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廃村の亡霊編

亡者 2

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 時を遡り、昨日の夜。

『天馬さん。恐らくですが、これから向かう村は、殺された住人たちの霊魂で溢れている可能性が非常に高いです。確定ではありませんが、十中八九、いるものと考えておいた方がいいでしょう』

 残念ながら、ディーのこの予想は的中してしまった。

『もし何も対策を打たなかった場合、天馬さんを除く者たち全員が、魑魅魍魎ちみもうりょうの世界に引きずり込まれてしまいます』

 そして、このままでは皆が危険に晒されてしまうことも警告された。

『ですから、天馬さんには二つのスキルを習得していただきます。今回の事態からみなを守るスキルが一つ。そしてもうひとつは、事態を解決するためのスキルです。そのスキルは――』




「(【聖域】と【浄化】……このスキルがなかったら、今頃この家の中は、亡者で溢れてただろうな……)」

 この二つのスキル。

 まず――【聖域】はこの非常事態において、かなり役に立っている。

 天馬が侵入を許可しない限り、『邪悪な者』は入ってくることが絶対にできない領域を展開できる。
 村に入り口に残してきた皆を守っている結界も、今この家の周囲を守っている結界も、どちらも【聖域】のよって張られたものだ。
 発動中は、天馬の魔力を常に消費して結界を維持するのだが、天馬の魔力量は桁外れに膨大だ。無尽蔵と言ってもいい。
 実質、時間制限なしに結界を張り続けられる。

 そして、もう一つのスキル――【浄化】。
 
 今回の事態を可決するための要である。
 その効果は、天馬を中心とした一定範囲内に存在する不浄なもの――物体、非物体を問わず、あらゆる穢れを払い、清めることができる、というものだ。

 例えば、物理的な体の汚れを落としたり、汚染された水、空気、大地を綺麗にすることも出来る。
 また、黒く淀んだひとの心を浄化し、清めることも可能である。

 ただし今回の場合、このスキルを最も効果的を発揮するには、村の中心で発動する必要がある。
 非常に協力な力で範囲内の空間を浄化することができるこの能力は、使用回数に制限があり、1日に1回までしか使えないのだ。

 村全体を覆い尽くし、一度に亡者たちを昇天させるには、無駄撃ちはできない。適当な場所で発動してしまい、効果範囲にムラができては霊を取り逃がしてしまう。それは、のちのち最悪の事態を招きかねないだろう。

 スキルの熟練度を上げれば、回数も範囲も増えるそうだが、今は望めないのが現状だ。

 試行回数を増やして、霊たちを昇天させることもできなくはないが、そうなると数日間は村に入れなくなる。

 外に待たせている者たちの中には子供もいる。
 何日も野宿をさせるわけにはいかない。

 この世界では、例え風邪でも油断すれば死に至る病なのだ。
 特に今、子供たちの体力は落ちている。
 いつ体調を崩すかも分からない現状。いつまでも外で寝泊まりはさせられない。

「(できれば、夕方までには決着を着けたいところだけど……)」

 しかしこのままアリーチェを連れ回して行動するのも非常に危険だ。
 村の中心地には、まるで渦巻く黒い奔流のような魔力が吹き出している。

 天馬は、船での騒動以来、徐々にそういった魔力の流れを読み取れるようになっていた。
 
 その感覚が、天馬に警告する。

 ――アリーチェを、決してそこに連れていってはいけないと。

「(仕方ない。一度戻るか)」

 今ならまだ、亡者は集まりきっていない。逃げることは十分に可能だろう。

「アリーチェさん、落ち着きましたか?」
「ぐすっ……ごめん。こんな、みっともない姿を……」
「もういいですよ。気にしないでください。……アリーチェさん、皆のところに戻りましょう」
「うん……」

 アリーチェはこくんと頷いた。

 よほどこの状況が怖いのだろう。
 素直に了承してくる。

「それでは行きましょう。あ、それと注意点です。もし、ここから外に出て、わたしが話し掛けたとしても、『絶対に応じてはいけません』。いいですね?」
「え? どうして……?」
「それは……『本当に』声を掛けたのが、わたしである保証がないからです」
「???」

 意味がよく分かっていないらしく、首を傾げてしまうアリーチェ。

 天馬が注意したのは、亡者達の呼び声に反応しないように、ということだ。
 彼等は、生者に異様な執着を見せてくる。
 先ほど遭遇した男性も、アリーチェが生きている者だからこそ、その手を伸ばしたのだ。

 そして、亡者達は自分達の呼び掛けに応じた者達を、自分達の領域へと引きずり込んでしまう。

 そうなれば、めでたく彼らと同じ、地上を彷徨う亡霊の仲間入りである。

 この話は、昨晩にディーから聞いた話だ。

 もっとも、天馬に亡者達は直接的には手が出せない、というらしいので、そこまで気にしなくていいとも言われたが、正直聞いておいてよかったと今は思える。

 しかし、このことをアリーチェに伝えては、必要以上に怖がらせることになってしまうかもしれない。

 本当は事実を話して、注意を促すべきなのだろうが、精神的に不安定な今のアリーチェに伝えることは、少々酷ではないかと思ってしまった。

 それに、これを伝えることで彼女の動きが鈍ってしまっては、ここから逃げるのに支障が出るかもしれない。

「(その分、俺がしっかりと彼女を守らないと……)」

 伝えないことによるリスクを彼女に背負わせるからには、その分天馬が、アリーチェのことをフォローしなければならない。
 そう意気込んで、結局アリーチェには、声に応えてはいけない理由は伏せることにした。

「ひとまず、今言ったことは絶対に守って下さい。そうすれば、わたしがちゃんと皆のいる場所まで、アリーチェさんを送り届けますから」
「あ、あの、お姉さま! お姉さまは、その後どうするつもりなの?」

 どこか不安げに、天馬の方へ視線を向けてくるアリーチェ。
 そんな彼女に、天馬は穏やかな笑みを浮かべて見せた。

「……わたしは……外にいる霊たちを慰めようと思います。そうしなければ、わたしたちがここに住むことは、できそうもありませんから……」
「それって、危険じゃないの……?」

 天馬の言葉に、アリーチェはより一層表情を険しくする。

「心配してくれてありがとうございます。ですが、わたしは大丈夫です。彼等はわたしに手を出すことはできません。むしろ、アリーチェさんがここにいることの方が危険です」
「……それって、私はお姉さまの邪魔、ってことよね……」
「っ……それは……」

 アリーチェの言葉に、天馬は咄嗟に答えることができなかった。
 しかし、言い淀んでしまった時点で肯定しているのと同じことだ。
 天馬は表情を引き締めて、アリーチェと向き合った。

「……ええ。ここにアリーチェさんがいても、出来ることはありません。ですから、皆さんの所に戻ってもらいます」
「っ……」

 厳しい天馬の物言いに、下唇を噛んでアリーチェは俯いた。
 天馬も、そんな彼女を前に罪悪感が沸いてくる。

 しかし、ここで下手に慰めたりはしない。
 それは、彼女の為になることではないからだ。
 アリーチェは祓魔師エクソシストでもなければ退魔師でもない。

 そんな彼女をこれ以上この事態に巻き込んで、もしなにかあれば、天馬は己を許せなくなるだろう。

 それゆえに、今回は多少厳しくも、彼女の安全のためにはやむなしと、天馬は苦いものを飲み下す。

「そうよね。私がいたって、なにもできないもの。お姉さまの足を引っ張るだけ。ううん。もう引っ張ってるのよね……」

 どこか自嘲気味に笑うアリーチェを前に、天馬はいたたまれない気持ちにさせられる。

 しかし、天馬は努めて表情を柔らかくすると、アリーチェの顔を自分に向かせて、まっすぐにその瞳を覗き込む。

「アリーチェさん」
「な、何?」

 思いがけず天馬と近くで見つめ合う形になったアリーチェは、顔に熱を感じた。

「その、お願いがあります。今回のことを無事に解決できたそのときは、わたしに何か、ご褒美をくれませんか?」
「え?」
「えと、ダメですか? もしアリーチェさんがご褒美を用意してくれたら、わたしももう少しやる気が出るんだけどなぁ」

 などと、天馬は少しおどけた口調で、そんなことを口にした。
 アリーチェは、そんな天馬に目を瞬かせて、驚いた表情を浮かべる。

 しかし、それも一瞬だった。

「う、ううん! 全然問題なんてないわ! 任せて! わたしにできることなら、何でもしてあげる!」
「はは、ありがとうございます。それじゃ、アリーチェさんからのご褒美を貰うためにも、ちゃんと無事に送り届けて、この幽霊騒動を解決しなくちゃいけませんね」

 先程までの陰鬱とした表情は消え失せて、代わりにやる気が溢れた力強い顔を見せてくれるアリーチェの頭を、天馬はそっと撫でた。

「はうっ、お姉さま、くすぐったい……」
「はは……」

 外の状況に対して、和やかな空気が流れる家の中。

「さて、それじゃそろそ行きましょうか。もう一回言いますが、ここから一歩外に出たら、誰に声をかけられても、決して反応しないこと。それともうひとつ。わたしの手を、決して放してはダメですからね」

 天馬は、先程の警告に合わせて、もう一つ追加する。

「わたしの近くにいれば、霊たちは決してアリーチェさんに手出しすることはできません。もし仮にアリーチェさんの体に彼らが触れてきても、慌てず、落ち着いて。その時は、わたしがすぐに追い払いますから。いいですね? 約束ですよ?」
「わ、分かったわ」

 緊張した表情で頷くアリーチェに、天馬は右手の小指を立てて、そっと差し出した。

「それじゃ、指切りをしましょう」
「? えと、『ゆびきり』、って何?」
「あ、指切り、知らないんですね」
 
 そういえば、ここは異世界で、中世の時代だった。
 指切りとは、地球の近世に入ってからの文化だ。

 彼女たちが知らないのも無理はない。

「え~と、指切りというのはですね……」

 天馬は、アリーチェの手をそっと掴み、自分の小指を相手の小指に絡ませた。
 その瞬間、アリーチェの顔が真っ赤に染まったのだが、天馬はその事に気付かなかった。

「こうやって指を絡ませた状態で、『ゆ~びき~りげんま~ん、うそついた~らはり千本の~ます……ゆ~びきった!』……という感じで、相手と大切な約束をするときに使うんですよ」

 天馬は絡めた小指同士を上下させ、歌の最後に小指の繋がりを切った。
 アリーチェは、自分の小指をじっと見つめている。

「ねぇ、今の歌って、どういう意味なの?」
「交わした約束が破られたとき、罰として針を千本飲まされる、って意味ですよ」
「け、結構、怖い文化なのね」

 アリーチェの表情がひきつり、体がぶるりと震えた。

「はは、実際に針を飲ませることはありません。ただ、それだけの気持ちでお互いに約束を守りましょう、という想いを込めて、このおまじないを交わすんです」
「そうなのね。……うん、分かったわ。お姉さまとの約束、絶対に守るから。今度こそ、ちゃんと」
「はい、お願いします」

 アリーチェの真面目な表情に、天馬は笑顔で応えた。

「だって、針を千本も飲んだら死んじゃうもの!」
「ぷっ、あはははっ!」

 一転してそんな冗談を飛ばすアリーチェ。
 本当は、もっと緊張感を持つべき所なのだろうが、今はこれでいいのだと思える。

 過度な緊張は動きを鈍らせる。

 それよりは、こうして余裕を持っていた方が何倍もいいに決まっている。

「さて、それじゃ行きましょうか」
「ええ」

 二人はしっかりと手を繋ぎ、家の外に出る。

「「…………」」

 どちらも無言。
 結界を張っておいたお陰か、家の周囲にいる亡者の数は多くない。
 しかし、いずれもこちらに向かって、木の虚のように空洞になった目を向けてくる。

 アリーチェはそんな彼らから隠れるように、天馬の腕にしがみついて顔を隠した。
 
「(……行くか)」

 顔を隠したアリーチェの手を強く握り締め、彼女も強く握り返してくる。

 アリーチェの対応は正解だ。

 亡者の姿を常人がずっと見続けると、精神に異常をきたす恐れがあるのだ。

 これも、昨日の夜にディーから教えてもらったことだ。

「(慎重に行こう)」

 先程のように走ったりはせず、ゆっくりと歩く。
 走っていると視野が狭くなる。もしそんな状態で、アリーチェの姿を見失ったらと思うとゾッとする。
 さっきは逃げることを優先して走ったが、今思えば無謀な行動だったと反省する。

 入り口までは、どんなに歩いても10分ほどだ。

「(慌てる必要はない)」

 そう思いながら、慎重に来た道を引き返す。





 しかし……

「(…………え?)」





 ――1時間以上、村を歩いたにも関わらず、天馬たちは村の入り口に辿り着くことは、


 できなかった……
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