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幕間 1

女神と女神

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「随分と思い切ったことをなさいましたね」

 ディーは、卓袱台を間に挟んだ向こう側で、昔ながらのアナログテレビを見ている上司に、正座をしながら声を掛けた。

 桜色の長髪を無造作に畳の上で広げ、着崩して色々と見えてしまいかねないだらしない格好をした女神。

 ディーに背中を見せたまま、横になってテレビを見るその姿は、間違いなく休日のオッサンだった。

 天馬いわく、『堕女神』である。

 そんな彼女が、気だるげにディーへと振り返った。

「何が~? 私は適当にあの子の『援助』をしてあげたつもりなんだけど?」
「あれはやりすぎです! 下手をすれば、天馬さんが『消滅』していた可能性もあったのですよ!」
「でも、実際には何も問題なかったでしょ?」
「それは結果論です! そもそも――」

 ディーは上役の女神に、憤りをぶつけていた。
 その理由というのが……

「【戦女神】、【女神の加護】……どちらも女神ポイントが『500は必要な上位スキル』ですよ?! 消費する魔力も膨大……いまだに女神として不完全な天馬さんの体には、負荷が大きすぎます! それを、たったの『20ポイント』で習得できるようにするなど、どうかしているとしか思えません!!」
「でも、あの子は使いこなしたわよ? まだまだ粗削りだけど、魔力の使い方は優秀だし、問題ないわよ」
「しかし!」
「ディー」

 なおも食い下がろうとするディーに、女神は静かに、しかし有無を言わせないほどの威圧感を含ませた冷たい声で名を呼ぶ。

「っ…………」

 途端、ディーの体から嫌な汗が吹き出し、背中を濡らす。
 ドキンと心臓が跳ねて、体が緊張で硬直した。

「大丈夫よ。あの子は『特別』なの。魔法の習得速度も早く、環境への適応能力も高い……そして、着実に女神化が進行している。全て順調なの。貴女の心配も分からないではないけれど、あまり口出しはしないでもらえると助かるわね」
「特別…………それは、彼が死ぬはずのない運命で死んだことですか?」
「そうよ。でも、それだけじゃない。――天城天馬……彼が内包している魂は、『特殊なもの』よ。それこそ、本来辿る筈だった運命を、捻曲げるくらいに……」

 女神は、視線だけをディーに向け、とつとつと語り始めた。

「だから、他の女神達に、彼の魂が確保される前に手を打って、私の世界に転生させたの」

 あの時、女神は天馬に、『嘘の説明』をしたのだ。
 神の予測を裏切って死んだ天馬の魂――それを、自分達の世界に転生させることを、他の女神は拒否している、と彼女は説明した。

 しかし実際は、他の女神が、自分の世界に彼の魂を転生させることを拒んだ、という事実は

 ……『なかった』のだ。

 本当のところは、彼が死んだことすら、他の女神は気付いておらず、転生を拒否する以前に、天馬の存在自体を知らない。

 それは、彼の魂を、この部屋にいる女神が真っ先に確保に走ったからだ。

「魂を転生させるためには、転生課の協力が必要だったから、あんたに声を掛けた。それに私が直接動いていることを、他の女神や神に知られたくないから、あんたにあの子のサポートをお願いしてはいるけど……私のやり方に口出しをするのは、遠慮してほしいわね。私は私なりに、色々と考えて動いてるんだから……」

 女神は、温度の感じられない声で、ディーに必要以上に干渉するなと釘を刺してくる。
 思わず俯いてしまいそうになるディーだったが、天馬の身を案じる彼女は、体を小さく震わせ、小声になりながらも、目の前の存在に果敢に立ち向かった。

「で、ですが女神様……あの者の魂は、女神様が言うほど強固ではありません……強引に女神化を進めては、魂の消滅もありえ……」
「それだけは絶対にないわ」
「え?」

 言いきった。
 目の前の女神は、静かに体を起こすと、テレビを消してディーを真っ直ぐに見据えた。

「ようやく『見付けた』の、あの魂を……だから、消滅なんてさせない。私がさせない。絶対に……」

 いつもの飄々とした態度ではない。

 ディーが今までは見たことのない、真剣な表情で、女神はディーを見つめてきた。

 そこには、天馬に対する彼女の執着がハッキリと見てとれた。
 何故、そこまで執心しているにも関わらず、危険な真似をしたのか。

 ディーは女神の矛盾した行為に、更に疑問を深めるも、追求して答えてくれる雰囲気でもなさそうだと、小さく息を吐いて目を伏せた。

「分かりました……女神様がそこまで言うのであれば、私はもう、これ以上なにも言いません。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。あんただって、あの子が心配で私に意見したことくらい、分かってるから。さっきは私も少し、大人気ないことをしたわね、ごめんなさい……それにしても……」

 と、ふいに女神は、ディーの傍に近付き、その華奢な体を抱き締めた。

「っ?! あの、女神様、何を?!」
「ディー、あんた最近、ますます私と距離を取るようになったわね……昔は、私の後ろをくっついてきて、『お母さん』って、一杯甘えてくれたのに」
「い、いつの頃の話ですか! もう数万年も前のことじゃないですか!」

 顔を赤くしながら、女神を引き剥がずディー。

 思わず体に触れた温もりに、先程とは別の意味で動機が激しくなる。

「数万年なんて、私からすれば昨日のことのようだわ。それに幾つになったって、私にとってあんたは子供……離れていっちゃうことを、寂しく思わないわけないじゃない」
「そ、それは……ですが私は、あなた様の本当の子供では……」
「何? まだあんた、自分が神に造られた【ホムンクルス】だってことを気にしてるの? くだらないわよ、そんなこと」
「く、くだらないって! 私は真剣にその事を悩んで!」
「くだらない。だって、あんたは私の自慢の娘の一人だもの。私がそう思ってるの。だから、あんたが他の姉妹に劣等感を抱く必要はないの。分かった?」

 先程とは打って代わり、優しい顔をする女神に、ディーは顔を耳の裏まで真っ赤に染めた。

「ほら、こっちに来なさい。久しぶりに膝枕してあげる」

 女神の言葉に、ディーは躊躇を見せるも、何故か逆らうことができず、顔を赤くして俯いたまま、そっと彼女に近付いた。

「いらっしゃい」
「はい、お母様……」

 ディーは、女神の太股に頭を乗せる。
 すると、心の底から安心するような、母の温もりと香りに包まれ、体が弛緩した。

「私としては、お母さん、とか、ママ、の方が嬉しいんだけど?」
「……お母さんはともかく、ママは少し……」
「じゃあ、今度からはお母様、なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、昔みたいに呼びなさい。いいわね?」
「……はい、お母さん……」

 髪を優しく撫でられて、ディーは思わず睡魔に襲われた。
 居心地が良すぎる母の膝枕に、ディーは抗うことができず、日頃の疲れも相まって、眠りに落ちてしまった。

「すぅ……すぅ……すぅ……」
「ふふ……こうしてると、本当に可愛い顔をしてるのに、いつも真面目な顔ばかりなんだから……」

 そんなことを言いつつ、ディーに向ける彼女の表情は慈愛に満ちており、そこにいたのは、間違いなく立派な女神であり、母の姿であった。

「あの子にも、いつかこんなことをしてあげられる日が、来るのかしらね……」

 女神は、今も向こうの世界で、四苦八苦しながらも、懸命に生きているであろう存在を思い、少しだけ、寂しそうな表情を浮かべるのであった。
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