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奴隷編

決意のなんちゃって女神

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「そのあと、アタシ達は村から連れ出されて、この船に押す込められたの……それが1ヶ月前……最初の1週間くらいだったかな……お姉ちゃん、本当に酷い状態だったわ……」
「…………」
「与えられた最低限の食事も喉を通らなくて……でも、お腹の子供を思ってなのかな……少しずつ食べるようになったの」

 天馬は、サヨの話を聞きながら、拳を握り締め、後ろを振り返った。
 いまだ、ノームを膝枕した状態で、力ない微笑みを浮かべるヨル。
 そして、再度サヨに視線を向ければ、彼女の体にうっすらと残った殴られた痕が確認できる。
 女の子の体にこれだけの傷痕ができるほどの暴行……天馬は、先ほど自分が受けたリンチを思い出し、目の前の少女と自分を置き換えてみる。
 
「(……ああ、ダメだ。これは、絶対にダメだ……)」

 天馬の胸中に、グツグツと煮えたぎる物が溢れそうになる。

「でも、妊婦に与えるご飯としては、全然足らなくて……アタシの分を、何度もあげるって言ってるのに、お姉ちゃんは受け取ってくれなくて……アタシ……お姉ちゃんも、赤ちゃんも心配で……」

 話の内容を聞いていくうちに、天馬は腸が煮えくり返りそうだった。
 これがもし男性だった頃の強面なら、今ごろ失禁している者が出ていたかもしれない。
 それだけ、天馬の表情は険しいものになっていた。

「はは……ごめんね、こんな話を聞かせちゃって……でも、お姉ちゃん、今はああして無理矢理元気なふりをしてるけど、内心では、まだ動揺から抜け出せてないと思うの……さっきも、義兄さんの話が出た途端に、あんな感じになっちゃったし……」

 サヨが沈痛な面持ちで、姉に視線を送る。
 天馬も釣られてヨルに視線を向けるが、やはり彼女の雰囲気はとても暗い。
 こうして見ると、本当にさっきまでは無理をしていたのだと、天馬は理解できた。
 周囲を見渡せば、ヨルを始め、他の面々も栄養が足りていないのか、服から覗く手足がかなり細い。
 ろくに食事も与えられていないのだろう。これでは、本当にヨルのことも、赤子もことも心配になる。
 天馬は、盗賊達に対して、激しい怒りの感情を抱いた。

 しかし、それとは別に、天馬にはもうひとつ気に掛かる事がある。
 それは、

「お姉ちゃん、アタシのために空元気を見せているところがあるから……はぁ……アタシは大丈夫なんだから、もっと甘えてくれていいのに」
「サヨさん……」
「アタシ、お姉ちゃんが思ってるほど弱くない……確かにまだまだ力とかは及ばないけど……それでも、お姉ちゃんに無理させるほど、アタシは軟弱じゃない」

 そう口にするサヨの表情は、少し頬を膨らませた不機嫌なものだった。
 姉に頼ってもらえないことが悔しいのか、むん、と肩をいからせて、自分は大丈夫なのに、とアピールする。

 だが、それでも天馬には、彼女がかなり無理をしているようにしか見えなかった。

「ねぇ、サヨさん……その、サヨさんだって、『無理』はしなくていいんですからね?」
「え、なに言ってるのテルマ? お姉ちゃんに比べれば、アタシなんて全然……」

 平気、と口にしようとするサヨの頭を、天馬はそっと引き寄せて、自分の胸に抱いた。

「平気じゃない……全然、平気なんかじゃないです……」
「ちょ、ちょっとテルマっ、何をして……」
「さっき、村で起きた事を話してるとき、サヨさん、すごく辛そうだった……」

 言葉を紡ぐ度に、唇を強く噛み、拳を握り締める姿を、天馬は目にしていた。
 時おり、瞳に涙さえ浮かべて。
 義兄の死を語るときなんか、本当に泣き出してしまわないか心配になるほど表情を歪めていたのだ。
 どれほど、悔しい思いしたのか……

「だから、無理しないで……」
「む、無理なんてしてない! 無理してるのはお姉ちゃんなの! アタシは、平気で……」
「よしよし」
「ちょっと! 聞いてってば!」

 サヨの言葉を無視するように、天馬は彼女の髪をすくように、優しく撫でる。

「痛かったよね、苦しかったよね、恐かったよね……悔しかったよね……」
「だ、だから、アタシは……」

 始めの抵抗は少しずつ薄れていき、サヨは天馬に体を預けるようにして、体重を掛けてくる。

「大丈夫なの……大丈夫、なんだから……」

 サヨの声が震えていく。次第にしゃくりあげるような嗚咽まで漏れ始めて……

「あだじ、おねえぢゃんに、しんぱい、がげるの、やなの……」
「うん……でもね、今はおねえちゃん、近くにいないから……ね?」
「あだじ、ぐやじくで……なにも、でぎなぐで……ぐやじぐで……」

 それは、姉の前で義兄を殺させてしまったこと……何の抵抗もできず、一方的に殴られたこと……そして、落ち込んでいる姉に対して、無理をさせてしまっていること。
 いずれも、自分という存在が不甲斐ないばかりだと、サヨは己を責めていた。
 それ故に、姉に余計な心配を掛けまいとする、彼女の思いは深く。
 結果、どんどん溜め込んでしまったのだ。

「あだじも、にいざんのごど……ずぎ、だったの…………」
「そう……」
「でも、まもれながっだ……まもれながったの……」
「うん……うん……」

 ボロボロと涙を流し、すがみついてくる少女を、天馬は優しく抱きとめ、頭を撫で続ける。

「泣いて、いいよ……辛いこと、全部吐き出して、今は、泣いていいから……」
「~~~~~~~っ、~~~~っ……」

 天馬がそう口にすると、サヨは余計に天馬の胸に顔をうずめ、声をできるだけ押し殺して、泣いた。
 こんなところでも、姉を気遣い、心配を掛けまいとするサヨの姿に、天馬も、涙が溢れてくる。
 そうして彼女を抱いていると、ふいに、天馬の周りにひとの壁ができていることに気付く。
 
 彼らは体格の大きな獣人の男性数名に、森精霊エルフの姿も見える。
 どうやら壁を作って、サヨの泣いている姿をヨルから見えないようにしてくれているらしかった。

「……ありがとうございます」

 天馬は小さく彼らの背中に感謝を述べ、頭を下げた。

「いいや、むしろ俺達の方が、礼を言いたいくらいだ……ありがとな」

 男達は、天馬に背を向けているため、その表情は彼女には見えていない。
 それは、彼らの瞳に光るものがあったからだろう。少し彼らの肩が震えているのを見て、天馬はそう思った。
 男泣きしている姿を見られるのは、恥ずかしいに違いない。
 それに今の感謝の言葉……おそらく、目の前に男達も、ヨル姉妹のことを気遣っていたのだろう。
 しかし、自分達は何もしてやれることができず、ただただ見ていることしかできなかった。
 だからこそ、サヨにこうして声を掛け、慰めてくれた天馬に感謝しているのだ。

「本当に、ありがとうな……」
「いいえ、わたしが好きでしたことですから……」

 それだけ言うと、天馬は再びサヨの体を抱く力を少し強くする。
 彼女の心が、少しでも軽くなることを願い、天馬は嗚咽を漏らす少女を、抱擁し続けた。


 ――それから30分ほどが経ち。

「……ぐす、テルマに、泣かされた……」
「はは……少しは、すっきりできた?」
「うん……ありがと……」

 しばらく泣き続けたサヨは、そっと天馬から体を離し、ちょっと悔しそうな表情を浮かべながら、俯いていた。
 まさか自分が、会ったばかりの見ず知らずの女性に抱き締められて、あげくすがりついて泣いてしまうとは、思ってもいなかったのだろう。
 しかし、彼女に包まれていると、なぜか心に押し込めていた感情が制御できなくなり、ポロポロと弱音を吐露してしまった。
 さながら、母親に包まれていたかのような、温かい抱擁と言葉。
 幼い日に亡くした母の面影を天馬に見てしまったサヨは、思わず甘えてしまったのだ。

「見た目も雰囲気も全然違うのに、何だかテルマのこと、お母さんみたいに感じちゃった……」
「お、お母さん……?」

 思いがけず出てきたサヨの言葉に、天馬はオウム返しに問い返してしまう。

「うん。温かくて、すごく安心する感じ……こう、体を丸ごと包んでくれてるみたいな、優しい雰囲気がね、何だか、お母さんみたいだなって…………もしかして、そう思われるのは、イヤ?」
「ああっ、違う違う! わたし、そういうことを言われたの初めてで、ちょっと戸惑っただけだから」
「そうなんだ? 不思議……さっき会ったばかりなのに、わたし、テルマの傍にいると、何だか安心しちゃう……こんな状況なのに、ね」

 サヨが少し気恥ずかしそうに、上目遣いでこちらを見つめてくるものだから、天馬は思わずドキリとしてしまった。
 サヨは、姉と比べると活発な印象を受けるが、姉に似て整った顔立ちをしている。
 並の男なら、今の表情で彼女に惚れてしまいそうだ。
 しかし、天馬を気を静めると、お返しとばかりに微笑み返し、サヨの頭をもう一度撫でた。

「わたしがいて安らいでくれるなら、いつでも傍にどうぞ」

 天馬の言葉を受けて、サヨの表情がぱっと輝く。
 
「うん! ありがとう、『お母さん』!」
「え?」
「え? あっ……ああ! 違うの、今のは少し間違えただけで、お母さんみたいだな、とは思ったけど、本当にお母さんだとは思ってなくて、あの、その、~~~~~~っ! ――ア、アタシ、シャーロットのところ行ってくる!」
「あ、ちょっと」

 思わず天馬を『お母さん』と呼んでしまったサヨは、顔を真っ赤にしてシャーロットの方へと行ってしまった。

「別に、そこまで気にしなくてもいいのに……いや、やっぱり恥ずかしいか」

 天馬も昔、小学生の頃に一度だけ、当時担任だった女性の先生を、『お母さん』と呼んでしまい、恥ずかしい思いをしたのを覚えている。
 その時の先生の反応が、かなり微妙なものだったのも、しっかりと覚えている。

「(あの頃から、俺の目付きって悪かったからなぁ……)」

 そんな思い出に耽る中、天馬はサヨを、その隣にいるシャーロットを、それにヨル、ノームのいる方にも視線を向ける。
 更には、先程、天馬達の壁になってくれた男達、果ては部屋にいる全員を見渡し、天馬はその表情を、真剣なものに変えた。

「奴隷、か……」

 このままいけば、彼らは奴隷に身を落とし、ろくな人生を歩めないことは確実だ。
 しかも、彼らは身体的な特徴がヒュームと違うというだけで、迫害まで受けている。
 どう考えても、いい未来など想像できない。

 それに、ひとつ気になっていることもある。

 奴隷とは、中世における貴重な労働力である。彼らに人権などなく、物として扱われるのが奴隷というものが、この世界ではなくてはならい存在だ。

 だが、ヨルはどうだろうか?

 あの大きなお腹を抱えて、まとも働けるとは思えない。
 では、なぜ彼女もこの船に乗っているのか。

「何だか、嫌な予感がする……」

 こういう予感というものは、なぜか当たる。
 天馬は、胸中にわだかまるモヤモヤとしたものを感じながら、心に小さく火が付くのを自覚した。

「(何とかしないと……このまま皆を奴隷にしてしまったら、最悪なことになる気がする……)」

 知り合って間もない彼らが、苦しむ姿を想像しただけで、口の中に苦いものがこみ上げてくる。
 あんな連中のために、皆が苦しむなど、あってはならない。
 天馬は、強くそう思った。

 サヨの話を聞いた末に、天馬はひとつの決意を抱く。

「(俺は、腐っても女神として、この世界に転生したんだ……だったら、攫われて無理やり奴隷にされようとしているひと達を、放っておける訳、ないだろうが)」

 天馬の中に灯った小さな火は、少しずつ、しかし確実に、その火力を増していった。
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