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無人島漂流編

谷間からこんにちわ

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「はぁ、はぁ、はぁ……っ、はぁ……」

 天馬の呼吸は、森に入った当初と比べて、かなり乱れていた。

「あっつ……」

 森の中は、砂浜と比べればいくらか涼しいのだが、それでもむわっとした高温多湿の空間となっている。

 それだけで、天馬の体からは徐々に体力が奪われていく。

 しかも、地面に転がっている小石や木の枝で足を傷付けないよう、慎重に移動していることもまた、疲労が蓄積していく原因の一つであった。

 更にもうひとつ、天馬を悩ませる存在が。

「ああ……この胸、邪魔!」

 木々の隙間や藪を掻き分けて進むのに、天馬の大きな胸が障害となっているのである。

 生前は中肉中背で、お腹が出ているということもなかった。
 故に彼(彼女)にとって、体に起伏があるというのは、全く未知の体験だったのだ。

 しかも胸は下着を着けていないため、尖端が擦れて痛い思いをすることもしばしば。

「はぁ……まな板になりたい……」

 世の胸がない女性が聞けば、冷ややかな視線を一身に浴びそうな台詞を吐きながら、天馬は岩山を目指して歩き続けた。




 ――そして、砂浜を出発すること、2時間強。

「はぁ、はぁ、はぁ……うわ、これ、登れるのかなぁ……?」

 ようやく岩山の麓に到着した天馬は、擦り切れて痛む足を庇いながら、剥き出しの岩肌に近付いた。

 岩肌には、どうにか足場にできそうな取っ掛かりが複数あり、クライミング初心者でも、時間さえ掛ければなんとか登りきることはできそうだ。

 しかし……、

「この足で、行けるか……?」

 血が滲んで、切り傷だらけになっている痛々しい足の裏。今もジンジンと痺れるような感覚が、断続的に続いている。

 天馬も、さすがにこのまま登ることは躊躇われた。せめて足を保護する何かが欲しいところだったが、生憎とそんなものは持ち合わせていない。

 しかし、他に高い山は見当たらなかったし、体力もいつまで持ってくれるか分からないという現状もある。
 早いところ人のいる場所を見つけねば、最悪、飢え死にする可能性も十分にあるのだ。

 それ以前に、ここに来るまでにかなりの汗を掻いており、水分補給も急がれる。
 川なり泉なり見つけて、水分を確保することもまた、最大の目的となっていた。

「くそ、行かなきゃ始まらないか……ええい、ままよ!」

 天馬は、痛む足にムチを打って、岩山を登り始めた。

 しかし、ここでもまた……

 ガリッ!

「いっだぁ~っ!」

 体から突き出た胸を、不規則に出っ張った岩で引っ掻いてしまう。

 只でさえ敏感な箇所なのに、望まぬ刺激を森からずっと与えられ続けた天馬は、思わず涙目になっていた。

「もう、この胸、ヤダ……」

 天馬は年甲斐もなく半べそを掻きながら、少しずつ岩山を登っていく。

 その間、何度も滑って落ちそうになっては、手足に傷を増やし、身体中に生傷が絶えることはなかった。




「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ようやく……登りきった、ぞ……」

 天馬は全身に傷を負いながらも、どうにかこうにか岩山を制覇した。

 自分の体力が生前よりもかなり向上していることに驚きつつ、天馬は今すぐにでも倒れてしまいたい欲求を押し殺し、膝に手を付いた。

 天馬が着ている貫頭衣はあちこちが破け、覗く肌から血が滲んでいる。

 天馬は乱れる呼吸をゆっくり整えると、視線を上げて、そろそろと岩山のへりまで進み出た。

 ――すると、

「うわぁ…………」

 思わず感嘆の声を漏らす天馬。

 遮るものがない開けた視界には、コバルトブルーの美しい海と、青々と繁った森林の緑が一面に広がっていた。

「すごいな、これは……」

 これまで登山の経験などなかった天馬は、その雄大な景色に心を奪われた。

 世の登山者たちが、なぜ危険を犯してまで山に登るのか、天馬はその心情を、僅かに垣間見た気がした。

「苦労して登りきった先の絶景か……いいものだなぁ……」

 天馬は、己が女性になってしまったことも、身体中の痛みもしばらく忘れて、景色に魅了されていた。

 ……のだが、

『…………感慨に耽っているところ、誠に申し訳ないのですが』

「うわぁ!! ――って、ちょ、危なっ!!」

 いきなり、何処からともなく聞こえてきた声に、天馬は驚愕すると同時にたたらを踏んだ。

 安全柵などない岩山の山頂。正面は崖になっており、落ちればまず命はない。
 天馬は思わず落っこちそうになる体を何とか踏み止め、体重を後ろに持っていく。

 体を後ろに傾けた事で、どうにか難を逃れるも、思いっきり尻餅をついてしまった。

「いったぁ~……何なんだよ……?」

 痛むお尻を擦りながら、天馬は周囲に目を配る。
 しかしどれだけ目を凝らそうと、ひとの影はない。

『申し訳ありません。驚かせてしまったようですね』
「っ――?!」

 まただ。天馬はもう一度、聞こえた声の主を探し出そうと、辺りに視線を走らせる。

 だが、結局は先程と同様に、誰の姿も見付けることは出来なかった。

 声のみが耳に届いているというこの状況に、天馬の思考がパニックになりかける。

「え、え、ええ~っ?!」
『天馬さん、落ち着いてください。いくら探しても、そこに私はいませんよ』
「っ?! それじゃ、いったい何処から……ていうか、そもそも誰?! はっ! まさか幽霊?!」
『幽霊ではありません。……声で分かりませんか? 先程あなたを女神様のところに案内させていただいた、転生を担当している女神の、ディーです』
「って、ディーさん?! え? あの、いったい何処から声が……? て言うか、本当にディーさん……なんですか?!」

 声は聞こえど姿は見えず。
 しかし聞いてみると、確かに天馬をあの堕女神のところまで案内した女性の声に似ている気もする。

 だが、どうにも電話を通して聞こえる電子音のような感じがして、天馬は首を捻った。

『ええ。どうやら無事に転生できているようで安心しました。少しばかり音信が途絶えたので、心配していたのです』
「って、ああ! そうですよ! いきなり空の上に放り出されて、危うく死にかけたんですからね!!」

 高度2000メートル上空からのダイブ。
 パラシュートも何もない状態で海に落っこちたときは、本当に死んだ、と天馬は思った。

『すみません。転生させる座標を西と東で間違えてしまったようで……まぁ、今はその話は置いといて……』
「置いておかないで下さい!」
『まず確認したいのですが、天馬さんの手元にタブレットはありますか?』
「ひとの話を聞きましょうよ?!」

 脈絡もない話題の転換に、天馬の額に青筋が浮かぶ。
 彼(彼女)が死にかけた事など、些細なことだと言わんばかりの雑な対応に、天馬は苛立ちが徐々に募っていくのを感じていた。

『いえ、これはとても重要な事なのです。それと、空に転生させてしまった件に関しては、後でお詫びをしますので、取り合えずはタブレットです。天馬さん、手元にありませんか?』
「……いえ、ないですけど」

 若干納得のいかないものを感じつつも、天馬はディーの問いに答えた。

 そもそも、タブレット? 転生してから天馬は今着ている衣服以外の荷物は、何一つ持っていない。

 真っ裸で放り出されなかっただけ、まだマシか、と無理矢理に自分を納得させてはしたが、やはりもう少し装備は充実したものが欲しかったな、とは思ってしまう。

『そんなはずは……。現に今、私とこうして会話しているのですから、絶対に持っているはず。……天馬さん、少しお待ちください、調べてみますので』
「?……分かりました」

 天馬はディーが言っている意味がよく分かっていなかったが、取り合えず頷いておいた。

『…………ふむふむ。…………ああ、なるほど、そういうことですか。…………天馬さん、少しよろしいですか?』
「……今度は何ですか?」

 何やらぶつぶつと呟いていたディーが、天馬に再び意識を戻した。

 すると、次に出てきたディーの言葉に、天馬の目が点になるのだった。

『少々、『胸の谷間』をまさぐっていただけますか?』
「………………は?」

 言われている言葉を理解できず、天馬は呆けた声を漏らしてしまう。

「何いきなりセクハラ発言してんのこのひと?」というツッコミが喉元まで競り上がってくるが、なんとか言葉にするのは抑えた。

『胸の谷間です。その無駄に大きな脂肪の塊の間に、恐らくタブレットがあります。今すぐに取り出してください』
「え~……」
 
 天馬はしぶしぶ言われた通りに、胸の谷間に手を突っ込んだ。
 俺、何してんの? という思いと共に、天馬はディーに言われた通り、胸の谷間をまさぐり続ける。
 生の女性の胸に触れているというのに、全く興奮を覚えないのは、自分が女性になったせいか、はたまた別の理由か……

 しばらく虚しい気分で谷間をまさぐっていた天馬だったが、ふと、固い感触を指が捉えた。

「ん?」

 指先がコツンと何かに触れている。もっとじっくり触ってみると、プラスチックのような肌触りをハッキリと感じた。
 それを指で摘まみ、引っ張り出してみる。

 すると、黒い長方形のタブレットが姿を現した。

「…………ありました」

 どうにも生温い温度を宿したタブレットを手にしながら、どこから出てきてんの? というツッコミを心の中で入れた。

『……そうですか。それは何よりです』

 一瞬、ディーの声音が少しだけ冷たいものになったように思えたのは、気のせいだろうか。

 とはいえ天馬は、胸の谷間から物を取り出したというシチュエーションに、何とも言えない微妙な気分を味わっている最中だった。

「……俺の胸、どうなってんのよ……?」

 谷間からこんにちわしたタブレット片手に、天馬はほかほかするそれに、視線を落とした。
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