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現実逃避するお父さん

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 ――そして話は、冒頭へと戻る。

「私とお父さんに血縁関係がないと分かった以上、もう遠慮はしません――お父さん、私と……結婚して下さい!!」

 え、ええ……?
 ええええええええええええ――――っっ?!!!

「ア、アイリ、お前は何を言っているんだ?!」
「言葉の通りの意味です!」

 言葉通りって……結婚?
 俺が、アイリと?
 いやいやいや! 待て待て待て!!

 そうだ、きっと何かの聞き間違い……もしくは、アイリなりに何か隠語を使って、俺に伝えたいことでもあったのかもしれないじゃないか。
 ここは冷静に、落ち着いて、相手の意図を誤って認識しないように、細心の注意を払って対処せねば。

 結婚……男女が行き着く1つの最終地点。
 だが、俺とアイリには血の繋がりこそないが、父と娘だ。

 倫理的に、結婚は絶対にできない。

 それは、アイリだって分かっているはず……

 では、なんの目的があってあんなことを?
 結婚、という単語自体を、俺が聞き間違えている?

 それとも、アイリの滑舌かつぜつが悪くて、ちゃんと言いたいことを伝えられていない可能性も……

 だとしたら、結婚とはもしかして、決闘、とかの間違いなのか?

 ……お父さんと、決闘したい。

 意味が分からん! 

 いや、そもそも何で俺が娘と決闘などせにゃならん?!

 結婚という単語が信じられないにしても、こじ付けに過ぎるだろ!
 
 しかし待てよ? 

 だとしても、結婚という言葉をアイリが口にした事実より、よっぽど信憑性はあるような気がするぞ。

 それに、先程アイリは俺と血が繋がっていないことを盛大に喜んでいた。

 つまり……

 はっ! もしかしてこれは、俺に対する報復か?
 実の父親ではない俺が、ずっと父親面して接していたことに我慢できなくなったアイリは、俺に決闘を挑み、そのまま亡き者にするつもりなのか?!

 なんて回りくどく俺の心を抉ってくる娘なんだ!

 とは言え、それが愛する娘からの願いならば、俺は……

「分かったよ、アイリ。そういうことなら、俺だって覚悟はできている」
「お、お父さん、それって……」
「ああ、アイリ。だがこれは決して生半可な覚悟でできることじゃない。相手の全てを奪う『行為』になり、己もまた傷付くことを許容せねばならない。それは、分かっているね?」
「も、もちろんよ! 相手の人生を奪ってしまうほどの『好意』……それだけの想いをもって(結婚生活に)のぞむ……そして、私自身が(純潔を失って)傷付く覚悟! そんなものは、10年以上も前からできているわ!!」

 ん? なんだ。この、噛み合っているようで、微妙に噛み合っていないような違和感は?

 いや、それはともかく、俺はどれだけ嫌われていたんだ?!
 10年前からって……アイリは5歳の時から俺にそんな深い憎しみを抱いていたのか?!
 というか、何故?!
 俺そこまで嫌われることしたっけ?!

 いや、きっと何かしてしまったんだ。
 俺は当事まだ子育てのビギナー……今だって満足に父親をやれていたかと問われれば自信がない。

 となると、俺が何か、やらかしていたとしていても、不思議じゃない。
 この子にそこまで恨まれる、何かを……

「なら、俺も覚悟を決めるぞ! さぁ、俺の全て(命)を持っていけ!!」
「はい! 私は、あなたの全て(人生)を貰います!!」

 お互いに宣言すると、アイリは俺に飛び掛かってきた。
 しかし、その手には武器も何も持っていない。

 まさか、大人である俺の首を締めて殺すのか?!
 アイリはいつの間にそこまでの腕力を!

「お父さ~~ん!」

 アイリは俺の首へ抱き付くように腕を回し、俺はいよいよかと覚悟を決めた。
 ぎゅっと目を瞑って、その時を待つ。

 だが、

 ちゅ……

「っ……?!」

 俺を襲った衝撃は、唇に触れた柔らかい感触だった。
 俺は驚きに目を見開く。
 すると、目の前には最愛の娘の顔が、超至近距離に!

「ん……ちゅ……」
「~~~~~~っ?!」

 こ、これは、何だ?
 何故俺は、娘に『ファーストキス』を奪われているんだ?!

「はぁ……誓いのキス、しちゃいましたね……これでもう、私達は夫婦ということに……」

 夫婦? いや、待て。
 おかしい。絶対におかしい。
 俺は今さっきまで、娘に殺されると思っていたのに。

 というか、それは俺の勘違い?

 そうなると、やはり俺の娘は……本気で俺と結婚しようと言ってきた、ってことになるのか?!

「幸せな結婚生活を送りましょうね……お父さん、いえ――『あなた』♪」
「…………」
「? あなた?」

 ああ、きっとこれは夢だ。
 娘が可愛すぎるあまり、俺はこんな荒唐無稽な夢を見ているんだ。
 そうか。そういうことか。
 納得だ。
 だとすれば、いい加減に夢から覚めねばな。

「え? あれ、あなた?」

 俺は娘をゆっくりと体から放し、部屋の壁の前に立つ。
 そして……

「アイリ、目が覚めたら、改めて誕生日のパーティーだ」

 アイリに笑顔を向けた後、頭を思いっきり振りかぶって――

 ガツン!

「ちょ、あなた、何してるの?!」

 俺は、壁に頭を全力で打ち付けて、気絶することにしたのだ。

 ほら、夢の中で眠ると、現実に戻るっていうじゃないか。

 ガツン、ガツン、ガツン!!

「やめて! そんなことしたら死んじゃうわよ!」

『夢』のアイリの制止も無視して、俺は壁に頭を強打し続けた。
 その結果、見事俺は気絶に成功。

 意識が闇の中に落ちていった。


 ・・・・・・


 ――俺がアイリを拾ったのは、今から15年も前の事だ。

 当事の俺はまだ18歳。『多少』戦いに心得がある程度の、生意気なガキだったのだ。

 20年前、世界が滅亡しかけるほどの、大きな戦争が起きた。
 天上界に住む天族と、冥界に住む魔族とが、地上の支配権を巡り起こしたこの大戦。
 地上に住む多くの種族を巻き込み、戦いは苛烈を極めた。
 無論、俺たち人間も争いに巻き込まれ、多くの命が散っていった。
 そんな戦争を終結させたのが、6人の英雄と呼ばれる存在である。

 戦争終結後、俺は『色々』とあって、自分が産まれた国から追放されてしまった。

 行く宛てもなく彷徨う俺。ただ無心に街道を西に歩いてるとき、俺は運命的な出会いをしたのだ――

 森に囲まれた街道を歩いていた俺の耳に、赤子の泣き声が聞こえてきたのだ。
 最初は気のせいかと思ったが、木の根元に布で包まれた赤ん坊を見つけたときは、かなりの衝撃を受けたのを覚えている。

 まだ目も開いていないお猿さんみたいな顔。
 どう考えても生まれて間もない赤子であることは明白だった。
 俺は慌てて周囲の気配を探り、赤ん坊の親を探した。

 ――しかし、どれだけ探してもそれらしい気配を感知することができす、俺はようやく悟った。

 この子は……

 ――捨てられたのだと。

 その時、俺の心に生まれたのは、憤りよりも憐れみであった。
 
 この世界は、先の大戦の影響で、貧困にあえぐ人々がとても多いのだ。
 それこそ、子供を養うことが難しいほどに……

 それゆえ、捨て子など今の世間では珍しいことでもなかった。
 そういった子供は、協会や施設で保護されるのだが、いかんせん人員が足りていない。どうしたってあぶれてしまう者が出る。

 ここにいる子供も、きっとその内の一人なのだろう。

「これも、何かの縁、なのかねぇ……」

 俺は、その赤子を抱き上げて、顔を覗き込む。
 しわくちゃの顔を見つめていると、何故か愛おしさが込み上げてきた。

 彼女すらいたこともないというのに、俺は何段階もすっ飛ばして、いきなり父親になってしまったのだ。

 無論、きちんと育てることができるのかという不安はあった。

 しかし、ここでこの赤子を見捨てるという選択肢もありえない。

 それに、いくら街道に近いとは言え、こんな森に近い場所に放置されて、生き残っていたのだ。
 野犬や狼……魔物に食い殺されていてもおかしくなかっただろうに……

 そこに俺は運命さえ感じてしまった。

「これからよろしくな」

 そうして始まった俺の子育ては、全てが順調とは言えなかったが、この村に流れ着いてから知り合った友人達にも助けられて、無事に娘をここまで育て上げた。

 ちなみに、その知り合った友人と一緒に考えて付けた名前が、【アイリ】である。

 人々から、惜しまれない愛を注いでもらいながら育った娘は、美しく成長した。

 何処に出しても恥ずかしくない、自慢の娘だ。

 いや、どこに出しても恥ずかしくはないが、誰かの許に嫁いで行ってしまうのは嫌だ! 絶対に嫌だ!
 そんなことになったら俺は、相手を殺して存在ごと消滅させてやる!
 ああ、でもでも、娘の花嫁衣裳は是非とも見たい……
 きっと女神など屁でもないくらい神々しい姿になるだろう。
 間違いない。
 でも、結婚して俺の許から巣立っていくのは、身を引き裂かれる思いだ。

 くっ、ジレンマである……

 ああ、それならいっそ、俺と結婚でもしてくれればなぁ……


 ――なんてことを考えてしまったから、あんな夢を見たのだろう。


 いくら俺が親バカだと言っても、本気で娘と結婚など考えたりはしない。
 
 いずれは、俺から巣立っていくのだ。
 それは決められていること。
 アイリは美人だし、優しくて気立てもよく、家事だってお手の物。
 果ては、俺との稽古で身に付けた戦闘技術まで待ち合わせている。

 あれだけの器量だ。変な男に絡まれた時の備えもしておくのは当然であろう。

 とまぁ、それなりに、どころかかなり能力的にも優れている我が娘である。

 嫁ぎ先など、引く手あまただろう。
 
 だから、いつかは誰かと結婚して、アイリは幸せになる。
 幸せに、ならなければいけない。(まぁ、相手の男は確実に半殺しにはするけどな……)

 そのためには、あの夢が現実であってはいけないのだ。
 
 俺が、アイリの父である俺が、彼女の未来を閉ざすような真似は、例え死んでも、絶対に、許されない。

 例え血が繋がっていなくとも、父である俺と結婚するなどということは、絶対に……認めてはいけないのだ……

 さぁ、夢から覚めよう。

 そうしたらきっと、全てが、元通りになっているはずだから。
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