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無人島漂流編

ふざけんな

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『では天馬さん。いくらかこちらから説明がありますので、そのまま聞いてください』
「あの、その前にひとつ聞いてもいいですか?」

 胸から取り出したタブレットの画面は、ビデオチャットのようなものになっており、ディーの顔が映し出されている。

 天馬は、画面越しに対峙するディーの話を遮り、問いかけた。

『はい、私にお答えできることでしたら。それで、なんでしょうか?』

 天馬はタブレットを持ったまま、山頂に鎮座する一つの岩に腰掛けた。
 ゆっくりと視線を自分の胸に向けながら、天馬は口を開く。

「その、なんで俺の胸……こんなにでかくしたんですか? これじゃ少し邪魔というか、重くて動きづらいというか……」

 天馬は、片手で自分の胸を持ち上げてみた。

 すると、ずしりと重たい物を持った時と同じようなの感触が、手に伝わってくる。

 実際ここに来るまでにも、この胸のせいで重心が前に傾き、危うく転倒しそうになったことが何回もあった。
 これでは、この先の生活にすら支障があるのではと、天馬は危惧せざるを得なかった。

『それは大地の母たる地母神の象徴です。みだりに邪魔などとは口にしないように』

 途端、ディーの顔が若干不機嫌なものに変化する。

 しかし天馬はそれに気付かず、話を進めてしまう。

「いや、それにしたって大きすぎますって。何カップあるんですかこれ?」
『……いいではないですか、大きな胸……ないよりかはずっとマシだと思いますが……』
「それにしたって限度が……」
『(ぴきっ)……うるさいですね。そんなに邪魔なら今すぐにその脂肪の塊をもぎり取りますよ……』
「え……?」

 急にドスの利いた声を出すディーに、天馬は思わず困惑する。

「あ、あの、ディーさん?」
『いいことを教えて差し上げます天馬さん。私、今では転生を担当しておりますが……こう見えても、以前は戦いを司る女神の一人だったんですよ』

 口角を上げて凄みのある笑みを浮かべるディーに、天馬は背中から嫌な汗が吹き出てくるのを感じた。

「あの、それが胸の話と、どう関わりが……」
『私は、戦いに身をおく戦士としての側面を持って創造された女神です。ですので、動くのに邪魔な胸は必要ないということで、こんな『ちっぱい』として生まれたんですよ……』

「あ、これは触れたらあかんヤツや……」と思い至るも、時既に遅し。

 ディーは自分の胸に手を当てて、気味の悪い嗤い声を漏らし始めた。

『ふふ……他の女神は皆してバインバインなのに、私だけ大平原ですよ、絶壁ですよ、真っ平らですよ! ええ確かに動くのには邪魔になりません。ええそうです、なりませんとも! 狭い通路ですれ違うときも皆は胸がお互いに邪魔で通りずらそうにしているのに、一人だけするりと通り抜けられちゃうんですよ、笑えますよね?!』
「う…………」

 ひとり自虐大会が始まってしまったディーを前に、天馬は何も言ってやることができない。

『あんなもの脂肪の塊ですよ、そうですよ。あろうとなかろうと女の価値はそこじゃないですよ、心なんですよ。でも周りの男神だんしん共は皆して胸の大きな女神にいやらしい目を向けて、私が近くを通りがかるとまるで保護者のような慈愛に満ちた視線を送ってくるんですよ! なんなんですか? なんなんですかこれは?! やはり胸がない女は女じゃないとでも?! あの子供を見るような視線の意味はなんなんですか?! 子供ですか?! そのまま私を子供だと言いたいんですか?!』

 徐々に意味不明なことを口走り始めたディーに、天馬はかなりドン引いていた。
 タブレットの画面をできるだけ自分から遠ざけ、捲くし立てる彼女から少しでも距離を取ろうと試みる。

『それで天馬さん、あなたは先程なんて言ってましたかね? 大きすぎる胸が邪魔? そうですよね邪魔ですよね? でしたらそれ、私に下さい。ぶちりともぎ取って私専用の胸パッドにしますから。ええそれはもう一思いに……盛大にぶっちん、してやりますよ……』
「ごめんなさい、二度と邪魔なんて言いませんので、ぶっちんはやめてください」

 天馬は出っ張った岩にタブレットを立て掛け、画面に向かって全力で土下座した。

「女神様よりいただいたこのお胸様を大事にし、慈しみを持って接することをここに誓います。ですのでどうか、ぶっちんだけはご容赦ください」
『……そうですか。胸の重要性をご理解いただけたようで何よりです。ですが、次にまた胸の件でごねた場合は、容赦なくぶっちんしますので、そのつもりで』
「わ、分かりました……」

 ディーの前で、胸の話が禁句であることを、天馬は今日この時、しっかりと学んだ。

『コホン。では、話を戻します。まず、天馬さんが転生したその世界は、地球と同じような歴史の歩み方をしています。時代はだいたい……中世、という感じでしょうか』
「中世……まるっきりファンタジーの時代設定ですね」
『まぁ、設定というよりは、ちょうどそれくらいの時代に天馬さんが転生した、とうだけの話なんですけどね』

 その他にも、この世界ではヒューム森精霊エルフ土精霊ドワーフ・獣人といった、人族に分類される者たちや、魔族とよばれる亜人種たちが暮らしていることが説明された。

『ちなみに、その世界には魔力と呼ばれる魔法を使う為の燃料はあるのですが、あえて魔法は普及させていません』
「え? そうなんですか?」

 ディーの説明に、天馬は思わず聞き返してしまった。
 森精霊エルフなんて種族がいるのだから、てっきり魔法が盛んな世界なのだと勝手に思っていたのだが。

『はい。それというのも、魔法文明を発展させ過ぎると、今度は科学文明が全く進歩しなくなってしまうのです。魔法は非常に便利で、生活を豊かにしてくれるのですが、例えば火はなぜ燃えるのか、といった知識が広がらないまま、ただ漠然と『火が着くと燃える』、程度の認識しか世間に広まらないのです』

 逆もまた然りなのですが、とディーは苦笑を浮かべ、天馬が元いた地球は、科学技術ばかりが発展してしまい、魔法という存在が完全に空想の産物と化してしまった、と言っていた。

「それって、地球でも魔法は使えたってことですか?」
『その通りです。と言っても、大分昔の話ですがね。近代に入り、殆どの人間からは魔法を扱える適性が消失しているので、実際に現代の地球上で魔法が使える人間は、ほぼ皆無と言っていいでしょう』
「……そうなんですか」

 もしかしたら、向こうの世界でも魔法が使えたのかも、という淡い期待は、ディーの言葉で霧散した。

 だが、結局は既にその世界から旅立ってしまった天馬には、もう関係のない話だと思い至る。

 ただ、天馬は今に話で、ひとつ疑問に思ったことがあった。

「ディーさん、ちょっとした疑問なんですけど、この世界でも魔法を発展させなかったら、地球と同じ歴史を辿るのでは?」
『そうですね……ですがそこは、もう少しこの世界の住人が、科学の知識を持ち始めた頃にでも、天恵として知恵を与えようと考えています。それに、その世界には魔法適正の高い森精霊エルフがいますので、一部の者は奇跡の御業みわざとして、密かに魔法を自己研鑽しているようですから、いきなり廃れるといった心配はないでしょう』

 これから数百年という時間を掛け、少しずつ科学の知識を身に付けさせ、その基礎を元に魔法を使ってほしい、というのが、あの堕女神の世界に関する方針のようだ。

 自堕落なように見えて、しっかり世界のことを考えていたと知り、内心で少し、評価を改める。

『他の異世界では、精霊に願うことで、魔法が発動すると思っている所もありましたが、精霊は事象そのものであって、意志はありません。なので、いくら彼らに願おうが、十分な効果を発揮する魔法は使用できません。魔法は使用者がどれくらいその魔法を発現させるイメージを明確にできるかで、効果や持続時間が向上します。それ故に、科学の基礎を身に付けさせることは、魔法の知識を十分に発展させるいしずえとなりえるのです』

 ただし、魔法の使用に当たっては、個人が体内に内包する魔力の総量、発現をより明確にするためのイメージ力、応用を利かせるための創造性や独創性といったセンスも、とても重要らしい。

 しかし、日常的に使用するレベルの魔法であれば、飛び抜けた素養がなくとも、魔法は使えるという話だ。
 だが、そのためには魔力というものを自覚できなければいけないということらしいが。

『私達の目標は、いまだ成功例がない、【現代魔法】を生み出すことです。地球の発展した科学技術と、魔法の融合。それが成ったとき、世界がどう進化するのか……それを観測し、新たな世界創造のモデルとしたいのです』
「ず、随分とスケールが大きな話ですね。そんな大役、俺で大丈夫なんですか? 今からかなり不安になってきたんですが……」

 ディーの話を聞き、天馬は胃がずんと重くなる程のプレッシャーを感じた。

 これまで一介の平社員に過ぎなかった天馬に、世界の行く末を導くことなどできるのだろうか。
 今から不安に押し潰されそうである。

『そこは私たち先輩女神がフォローします。色々と助言もしますので、頑張ってください』
「簡単に言ってくれますねぇ……」

 しかし、ここでグダグダと悩んでも前には進まない。
 天馬は小さくため息を吐きながらも、できることだけでもやってみよう、と覚悟を決めた。
 どうせ一度は無くした命。それなら、むしろ怖いものはない、と自分を奮い立たせる。

 経緯はどうあれ、転生させもらったことに天馬は感謝していた。あのまま放置されていれば、消滅していた可能性ものあるのだ。

 自分という存在が消えて無くなることを思えば、多少の無茶ぶりを許容してもいいだろう。

 ……ただ、世界の管理を押し付けられることが、多少、であるか否かは、賛否が分かれそうな所ではあるが。

『無理そうですか?』
「……いえ、分かりました。できる範囲で、やってみます」
『ありがとうございます。そう言っていただけて、私も一安心です……とはいえ、天馬さんはまずご自身の体に慣れなくてはいけません。それにともない、天馬さんにひとつ、ご協力頂きたいことがあります』

 さっそくか、と天馬は気を引き締めた。

「ええ、俺のできる範囲でなら、いくらでも協力しますよ。それで、いったい何をすればいいんですか?」

 少しくらい無茶な要求でも、快く引き受けよう、と天馬は笑顔で頷いて見せた。

『いい返事ですね、それではさっそくお願いしましょうか。とりあえず――そこの崖から『飛び降りて』みてください』
「ふざけんな」

 即答で拒否であった。
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