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奴隷編
不殺の武器
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天馬達が行動を開始する少し前。
「それでは、まず武器を用意しましょう」
そう口にすると、天馬は部屋の皆を奧に下がらせる。
指先に魔力を集中させると、高圧縮で放出された水で、壁を切断し始めた。
天馬の突然の行動に、部屋の中でどよめきがおこる。
「(必要なのは『盾』と、素人でも扱いやすい『槍』がいいな……)」
以前、ウォルシーパイソンをぶつ切りにした魔法――ウォーターカッター――を使用して、部屋の壁を武器に加工していく。
部屋の壁を長方形に切り取って、それを合計4枚ほど準備。うち1枚は、風の魔法を使って10本の棒状のものを作り出した。
「壁をそのまま使った盾が3枚に……槍が10本……」
壁をくり貫いた板は、そのまま盾に。
木の棒は槍と口にしてはいるが、先端は尖らせず、そのままだ。
「(あまり壁をくり貫くと、船の構造上、床が抜けるかもしれないな……)」
この部屋から頂戴する材料はこの程度でいいか、と天馬は頷き、槍を角材の状態から角を取り除き、八角形に整形。
部屋の中で体格が最も大きな獣人に3枚の盾を渡し、残った男性陣には槍を渡す。
「これで、最低限戦うことができるはずです。盾はただ壁を使っているだけですけど、相手の武器は短剣です。よほどのことがないかぎりは、盾を貫通することはないと思います」
盾に覗き窓はあえて作らなかった。
そこを狙われて、目を攻撃されても厄介だからだ。
それに、今回の戦術に覗き窓はいらない。
何せ、船の外に出るまでは、狭い通路を前進して相手と対峙するのだ。
盾持ちが二人も横に並べば、通路は一杯である。
これを前方と後方にそれぞれ配置し、敵の攻撃を凌ぎつつ、槍で突きながら押し進むのだ。
これはローマ軍で採用されていた【テストゥド】という歩兵戦術に似ている。
「なぁ、テルマさん。この槍だけどよ、先が尖ってねぇんだが……これじゃ、相手を貫くことはできねぇぜ?」
と、槍を渡した獣人の一人が、そんなことを口にする。
天馬も、その疑問が出ることは予想していた。
「ええ、それはそうですよ。それは相手を突き殺す道具ではありませんから」
「「え……」」
天馬の言葉を受けて、周りの者達がポカンとした表情を浮かべる。
「そ、それじゃ意味がないじゃないですか! 相手はあきらかにこっちを殺しに掛かりますよ! それなら、こっちも相手を殺すつもりでいかないと!」
「ではお聞きしますが。この中で、槍をまとも扱ったことがある方はいますか?」
「え、あ~、いやそれは……」
先程声を上げた獣人の他、手を挙げる者は誰もいない。
「いないんですね……」
天馬はほぅと口から息を吐き出し、少し呆れた様子になる。
「いいですか? 仮に槍を尖らせて、相手の体を貫くようにできたとします。ですが、皆さんは槍の扱いは素人です。それでは、もし相手に槍がうまく刺さったとしても、すぐに抜くことが出来ない場合もあります」
人体とはかなり複雑なつくりをしている。
突き入れた槍がもし骨や筋肉に引っかかりでもすれば、容易には抜けないかもしれない。
それでまごついている間に、相手に接近を許してしまえばどうなるか。
槍はその長さをいかして戦うことが出来る反面、相手に懐へと入られれば苦戦をしいられる。
ましてや、槍をまともに使ったことがないずぶの素人である。
確実に殺されてしまう。
なにせ、相手の武器は小回りがきく短剣なのだ。
近付かれた場合の不利が大きすぎる。
天馬は、一通り説明を終えると、最後にこう付け加えた。
「それに、皆さんにはひと殺しになってほしくありません……例え相手が盗賊でも、憎い仇でも、ひとの命を奪えば、深い罪を背負うことになります……綺麗事と言われるかもしれませんが、それでもわたしは、皆さんにそんな重荷を背負ってほしくないんです……」
「で、でも、こっちだって戦いに慣れてるわけじゃねえし……相手を殺さず無力化できるだけ強いわけでも……」
獣人男性の言葉に、天馬はすかさず答える。
「それでしたら、わたしが『力』を与えます。皆さんが、誰も殺さないように戦えるだけの、圧倒的な力を……」
天馬は、ぐっと拳を握り、真摯に部屋の全員に目配せした。
「ですからどうか。むやみにひとを殺すのはやめてください。お願いします」
天馬は、腰を直角に折るほど、深く頭を下げた。
「「……」」
天馬の言葉に戸惑った様子の彼らだったが、ふいに、シャーロットが言葉を発した。
「……はぁ、分かりましたわ……テルマさんがそこまで仰るのであれば、わたくしに異存はありません。できればあいつらには地獄をみてほしかったのですが……わたくし達がこうして動けるのも、テルマさんがいてこそ……貴女の指示に従いますわ」
どこか皮肉気味な口調で返すシャーロットだが、その表情は穏やかで、天馬の言葉にそこまで強く抵抗を覚えているわけではなさそうだ。
「う~ん、そうね。あたしもそれでいいや……義兄さんを殺した連中は許せないけど……今回は我慢する……お姉ちゃんは?」
「…………私は――」
サヨに振られて、目を伏せるヨル。彼女は一拍の間を開けて、そっと口を開いた。
「私は、あの者達を、どうしても許すことはできそうにありません……本当なら、今すぐにでもあの者たち全員に、あのひとと同じ目に遭わせてやりたい……」
「っ、ヨルさん……」
思いがけず飛び出したヨルの憎しみが篭った声に、天馬は狼狽えた。
サヨから、ヨルの夫が無残に殺されたことは聞いている。
その悲しみの深さは、先日天馬に抱き付いて涙を流したことからも理解していたつもりだったが。
しかし、あの温和に見えたヨルから、ここまでハッキリとした憎しみと殺意が湧き出るとは。
「(……いや、そうだよな……家族を……愛するひとを拷問されて、最後には殺される瞬間を目撃したら、誰だって……)」
天馬は、もし前世で自分の家族が、強盗に殺されたら……そう考えただけで、その犯人を殺したいほどに憎んだであろうと、容易に想像できた。
――でも、それでもだ。
天馬は俯きそうになる心を奮い立たせ、ヨルに歩み寄ろうと足を動かした。
しかし、その前にヨルの方から……
「ですけど……私は、その思いを殺します……だって……」
ヨルは、そっと自分のお腹を愛しそうに見つめ、慈しむような表情で撫でた。
「この子を抱く手が、憎しみの血で汚れているわけには、いかないじゃないですか……」
目尻から雫が溢れそうになるヨルの傍に、妹であるサヨがそっと寄り添う。
「生まれてくる子供を抱くときは、綺麗な手で抱き締めてあげたい……それに、あのひとも、私が誰かの血で汚れることを、望んだりはしないでしょうから……」
「うん。義兄さんは、お姉ちゃんのことすっごく愛してたもん……だからきっと、自分のせいでお姉ちゃんが誰かを殺すことになるのは、イヤじゃないかな……」
「そう、よね……っ~~!」
ヨルはサヨの胸に顔を埋めて、小さく嗚咽を漏らし始めた。
そこの光景を目にした天馬は、ヨルという存在の強さに惹かれた。
彼女は、誰かを憎むよりも、母として、自分の子供に惜しみない愛情を注ぐことを心に決めたのだ。
気高く、なんと尊い絆だろうと、天馬はヨルたち家族のことを、とても羨ましく思えた。
「ヨルさん、ありがとうございます……思いとどまってくれて、本当に、ありがとうございます……」
天馬は、深々とヨルに頭を下げた。
「いいえ、テルマさん……こう思えた切っ掛けは、そもそも貴女のおかげなんですよ?」
「え?」
思いがけず掛けられたヨルの言葉に、天馬は慌てて顔を上げた。
「少し前の私は、夫を殺した彼等がどうしても許せなくて……心はずっと憎しみに捕らわれて、最近では、人という種族すら憎くてたまらなかった……ですが、貴女と出会って、見かたが変わりました……」
「……」
ヨルの言葉に、天馬は黙って耳を傾けた。
「最初の切っ掛けは、妹を助けてくれたこと……ですが、あの時は変な袋を被っていて、貴女の種族までは分かりませんでしたが、いいひとなんだな、ということだけは理解できました」
部屋に天馬が放り込まれた当初は、顔が半分崩壊していた為に、盗賊達によって天馬の顔には袋で隠されたのだ。
「そこで、醜い容姿を晒したくないと言って、顔を隠そうとして……いざ実際に顔を拝見すれば、凄く綺麗なひとで……」
ヨルは、涙に塗れた瞳で、天馬の顔を見つめてくる。
「そして、私達に分け隔てのない態度で接してくれて……私の事も、妹のことも、いっぱい慰めてくれました……」
淡く微笑み彼女は魅力的で、天馬は思わずその表情に見惚れてしまいそうになる。
「すごく優しくて……でも、時々面白くて……」
ヨルは、もう一度目を閉じて、胸にそっと手を当てた。
「そんな貴女がいたから、私は、人に対する憎しみを抑えられました。貴女がいたから、子供に惜しみない愛を注ぐことができようになりました……貴女がいたから、私は――これからも母親でいることが、できそうです」
ヨルの目が開き、一滴の涙が頬を流れ落ちる。
天馬もそれに釣られて、鼻がツンとくるのを自覚した。
「テルマ、アタシ達は相手を殺さずに、この戦いに勝てるの?」
サヨが、力強い眼差しで、天馬に視線を送ってきた。
それを受けて、天馬は、ぐしっ、と手で瞳から溢れる涙を拭うと、表情を引き締める。
「勝てます。わたしが、絶対に皆さんを勝たせてみせます! この戦いで、誰一人命を落とすことなく、誰も殺させず! 胸を張って明日を迎えられるように! わたしが、力を貸します!!」
天馬の宣言に、一同が一斉に深く頷く。
この場にいる全員の意思は固まった。
ならば次は……
「では、戦えるひと達は、わたしに付いて来て下さい。それと、ヨルさんとレアちゃんは、わたしの中に」
妊婦であるヨルと、幼いレアは天馬が保護することに。
その際にまた服を脱ぐ羽目になったが、今度はシャーロットが最初からフォーローしてくれた。
戦いが始まったら、男性陣は武器を手に前線に出てもらい、女性陣は後方で、無力化した盗賊達を拘束してもらう。
ただ、いくら弱っていても、相手は屈強な盗賊。
万が一のないように、武器を持っていない男性と一緒に行動してもらう。
そして、
「では、部屋を出て人の方達と合流しましょう。大丈夫です。彼らも皆さんと協力することには前向きでした。きっと、うまく助け合っていけるはずです」
天馬達は部屋を後にし、通路を挟んだ先にある、人達の部屋へと向かった。
「それでは、まず武器を用意しましょう」
そう口にすると、天馬は部屋の皆を奧に下がらせる。
指先に魔力を集中させると、高圧縮で放出された水で、壁を切断し始めた。
天馬の突然の行動に、部屋の中でどよめきがおこる。
「(必要なのは『盾』と、素人でも扱いやすい『槍』がいいな……)」
以前、ウォルシーパイソンをぶつ切りにした魔法――ウォーターカッター――を使用して、部屋の壁を武器に加工していく。
部屋の壁を長方形に切り取って、それを合計4枚ほど準備。うち1枚は、風の魔法を使って10本の棒状のものを作り出した。
「壁をそのまま使った盾が3枚に……槍が10本……」
壁をくり貫いた板は、そのまま盾に。
木の棒は槍と口にしてはいるが、先端は尖らせず、そのままだ。
「(あまり壁をくり貫くと、船の構造上、床が抜けるかもしれないな……)」
この部屋から頂戴する材料はこの程度でいいか、と天馬は頷き、槍を角材の状態から角を取り除き、八角形に整形。
部屋の中で体格が最も大きな獣人に3枚の盾を渡し、残った男性陣には槍を渡す。
「これで、最低限戦うことができるはずです。盾はただ壁を使っているだけですけど、相手の武器は短剣です。よほどのことがないかぎりは、盾を貫通することはないと思います」
盾に覗き窓はあえて作らなかった。
そこを狙われて、目を攻撃されても厄介だからだ。
それに、今回の戦術に覗き窓はいらない。
何せ、船の外に出るまでは、狭い通路を前進して相手と対峙するのだ。
盾持ちが二人も横に並べば、通路は一杯である。
これを前方と後方にそれぞれ配置し、敵の攻撃を凌ぎつつ、槍で突きながら押し進むのだ。
これはローマ軍で採用されていた【テストゥド】という歩兵戦術に似ている。
「なぁ、テルマさん。この槍だけどよ、先が尖ってねぇんだが……これじゃ、相手を貫くことはできねぇぜ?」
と、槍を渡した獣人の一人が、そんなことを口にする。
天馬も、その疑問が出ることは予想していた。
「ええ、それはそうですよ。それは相手を突き殺す道具ではありませんから」
「「え……」」
天馬の言葉を受けて、周りの者達がポカンとした表情を浮かべる。
「そ、それじゃ意味がないじゃないですか! 相手はあきらかにこっちを殺しに掛かりますよ! それなら、こっちも相手を殺すつもりでいかないと!」
「ではお聞きしますが。この中で、槍をまとも扱ったことがある方はいますか?」
「え、あ~、いやそれは……」
先程声を上げた獣人の他、手を挙げる者は誰もいない。
「いないんですね……」
天馬はほぅと口から息を吐き出し、少し呆れた様子になる。
「いいですか? 仮に槍を尖らせて、相手の体を貫くようにできたとします。ですが、皆さんは槍の扱いは素人です。それでは、もし相手に槍がうまく刺さったとしても、すぐに抜くことが出来ない場合もあります」
人体とはかなり複雑なつくりをしている。
突き入れた槍がもし骨や筋肉に引っかかりでもすれば、容易には抜けないかもしれない。
それでまごついている間に、相手に接近を許してしまえばどうなるか。
槍はその長さをいかして戦うことが出来る反面、相手に懐へと入られれば苦戦をしいられる。
ましてや、槍をまともに使ったことがないずぶの素人である。
確実に殺されてしまう。
なにせ、相手の武器は小回りがきく短剣なのだ。
近付かれた場合の不利が大きすぎる。
天馬は、一通り説明を終えると、最後にこう付け加えた。
「それに、皆さんにはひと殺しになってほしくありません……例え相手が盗賊でも、憎い仇でも、ひとの命を奪えば、深い罪を背負うことになります……綺麗事と言われるかもしれませんが、それでもわたしは、皆さんにそんな重荷を背負ってほしくないんです……」
「で、でも、こっちだって戦いに慣れてるわけじゃねえし……相手を殺さず無力化できるだけ強いわけでも……」
獣人男性の言葉に、天馬はすかさず答える。
「それでしたら、わたしが『力』を与えます。皆さんが、誰も殺さないように戦えるだけの、圧倒的な力を……」
天馬は、ぐっと拳を握り、真摯に部屋の全員に目配せした。
「ですからどうか。むやみにひとを殺すのはやめてください。お願いします」
天馬は、腰を直角に折るほど、深く頭を下げた。
「「……」」
天馬の言葉に戸惑った様子の彼らだったが、ふいに、シャーロットが言葉を発した。
「……はぁ、分かりましたわ……テルマさんがそこまで仰るのであれば、わたくしに異存はありません。できればあいつらには地獄をみてほしかったのですが……わたくし達がこうして動けるのも、テルマさんがいてこそ……貴女の指示に従いますわ」
どこか皮肉気味な口調で返すシャーロットだが、その表情は穏やかで、天馬の言葉にそこまで強く抵抗を覚えているわけではなさそうだ。
「う~ん、そうね。あたしもそれでいいや……義兄さんを殺した連中は許せないけど……今回は我慢する……お姉ちゃんは?」
「…………私は――」
サヨに振られて、目を伏せるヨル。彼女は一拍の間を開けて、そっと口を開いた。
「私は、あの者達を、どうしても許すことはできそうにありません……本当なら、今すぐにでもあの者たち全員に、あのひとと同じ目に遭わせてやりたい……」
「っ、ヨルさん……」
思いがけず飛び出したヨルの憎しみが篭った声に、天馬は狼狽えた。
サヨから、ヨルの夫が無残に殺されたことは聞いている。
その悲しみの深さは、先日天馬に抱き付いて涙を流したことからも理解していたつもりだったが。
しかし、あの温和に見えたヨルから、ここまでハッキリとした憎しみと殺意が湧き出るとは。
「(……いや、そうだよな……家族を……愛するひとを拷問されて、最後には殺される瞬間を目撃したら、誰だって……)」
天馬は、もし前世で自分の家族が、強盗に殺されたら……そう考えただけで、その犯人を殺したいほどに憎んだであろうと、容易に想像できた。
――でも、それでもだ。
天馬は俯きそうになる心を奮い立たせ、ヨルに歩み寄ろうと足を動かした。
しかし、その前にヨルの方から……
「ですけど……私は、その思いを殺します……だって……」
ヨルは、そっと自分のお腹を愛しそうに見つめ、慈しむような表情で撫でた。
「この子を抱く手が、憎しみの血で汚れているわけには、いかないじゃないですか……」
目尻から雫が溢れそうになるヨルの傍に、妹であるサヨがそっと寄り添う。
「生まれてくる子供を抱くときは、綺麗な手で抱き締めてあげたい……それに、あのひとも、私が誰かの血で汚れることを、望んだりはしないでしょうから……」
「うん。義兄さんは、お姉ちゃんのことすっごく愛してたもん……だからきっと、自分のせいでお姉ちゃんが誰かを殺すことになるのは、イヤじゃないかな……」
「そう、よね……っ~~!」
ヨルはサヨの胸に顔を埋めて、小さく嗚咽を漏らし始めた。
そこの光景を目にした天馬は、ヨルという存在の強さに惹かれた。
彼女は、誰かを憎むよりも、母として、自分の子供に惜しみない愛情を注ぐことを心に決めたのだ。
気高く、なんと尊い絆だろうと、天馬はヨルたち家族のことを、とても羨ましく思えた。
「ヨルさん、ありがとうございます……思いとどまってくれて、本当に、ありがとうございます……」
天馬は、深々とヨルに頭を下げた。
「いいえ、テルマさん……こう思えた切っ掛けは、そもそも貴女のおかげなんですよ?」
「え?」
思いがけず掛けられたヨルの言葉に、天馬は慌てて顔を上げた。
「少し前の私は、夫を殺した彼等がどうしても許せなくて……心はずっと憎しみに捕らわれて、最近では、人という種族すら憎くてたまらなかった……ですが、貴女と出会って、見かたが変わりました……」
「……」
ヨルの言葉に、天馬は黙って耳を傾けた。
「最初の切っ掛けは、妹を助けてくれたこと……ですが、あの時は変な袋を被っていて、貴女の種族までは分かりませんでしたが、いいひとなんだな、ということだけは理解できました」
部屋に天馬が放り込まれた当初は、顔が半分崩壊していた為に、盗賊達によって天馬の顔には袋で隠されたのだ。
「そこで、醜い容姿を晒したくないと言って、顔を隠そうとして……いざ実際に顔を拝見すれば、凄く綺麗なひとで……」
ヨルは、涙に塗れた瞳で、天馬の顔を見つめてくる。
「そして、私達に分け隔てのない態度で接してくれて……私の事も、妹のことも、いっぱい慰めてくれました……」
淡く微笑み彼女は魅力的で、天馬は思わずその表情に見惚れてしまいそうになる。
「すごく優しくて……でも、時々面白くて……」
ヨルは、もう一度目を閉じて、胸にそっと手を当てた。
「そんな貴女がいたから、私は、人に対する憎しみを抑えられました。貴女がいたから、子供に惜しみない愛を注ぐことができようになりました……貴女がいたから、私は――これからも母親でいることが、できそうです」
ヨルの目が開き、一滴の涙が頬を流れ落ちる。
天馬もそれに釣られて、鼻がツンとくるのを自覚した。
「テルマ、アタシ達は相手を殺さずに、この戦いに勝てるの?」
サヨが、力強い眼差しで、天馬に視線を送ってきた。
それを受けて、天馬は、ぐしっ、と手で瞳から溢れる涙を拭うと、表情を引き締める。
「勝てます。わたしが、絶対に皆さんを勝たせてみせます! この戦いで、誰一人命を落とすことなく、誰も殺させず! 胸を張って明日を迎えられるように! わたしが、力を貸します!!」
天馬の宣言に、一同が一斉に深く頷く。
この場にいる全員の意思は固まった。
ならば次は……
「では、戦えるひと達は、わたしに付いて来て下さい。それと、ヨルさんとレアちゃんは、わたしの中に」
妊婦であるヨルと、幼いレアは天馬が保護することに。
その際にまた服を脱ぐ羽目になったが、今度はシャーロットが最初からフォーローしてくれた。
戦いが始まったら、男性陣は武器を手に前線に出てもらい、女性陣は後方で、無力化した盗賊達を拘束してもらう。
ただ、いくら弱っていても、相手は屈強な盗賊。
万が一のないように、武器を持っていない男性と一緒に行動してもらう。
そして、
「では、部屋を出て人の方達と合流しましょう。大丈夫です。彼らも皆さんと協力することには前向きでした。きっと、うまく助け合っていけるはずです」
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