、三人組の男性がこちらに歩いてくるのが確認できた。
「あの、私、ですか?」
「そうそう、君だよ」
「お譲ちゃん、今ひとり? 暇してる?」
「ていうか、完全に手持ち無沙汰って感じだったじゃん? ねぇ、それならさ、俺達と街を観光しない?」
「え?」
最後のひとりが、矢継ぎ早にそんなことを口にする。
なんなんでしょうか、この人達は?
「ねぇ、いいっしょ?」
「俺達さ、この街に住んでんだよ。だからさ、色んなところに案内してあげらるぜ? 一般向けの娯楽室から、美味しい店、それと、ちょっと『大人向けの遊び場』とか……どう? 興味ない?」
「お前は、いきなりぶっちゃけすぎだっての。ああ、気を悪くしないでくれ。別に、そういうのに興味がなければ、ちょっと一緒に食事をするだけも構わないから。なぁ、それくらいならいいだろ?」
「いえ、あの……」
ああ、なんとなく分かってきた。
「なぁなぁ、いいだろ? 少しだけさ、俺達と遊ぼうぜ?」
初めて遭遇したが、これが巷で言うところの、ナンパというものなのだろう。
まず一つ目。
アイリが初めてのモンスター討伐に参加してから、1週間。
娘の力を目の当たりにした【クラン・ソル】のマスターであるライリーが、ほぼ毎日のようにアイリを勧誘に訪れ……更には、アイリの将来性に目を付けた村の連中から、見合い話がひっきりなしに舞い込む日々に……
1日に3件から、多い日で5、6件ほど話が持ち込まれる。
あまり広くない村ではあるが、それでも顔を知らないような相手はごろごろいる。
そんな、「誰だお前?」といった男の写真が、頻繁に送られてくるものだから、俺も娘も辟易している状態だ。
とはいえ、あまりこっぴどく振るのも体裁が悪い、というオズの助言で、一応は全て丁重にお断りさせてもらっている。
しかし頭の痛いことに、見合いを断る際、アイリが引き合いに出す相手というのが……俺なのである。
『お父さんくらいカッコ良くて頼りがいのある人じゃなければ、お付き合いも、ましてや結婚する気はありません』
なんてファザコン全開の台詞を口にするものだから、俺への周囲から向けられる視線の痛いこと痛いこと……
ただ、俺は一見すれば冴えない普通のおっさんである。
それ故か見合い話がなくなることはなく、毎日毎日、対応に追われる日々である。
……そして、それとは別にもうひとつ悩みの種が。
それは、アイリの俺に対する、異常なまでのアプローチだ。
先日、一緒に風呂に入ってから、娘は明らかに、俺のことを誘惑しようと、妙な行動を起こすようになった。
一度きりと約束した混浴だったはずが、アイリは俺が風呂に入っているところに何度も乱入してきて、体を密着させてきたり、耳元に吐息を吹きかけてきたりと、かなり露骨に女をアピールしてくる。
しかも、「一緒の風呂は一度きりの約束だっただろ?!」と俺が叱責すれば、「私、その件については明確に返事はしていません」と返されてしまった。
そんなはずは、と思ったところで、俺の脳みそは回想をスタート。
『頑張ったご褒美に、私と一緒にお風呂に入って欲しいな……』
『なっ?!』
『髪の毛も体も、全身が血でびっしょりだから、私だけじゃ洗い流せないよ。だからお父さん、お願い』
『し、しかしだな。いくらなんでもこの歳になって娘と風呂は……』
『ダメ……?』
『う……くっ…………今回、だけだからな』
『っ! ありがとうっ、お父さん!』
はいストップ。
……うん。確かに娘は、俺の約束に対して、『はい』とも『いいえ』とも答えていはいないな。
ありか? こういうのありか?!
結局、一度きりという約束は始めから成立しておらず、アイリはその後も、ほぼ毎日のように俺と風呂に入ろうとしてくる有様。
俺はそれをなんとか回避しようと、アイリが家事をこなす傍ら、そっと隠れるように風呂に入ったりと、我が家でこそこそと動き回る羽目になっていたりする。
それだけではない。
食事は「あ~ん」で食べさせようとしてきたり、腕や背中に柔らかいふくらみを押し付けてきたり、ベッドに忍び込んできたり、挙句、裸にエプロン一丁で俺の前に出てきてみたり……
もうほんと、勘弁してくれ。
――そして、今も、
「でぃーと、でぇーと。お父さんとでぇっーと♪」
などと、妙な歌を口にしながら、俺の腕に全身を使って絡み付いてくる、愛しい娘の姿が。
揺れる【魔列】の座席に腰掛けながら、俺とアイリは他の乗客から奇異の目で見られていた。
「はぁ~……デートじゃない。今日は大事な用事で、」
「もう~、無粋なこと言わないでくださいよ~。せっかくいい気分なのにぃ!」
などと言って、頬を膨らませる姿は、非常に愛らしい。
のだが……ここ最近の言動のせいで、俺はこの可愛さを、素直に受け入れることができずにいた。
「はぁ……アイリ、分かっているとは思うが。今日は――」
「分かってます。『【クラン】の新設』ですよね」
そう。俺とアイリは、村から【魔列】――正式名称【魔工式列車】に乗車し、【クラン協会】がある、
――湖の街【ラクス】へと向かっていた。
アイリが【勇者】と判明してから、色々とごたごたが続いて、後回しになっていた【クラン】の新設。
そろそろ本格的に動き出したほうがいいだろうと判断した俺は、アイリを同行させて、【クラン協会】に向かうことにしたのだ。
本当は俺ひとりでも問題はないのだが、今あの村にアイリをひとりで残していくのは問題がある。
それに、今は村の中だけで騒ぎになっているが、これが領主や王族まで出張ってくるとなれば、娘一人では対処できないだろう。
まだ目に見えて干渉してくる気配はないが、それだって時間の問題だ。
国の利益になるか、はたまた危険分子になるか……いずれにしろ、【勇者】という規格外な存在であるアイリを、周囲が放っておくはずがない。
となれば、今はアイリを一人にするべきじゃない。
しかしなぁ……
「でも、せっかく街まで行くんですから、少しくらい観光したっていいじゃないですか。私、街まで行くのって初めてなんですし」
列車の座席で、俺の腕に絡みついた状態のアイリが、こちらの顔を見上げながらそんなことを言う。
「まぁ、さすがに一日中掛かるわけでもないからな。少しくらいなら、遊ぶ時間もあるとは思うが」
「そうですよね! それならこれは、立派なデートです! 男女が二人きりで、宛てもなく街を散策……こうして腕を組んで、ちょっとお洒落な喫茶店なんかに入ってみたり、お店を冷やかしながら回ってみたり……ふふ……これがデートと言わず、なんと言いましょうか!」
「単なる家族旅行だと思うぞ」
アイリの言動に、俺は首を横に振ってため息を吐いた。
・・・・・・
水の都とも呼ばれるこの【ラクス】は、世界的な観光名所しても有名な街である。
白亜の建物が建ち並び、通路の至ると所には水路が走っている。しかも、船に乗って街の各所へと移動ができるようになっているので、かなり便利だ。
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そんな中にあっても、この街はそれを感じられないくらいの賑わいを見せいてるのだから、なかなかにしたたかな街だと言えるのかもしれない。
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「ああ、俺もここに来るのは随分と久しぶりだが、あまり変わっていないみいだいな」
「水路を流れている水、すっごく透明……あ、あれって船? へぇ、ああやって移動するんだぁ」
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完全におのぼりさんといった感じだが、まぁその通りなので仕方ない。
しかし、こうして目を輝かせて、見るもの見るものに心奪われている娘の姿を眺められるのは、悪くない気分である。
ただ……
「おい、あそこにいる彼女、けっこう可愛くないか?」
「うぉ、なかなかの上玉じゃんか」
「しかも、なんかこの街に来るの初めてって感じじゃん。案内って名目で、声かけられんじゃね?」
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「ありえねぇよ。大方親子とかだろ」
「だろうな。けっ、邪魔だなぁ……あいつ」
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アイリが可愛いという部分には、大いに俺も同感だが、あのような輩の視線に、愛しい娘が映っているのは気分のいいものじゃない。
「え? わ、ちょっと、お父さん?」
俺は無言でアイリを引き寄せ、男連中の視界からアイリを庇う。
連中は露骨に顔を顰めたが、俺の知ったことではない。
「行くぞ。観光なら、用事を終わらせてからゆっくりとしよう」
「え? それいいけど、急にどうした……うん? あれって…………ふ~ん」
不意に、アイリは言葉を区切ると、俺の背後に、こちらを見てくる複数人の男性がいることに気付いたようだ。そして俺が、間に割り込むようにして入り込んできたことも、アイリは勘付く。
すると、
「ねぇねぇ、お父さん?」
「……なんだ?」
アイリが、にんまりとした笑みを浮かべて、俺を見上げくる。
「もしかして、ヤキモチですか?」
「……行くぞ」
「も~う。そんな大丈夫ですよ~――とうっ」
「うわっ、こら、アイリ!」
悪戯っぽく、娘にしては珍しい、子悪魔のような表情を浮かべながら、アイリは俺の腕に、胸を押し当てるように抱き付いてきた。
「えへへ……私はお父さん以外の男性に、一切の興味なんてありませんから」
「アイリ、お前なぁ……」
「安心しました? 私は、お父さん一筋で、お父さんだけのものなんですよ」
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絡めた腕をぎゅっと拘束して、体をより密着させくる。
「……そういう発言は、街中では控えなさい。あと、離れなさい。はしたないぞ」
「イヤです♪ それに、私達は夫婦なんですから、これくらい普通です。はしたなくなんてありません」
歳の離れた男女が密着しているという光景に、周りから奇異の目が向けられる。
しかし、俺の娘はそんな事お構いなしと言わんばかりに。俺の二の腕に胸をぐいぐい押し付けて、腕を絡め続けてくるのだった。
・・・・・・
「アイリ、悪いがしばらくここで待っててくれ」
「え~、私も一緒に行きたいですよぉ」
私とお父さんは、とある建物の前で足を止めた。
町の景観を壊さない為か、周囲と同じような白亜の外壁に、翡翠色の屋根が美しい建物。
お父さんいわく、ここは銀行というらしい。ここにお父さんは、昔稼いだお金を預けているとか。
今回の【クラン】新設には、大金が必要になるとかで、預けていたお金を引き出すのだと言っていた。
でも、それで何故、私が外で待っていなくてはいけないのかは分からない。
しかし、その理由は、お父さんの口からすぐに説明された。
「ダメだ。お前、この中でも俺にくっついてこようとするだろ」
もちろんです。
私は迷わずに頷く。
すると、お父さん額を押さえて、小さく項垂れた。
なんででしょうか?
「ここでそんな行為をするのは悪目立ちしすぎる。よって、少しここで待っていなさい。すぐに終わるから」
「むぅ……」
あまり納得できる理由ではない。
私はお父さんと一緒に過ごしたいのだ。いちゃいちゃしていたのだ。
でも、
「あんまり聞き分けがないと、今日のお出かけはなしになるぞ」
なんて言われてしまった。
だから私は、仕方なしに、
「……分かりました。出来る限り早く戻ってきて下さいね」
「ああ。では、行ってくる」
扉を開けて銀行の中に消えていくお父さんを、私は見送った。
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それ故に、どうせ離れなければいけないなら、退屈に中で過ごすよりも、外の景色で気分を慰めていたほうがマシだと判断。
そんなわけで、私は目の前で通り過ぎていく人の波や、水路の上で揺れる船を、じっくりと観察する。
ここは観光地として有名だとお父さんから聞いた。
そのせいだろうか。村では見かけない他種族が往来を歩いている。
獣人、森精霊、土精霊。珍しいところになると、竜の血を引くといわれている、竜人までいる。
しかしさすがに【天族】、【魔族】の姿は見かけない。
今の2種族は、かつてこの世界を征服する為に、この世界で大きな戦争を繰り広げた。
これを、【天魔大戦】といいます。
その爪痕は、いまだ世界各地に残っているという話だ。
まぁ、私はその戦争を経験したわけではないので、よく分からないのだが、当時はかなり人死が出たと聞く。
そんな大災害のような事態を引き起こした種族が、大手を振って街を歩けるわけがないだろうことは、私でも分かることだ。
「人が一杯。村の何倍くらいいるのかな?」
通りを行きかう人々の波は、一向に途切れる気配を見せない。
その流れを見ているだけでも、私にとっては物珍しく、なかなかにいい暇つぶしになっていた。
「――ねぇ、お嬢さん」
と、不意に声が聞こえた。
しかし、お嬢さんと呼ばれるくらいの年頃の娘なら、いくらでも目の前を通り過ぎている。
最初私は、自分に声を掛けられたのだとは思わなかった。
「君だよ、君。そこの茶髪で、三つ編みのお嬢さん」
そこまで言われて、声の主が私に話しかけているのだと、ようやく気が付く。
見れば、人の波から抜け出すようにして、三人組の男性がこちらに歩いてくるのが確認できた。
「あの、私、ですか?」
「そうそう、君だよ」
「お譲ちゃん、今ひとり? 暇してる?」
「ていうか、完全に手持ち無沙汰って感じだったじゃん? ねぇ、それならさ、俺達と街を観光しない?」
「え?」
最後のひとりが、矢継ぎ早にそんなことを口にする。
なんなんでしょうか、この人達は?
「ねぇ、いいっしょ?」
「俺達さ、この街に住んでんだよ。だからさ、色んなところに案内してあげらるぜ? 一般向けの娯楽室から、美味しい店、それと、ちょっと『大人向けの遊び場』とか……どう? 興味ない?」
「お前は、いきなりぶっちゃけすぎだっての。ああ、気を悪くしないでくれ。別に、そういうのに興味がなければ、ちょっと一緒に食事をするだけも構わないから。なぁ、それくらいならいいだろ?」
「いえ、あの……」
ああ、なんとなく分かってきた。
「なぁなぁ、いいだろ? 少しだけさ、俺達と遊ぼうぜ?」
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双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
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