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♯3

ヘルメス ― 1

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「それで、本日はどのようなものをお探しですか? 当店は、衣料品や雑貨を基本的に取り扱っておりますが、ご注文があれば、可能な限りの商品をお取り寄せてして差し上げることもできますわよ?」

 店に入るなり、軽快に営業トークを繰り出すエリス。

「えっと、実はあたしたち、アルフさん、ってヒトから、このお店を紹介されて――」
「あら、お二人は『止まり木』からの紹介だったのですね。それは嬉しいですわ。わたくしと彼女は、同じ時期に店を出した、親友のようなものですから。あとでアルフには、お礼を言わねばなりませんわね、ふふ……」

 アルフの名を聞いた途端、エリスは弾むような声を上げた。

「開店した当初は、なかなかお客様に来ていただけず、二人で難儀しておりましたの。最後にはお店を畳むことまで考えましたが、二人で助け合って、今日までこのヘルメスを、彼女は止まり木を、共に守ってきたのですわ」

 どこか昔を懐かしむよう語るエリス。その表情は淡く微笑んでいる。よほど大切な思い出なのだろう。

「へぇ、なんだかいいですね、そういうの」
「ありがとうございます。しかし、そういうことでしたら、たっぷりサービスさせていただかなくてはなりませんね。それでは、改めてお伺いしますが、本日はどのようなご用件で参られたのですか?」
「はい、実は――」
「ここに来たのは、俺の服を見繕ってもらいたいからだ」

 イズナが用件を伝える前に、海斗がエリスの前に出た。

「あら、そうでしたのね。でしたら、こちらへ――」

 そう言うと彼女は、店の奥へと、海斗たちを案内した。

 海斗はヘルメスの店内を観察する。

 入り口でも感じたが、この店は非常に品が良い。少々薄暗い店内を淡いランプの光が照らし、ところ狭しと並べられた商品は、どれも海斗の目を引いた。
 幾何学模様の入った特徴的な衣服に、インテリア用の小物など。
 他にも服飾雑貨なども取り扱っているようだ。それらの中には、どのような用途で使用するのかわからないものも数多くある。

 しかし、全体的なイメージはこの店にうまく馴染んでおり、店主のセンスのよさが窺える。
 先ほどの装飾過多な店舗さえなければ、彼女の店はもう少し繁盛しているのではないだろうか。

「――こちらですわ」

 エリスに案内されたのは、男性用の衣類をまとめたコーナーだった。店全体の規模から、さほど品数は多くない。だが、どれも洗練されたデザインのものばかりである。

「それで、どのような感じがお好みなのでしょうか?」
「ふむ」

 どれも見た目は悪くない。

 だが、ここの支払いをするのは海斗ではなく、イズナだ。
 金額を無視して、海斗が勝手に決められることではない。
 であれば、ここはイズナに選んでもらうほうがいいだろう。

「イズナ、どれがいいと思う?」
「え?」

 急に意見を求められ、イズナは首をかしげた。

「いや、え? ではなく、どれなら購入して問題なさそうか聞いてるのだが?」

 海斗から急に服選びを頼まれ、困惑した様子のイズナ。

「そこはカイトが決めることでしょ? なんであたしが……」

 海斗としてもその気持ちはわからなくもないが、ここで金を出すのが彼女である以上、そこは譲れない。

「お前の見立てでいい。それに、お前にどれだけの予算があるのかわからないんだ。だから、俺がどうこうではなく、お前に決めて欲しい。それに、あまり着るものに執心したこともなくてな。なにをどう判断すればいいのかもわからない。だから、お前に任せる」
「え~~……」

 言葉のとおり、海斗はこれまで自分の着衣にこれといった拘りを持ってこなかった。そのような無駄な出費を重ねるよりも『やらなくてはならない』ことがあったからだ。

 それに、今回に限って言えば、金を出すのはイズナだ。ならば、彼女の懐事情とすり合わせてもらって、当人に選んでもらうほうが早い。

 幸い、この店は店主のセンスのおかげか、奇抜な商品はあまり存在しない。
 ならば、イズナのファッションセンスに合わせて見繕ってもらっても、問題はないはずだ。

「お客様、少々よろしいですか?」

 と、二人のやりとりを見ていたエリスから、ふいに声がかけられた。

「もしや、お支払いはそちらの彼女がされるのでしょうか?」
「ああ、そうだ」

 隠したところで意味はない。正直情けない話ではるが、結局はあとですぐにわかることだ。したがって、ここで妙な見栄を張る意味はない。

「そ、そうですの……」

 海斗の堂々とした態度に、なんともいえない表情を浮かべるヘルメスの店主。

「あ、も、もしや、誕生日かなにかで――」
「違う」
「そ、そうですか……で、では、なにかの記念――」
「店主、今日は別に誰かの祝いというわけではない。ただ俺に服が必要だから、彼女に金を払ってもらって購入するだけだ。できれば、店主も一緒に選んで欲しい。あいつの予算に合わせて。そのあたりを頼めるか?」
「は、はい……かしこまりましたわ」

 ……自分で言っておいてなんだが、ひどい物言いだな。
 完全にイズナのヒモ状態であるダメ男っぷり全開な台詞セリフを、おくびもなく言ってのけているのだから。

「…………」

 店主は無言でイズナに、まるで同情するような視線を送った。

「え~と、これには、色々と事情があって、だからカイトは、悪く、ないの」

 エリスの視線に耐えられず、後半部分は完全に小声になってしまっていた。

 その反応だけ見れば、いかにもイズナが海斗に無理やり従わせられているかのように見えなくもない。

「「……………………」」

 その場の全員が無言。なんとも微妙な空気が辺りを漂う。
 そんな中、気を取り直すかのようにエリスが声を上げた。

「で、ではっ、その、イズナ様。で、よろしいのですよね?」
「は、はい。そうです」
「そ、それで、今回のご予算は……」
「だいたい、これくらいで。できれば一式揃えられたなぁ、って思ってるんですけど……」

 イズナは財布を取り出し、エリスに中身を見せる。

「そうですわね……これくらいですと――」

 どことなく気まずいこの雰囲気をなんとかしようと、女性陣が勤めて明るい表情で会話している。

 当事者であるはずの海斗は、完全に蚊帳の外に追い出されてしまった格好だ。

 おかげで手持ち無沙汰になった海斗は、改めて店内に見て回ってみることにした。

 ちょうど入り口から正面に位置する場所に会計用のカウンターがある。
 その上には、長大な弓が飾られていた。しかし弦は張られておらず、単なる置物といった感じだ。

 エリスのエルフという種族からは、ぴったりのオブジェである。

 その右横には売り物とは別のアンティーク時計が掛けられていた。
 時刻を確認すると、そろそろお昼に差し掛かる頃合だ。それを実感すると、海斗の胃に空腹感が芽生えた。

 そんな海斗の後ろから声がかかる。

「カイトっ、あなたの服なんだから、一緒に見てくれなきゃ決まらないじゃない!」

 エリスとの相談も終わったのか、その場からいなくなった海斗を探しにきたようだ。
 とは言っても、店舗の規模は比較的小さいものなので、意図的に隠れなければ、すぐに見つかるのだが。

「ほら、こっち。いくつか見立ててもらったから、とりあえず試着してみて。サイズが合えばいいんだけど、苦しかったり、ゆるかったら言ってね。代わりを持ってくるから」

 そんな風に甲斐甲斐しく海斗の服の面倒を見るイズナの姿は、なんとなく母親を連想してしまう。

「ああ、すまない。話し込んでると思っていたからな。少しなかを見て歩いてた」
「そう。なにか気になるものとかあったの?」
「いや、これと言って特には――ただ」

 ぐぅぅぅぅぅぅぅ。

「ああ、もうそんな時間なんだ」

 昨日に引き続き、またしてもイズナの目の前で腹の虫がなった。絶妙なタイミングでなる胃袋に恨みがましい視線を送るが、自分の身体のことなのでなんとも空しい行動である。

「それじゃ、はやくここを出て、なにか食べに行きましょう。そのためにも、急いで試着しちゃなきゃね」

 そう言うとイズナは、海斗の後ろに回り、彼の背中を押して先ほどの場所に戻る。そこでは、エリスがいくつかの服を腕に準備して待っていた。

「イズナ様、こちらです。カイト様、ご試着はあちらでなさって下さいね」

 エリスはイズナに服を渡し、コーナーの奥に設置された試着用の仕切りがされたエリアを手で案内した。

「はい、カイト。あたしはここで待ってるから、着替えが終わったら声をかけてね。着方がわからないときは、エリスさんが手伝ってくれるって言ってたから」

 海斗はイズナから服を受け取ると、仕切りに入り、早速袖を通してみた。

 選んだのは黒字のVネックのシャツに、白地に蒼のラインが入ったジャケットと、下は黒色のパンツを選択した。

 ……悪くはないな。

 新品特有のやや硬い服の感触。しかし決して動きにくいわけではない。肌触りもサラサラしており、非常に着心地がいい。

「カイト、着替えは終わった?」

 外からイズナの声が聞こえてきた。

「ああ、今行く」

 そして海斗は、イズナとエリスの前に自分の姿を晒した。

「わぁ、似合ってるよ、カイト!」
「……そうか」

 イズナの素直な褒め言葉にむず痒さを感じつつも、淡々と答える海斗であった。
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