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俺の告白と娘の告白

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「――結婚しましょう!!」

 その言葉を聞いた俺の頭は、仕事を放棄した。

 それはそうだろう。
 何せこの言葉を発した張本人は、俺の……『娘』なのだから。

 いや、例えばこれがまだ、齢《よわい》一桁のあどけない少女が口にしていたなら、まだ大人の対応でどうにか切り抜けることもできただろう。
 しかし俺の娘は今年で15歳……この世界では成人として認められる年齢だ。
 分別はまだ曖昧でも、常識は身についてる年頃であり、更に言えばこれくらいの歳の女の子は、父親と距離を取ったりするのが普通だと思う。

 なのに――

「ずっと……ずっと、ずっと好きでした! だから、結婚しましょう!!」

 嫌われてはいないと思っていた。
 少なくとも、一般的な家庭よりは、俺達の親娘おやこ仲はいい方なんだと、そう思ってはいたが……

 しかし、それでもだ。

 ……どうして、こうなった?

 俺は、ようやく戻ってきた思考を無理やりかき集め、ここに至るまでの経緯を思い出すことにした。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「15歳の誕生日、おめでとう、アイリ。今日でお前も、立派に大人の仲間入りだな」
「はい、お祝いしてくれてありがとう、お父さん」

 冬の終わり。
 新緑の息吹が木々に宿り始めた頃。
 俺の娘であるアイリが、成人である15歳の誕生日を迎えた。
 今日は彼女のために、ささやかながらもパーティーを開いた。

 ガスランプの灯りに室内が照らされ、テーブルの上には、今日のために準備されたご馳走が並んでいる。

 アイリの淡いブラウンの三つ編みがふわりと揺れて、飴色の瞳が嬉しそうに細められる。
 親バカと言われるかもしれないが、アイリはとても綺麗で、相当な器量よしに育ったと思う。
 そんなめでたいこの日を祝うために、俺は数日前から準備に勤しみ、今に至る。

 そして今日、俺は娘に、ある重大な告白をするつもりでいた。
 
 アイリが俺の――『本当の娘』ではない、ということを。

 パーティーの準備とは、俺がこのことを告げるための、決心を固める期間でもあったわけだ。

「ふふ、おいしいね、これ」
「ああ、一杯食べなさい。今日はめでたい日なんだから」
「はい!」

 しかし、楽しそうにテーブルに広げられたご馳走に舌鼓したづつみを打つアイリの姿に、思わず決心が鈍りそうになる。
 だが、いつまでもこの事を隠してはおけない。

 どこかで伝えるべきだと、彼女がまだ幼いときから、ずっと思っていたのだ。
 だが、いざ言葉にしようとすると、彼女が俺から離れていく想像が脳裏をよぎり、伝えることができなかった。

 だが、それも終わりだ。

 アイリも今日で成人した。これ以上、目を逸らすことはできないところまで来てしまったのだ。

 俺は意を決して、アイリに真面目なトーンで声を掛けた。

「アイリ、すごく大事な話があるんだが、聞いてくれるか?」
「うん? 何、お父さん?」

 俺がってきた野鳥のローストを、アイリは綺麗に切り分けている。
 だが娘は俺の言葉に手を止めて、真っ直ぐにこちらを見返してきた。
 そこでまたしても、俺の決意が鈍りそうになる。

 しかし俺は奥歯を食い縛り、瞼を閉じる。
 ゆっくりと深呼吸を1つして、心を落ち着かせた。

「っ! アイリ……お前は、俺の大事な娘だ。今までも、そしてこれからも、ずっとずっと大事な娘だ!」
「え? は、はい。ありがとう、お父さん……で、でも急にどうしたの? 突然そんなことを言われたら、恥ずかしいよ……」

 アイリは、はにかんだ表情を浮かべ、頬を薄っすらと朱に染める。
 だが、俺の次の言葉で、この表情が消え失せるのかと思うと、心臓が抉り取られるような痛みが走る。

 それでも、伝えると決めたのだ!

「その、な……お前は……お前は……………………………………俺の……俺の本当の娘じゃないんだ!!!」
「……………………………………え?」

 ああ、言った。言ってしまった。
 これでもう、俺達はこれまでどおりの親娘ではいられない。

「お、お父さん、何言ってるの? 私達が、本当の親娘じゃないって……そんな……」
「……事実、なんだ。お前は、俺がこの村に来る途中で拾ったんだ……すぐに親がいないかを探しはした。でも、見付からなかったんだ……だから、俺が育てることにしたんだ。……今まで黙っていて、本当にすまない……」
「そんな……そんな、ことって……」
「くっ……」
 
 俺は、アイリの顔を真っ直ぐに見ることができなかった。
 情けない。
 こんなに弱い自分が情けなくて、心底嫌になる。

「…………」

 沈黙。
 先程までの楽しかった空気は、今はどこにもない。
 俺は、背けていた顔をゆっくりとアイリに向けた。

「っ……!」

 すると、アイリは俯いていた。
 肩を震わせ、何かを必死に堪えているようにも見える。

 前髪が目元を隠しているせいで、アイリの表情を窺う事ができない。
 だが、きっとその綺麗な顔を歪ませているに違いない。
 もし俺が同じことを伝えられたら、きっとそうなると思うから。

 何でずっと言ってくれなかったの?
 それじゃ、本当の両親はどこにいるの?
 本当の親でもないのに、私に嘘を吐いて、ずっと父親面をしていたの?
 今まで、ずっと騙していたの……?

 などなど、これからアイリにどのような言葉を浴びせられるのか。
 いずれにしても、悪い想像しか頭には浮かんでこない。

「アイリ……今まで黙っていて、すまなかった。……だが、これだけは分かって欲しい! 俺は、お前を実の娘のように愛している! 血の繋がりなどなくても、俺達にはそれ以上の絆がきっとあるって信じている!」

 青臭く、綺麗事を言っている自覚はある。
 それでも、言わずにはいられなかった。
 少なくとも、俺がアイリを心から愛していることだけは、疑って欲しくなかったから……

「ねぇ、お父さん……」

 そこで、アイリはようやく口を開いた。
 声が震えているのが分かる。
 それはそうだ。
 今まで親だと思っていた人物が、実は赤の他人であることが分かったのだから。

「なんだ?」

 俺は、努めて声を穏やかに保って、アイリの声に応える。

「今の話って、嘘じゃないんだよ、ね……?」
「ああ、そうだ。お前は、俺がこの村に来る途中に、近くの街道で拾ったんだ」

 それは、もう15年も前のことだ。
 俺が王都から追放され、宛てもなく彷徨っている時に、この子を拾った。
 当時の俺はまだ18歳のガキで、とても子供など育てることはできないと思っていたが、見捨てることもできず。
 この村に住む住人の助けも借りながら、彼女を育てたのだ。

「そう、なんだ……うん……そうだよね。お父さんって、こんなことで嘘を言う人じゃないのは、よく知ってるし……そっか、本当、なんだね……」
「アイリ……」

 娘からの信頼が、今は苦しい。
 本当なら、こんな話は嘘であってほしいと思っているのは、俺も同じだ。
 そんな逃げ腰の感情が喉まで出てくる。
 今まで幾多の敵と対峙してきたが、アイリ相手にだけは、どうしても引け腰になってしまう。

「そっか、私達……本当の親娘《おやこ》じゃないんだ……そっか……」

 ひどく静かなアイリの声に、俺は焦りを覚える。

「~~~~~~~~っ」

 アイリの肩が先程よりも大きく震えて、より深く俯いてしまう。

「ア、アイリ!」

 俺は思わず椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、アイリに駆け寄ろうとした。
 どんな言葉を掛けていいのかは分からなかった。
 だが、今はそんなことどうでもいい。
 俺は偽物でも父親だ。
 なら父として、悲しんでいる娘を慰めようと思うのは当然だろう!

 俺はテーブルを回り込み、アイリに近付く。

 そして、震えるその肩に手を乗せようとしたとき――アイリはガバッと顔を上げて、


「やったあああああ――――――っっ!!」


「ぐふっ!」

 もろ手を挙げて立ち上がり、そんな叫び声を発した。
 その瞬間に、俺の顎へと見事な頭突きを食らわせてくれる。
 その表情は、過去に俺が見た中でもっとも輝いていたと思う。 

「やった! 私とお父さん、血が繋がってないんだ! 最高だわ!!」
「えぇ~~…………」

 まさかの娘の反応に、俺は痛む顎を抑え、別の意味で泣きそうになそうになってしまう。
 
 ……そんな。まさか、俺と血が繋がっていないことを、ここまで喜ぶなんて。

 心臓にナイフを突き立てられるのなんて目じゃないほどのショックが、俺を襲う。
 何しろ、俺が覚悟していたのとはまったく違うベクトルで、娘に存在を否定されているのだから。
 俺はてっきり、深く悲しんだアイリが、なんでもっと早く言ってくれなかったの、とか。
 それじゃあもう、私達は親娘としてはやっていけないね……、とか。
 悲壮な話に方向が行くものだとばかり思っていた。

 しかし、それは全て、アイリが俺のことを少なくとも好きでいてくれていることを前提としていた。

 それが、まさか、よりによって、

 親娘じゃないことを、そんなに喜ばれるなんて……

「ア、アイリ……お前、俺が本当の父親じゃないことが、そんなに嬉しいのか?」
「それはそうよ! お父さんが本当のお父さんじゃなかったらよかったのになぁ、って、私がどれくらい想像したと思ってるのっ!」

 ガ――――ン!!!

「そ、そんな……」

 まさか、俺はそこまで嫌われていたのか。
 血が繋がっていなければよかった、と思われてしまうほどに……

「ふふ、ふふふふ……」
「…………」

 俺は、頬に手を当てて体をくねらせるアイリを盗み見ながら、

 ガクッ!

 と、床に両手を付いて、突っ伏してしまった。
 だが、娘はそんな俺に構わず、傍に近付いてくると膝を折り、満面の笑みを向けてきた。

「ねぇ、お父さん!」
「あい……?」

 もう涙や鼻水やらでどえらいことになっている俺。
 対してアイリは笑顔のまま、その口を開いて、

「これなら、これなら私達――!」

 ああ、この娘はこんな状態の俺に、これ以上どんな仕打ちを仕掛けようというのだ。

 だが、もうすでに生きる気力も根こそぎ奪われた俺に、アイリはこんな言葉を投げ掛けてくる。

「私達――できるってことよね?! それならお父さん! 私と

 ――結婚しましょう!!」

「は?」

 いや、待て……待て待て待て……っ!

 予想の斜め上を行く娘の発言に、俺の頭は、今度こそ真っ白になってしまった。
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